映画『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』~中国の台頭と移民コミュニティ

2017年9月15日映画, 人と歴史

マイケル・チミノの予見

今ではほとんど話題に上ることがないマイケル・チミノ監督と『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』ですが、今に振り返ってみれば、じわじわと頭角を現し始めた中国の底力やそれに対する周辺国の動揺を描いた、意義深い作品だったと思います。

作品自体の評価は、ベトナム戦争を描いたアカデミー受賞作『ディア・ハンター』ほど高くもなく、傑作と呼ぶのもどうか……という出来なのですが、なんといってもジョン・ローンとミッキー・ロークの存在を強く印象づけた出世作であり、この顔合わせを実現した制作側のセンスも卓越しています。

私は「ディアハンター」でマイケル・チミノ監督に興味をもち、当時、TVで繰り返し流れていた予告編のCMでヒロインを演じたアリアーヌ・コイズミさんの知的な美しさに魅了され、一人でふらりと劇場を訪れたクチですが、やはり印象に残っているのは「チャイニーズ・マフィア」と呼ばれる新しい勢力の台頭と、当時から予見されていた『昇龍の如く成長する中国』のパワーです。

知っている人は知っている話ですが、1980年代にはいずれ中国が日本を凌駕する、と一部で予見されていました。

国をあげての工業化や生活向上に伴う大都市の大気汚染と、それが日本に飛来する・・ということも、80年代からすでに指摘されていたのです。

もっとも、その頃はバブルの真っ只中で、日本の経済も飛ぶ鳥の勢いでしたから、真剣に取り合う人も少なかったようですがね。

『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』も映画としては「70点ぐらい」の出来ですが、制作されたのが1985年という点を考えると、アメリカも勢いがあった時代に「台頭する中国」に目を付けたマイケル・チミノ監督のセンスはさすがなものだと思います。

ただ、当時としては「早すぎた」。

世界中の人々が「中国の台頭」を実感するには、先を行きすぎたような感もあります。

そういう面ではアンラッキーな作品でもありますが、ジョン・ローンの瑞々しさや、この頃、ノリにのっていたミッキー・ロークのセクシーさを堪能するには上出来の作品。

ちょっとばかり香港アクション映画を意識したような作りも、今となっては微笑ましいです。

そして、この作品の良い所は、中国人に限らず、『移民』というものを公平な視点で描いていることです。

中国人もチャイニーズマフィアも悪だ! と一方的に断罪するのではなく、やはり移民として虐げられてきた過去があり、同族同士、社会的にも経済的にも協力しなければ生き残れなかった側面を取り上げている。

その延長として、移民同士の便宜→貸借関係→口利き→賄賂→しのぎ→縄張り争い→暴力 と、悪い方に流れる勢力もあった、ということですね。

その点では、「名作『ゴッドファーザー』に描かれているシシリー・マフィア、イタリア移民コミュニティも似たような感じですね。

特にPart2では、同じイタリア移民の隣人を助けるうちに、『コミュニティの有力者』として周囲の信頼を得、やがてマフィアを組織するドン・コルレオーネの生き様が描かれているし、その息子マイケルがアメリカの上院議員に「お前ら、イタ公を見ると吐き気がする。上等なスーツに身を包み、さも『アメリカ人でござい』という顔をしているが、中身はカスだ、ただのイタ公だ」と罵られるシーンもあります。

それと同じく、中国人移民も移民同士、助け合い、便宜を図り、独自のコミュニティの中で育っていく。
でも、周りから見れば、移民コミュニティは得体の知れない群であり、譲歩も協調もしない閉鎖的な集団という印象がある。

そして、ますます齟齬が生じ、孤立化していく。

こうした傾向は中国に限らず、どこも似たり寄ったりだろうと思います。

今は私も『移民』なのでつくづく思うのですが、移民はどこまでいっても移民、決して「その国の人」になることはありません。(なりきれる人もあるけれど)。それは自分自身もそうだし、周りが見てもそう。十年経っても、二十年経っても、「異国人」なのです。

でも、その事自体が問題なのではありません。

社会的に問題が起きるとしたら、やはり法律や税制、仕事や人権など、社会的な部分で格差や障害が生じた場合でしょう。

だからといって暴力が容認されるわけではありませんが、それを生み出す背景の一つには違いないです。

「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」でもミッキー・ローク演じるスタンリー刑事が、アメリカの町中で悪さし放題の中国人移民の若いチンピラの問題について、チャイニーズ・マフィアの上層に訴えます。「どんなやり方でもいいから彼らに仕事を与え、更正しろ」と。

何らかの理由でまともな仕事に就けず、賃金も安く、人として差別や社会的迫害を受ければ、悪い方にも流れていくのです。

否定し、追い出すだけでは解決にならないし、また、一度開き直ったものは元には戻らない。

根が深い──というよりは、民族としての性なのかもしれません。

私の実感を申せば、「人類みな兄弟」「話せば解る」というのは建前です。

人間がある民族の仲間に生まれるということは、母国語、文化習慣、歴史、価値観、等々を、意識する・しないに限らず引き継ぐことですし、「自分たちと異質なもの」への恐れや嫌悪感は理屈でなくせるものではないです。

私なんか、いまだに、こっちの人が土足で家の中に上がってくるのに耐えられない。

日本的な感覚で駄目なものは駄目。

それが日常生活の違和感で留まっているうちはいいですか、ここに政治や利権など血生臭いことが絡むと、敵意が増幅するのは当然でしょう。

ただ、人間には理性があり、学びがあり、社会通念があるから、「とりあえず」敵意や嫌悪感を表に出さず、穏健な状態を保つことができるけれど、母国語も文化習慣も価値観も違う異民族に対する感情というのは、理屈で「無」に出来るものではない、と思うんですよ。

「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」に登場するチャイニーズマフィアや中国人移民の描き方は多分にデフォルメされているし(皆が皆、地下の賭博場で悪さしている訳ではないですからね)、キャラクターの掘り下げ方やエンディングがいまいちな感もあるけれど、今から30年前、「昇龍のごとき中国の台頭」を示唆するテーマに挑んだ点で意味がある作品だと思います。

ここから完全にネタばれです。未見の方はご注意下さい。

§ 映画『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』ダイジェスト

物語は中国の正月のお祝いから始まります。

『ここはアメリカ』のはずなのに、この町の一帯は完全に中国化して、どこの異国に来たのかと思うほど。それだけ中国人移民の文化、生活、影響力がアメリカ社会にも深く根を下ろしているという象徴です。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

祭りの最中、和やかにランチを愉しむチャイニーズ・マフィアのドンに刺客が差し向けられる。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

危険を覚悟でアメリカの中国人社会の闇に切り込もうとする人気ニュースキャスターのトレイシー。
彼女もまた中国人移民の二世だが、社会的に成功している側の立場である。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

この地区に新しく配属されたスタンリー刑事。彼はポーランド移民。
トレイシーが買収された警官に殺人事件に関する意見を聞いている場所に現れる。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

殺されたボスの跡目を継いだジョーイ・タイ。彼は中国人社会の若いリーダーである。
ジョン・ローンがはまりすぎ。まるで池上遼一の『サンクチュアリ』

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

アメリカ社会に深く根を下ろした中国人移民の存在を象徴するワンショット。
星条旗の横にずらずらと。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

危険を承知でチャイニーズマフィアの中枢に乗り込んで行くスタンリー刑事。

言葉も外見も異なる移民の群にはなんともいえない違和感や恐れを感じる。
こういう演出もチミノ監督ならでは。

そんなスタンリー刑事の追及を上層部は煙に巻こうとする。
移民にも移民の理屈があり、存在意義があることをジョーイが主張する。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン(14)

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

スタンリー刑事はトレイシーに接触し、協力を申し出る。
アリアーヌ・コイズミさん、お父さんが日本人、お母さんがオランダ人のハーフだそう。
今でも十分通用する個性的な美貌です。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

レストランを襲撃し、自らも負傷した中国人のチンピラのたまり場に姿を現すジョーイ・タイ。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

やさしい言葉をかけるが、あとはきっちり始末させる。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

スタンリーは中国系の警官をスパイとして送り込み、ジョーイらの会話を盗聴させる。
トレイシーが「勝ち組」の象徴なら、この子は「真面目で平凡なその他大勢」の象徴。
そして、悪人のとばっちりを食うのは真面目な人なんですよね・・。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン
 
処分された二人の若い中国人は、不法労働者が働く地下の食糧工場(?)の、もやしのプールで発見される。この場面も異様の一言。。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

さらに奥深くに潜入するスタンリー刑事に対し、ジョーイは買収を持ちかける。
ジョーイの後ろには愛する家族の写真がいっぱい。
同族との絆は深い。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

麻薬の商談をまとめる為、アジアの奥深くに赴くジョーイ・タイ。市場のライバルともにこやかに面談。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

麻薬の生産地にも様々な国の力が入り込む。
ライバルの首を切り落とし、商談成立。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

盗聴に気付くジョーイ・タイ。レストランの調理場に行き、スパイを探る。
それにつけてもジョン・ローンが美しい。
池上遼一のドラマに素顔で出て欲しい。(この人に北条彰を演じて欲しかった)

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

結局、中国人同士で殺し合う。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

死の間際、麻薬を搭載した貨物船の名前をスタンリーに教える。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

最後は香港アクション映画を彷彿とするような陸橋での打ち合い。

え?これで幕切れ? なのですが、ジョン・ローンが美しいから許す。

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

ジョーイが死に、頭がすげ変わっても、本質は何も変わらない。

この後も中国は昇龍のように上り詰めていく。


§ 賛否両論

Wikiによると、やはりアメリカ在住の中国人移民からクレームがあったらしい。
まあ当然でしょうね。

監督のチミノは、Jeune Cinémaとのインタビューの中で、以下のように話している[7]。

この映画は人種差別を扱っていますが、人種差別を推奨するための映画ではありません。
このような問題を扱うにあたって、人種差別の傾向を明かしていくことは必要となります。
かつてアメリカに移住した中国人が経験したように、周辺的な地位に追いやられるということは我々にとっても初めてでした。
そのことについて、人々は、あまりにも無知なのです。
実際1943年まで中国人にはアメリカの市民権が与えられなかったことに、現在のアメリカ人たちは驚くでしょう。
彼等は妻をアメリカに連れて行くことすら許されなかったのです。
クォンがスタンリーに話したことは、称賛されるべきなのです。
これらの理由から、中国人はこの映画が大好きです。
そして、記者たちの批判は、これらの悪い事実を知られたくないところからきているのでしょう。

日本も移民の受け入れを促進するようですが、その先どうなるかは実際に経験している国から学ぶのが一番でしょう。

ちゃんと教育を受けた常識的な日本人でさえ、言葉も習慣も違う外国で長年暮らすのはキツイのに。

それが本当にお互いの為なのか、法的にも、経済的にも守り切れるのか、疑問はつきません。

でも一方で、こっちの国の人を見る限り、「仕事がなければ、外国に働きに行けばいいじゃない」「給料が安いなら、欧米先進国に行けばいいじゃない」で、言葉もヘッタクレも乗り越えて、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ等にどんどん移住していく(それも一家揃って)肝っ玉の太さは見習うべきものがあると思います。

まあ、「外国」といっても、欧州は地続きですから。
その気になったら、いつでも自動車で日帰りできる。
この地理的条件や生まれながらの感覚の違いも大きいですけどね。

§ アイテム

日本語吹き替えが「安原義人」に「池田秀一」ですよ。名前見ただけで、鼻血ふきそう。

ジョーイ・タイ=シャア・アズナブルか・・。味わい深すぎて、頭の中が発酵しそう。