ティファニーで朝食を – Breakfast at Tiffany’s –

オードリー・ヘプバーン主演の映画「ティファニーで朝食を」とトルーマン・カポーティの小説は別物と見た方がいい。
映画ティファニーはあくまで「オードリーの映画」であって、カポーティが描いた「ホリー・ゴライトリーの物語」ではないからだ。

オードリーもホリー役を好演していたけれど、「結局のところ、あたしって、あしたは何処に住むかわかんないでしょ。だから“旅行中”ってつけてもらったの」と言い放つ原作のホリー像とはかなり違っている。
娼婦じみた奔放な女を演じるには、オードリーはあまりに上品すぎたのではないだろうか。(キュートだけれども)
「映画を見たカポーティが不満をもらした」と言い伝えられるのも頷ける。

原作のホリー・ファンとしては、もう一度、新しい役者で原作に忠実なホリーの物語を撮り直して欲しいところだけども、オードリーのティファニーが映画史上に残る名作として燦然と輝いている以上、リメイクは難しいだろう。

この原作は、映画を離れて読んで欲しい、珠玉の一冊だ。

第二次大戦下のニューヨークで、居並びセレブの求愛をさらりとかわし、社交界を自在に泳ぐ新人女優ホリー・ゴライトリー。気まぐれで可憐、そして天真爛漫な階下の住人に近づきたい、駆け出し小説家の僕の部屋の呼び鈴を、夜更けに鳴らしたのは他ならぬホリーだった…。表題作ほか、端正な文体と魅力あふれる人物造形で著者の名声を不動のものにした作品集を、清新な新訳でおくる。

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新潮社文庫から発行されている翻訳本には、村上春樹版と、龍口 直太郎 版 と2種類あり、龍口版は現在廃刊となっていて、店頭での入手は難しくなっています。(マーケットプレイスのみ)

私は龍口版しか読んだことがなくて、こちらに紹介しているのは龍口版の翻訳です。

クラシックな文章がとても素敵です。

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「きっとあたしのこと厚かましい女だとお思いでしょ?それとも頭がどうかしてるとか、なんとかね」
「いいや、そんなことちっとも」
「いいえ、そうよ。だれだってそう思うんだもん。でもあたし、気にしないわ。それが役にたつんだもんね」
 これが1958年に一人の作家が思いついた会話。でもちっとも古びていない。
 今日もどこかでそんな風に言いながら笑っている女の子がいるはずだ。
私もそう思う。笑われたって、いいや。軽んじられたって、そのほうがうまくいくときもある。
(Amazonレビューより)

ホリー・ゴライトリーの魅力

名優オードリー・ヘプバーンが演じた、映画「ティファニーで朝食を」のホリー・ゴライトリーは、小粋で、ロマンチックな女性でしたが、カポーティの描いた小説のヒロインは、野生的なまでに自由奔放な女。    
    
カポーティが本当に描きたかったのは、ホリーと無名作家の恋物語ではなく、たくさんの取り巻きに囲まれて、その日その日を生きる自由な女の“旅”なのです。    
    
「ティファニーで朝食を」――    
    
それは自我と自由を愛するホリーの心意気と、留まる所の無い不安と淋しさを表した、象徴的な言葉です。

私がその家に移ってから一週間ばかりたったある日のこと、二号室に属する郵便箱の名札さしに奇妙な名刺がさしこんであった。    
しゃれた字体で印刷してある文字を読むと、「ミス・ホリデイ・ゴライトリー」とあり、その下の隅っこに、    
「旅行中(Traveling)」と記してあった。

何ものにも属さず、誰のものにもならず、自由奔放に生きる女ホリー・ゴライトリー。    
ニューヨークの小さなアパートに引っ越してきた無名作家の「私」は、いつも数名の取り巻きに囲まれ、その日その日を気ままに生きる彼女に、次第に心ひかれていきます。    
    
そんな彼女の名刺には、彼女の生き様そのものともいえる肩書きが一つ。    
    
旅行中」――    
    
たとえ地の果てまで行き着こうと、自分の心に忠実に生きようとする彼女の心意気が表れています。    

【 幻想 】- Reveries - マックスフィールド・パリッシュ Maxfield Parrish
【 幻想 】- Reveries - マックスフィールド・パリッシュ Maxfield Parrish

「あたしは長い間、自分のことは自分で始末つけてきたんだからね」

彼女が単なる“奔放な女”でないことは、この一言で分かります。    
本当の自由とは、精神的自立と責任のもとに実現されるもの。    
常識人間の目には、ホリーは“無責任で我が侭な女”に映るかもしれませんが、彼女は真に自由に生きるにふさわしい自覚と責任感をもった『自立した女』なのです。

【 楽奏する天使 】- Angelic Musician - フィオレンティーノ Rosso Fiorentino
【 楽奏する天使 】- Angelic Musician - フィオレンティーノ Rosso Fiorentino

彼女は一匹の猫を飼い、ギターを弾いていた。陽の良く照る日には髪の毛を洗い、赤毛のトラ猫と一緒に非常階段の上にすわり、毛を乾かしながらギターを爪びきしていた。    
    
『眠りたくもないし、    
死にたくもない、    
ただ旅して行きたいだけ、    
大空の牧場通って』    
    
Don’t wanna sleep,    
don’t wanna die,    
Just wanna go a-traveling’    
through the pastures of the sky

映画では、有名な「ムーン・リヴァー」が歌われる場面です。    
(無名作家の“私”と目を見交わしながら歌うオードリーが、とっても素敵でした)    
でも原作の歌の方がホリーらしくて良いような。    
行く当ても無ければ、帰る場所も無いけれど、心赴くままに旅を続けたいという彼女の心情にぴったりの詩です。

Moon River, wider than a mile    
I’m crossin’ you in style some day    
Old dream maker, you heart breaker    
Wherever you’re goin’, I’m goin’ your way.    
    
Two driffters, off to see the world    
There’s such a lot of world to see    
We’re after the same rainbow’s end    
Waitin’ ’round the bend    
My Huckleberry friend    
Moon river and me.    

一マイルより広いムーン・リヴァーよ    
私はいつの日か、しゃれた姿であなたを渡ろう    
古き夢の主、心悩ます者よ    
あなたが何処に行こうと、私はついて行こう    
    
世界を見るため旅立つ二人の漂流者    
見る世界はあんなにもたくさんある    
私たちは角を曲がったところに待っている    
同じ虹の果てを求めている    
私のハックルベリーのような友    
ムーン・リヴァーと私よ    

作詞 : ジョニー・マーサー    
作曲 : ヘンリー・マンシーニ

Hannah -A.R.Banks
Hannah -A.R.Banks

「映画スターになることと、大きな自我を持つことは並行するみたいに思われてるけど、事実は、自我などすっかり捨ててしまわないことには、スターになどなれっこないの。    
むしろ、そうなることがあたしの大きな目的で、いつかは回り道をしてでも、そこまで達するようにつとめるつもり。    
ただ、たとえそうなっても、あたしの自我だけはあくまで捨てたくないのよ。ある晴れた朝、目を覚まし、ティファニーで朝食を食べるようになっても、あたし自身というものは失いたくないのね」

「ティファニーで朝食をとる」――    
それはすべての不安から逃れ、落ち着いた気分で朝食をとれる、安らかな日々の訪れを意味しています。    
    
自由奔放を好む一方で、何処かに安住の地を見つけたいと願っているホリー。それでも、それでも、最後には『自由』を選ばずにいないのが彼女の本質であり、哀しさなのかもしれません。    
    
誰かに属し、その人の懐に安住するということは、属するものに『拘束』されることでもあります。    
そして『拘束』こそ『自由』の最大の敵であり、自我を閉塞させる籠に他ならないことを、彼女は誰よりも知っていたにちがいありません。

「このおバカちゃんは(飼い猫)まだ名前をもらってないのよ。    
名前が無いのって、ちょっと不便だわね。    
    
でもあたしには、この子に名前をつける権利なんかないの。    
誰かもらってくれる人が現れるまで待たなきゃなんないわ。    
    
あたしたちは、ある日、偶然、河のほとりでめぐりあって仲が良くなっただけ。    
お互いにどっちのものでもないのね。この子も独立しているし、あたしもそうなの。    
    
一体あたしって女は、あたしと他のものがちゃんと一緒にいられるような場所を    
はっきり見つけるまでは、どんなものにしろ、所有したいなんて思わないのよ。    
ところが、まだ今のところでは、そういう場所がどこにあるかはっきりしないの。    
でもね、それがどのような所か、あたしにはよくわかってるわ。    
    
それはティファニーの店みたいな所。といっても、宝石なんかどうでもいいのよ」

名前を付けるという事は、自分のものとして『所有する』ということ。    
そして『所有』とは、自由を愛する彼女にとって最大の罪なのです。

Windflowers - ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス John William Waterhouse
Windflowers - ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス John William Waterhouse

結婚なんて誰とでもできるはずよ、相手が男だって女だって――ねえ、もしあんたがあたしのところへやってきて、軍艦と結婚したい、といったら、あたしあんたを見直すわ。そうよ、あたし本気でいってるのよ。
恋愛なんて、それでいいんじゃないかしら。

それでいいんです。

野生の動物はいくら可愛がってやってもだめね。可愛がってやればやるほど、だんだん丈夫になり、そのあげく、どうにかひとり歩きができるようになると、森の中へ逃げ込むとか、樹の枝へ飛んでいってしまうとかするのよ。    
そしてだんだん高い樹に移り、しまいには空へ消えていってしまうのね。それでおしまいさ。    
ね、ベルさん 、あんたも野生の動物を可愛がったりすると、けっきょく空を見上げてため息をつくようなことになるわ。

ホリー・ゴライトリーが男を追っかけてブラジルに去った後も、彼女の面影を胸に抱いてニューヨークに暮らす独り者のジョー・ベル。    
野鳥のような彼女に惚れた彼も運が悪かったとしか言い様がない……。

「さようなら、ほんとにあたしのいい人!――    
でも、あんながらんとした、とりとめもない、雷が鳴っても何もかも消し飛んでしまうような田舎に住むくらいなら、空でも眺めているほうがまだましだわ」

田舎から迎えにやって来た昔の亭主に贈る言葉。    

結局のところ、あたしって、あしたは何処に住むかわかんないでしょ。    
だから“旅行中”ってつけてもらったの

  
オードリーの映画は、ホリー・ゴライトリーのイメージを壊した』とよく言われるけれど、これはもうあの年代、あのキャスティングが決定した時点で、ああいうラブ・ストーリーに仕上げざるをえなかったと思う。    
    
そもそも「ティファニーで朝食を」というタイトル自体、自由と孤独の狭間にいるホリーの心情を表した抽象的な言葉であり、オードリーのイメージとは、まったく異質なものだからだ。    
   
今でこそ、女の自立といったものが当たり前のように言われ、『自由に生きる』ことが半ばファッション化しているが、自立を叫ぶ傍らで、自分を永遠に養ってくれる安住の地を品定めしてるうちは、「自立」も「自由」も、まだまだ程遠いものであるといえるだろう。    
    
小説のホリー・ゴライトリーは、結局、無名作家の『私』とも結ばれる事なく、何処かに在るだろう「ティファニーの店のような処」を求めて、アフリカくんだりまで飛んでいった。もし彼女が本当に「ティファニーの店のような処」に巡り合えたとしても、彼女が死ぬまで『旅行中』の身である事にかわりはない。    
    
なぜなら、ホリー・ゴライトリーとは、安住を求めながらも、何ものにも属せず、誰のものにもなれない女だからだ。

初稿 : ’98 autumn

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舞台はNY。宝石店ティファニーに憧れ、ショーウインドーの前でパンをかじるのが大好きなコールガールは、人なつこくてかわいい女性。同じアパートに越してきた青年作家は、そんな彼女に次第にひかれていくが、彼女には秘密があった…。
コールガールを演じても下品にならない、オードリー・ヘプバーンのキュートでエレガントな魅力が絶品だ。
ジョージ・ペパードも、いかにも人のよさそうな好青年ぶりで、ヒロインに振り回される役がピッタリ。
原作はトルーマン・カポーティ、監督は「ピンクパンサー」シリーズでおなじみのブレイク・エドワーズ。
エドワーズ監督の軽妙なタッチと、オードリーの都会の妖精のような、ふんわりとした軽やかさがマッチした、心地よいラブストーリー。

家庭菜園で収穫したレタスにのせたキッシュや新鮮なクリームを添えたラズベリーやマリナラ・ソースのパスタが大好きだったこと。よくブラウニーを焼いて撮影クルーにふるまったこと。夕食後犬の散歩に出るのがなにより好きだったこと。きちんとした生活が好きで、いつも同じ時刻に目覚め、食事をし、床につこうとしていたこと。本当に身近だった人たちが語るオードリー伝説は、彼女を生き生きとよみがえらせる。

世界中の女性を魅了してやまないオードリーの美しさ。
この本では、未公開の写真をはじめ、デザイナー自身の手によるオードリーのためのラフ・スケッチ、『ムーン・リバー』『麗しのサブリナ』『マイ・フェア・レディ』でのメイク(シャドウやチークや口紅のさし方や色…)を紹介するカラーイラストなどを掲載。
ファッション雑誌のように楽しめるヴィジュアル伝記です。


永遠の妖精”オードリー・ヘプバーンが1993年1月20日にこの世を去って10年。今なお女性たちのあこがれの存在である彼女のファッションに焦点を当てた写真集。アイテム別の着こなしテクニックに加え、彼女のライフスタイルがうかがえるプライベート写真も満載です。さらにオードリー出演作品の撮影マル秘エピソードの数々もご紹介。

Photo : http://www.empireonline.com/movies/breakfast-tiffany/review/

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