アーサー王伝説『シャロットの女』 ~恋と孤独を恐れた処女姫~

2017年10月29日書籍と絵画, 絵画の話題

アーサー王の居城キャメロットを臨む川の上流に、シャロットという名の島がありました。
島にそびえる高い塔のてっぺんには、呪いをかけられた美しい乙女が閉じ込められており、唯一、魔法の鏡だけが、外界と彼女を繋ぐ唯一のものでした。

乙女は、来る日も来る日も、鏡に映し出される外界の様子を機に織り込んでいましたが、ある夜、仲むつまじい恋人たちの姿を見て、
「影のような生活はもうたくさん!」
と、つぶやきます。

シャロットの女 Waterhouse

そんな彼女の鏡についで映し出されたのは、誉れ高い円卓の騎士ランスロット。
その麗しい姿に魅了された彼女は思わず窓の外に身を乗り出し、外界を目にしてしまいます。

その瞬間、織物の糸は千々に乱れ、鏡は真横にひび割れ、乙女は「呪いが私にふりかかった」と叫びました。

シャロットの女

運命を覚った乙女は、塔を降り、川辺にさまよい出て、一隻の船に乗り込みます。
そして、消え入るような声で最後の歌をくちずさみながら、やがて息絶えてしまいます。

乙女の亡骸を乗せた船はやがてキャメロット城に流れ着き、騎士ランスロットは彼女のために祈りを捧げるのでした……。

シャロットの女

『シャロットの女』参照サイト

詳しい解説は、次のサイトにあります。
原文『The Lady of Shalott』と邦訳も読むことができます。
ぜひ訪れて下さい。
サイト『Crystal Line』 -LOREENA McKENNITT the Visit-

こちらは『シャロットの女』の伝説を好んでモチーフに取り上げた「ラファエル前派」の絵画からアプローチしています。
こちらも非常に参考になります。
『ラファエル前派の部屋』 ウィリアム・ウォーターハウスより

『シャロットの女』について

「シャロットの女」がなぜ呪いをかけられ、塔に閉じ込められたのか、アーサー王の伝説にも一切説明はない。

しかし、この物語が、『処女性』を象徴したものであることは容易に想像がつく。

これは完全に私の創作だけれども、恐らく、乙女は、「性的な交わり(精神的肉体的含めて)」を恐れる、一種狂信的な彼女の母親によって閉じ込められたのだと思う。

乙女の母親は、予言と透視の源である処女性が、男性との交わりによって霊力を失い、ついには身も心も傷つくことを恐れたのだろう。

乙女の母親もまた、かつてキャメロットの騎士に叶わぬ恋をし、その為に、神聖な霊力を失った経験があった。
それだけに、娘に同じ苦しみを味あわせることだけは絶対に避けたかったのだ。

本来なら、母に継ぐ霊力の持ち主であるにも関わらず、外界への好奇心が旺盛で、積極的に人との交わりを求めようとする娘の性向を知った母親は、まだ少女の娘を言葉巧みに連れ出し、塔のてっぺんに閉じ込めた。

「外の世界を目にすれば、お前はたちまち死に至るだろう」と予言し、魔法の鏡だけを与え、機を織り続けることを命じた。

乙女は何一つ疑いもせず、母の厳命を受け入れ、機を織り始めた。

「ここに居れば、傷つくことも、迷うこともなく、いつまでも幸せに暮らせるのよ」

そんな母の言葉を信じて──。

*

やがて乙女は成長し、機を織る腕前も並ぶものがないほどに上達した。
母はとおに亡くなっていたが、そんなことを知るよしもなく、来る日も来る日も機を織り続けた。

彼女は自分がこの世にひとりぼっちであることに気付きもしなかったし、悲しさや淋しさを感じることもなかった。

ただ、鏡の中を見つめ、そこに映る世界を美しく機に織り上げることができれば、それで満足だった。

母の言う通り、この塔の中で、機だけ織って生きていれば、何の苦しみもなく生きて行けると納得していたのである。

*

だが、ある夜、彼女は月の明かりの下に寄り添う男女の姿を目にしてしまう。

それは、彼女が今まで目にしたものの中で、最も美しく、温もりに満ち、完璧な調和を成すものであった。

突然、彼女は自分が「孤独」であることに気付き、人間としての不完全さを思い知らされる。

孤独を知った彼女は、自分自身はもちろん、これまでの人生が否定されるばかりか、自らの信じた幸福が崩れ落ちることを恐れ、その場にすくんだ。
全身が冷たく、空っぽに感じられ、思わず、自分で自分の身体を抱きしめずにいなかった。

と、その時。

鏡の中に、彼女は、川のほとりを歌いながら歩く円卓の騎士ランスロットの姿を見てしまう。
そのあまりの麗しさに心惹かれた彼女は、思わず窓の側に駆け寄り、その目に、胸に、彼の姿を焼き付けてしまう。

激しい心の高鳴りは、彼女の世界の全てであった織物を千切ってばらばらにし、魔法の鏡を砕いた。
もう一人には戻れぬことを知った乙女は、「これこそが呪い」と狂おしいばかりに叫び、その場にうちひしがれた。

彼女が恋を知った瞬間、その恋は終わりを告げたからだ。
ランスロットの胸に、他に愛する女性の面影までも見てしまった彼女に、もはや残されたのは『死』によって恋を絶つ道だけであった。

*

塔から離れ、川辺へとさまよい出た乙女は、今、自分が生きた人間であり、もう一つの別の肉体と魂を欲する、不完全な存在であることを身にしみている。
何という空しさと淋しさ。
塔の中に居た時は、自分が一人であるということにすら気付きもしなかったのに。

乙女は小舟を見つけると、力なく横たわり、求めても得られる人のいとしい面影を胸に抱きながら、最後の歌を口ずさむ。
それは機を織りながら、何度も口ずさんできた恋の歌。
それが何を意味するのか考えもせず、ただ遠い夢のように淡い糸を紡ぎ合わせて悦びを絵にしてきた。

だが、今はもう、それがはかない夢に過ぎないことを知っている。

ランスロットの逞しい腕が彼女を抱き、情熱で満たしてくれない限り、彼女は完全とはなり得ないだろう。

一人では埋めようのない空白を心と身体に思い知った今、死だけが愛のように優しい。

目を閉じた乙女の顔にもはや苦悶の影はなく、舟は導かれるように、静かに川を下って行くのだった──。

シャロットの乙女

Poem

– The Lady of Shalott –

私は今、
一人の哀れな女のことについて考えている。
【シャロットの女】――
恐らく、この世でもっとも不幸な女――
生きながらに死んでいった女のことを。

女は、シャロットの中州にある
塔の一室に閉じ込められ、
来る日も来る日も、
鏡に映った外界の出来事を
機織るよう定められていた。

彼女がいかなる理由で
呪いを受けたかは誰も知らない。

ただ彼女は、定めのまま――
その目で見たままに、機を織り続けた。
そうすることが自らをこの世に繋ぎ止める
ただ一つの手段であるかのように。

*

初めは呪いなど気にかけず、
機織りに励んでいた彼女も、
結ばれたばかりの男女が
塔の下を通りかかると、
『もう外の世界にはうんざり』
とつぶやく。

そんなある日、
塔の近くを、
勇ましい騎士ランスロットが
通りかかった。

彼女は思わず窓に駆け寄り、
彼の姿を目にした。

すると
織っていた機は、ほつれて宙に漂い、
鏡にはひびが入った。

彼女は『呪いがかかった!』と叫び、塔から水辺に降りた。
小船に乗った彼女は、船首に名前を記し、身を横たえると、
最後の歌を口にしながら息絶えたのである。

キャメロット城に到着した彼女の亡骸を見た人々は、恐れおののいたが、
ランスロットだけは彼女に近寄り、
「この女は見目麗しい。神が女に恩寵を与えますように」
と祈ったのだった。

*

女はなぜ死に赴かねばならなかったのか。

彼女の運命は、
塔の中に閉ざされた時から決まっていた。
外界との交わりを絶たれ、
唯一の持ち物である鏡――
すなわちその魂に映るものを
ただひたすら機に織り込むことを
定められた時から、
“彼女”は既にこの世に無く、
幻に生きていたのである。

何も知らなければ、
彼女も生き長らえただろう。

だが彼女は見てしまった。
勇ましい騎士ランスロットを。

誰をも知らぬ魂に
一人の男が住みついた瞬間、
幻は破れ、
外界へと引きずり出されたのである。

おそらく女は、
外界の平和も、悦びも、
すべてを断ち切って
機織りに打ち込んでいたちがいない。
そして何も知らずにいれば、
この世ならぬ美の産物を
創り続けることができただろう。

だが破られた。
ランスロットに心ひかれ
窓に駆け寄った瞬間、
女は自分に与えられた定めも、仕事も
一切をなげうったのだ。

愛が叶わぬとなれば、
もはや女に住処はない。
その魂を慰めるものは
永遠の死だけである。

最後の歌を口ずさみながら、
女が胸に抱いたのは、
希望なのか、絶望なのか――

ただ河の流れにたゆたいながら、
もう二度とあの塔へは戻れないことを
想っていたいにちがいない。

初稿:2000年

『シャロットの女』に関する書籍

ウィリアム・ウォーターハウス、ブーグローなど、ラファエル前派の絵画に興味をもったら是非一読して欲しい本。
ラファエル前派を代表する画家の紹介をはじめ、彼らが好んで題材としたギリシア神話やアーサー王伝説などについても詳しく説明しています。

こちらも非常に高級感あふれるセンスのよい本。
主に『水』をテーマとした神話や伝説のラファエル前派の傑作を詳しく紹介しています。

日本でも数少ないウォーターハウスの画集。
シャロットの女をはじめ、パンドラ、キルケー、オフィーリア、プシュケなど、神話や伝説の美しい女性をテーマとした絵画が堪能できます。