愛すべきキャラクター「リサベット」二大女優の個性が光る 『ドラゴン・タトゥーの女』

2017年9月14日映画, レッド・ツェッペリン

スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンの大ベストセラー『ドラゴン・タトゥーの女(スウェーデンの原題:Män som hatar kvinnor(女を憎む男)』が、2009年のスウェーデン版に続いて、2011年、ハリウッドでもリメイクされました。

少女失踪事件を追いかける敏腕ジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィストを「ジェームズ・ボンド」で同じみのダニエル・クレイグ、図抜けた調査能力をもち、優れたハッカーでもあるドラゴンの入れ墨をもつ女、リスベット・サランデルを「ソーシャル・ネットワーク」のヒロイン、ルーニー・マーラが演じています。
監督は、同じく「ソーシャル・ネットワーク」のデヴィッド・フィンチャー。

ドラゴン・タトゥーの女
Photo : http://www.blu-ray.com/movies/The-Girl-with-the-Dragon-Tattoo-Blu-ray/35744/

一方、2009年、本国スウェーデンで制作された『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』も力作でした。
公式サイト → http://millennium.gaga.ne.jp/

ルーニー・マーラがパンクな装いをしながらも、どこかキュートで愛らしいに対し、ノオミ・ラパスが演じたリザベスはワイルドで意志的で「大人の女」という感じ。

残念ながら、原作はこれから読むので、「どちらが小説のリザベスに近いか?」という問いには答えられないのだけれど、ルーニーは少女漫画で、ノオミはビッグコミック・スピリットという感じ。池上遼一が好んで描きそうなキャラクターだ。

ドラゴン・タトゥーの女
Photo : http://spinoff.comicbookresources.com/2010/11/09/swedish-director-is-skeptical-of-american-dragon-tattoo/

また、実業家の不正を暴き、出版界を追われる気鋭のジャーナリスト、ミカエルも、ダニエル・クレイグがスタイリッシュに演じたのに対し、スウェーデン版のミカエル・ニクヴィストは、「なんか話の成り行きで事件に巻き込まれちゃったけど、だんだん失踪した少女が可哀相になってきて、ようし、おじさんがどんな事をしても犯人の正体を暴き、無念を晴らしてあげるよ!」という感じ。ちょっと黄昏れたオヤジっぷりに温かみがあって、クレイグにはないヒューマンな魅力的があった。なまじセレブ感がないだけに(もちろんスウェーデンでは人気者なのだけど)、もしかして途中でズドン!と撃たれちゃう? な不安が終始つきまとう点もポイントだ。

ドラゴン・タトゥーの女
Photo : https://generationfilm.net/2010/04/23/movie-review-the-girl-with-the-dragon-tattoo-an-exceptional-neo-noir-with-complex-characters-and-a-mesmerizing-plot/

私の印象では、スウェーデン版の方がより陰鬱感があり、失踪した少女にも北欧の良家の子女らしい気品があって、それだけに犯人の鬼畜ぶりが気味悪かったのだけど、デヴィッド・フィンチャーも悪くはない。特にオープニングが素晴らしかった。フィンチャーらしい躍動感のある映像美を堪能できた。ちなみにオープニングで使われた曲は「レッド・ツェッペリンの『Immigrant Song』。ツェッペリンでくるとはフィンチャーもやるなぁ。

でもミステリーとしては、やはり「七つの大罪」をモチーフにした連続猟奇殺人を追うブラッド・ピット&モーガン・フリーマン主演の『セブン』の方がはるかに面白い。これこそ最後まで展開がまったく予想できず、「まさか、こんな終わり方をするとは・・」と誰もが絶句する、腹の底にドーンと鉛が溜まるような作品だった。

でも、それを言い出したら、スティーブ・ラーソンの原作によるところが大きいし、「フィンチャーがいまいち」というよりは、ミステリーの質に疑問があるのよな。もっとも原作はこれから読むので、今の段階でどうこう意見はできないのだけれど、フィンチャーも原作に忠実に作っているとしたら、「もうちょっとヒネリが欲しかったな」というのが正直な感想だ。これなら横溝正史の方が面白いよ、と。

じゃあ、この作品の魅力は何なのかと言えば、やはり『リスベット・サランデル』というキャラクター、この一言に尽きる。

とっても痛そうな顔中、体中のピアスに、パンクな刈り上げヘア。ピチピチの革ファッションに下品なくわえ煙草。眉毛はないし、目つきはヘンだし、あちこちに入れ墨もしてるし。「現実にこんな女おったら、500メートルぐらい引くでな」というビジュアルにもかかわらず、内面は感じやすく、いつしかそれが気にならなくなるほどキュートな魅力をもっている。lady ではなく girl と表現している点からも分かるように、リスベットは12,3歳の少女がそのまま大人になった感じ。傷つきやすい心を無表情の仮面で隠して、世間に背を向けるようにして生きている。彼女の過去は続編に詳しく描かれているのだが、大人の男から見れば、身体はオンナ、心は少女というギャップがたまらなくミステリアスで、一度は食してみたいタイプであろうと思う。

この「少女」の部分を前面に押し出しているのがハリウッド版のルーニー・マーラで、傷だらけの過去を超克するように意志もって生きているのがスウェーデン版のノオミ・ラパス。どちらも比べるのが惜しいぐらい、素晴らしい役作りだ。

とりわけルーニーのリスベットは「守ってあげたい」オーラが全開で、クールなクレイグのミカエルも、「部下のOLについつい触手を伸ばす、いけない部長サン」という感じ。渡辺淳一の好きそうなシチューエーションだ。

それだけにフィンチャー版のラストのエピソードはちょっと余計にも思えた。

「あれがいい」という人もあるだろうけど、私は、スウェーデン版の愉快痛快な、スカっとコカ・コーラでも飲んだようなキレ味のいいエンディングの方が好み。ここまでリスベットに幸せの予感をもたせて、あの終わり方は切なすぎる。

まあ、これは、個人の好みの問題ではあるけどね。

(追記:原作の終わり方がフィンチャー版と同じなんですね。私は原作未読でスウェーデン版を先に見たので、コカ・コーラ・エンディングの方が好ましく感じました。でも、やっぱり、フィンチャー版の終わり方は同じ女の子として(あたしはもう女の子じゃないんだけども)、やっぱり淋しすぎます(T^T) でも、続編で、まだまだミカエルとの繋がりは続くから、乞うご期待って感じ)

それにしても、二つの映画を見てつくづく感じる。映画の要はやはり「キャラクター」だな、と。

このドラゴン・タトゥーみたいに話はそこそこでも、キャラクターが面白いとそれだけで見る価値がある。

「スター・ウォーズ」のダース・ベイダー、「羊たちの沈黙」のレクター博士、インディ・ジョーンズ、エイリアン、プレデター、ターミネーターなんかもそう。

やはりキャラクターあっての作品とつくづく思う。

ドラゴン・タトゥーも「最初にリスベットありき」なので、まだまだ続編に期待できそう。

ともあれ、フィンチャー版、2009年のスウェーデン版、どちらも見比べ、そしてスティーグ・ラーソンの原作も読んで欲しい。

これだけで週末、たっぷり遊べますよ☆

デヴィッド・フィンチャー版

2009年 スウェーデン版

さらに突っ込んだ感想

思うに、「リサベット」というキャラクターの造形はいいけれど、なぜ彼女がミカエルの助手を「あそこまで熱心に」引き受けるようになったのか、その心理をもう少し丁寧に描いて欲しかった。

情緒に乏しく、対人的にも問題のあるリサベットが、ミカエルに「手伝え」と言われて二つ返事で頷いたとしても、それ以後の「熱心さ」がどうも納得行かないんだな。あまりに素直というか、協力的というか……たとえミカエルに恋したとしても、今まで病的なまでに心を閉ざしてきたリサベットが、ちょっと紳士に振る舞われたぐらいでこんな簡単に打ち解けるかな、という疑問があるし、事件の調査も「普通に協力してる」という感じで、もっと内面の葛藤があってもいいと思うのだ。「男にこんな気持ちになるなんて……」とミカエルに反発してみたり、被害者の少女たちに自分を重ね見てトラックバックに悩まされる、とか。

リサベットが魅力的なキャラクターだけに、単純に推理を押し進めているような印象が、どうにもこうにも残念。

その点、フィンチャーの昔のヒット作『セブン』は、神を気取る猟奇殺人犯に対し、若いブラッド・ピットが苛立ちを露わにしたり、モーガン・フリーマンが僧侶のような哲学で説いて聞かせたり、スリラーながらも人間的な葛藤と現代的な宗教観が随所にちりばめられ、「刑事もの」で片付けるには惜しいほどの深みを持っていた。(テーマとしては『デスノート』や『罪と罰』によく似ている)

「ドラゴン・タトゥーの女」にそれを期待するのは難しいかもしれないが、原題にも「女を憎む男」とあるように、作品全体に女性蔑視やサディズムに対するテーマがあり、心に傷を負ったリサベットが登場するのだから、もっと犯人の動機や、それを追うミカエルとリサベットの心理的な揺れ動きを表に出してもよかったんじゃないかな、と思う。

悪く言えば、無難に始まって、無難に解決した、という感じ。頭の切れる個性的な女が捜査に協力しただけ、という印象が拭えない。
じゃあ、この一件を通して、リサベットの心の傷は癒されたの? という話になると、彼女が一連の事件に対し、どういう気持ちで取り組んでいたかさえもよく見えないし、ミカエルにいたっては「やれやれ、無事に解決してよかった」という感じでしかないからね。

やはり、要は「犯人に対する復讐心」──リサベットにとっては、自分を傷つけた男達に対する復讐の気持ちがあり、ミカエルにとっては、権力を濫用して社会のルールはおろか個人の人生までも破壊してしまう「絶対的な支配者」に対する怒りがあるだろうから、もっともっと彼らがこの事件に同情し、最初は成り行きで引き受けたが、いつの間にか自分自身の問題として取り組むようになっていた……という動機があれば、より説得力とカタルシスがあったのではなかろうか。

その点、原作に期待して、これから読んでみようと思う。

全部で6冊かー。

嬉しいね♪♪

Immigrant Song

フィンチャー版のOPに使われた『Immigrant Song』のオリジナルはレッド・ツェッペリンだが、映画に使われているのはKaren O with Trent Reznor & Atticus Rossのカヴァー曲。
なんとなくジェームズ・ボンドっぽいけど。映像も。

どっちのリンクを貼ろうか迷ったけど、やはり本家本元、レッド・ツェッペリンの方を聞いて欲しい。


関連アイテム

40年前、ヴァンゲル一族が住むストックホルムの孤島ヘーデビーで忽然と姿を消した少女ハリエットの失踪事件。一族の重鎮ヘンリックは、姪の身に起こった真実の調査のため、名誉毀損で有罪判決を受けた雑誌「ミレニアム」のジャーナリスト、ミカエルを雇う。ミカエルは、調査員リスベットに協力を求める。背中にドラゴン・タトゥーを入れた彼女は、スウェーデン随一の天才ハッカーだった。堅い殻に閉じこもって生きてきたリスベット。精神状態不安定という烙印を押され、後見人の保護観察下に置かれてきた彼女は、その頃、新任後見人の度重なる性的虐待に対し、想像を絶するような復讐を果たしていた。ミカエルとは、次第に心が通じ合うリスベット。ハリエットが日記に残した電話番号、生前の彼女を写した最後の写真・・・2人は、事件の真相に迫っていく……。

ノオミ・ラパスが演じた意志的でアダルトなムードのリスベットが魅力的。
ハリウッド版に比べ、ヨーロッパらしい趣と陰影があり、アガサ・クリスティっぽい雰囲気が好きな方にもおすすめ。
セットはハリウッド版に見劣りするかもしれないが、全体のテンポもよく、最後までぐいぐい引っ張ってくれる。
ラストのキレ味もよく、フィンチャー版にまったく見劣りしない完成度。

どうでもいいが、悪徳弁護士を演じた吹替えの「どんなセ○クスが好きなのかな~」という口調が、リスベットでなくてもゾゾ気満開。

全体にハリウッド版より北欧の雰囲気が出て、好感が持てます。

ミカエルはハリエット失踪事件に関する膨大な資料を調べる一方、ヘンリックの一族のいわくありげな人々の中に分け入っていく。だが謎は深まるばかりで、助手が必要と感じた彼は、背中にドラゴンのタトゥーを入れた女性調査員リスベットの存在を知り、彼女の協力を得ることに成功する。二人の調査で明かされる忌まわしい事実とは? 幾重にも張りめぐらされた謎、愛と復讐。全世界を魅了した壮大なミステリ三部作の第一部

当然のことながら、原作の方がより登場人物の心理に分け入った描かれ方がして読み応えがあります。
特にリスベットがミルトン・セキュリティ会社に勤めるに至ったか、前任の後見弁護士とは上手くやってゆけたのか、そのあたりのプロセスが非常に丁寧に描かれています。
作者がいかに「リスベット・サランデル」というキャラクターに惚れ込んでいたか、すごく伝わってきます。
ドラゴンタトゥーは、ほんと「リスベット・サランデル」というキャラクターを堪能するための作品ですね。

Photo : http://thebigcomfybookshop.blogspot.com/2013/05/the-girl-with-dragon-tattoo-friday.html