ロック史に残る叙情詩 『天国への階段』 レッド・ツェッペリン

2017年9月17日音楽, レッド・ツェッペリン

私が初めてレッド・ツェッペリンの伝説的ヒット曲「天国への階段」を聞いたのは、13歳の時。

その頃、私は、スティーブ・マックィーンの大ファンで、代表作の「タワーリング・インフェルノ」「ブリット」「荒野の七人」「シンシナティ・キッド」など、彼の出演作はほとんど観ていたし、「お父ちゃんと呼ぶなら高倉健、恋人にするならスティーブ・マックィーン」と思ってたぐらい。ほんと、理想の男性だった。

スティーブ・マックイーン

そんな時、目にした『スティーブ・マックィーン 肺ガンで死去』の新聞記事。(正しくは中皮腫という悪性腫瘍)

それから間もなく女性週刊誌に詳細を伝える記事が掲載され、私はその2ページをハサミで切り取ると、自室にこもり、延々と泣き続けた。天上にぽっかり穴の空いたような喪失感だった。

その時である。FMラジオからレッド・ツェッペリンの『天国への階段』が流れたのは。

ぽつぽつと歩み始めるようなジミー・ペイジのギターソロに始まり、ロバート・プラントのヴォーカルにのって、徐々に高みへと上り詰めてゆく。

その時はレッド・ツェッペリンというバンドはもちろんのこと、「天国への階段」という曲名さえ知らなかった。

だけど私には透き通った天国への階段を、水色の天上に向かって一段、一段、登ってゆくスティーブ・マックィーンの姿が浮かんだし、神様が『スティーブはちゃんと天国に行ったから、そんなに悲しんではいけないよ』と声かけしてるような気がして、余計で涙が止まらなかったもの。

それからしばらく「いったい、あの曲は何だろう? あの神がかった美しさは、誰の手によるものなのだろう?」と考えていたら、ほどなく、私の大好きな「FMリクエストアワー」でこの曲が紹介され、レッド・ツェッペリンの『天国への階段』だと知った次第。

ロック史上に残る最高傑作と名高い『天国への階段』。その歌詞はかなり抽象的で、「階級差別」「戦争反対」「聖書や神話の世界」「麻薬賛美」などいろんな説があり、どれが本当なのか、作詞したロバート・プラントでさえ明言していない。

・こちらに詳しい解説があります→「天国への階段」解説

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この曲は、メロディ自身が既に全てを語っており、いまさら言葉で情景やメッセージを伝える必要もない。

私も、明確な意味はなく、「メロディに合わせて韻を楽しむ詩」としてとらえているけれど、なんにせよ、日本語に置き換えて解釈するのは無粋という人も多いのではないだろうか。

プラントの神がかったヴォーカルも、あえて「英語」で歌っているだけで、ケルトの古い言葉でも、天王星人語でも、韻さえ合えば、何でもハマるような気がする。

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私のイメージは、ロック版「亡き王女のためにパヴァーヌ」という感じ。

若くして死んだ乙女が、水色の空へ登ってゆく。一段、一段、透き通った天国への階段を踏みしめ、時々、地上の風景を懐かしみながら。

そこに本当に「神の国」があるかどうかは分からないけれど、そこに行けば、もう二度と、泣くことも、苦しむこともない。無限に優しい愛の手に包まれて、空気のように軽やかに呼吸することが叶うのだろう。

だけど、この淋しさは何だろう。

私は本当に天国を望んでいるの?

たとえ、そこが、地上の人々が夢見る楽園であったとしても、私は涙を流す人生にこそ、いとおしさを感じるし、たとえ今、真っ白に救われたとて、私は少しも嬉しくはない。

もしかしたら、神様の方こそ、地上に恋しているのではなくて?

それでも、私は行かねばならないのかしら。

この階段を上って、人の言う「天国」へと。

ふと見下ろせば、大好きなパパとママが居る。

あの町の果てには、私が本当に出会うべき人が居たかもしれない。

それでも、私は行かねばならないのかしら。

この地上を離れて。

今、私は、一段、一段、登ってる。人の言う「天国」へと。

永遠に時をとめ、何も知らない少女のままで居る為に。

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って、感じかな。あくまで私のイメージですが。

§ レッド・ツェッペリン Ⅳ

スーザン・サランドンとトミー・リー・ジョーンズ主演の映画『依頼人~ザ・クライアント』の中に、こんな場面があります。

マフィアに脅迫された弁護士の自殺現場に遭遇したために、命を狙われることになった少年マーク・スウェイ。彼はズボンのポケットに所持していた「1ドル」で女弁護士レジー・ラブに助けを求めます。
しかしマークはなかなか心を開かず、力になろうとするレジーにさえ反抗的な態度を取ります。そんなマークのTシャツに描かれたイラスト(アルバム『Ⅳ』のジャケット写真)を見て、レジーが「レッド・ツェッペリンが好きなの? 私もよ」と言うと、「あんたら大人は、よく知りもしないくせに、ツエッペリンの話をすればオレみたいなティーンの気が引けると思ってる。本当にツェッペリンのファンだというなら、彼らのアルバムについて言ってみろよ」
「彼らの初期のアルバムは全部で4枚。そのいずれもタイトルはついてない。でも『Ⅳ(フォー)』と言えば、ファンには分かるの」

……というぐらい、今なおロック史に残る歴史的名盤として親しまれているアルバム『Ⅳ』。

ハードロックあり、フォークあり、で、何度聴いても飽きることがないです。
私もこれだけは買いました。
レコードのB面(つまりミスティ・マウンテン・ホップ以降)はちょっと好みじゃなかったですが、今、改めて聞くと、いいなと感じます。

でも、やっぱりA面のラインナップが最強ですよね。

「Black Dog」要はナニのことです。分かる人には分かるエッチな歌詞。


ボーナム君のドラムが最高にイカす。「ローンリ、ローンリ、ローンリ」の部分のチャン・ツカ、チャン・ツカというリズムの取り方がよろし。


§ 小栗勘太郎さんのコラム

ダイヤモンド・オンラインに連載中の音楽愛好家・小栗勘太郎さんのコラムから。

【レッド・ツェッペリンIV (ブラック・ドッグ~天国への階段)】 4人のロック野郎が創り上げた音楽の楽園” target=”_blank”>【レッド・ツェッペリンIV
(ブラック・ドッグ~天国への階段)】
4人のロック野郎が創り上げた音楽の楽園

レッド・ツェッペリンには、王道を歩むロックの本質が溢れています。

当時の音楽業界の常識は、まずシングル盤を売って、その勢いでアルバムを売るというものでした。だから、TVの音楽番組への出演は極めて重要な活動でした。かのビートルズやローリング・ストーンズもそうでした。しかし、ツェッペリンはTVに出て1~2曲だけ演奏するような活動を断固拒否しました。自分達の音楽は、自分達が演奏したいように演奏するのだ、とライブ活動を重視し、シングル盤は出さず、アルバムで勝負したのです。

要するに、世の中の常識は一顧だにせず、自分達の感性を信じて、わが道を歩んだのです。音楽評論家たちへのサービスなど一切しません。批評家のコメントなど関係なしです。だから、保守的な音楽ジャーナリズムからは批判され続けました。

好きなことをやり続ける。

その潔い覚悟が生むものが、真に新しい音楽であり、元気のツボを刺激するオーラなのです。

§ 日本語直訳ロック 王様

日本語直訳ロック「王様」。私の居住国でもラジオで紹介された。
許せん、という人もあるだろうけど、王様のおかげで、ディープ・パープルやローリング・ストーンが何について歌っているか、理解した人も多いと思う。
ある意味、すごいお方。王様自身もギター上手いよね。