アイデアは資本に優先する 映画『ソーシャル・ネットワーク』

私の好きな経営者の一人に本田宗一郎がいる。言わずと知れた「世界のHONDA」の創設者だ。

20代後半から30代前半にかけて、彼の哲学に惹かれて、図書館で本田氏の自伝や評伝、HONDAにまつわる様々なビジネス書を読みあさった。中でも本田氏自身が書き下ろした「得手に帆あげて―本田宗一郎の人生哲学」は、これから世に出て行こうとする青年、起業を志すサラリーマン諸君への熱いエールで満ちており、私が若い時に非常に感銘を受けた本の一つである。

そんな本田氏がビジネスの真髄を問われた時、常に口にしていた言葉が『アイデアは資本に優先する』。

多くの起業家や経営者は、十分な資本や設備があってはじめて事業を成功に導けると考え、まずは資金集めや手回しに奔走するが、本田氏は『アイデア』こそビジネスの核であり、すぐれたアイデアは百億、二百億の資本に優る、と主張する。

「こんなモノを作りたい」「今の世の中にはこんなサービスが必要ではないか」……そんな漠然とした気持ちや思いつきが、いつしか揺るぎない信念になり、形となる。そして、それが本当に優れたものであれば、必ず賛同者は現れ、世の中にもそれを必要とする追い風が吹く。最初から百億の資本がなくても、優れたアイデアは自ずと百億の資本を生み出す、というのが彼の一貫した考え方だった。

今ある手持ちの駒で手っ取り早く儲けよう、売れ筋に便乗して手堅く稼ごうという人には、百億の金を生み出すアイデアの価値など見えにくいだろうし、そもそも「アイデアが金を連れてくる」ということ自体信じられないかもしれない。

だが、今、世界で大流行しているもののルーツを探れば、すべては「誰かのアイデア」から生まれている。

「TVも見られる電話があればいいな」
「欲しい情報に簡単に辿り着けるツールがあればな」
「記事を入力するだけで自動的に更新してくれる、もっと簡単なホームページ作成ツールがあればいいな」

最初から誰かがその青写真を描いて、成功を約束してくれたわけではない。

「こんなものがあったらいいな」という何気ない思いつきがいつしか確信に変わり、少しずつ形になる中で、それを評価する人が現れ、投資する人が現れ、やがてユーザーの手に渡って急速に広まってゆく。

ガレージで生まれた検索システムがいつしか数兆円の産業に成長したのも、そのアイデアがまさに「時代の欲したものだった」から。

『アイデアは資本に優先する』という本田氏の言葉は決して夢物語や楽天的発想ではない、分かる人には分かる、ビジネス界の黄金律なのである。

そして今、26才の億万長者を生み出し、今なお急成長をつげるソーシャル・ネットワーク『Facebook』。

日本での知名度や利用率はイマイチ低いが、世界で最も利用されている巨大SNSであり、その市場価値は4兆円とも5兆円とも言われている。

これを創設したのは2010年のTime誌「Person Of The Year」にも選ばれたマーク・ザッカーバーグ。世界有数のCEOにして、40億ドルもの資産をもつビリオネアにはとてお見えないソバカス少年だ。

Facebookが生まれたキッカケはいたって単純、「大学の友人やクラスメートのことをもっと詳しく知りたい」「気の合いそうな人と気軽にコンタクトが取れたら」「お気に入りのあの娘には彼氏がいるの?」といった、大学生らしい遊び心が始まりだ。

実名とプロフィール写真付きで公開された「お友だちのプロフィール・ブック」は、瞬く間に学生間で話題となり、参加者が殺到する。

やがてFacebookは、伝説の大学生起業家ショーン・パーカーとの出会いを通して事業としての形を明確にし、莫大な投資を得て、いよいよネット・ビジネスの最先端に乗り出す。

だが、ザッカ-バーグ一人の思いつきと努力でここまで来たわけではなく、元はと言えば、上流階級の子弟にしてボート部のエースでもあるウィングルボス兄弟の「学校の仲間と気軽に交流できるインターネット・サービスを作りたい」というアイデアから始まったものだし、副創業者であるエドワルド・サリヴァンの友情や技術協力も抜きにしては語れない。

にもかかわらず、ザッカ-バーグは、ウィングルボス兄弟に何の断りもなくショーン・パーカーと手を組み、エドワルドに対しては和解金と引き替えに経営陣から閉め出した。

昔ながらの立志伝中の経営者──本田宗一郎や松下幸之助、盛田昭夫、しいてはトーマス・エジソンやヘンリー・フォードのような偉人伝に慣れ親しんだ世代から見れば、彼らの金と友情に対するあまりにドライなやり方には違和感を感じるかもしれない。まるで中学生がロトくじを当てるような感覚で、何百億もの金を動かす最高責任者に上り詰めていいのか、と。

もちろん、この映画は、ザッカ-バーグの真実をありのままに描いた作品ではないし、Facebookを世紀の大発明としてヨイショするものでもない。

ザッカ-バーグという人物もFacebookというサービスも、いわば現代のネット・ビジネスを象徴するアイコンであり、監督の狙いは、大学生を一夜で世界の億万長者に変えるイマドキのビジネスの在り方を観客に考えさせるところにある。

彼らはいわゆるデジタル・ネイティブ。

いい大人になってからiPhoneを手にし、「電話もずいぶん便利になったなー。昔のSF漫画がホントになったなー」と感慨にひたる世代とは、ネットに対する考えも、人との付き合い方も、ライフスタイルも、何から何まで違う。そして、今という時代は、そんな彼らの「何気ない思いつき」がインターネットを通じて急速に世界に広がり、わずか数年で何億、何兆というビジネスに化ける。やっと完成した製品をリヤカーに積んで、一軒一軒、お得意さんを訪ねて歩き、根気よくアピールするというような立志伝中の時代は終わったのだ。

それを「ビジネス革命」と捉え、誰もが億万長者になり得る幸福な時代の到来と見るか、立ち止まって考えるかは、まさに見る人の感性による。

映画『ソーシャル・ネットワーク』は、年配の女性にアドバイスされた言葉を噛みしめ、ぐっと考え込むザッカーバーグのアップで終わるが、それこそ我々に投げかけられた課題ではないだろうか。

この作品の監督はデヴィッド・フィンチャー。フィンチャーと言えば、サイコスリラーの傑作『セブン(主演:ブラッド・ピット&モーガン・フリーマン)の製作を手がけた鬼才だ。映画『セブン』の中で、フィンチャーは、モーガン・フリーマン演じる刑事に、「やつ(猟奇殺人犯)が本物の悪魔なら、お前も納得するだろう。だが、やつは人間だ」というセリフを言わせているが、この『ソーシャル・ネットワーク』もにも同じことが言える。「ザッカ-バーグがエジソンやフォードのような立志伝中の人なら、お前も納得するだろう。だが、やつは普通の大学生だ」。

もちろん、ザッカ-バーグも、頭の鋭さや嗅覚においては並み居る大学生とは一線を画している。なまくらなお坊ちゃんではないからこそ、利権に群がる大人たちから自身の利益を守り、Facebookの創始者兼CEOとして現在の地位を手にすることができたのだ。

だからといって、エジソンやフォードと同じ格付けで歴史に語れるか、と聞かれたら、恐らく多くの人がNoと答えるだろう。

では、なぜNoなのか。

そのあたりに、フィンチャーが作品のテーマに選んだ狙いがあるように思う。

Facebookのユーザーは今後も世界規模で増えてると言われているが、一方、このサービスにすでに見切りを付け、「そろそろ下火」と噂するインターネット・ユーザーも少なくない。

ザッカ-バーグにせよ、日に日に浮き沈みするインターネット世界の一つの駒に過ぎず、Facebookというサービスが百年後も人々の生活を明るく照らし続けるか……と聞かれたら、誰もが首を振るだろう。

にもかかわらず、ザッカ-バーグやFacebookの成功は多くのビジネスマンにとって十分魅力的だし、すでに、世界のどこかで、第二、第三のザッカ-バーグが生まれているかもしれない。

昔の経営者が二十年、三十年かかってやり遂げたことを、今はわずか数年で実現してしまう。

「君のアイデアを大切にしたまえ、君だってザッカーバーグのようになれるかもしれない」というメッセージは、特に若いデジタル・ネイティブにとって、熱いエールであることは間違いないだろう。

だが、一方、今日流行したものが明日には廃る流れの中で、人は本当に価値あるものを作り出せるのだろうか。

二、三年もすれば飽きられ、下火になるようなアイデアに、本当に世界を変える力があるのだろうか。

たまには流れの外で立ち止まって考えることも必要なのではないか。

映画『ソーシャル・ネットワーク』はあまたの青春映画とは違い、なんとも後味が悪い。

トーマス・エジソンの電球発明物語には涙する人も、Facebookの成功には素直に喜べない何かを感じるだろう。

そして、この「何か」こそ、様々なネット・サービスを使いこなしながら、どこか醒めている大多数ユーザーの、漠然とした違和感と表しているような気がしてならないのである。

マイクロソフト帝国

同じPC&インターネット関連の創業ストーリーなら、コチラの方がはるかに面白い。

マイクロソフトのWindowsが「世界のスタンダード」になったのは、ビル・ゲイツが世界一すぐれたプログラマーだったからではないし、Windowsが完璧なOSだったからでもない。
ビジネスはまさに魔物で、常人の才能とか努力といったものをはるかに超えた次元で左右されるのがよく分かる。

ちなみに、この番組には、絶対的に出るべきはずのあの「お方」が出ていない。この番組が製作された頃、あの「お方」はリンゴの会社を追放されて、長いブランクに入っていたんだ、確か。

そして番組の最後に登場する、「人生最大(世界最高といってもいい)のチャンスを棒に振った男」は、このインタビューの数日後、急死されたという。

本当に世の中は分からない。

何かこう慄然としたものを感じさせる、秀逸なドキュメンタリーです。(コソっと見てね)

関連アイテム

フェイスブックの若き天才CEO(最高経営責任者)、マーク・ザッカーバーグ。
彼が掲げる「フェイスブックで世界をもっとオープンな場所にする!」という揺るぎないビジョンと魅力に、ハーバード大の仲間やシリコンバレーの起業家、ベンチャーキャピタル、大企業の経営者たちが次々と吸い寄せられる。
プログラマーはザッカーバーグとともに徹夜でサービスをつくり、ナップスター創業者のション・パーカーは入社し、マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOやヤフーはどうにかして買収しようと、躍起になる。
提示される買収金額は8億ドル、10億ドル、20億ドル、150億ドル…と飛躍的に増えたが、それでもザッカーバーグはフェイスブックを売らなかった。
本書では、26歳の天才CEOの成功と苦悩、そして野望を生き生きと描き出す。

そしてソーシャル疲れ。自己粉飾120%、義理イイネ、私こんなにいっぱいトモダチがいます~の実態。

人生・仕事に自分の「指定席」をつくれ! 神は決して苦しみだけをよこさない。苦しみには楽しみを必ずつけてよこす。逆に楽しみには苦しみを必ずつけてよこす。苦しみが大きいほど、巡りくる楽しみも大きいものだ。悲しみも喜びも、感動も、落胆も、つねに率直に味わうことが大事だ。そこに、次の行動への足がかりもできれば、エネルギッシュな意欲も生まれるからである。体験することの中から自身で学びとり、力強く生きていこうではないか……という昔ながらの人生哲学。もうこういう考え方は古いのかもしれないが、それでも『アイデアは資本に優先する』は現代ビジネスにおいても十分に通用する黄金律だと思う。

日本人らしい人生・仕事哲学です。こういう人がたくさんいたから、日本はここまで来れたんだなぁ、とつくづく。『ソーシャル・ネットワーク』やイマドキの億万長者に「なんだかなぁ……」という気分になったら読みましょう。おじいさんの古い説教は心が落ち着きます。

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