企業の奨学金 ~学生さんに確かめて欲しいこと

2017年9月21日メルマガ書庫

企業が経済的理由で大学に通えない学生に入学金や授業料を貸与し、大学卒業後、一定期間、正社員として勤務すれば返還を免除されるという『企業奨学金』の制度。

同じシステムは、看護業界にも昭和の時代から存在して、今も現役で勤務する看護師の相当数が「住み込みで看護助手+通学」→「国家試験」→「資格取得」によって生き道を得ています。

皆、同じナースキャップをかぶり、同じ白衣を着ていますから、患者さんの目には、誰が大卒、誰が住み込み経験者など全く分からないはず。

また、大卒だからといって、必ずしも仕事ができる訳ではなく、有名な看護学科を卒業して理論は一流だけど、いざ患者が急変して、救急処置が必要になった時、まったく機転が利かず、現場では使い物にならない人もありますし、逆に、住み込み組の叩き上げだけど、超がつくほど手技に長け、新米医師に逆指示を出すほどの腕前の方もたくさんいらっしゃいます。(先生、それじゃなくて、こっちのカテーテルでしょ、あの検査はオーダーしなくていいんですか、みたいな)

にもかかわらず、修学の課程によって「正看護師」「准看護師」に二分され、現場での能力に優劣はないのに、給与や昇進で歴然とした差があったりします。昭和の時代から制度の見直しが叫ばれながら、一向に改められず、時に現場の不満となって噴出することもありますが、雇用者や当事者の複雑な事情が絡み合い、一刀両断とはいかないのが現状です。

だとしても、「学費や生活費の一部(寮費や賄いなど)を肩代わりする分、数年の就労を義務づける」というシステムは、母子家庭や低所得世帯の女子の受け皿になってきました。

ビンボな中卒の元レディース(族のマスコットガール)で、15歳で働き始め、夜間の高校に通いながら、全日制の看護学校の受験勉強に取り組んでいた子もいます。私が出会った時には17歳で、既に助手仲間の先輩格として、自分より幾つも年上の後輩に指導してましたからね。大映ドラマのヒロインみたいな女の子でしたよ。(相模悪龍会と東京流星会が懐かしい……)

確かに仕事はキツい。

私も排泄介助や死語処置や分娩後の後処理(血液や胎盤を片付ける壮絶な業務)を経験しましたし、10代の女の子が気軽にやれることではないです。

それでも、寮費は光熱費込みでアパート代の数千円から1~2万円程度ですし、中には無料のところもあるそう。病院だから、福利厚生はきっちりしているし、休日や勤務時間も法律に則って、公正に管理しているところが大半です。ブラック企業と違い、学生が対象ですから、違法なことをすれば看護学校経由で医師会などに通報されて、社会的に制裁されますからね。かえって、条件の悪い介護士より、はるかに守られているかもしれません。数年を耐えて、正看護師の国家資格に合格すれば、その後は福利も給与も悠々ですしね。

現場の事情をご存じないと、「安月給でこき使う」「就労を限定するのは権利の侵害ではないか」というイメージがあるかもしれませんが、将来の安定が約束された中での「期間限定」安月給&就労の縛りは、大きな足かせにはならないです。

多くの場合、それを選ぶのは、10代から20代前半の子女ですし、丁稚奉公の間に確かな技術と資格を身につければ、いくらでも他でやり直しが利きます。

看護師の住み込み組で、「若い数年を犠牲にした」と思っている人の方が少数ですよ。

一生、そこに縛られるわけではなく、資格と技術があれば、いくらでも転職が可能ですし、20代でガンガン貯金して、それを元手に海外留学したり、書道の師範で身を立てたり、華麗に転身している人も少なくありません。

要は「丁稚奉公の先に自由な将来と明るい展望があるか」。

その為の数年の苦しい思いなら、いくらでも耐えられるのが若さの特権だと思います。

住み込み組の場合、目標になるのは、晴れて正看護師になって、グルメだ、シャネルだ、と豪遊しているお姉さま方の姿ですね。

とはいえ、一般的な企業の場合、看護業界とは勝手が違うでしょうし、その道を選ぶにあたってポイントになることを幾つかあげておきます。

会社に確かめること

正社員後の業務や研修は将来の布石になるか

これが一番重要ですね。

たとえば、飲食店で正社員になる場合、「三年間、皿洗いだけ」では意味がありません。

現場の作業に加え、店舗のマネジメントやメニュー開発、仕入れ、広報など、幅広く経験させてもらえること。

店舗以外にも、企画、財務、地域統括など、様々な部署で働くチャンスがあること。

たとえ、店頭で働くことが条件であっても、一店舗のマネジメント込みで重要な仕事に携われるなら、それは価値があると思うんですよ。

飲食店経験者でも、「肉の仕込みしか経験がありません」のと、「出納や仕入れも手がけて、売り上げも1.5倍に伸ばしました」では、次のステップが違いますからね。

目先の条件にとらわれず、「そこで何を学べるか」を第一に考えましょう。

給料や福利厚生がよくても、他で潰しのきかない仕事は、一見、お得なようで、長期的に見ればリスキーなことがあります。

会社なんて、いつ傾くか分からないし、自分や家族に不測の事態が起こるかもしれません。

『ずっと健康で勤務できる』という保証はどこにもなく、いざという時に物を言うのは、「どこの会社に勤めていたか」ではなく、自分にどんなスキルと経験があるか、ですよ。

返還への切り替えは可能か

覚悟を決めたつもりでも、学業や家庭の事情、その他で、気が変わることもあります。

その際、貸与金の返還と引き換えに、進路変更を認めてもらえるかも重要なポイントです。

大学の勉強を頑張れば、別の目標が見えたり、他の企業から有り難い話が舞い込むこともあるでしょう。

そこで奨学金制度が縛りになれば大変な損失です。

「借りた分はお返しする」という前提で、自由な選択を認めてもらえるかどうか。

これも制度を利用する前に、ちゃんと確かめておきましょう。

看護の住み込み組の場合、「全額返還しても、よその病院に移りたい」という人も少なからずあります。

私の知る限り、その自由と権利は保障されています。

一部署が責任もって管理や相談を行うか

企業の事ですから、いつ事情が変わるか分かりません。

制度を開始した当初はこうだったけど、三年目に一方的に規約を変更された! という事態になった時、どこが受け皿になって相談に乗ってくれるか、しっかり確認しておきましょう。

担当部署も曖昧、法的にもどこまで保障されるか分からない……というのは、企業としても無責任ですし、泣き寝入りの原因になります。

住み込み通学組の場合、看護学校や医師会が雇用主(病院側)との間に立って相談に乗ってくれますが、一般的な企業はどうでしょうか。

社会的な窓口は分からなくても、制度を管理する担当部署だけはきちんと抑えておきましょう。

心がまえ

最初に目的ありき・金の為「だけ」に働くな

社会経験が少ないと、どうしても給与や知名度に目が行ってしまいますが、一番大事なのは「そこで何が身に付くか」ですよ。

たとえば、看護師の場合、就職先はピンからキリまであります。メディアにも登場する大病院なら給与もいいし、職場の名前を口にするだけで「すごーい、一流だね」と言ってもらえます。とりあえず満足はするでしょう。

でも、業務的には、大病院も小さな病院も大差なくて、国立病院だから黄金の注射針を使って、患者の排泄物も花の香りがする、というわけではありません。夜勤はどこでも同じように辛いし、先輩にこづかれ、同僚に苛められ、モンスターペイシェントに振り回されるのは全国共通です。
その中でも、「うちは終末医療に力を入れています」「○○療法のエキスパートです」「学会の参加率はナンバーワン、海外研修も支援しています」など、様々な特色があって、『自分は何をしたいのか』『どんな技術を身につけたいのか』で選択肢は違っています。

「実技は苦手だけど、看護研究は大好き」な人は、学会活動の盛んなところに行けばより多くのチャンスが得られるし、「大きな所でキュウキュウするのは嫌だ。小さくてもアットホームな職場で、のんびり仕事がしたい」という人は、慢性疾患や長期療養型のクリニックの方が向いているし。

要は、自分の個性と目的に適った職場に行くのが最善で、その為に、年収に差が付いても、誰も知らない病院であっても、10年後、20年後の長期で見れば、はるかに得なことはたくさんあるんですね。

条件と知名度だけで職場を選んで、三年ごとに転職するようなジプシー看護師は一生昇進など無理だし、逆に、小さなクリニックでも、一部署を任され、奥様師長として、仕事に、私生活に、充実した人生を送っている人もたくさんあるわけですから、「手取り35万」が必ずしも人生の幸福を保証してくれるわけではないです。

それよりも、『人生において達成したいこと(趣味でも、結婚でも、何でも)』、『これだけは身につけたい技術(外科処置、カウンセリング能力、研究スキル、等々)』にフォーカスし、なおかつ『他にも応用が利くか』という点で選んだ方が、40代、50代で、全てが大きく違ってきます。誰の人生も、40代あたりで、健康、出産・育児、親の病気、不景気、夫の失業、離婚、等々、自身の能力以外の要因で大きく影響を受けますし、自分の意思でコントロールできる事より、できない事の方が、はるかに多い現実を認めなければいけません。

その時、何が救いになるかといえば、やはり「自分に何が出来るか」で、それまで高い給料をもらっていたとしても、会社が潰れたり、育児で退職を余儀なくされたり、ライフスタイルが激変すれば、そこで終わってしまうんですね。

現代社会において、ビンボであることは大変なハンディですし、黙っていても親の懐からザクザクお金が転がりこんでくる同級生に比べたら、何かにつけて見劣りするのは否めません。

やむにやまれぬ事情から、企業の奨学金制度を利用して、「卒業後は牛丼屋」という未来を嘲笑うイヤな野郎も必ず出現するでしょう。

あなたが狭いキッチンで鍋を揺すっている時、友人はスタートアップだ、一流企業だ、と、華々しい社会人デビューを飾り、ビンボな出自を改めて呪うかもしれません。

でもね。

50代になってみたら、わからんよ。

牛丼屋でも、地域を統括するスーパーバイザーになってるかもしれないし、新規事業の牽引役を任されているかもしれない。

嫁は美人の働き者で、両親はともに壮健、当面、介護や失業の心配もなく、たまに温泉にも出掛けて、毎日楽しいかもしれない。

丁稚奉公時代に身につけたスキルや経験を活かし、やりがいのある仕事に転職しているかもしれないし、意外なところで認められるかもしれない。

一見、不利なスタートでも、本人の能力や努力以外のところで物事が動くのは本当だし、目的なく突き進めば、どんな一級の装備をしても、山の途中で迷います。

自分で稼いで身を立てている限り、他人にとやかく言われる筋合いはないし、真摯に取り組む者に世間はそこまで冷たくないのも本当。

見方を変えれば、すでに内定が決まっている分、他の大学生みたいにソワソワしなくていいし、その分、勉強にも集中できるでしょう。

学生時代の研鑽次第で、数年に縛りは十分に取り返せるのではないかしら。

終身雇用も崩れて、転職、中途採用、海外転出も当たり前の時代、かえって身動きしやすい部分もありますし(昭和の時代は途中退職・転職が恥みたいに思われていた部分もある。数十年、立派に勤め上げてナンボみたいな)、希望を繋いで頑張って欲しいと思います。

吉野家ホールディングスは30日、牛丼チェーン「吉野家」で働くアルバイトを対象に、大学の入学金や授業料を貸与する奨学金制度を創設する方針を明らかにした。大学卒業後、吉野家に入社して4年働けば返済を免除する。学費の捻出が難しい若者を支援し、人材確保につなげる。

 2018年4月に大学に進学する予定の高校生アルバイトから希望者を募る。年間10人を上限とし、大学に入った後も吉野家の店舗で週3時間以上アルバイトとして働くことが条件となる。

 学費を貸与された人が日本フードサービス協会に加盟する他の外食企業に入社した場合も返済の半額を免除する。

ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20170330/k00/00e/020/291000c#csidx359e70393f80b039ee6f408af737312
Copyright 毎日新聞