33-4 運命のプレゼンテーション 価値ある仕事と社会の礎

ビーチ 太陽

万人が見守る中、ついに『リング』のプレゼンテーションが始まる。

経済的、技術的問題に対する質問も寄せられるが、構造計算を手掛けたOKIエンジニアリングの社長の助けも借りて、一つ一つ、丁寧に答えていく。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
『リング(The Ring)』。
 鳥瞰図が示すように、浅海の、海底地盤の強固な場所に、鋼製ケーソンの外周ダムと、重力式コンクリートダムの内周ダムを築き、内部の海水をドライアップして、海底面を現出するアイデアです。
 直径十五キロ、創出される都市部の面積は約一六五平方キロメートル、人口数十万人が暮らすに十分な広さを誇り、用途に限りはありません。住居、工場、農地、競技場、エネルギー施設など、標準的なインフラを備えた近代的な都市を構築することが可能です。
 鋼製ケーソンの一単位は幅一〇〇メートル、高さ五〇メートル。
 これを約四七〇個連結し、円環の外周ダムを構築します。
 鋼製ケーソンの外郭にはニムロディウム合金を用い、徹底して耐久性を高めます。通常、ニムロディウム合金を用いた補強や防腐処理は、その他の製品に比べて二倍から三倍のコストがかかりますが、アステリアはこれを自給することができます。周知の通り、ティターン海台やウェストフィリアで採掘される硫化ニムロディウムの精製は、ネンブロットで採取されるニムロイド鉱石よりも低コストで、安全です。全長四十五キロメートルに及ぶ鋼製ケーソンの加工に用いても、トリヴィア市内で同じ距離のリニア線を建設するより四割安いとの試算です。
 一方、重力式コンクリートの内周ダムは排水と共に建設を始め、内側の海底面の状態を見ながら都市計画を進めます。
 まず、最も重要な課題である水管理については、外周ダムと内周ダムの間に幅一〇〇メートルの運河を設け、水管理と水上運輸の両面で役立てます。それに併せて、都市部にも小運河と排水ポンプを施し、浸水や増水の危機に備えます。
 外周ダムの鋼製ケーソンの下部には海水交換型の防波設備を施し、ダムを圧迫する水量や水圧をコントロールします。ダムの外側から流入する海水はヒンジ構造の浮体によって砕波され、ケーソン内部の遊水空間に穏やかに流れ込むため、急激に運河の水位が上昇することはありません。流入する海水のエネルギーは、ケーソン内部のジェネレーターによって潮流発電に応用することも可能で、排水設備の省電力に役立ちます。
 また、鋼製ケーソンの内部空間を物資の貯蔵や産業廃棄物処理に利用したり、緊急時の避難スペースとして確保することもできます。技術が進めば、車道やライナーを敷設し、交通に利用することもできるかもしれません。
 夜間にはダムの天端や運河の周辺をライトアップし、娯楽性を高めます。噴水ショー、ナイトクルーズ、ウォータースライダーなど、楽しみはいろいろです。上空からはプラチナの指輪(リング)が輝いているように見えるでしょう。
 外部との交通は主に船舶を利用します。
 外周ダムに大型タンカーや作業船が係留可能な浮体式構造物を連結し、物資は運河や跳ね橋を使って都市部に運び入れます。その他、都市部に垂直離着陸機の専用ポートを開設したり、海上空港を連結設し、空路を確保することも可能です。
 二重ダムに囲まれ、一見、閉塞したように見えますが、内周ダムの法面には緑化を施し、芝生や菜園、遊歩道に活用するので、心理的な圧迫感は軽減されます。ちなみにこちらがネーデルラントの自然堤防と干拓地です」

<中略>

「二十年、あるいはそれ以上。途方もない年月に感じるかもしれません。今、よちよち歩きを始めた子供も大人になり、リングの完成を見届ける人もあれば、それが叶わぬ人もあるでしょう。だが、それが本当に価値あることなら、ほんの一時でも工事に携われたことに甲斐を見出せないでしょうか。たとえば、アステリアの開発初期、まだ工業港もポートプレミエルも無かった頃、何千人もの労働者がこの地に移り住み、港を開き、道路を敷き、現在の町の基礎を築きました。その人たちは現在のローレンシア島の姿を知りませんし、裸島のようなローランド島に高級ホテルやレジャープールが作られるなど予想だにしなかったはずです。だからといって、それが無意味な労役などと、どうして言い切れるでしょう。当時の苦労は親から子、子からその子へと語り継がれ、それが心髄となっている人も少なくありません。リング・プロジェクトは単なる働き口の提供ではありません。トップからチームの末端に到るまで、一人一人が自分の職務に誇りを持てるプロジェクトにするのが第一義です。必要な時だけ労働者を連れてきて、ぎりぎりの給料を支払い、上の都合よく指示を出すだけでは、数百年を耐え抜く構造物は作れません。自身でも誇りを持てぬ労働に、どうして未来の責任が持てるでしょうか。ネーデルラントには数世紀にあたって国土を支える堤防や干拓地が至る所にあります。その多くは、重機もITも無い時代に基礎が作られました。一人一人の名前は残らずとも、随所に職人の知恵や気概を感じることができます。リング・プロジェクトが提供するのは、そうした生き甲斐であり、誇りであり、確固たる社会の礎です。お金では買えない、人間の精神の具現です」

「しかし、建設したところで、予想より居住者が少ないということも考えられますね。そうなると、建設費が回収できない、設備の維持費が負担になる、という問題も生じませんか」
「では、このように考えてみて下さい。このままアステリアの人口が増えれば、今以上に農地や産業用地が必要になります。発電や貯蔵、産業廃棄物の処理施設の拡充も切実な問題です。これに対し、湾岸の埋め立て、人工島の建設、河口の干拓など、様々な方策が考えられますが、その設置場所も極めて限定され、根本的な解決にはなりません。また、巨大な人工島や浮体式構造物を建設するとなれば、大量の土砂が必要であり、産業道路の拡張、山地の切り崩しに伴う土砂災害、埋め立てによる海岸汚染など、様々な問題を引き起こす恐れがあります。創出できる用地に対して、コストやリスクの方がはるかに上回るのです。対して、リングは一気に用地を確保します。完成は二十年後ですが、その頃の状況を予想すれば、決して無駄にはならないはずです。なぜなら、創出された都市空間は、居住以外にも、農地、中小の工場、研究施設、貯蔵など、様々に応用できるからです。今後アステリアが直面する問題は用地不足だけではありません。人口増加に伴う食糧難を危惧する声も上がっています。周知のように、店頭に並ぶ食品の大半はトリヴィアからの輸送に頼っています。その需要は右肩上がりに増加し、野菜や果物の品切れに困った人も多いでしょう。アステリアでもグリーンファクトリーや牧場の拡充を図っていますが、とても追いつきそうにありません。最大の理由は、これまた用地不足です。特に家畜に関しては、悪臭や病気などの問題もありますから、空き地なら何所でも、というわけにいきません。牛一頭を健康的に飼おうとすれば、広い牧草地が必要です。極端な話、リングを丸ごと農地や牧草地に活用してもいいのです。海底面の塩害に関しては、近年、非常に効果的な除塩材や土壌改良材が出ていますし、その技術も年々進歩しています。人々の暮らしを支えるのは工業や観光業ばかりではありません。『食』という、人間が生活する上で最も重要な要素を支えるのもリングの役目です」
 彼は一呼吸つくと、父の思い出を瞼に浮かべ、
「皆さんも想像して下さい。十年後、二十年後のアステリアの姿です。子供は大人になり、親になり、新たな家庭を築きます。人が生きる限り、そこには無限の連なりがある。だが、それも豊かで安らかな大地があってこそです。
 アステリア全体をよく見渡して下さい。多くの可能性を秘めながら、その大半は海の底に眠っています。狭い用地を奪い合い、目先の利益ばかりが追いかけ、百年、二百年かけて社会の礎となるものを作ろうとしないからです。
 今から数十年後の未来を見据えて巨大な円環ダムを築くなど、まるで無意味に感じるかもしれません。しかし、人間の生は一代限りでしょうか。自分の代だけが豊かで楽しければ、それでいいのでしょうか。
 ネーデルラントでは堤防を築く時、『数千年に一度の大水害』を想定します。千年に一度の大水害など、自分が生きている間に経験する人など稀でしょう。しかし、それは明日にも訪れるかもしれないし、来年かもしれない。今日来なかったから明日も大丈夫という保証はどこにもありません。数十年先、自分がそこに居ても居なくても、現在(いま)を生きる者は長いスパンで社会の礎を築く責任がある。誰の人生も一代限りではなく、現在の綻びは未来の崩壊に繋がるからです。
 今、我々の目の前には茫漠とした海が広がるばかりです。この水の底にどんな可能性があるのかと疑いたくなるでしょう。しかし、科学と好奇の目でもって見れば、そこには無数の光の萌芽が眠っているのに気付くはずです。最近になって、ウェストフィリアの海底から虫(ワーム)が発見されたように。もし俺に機会が与えられるなら、『自分もリングの建設に携わった』と誰もが誇りに思える事業にしたい。単なる二重ダムにとどまらない、永遠に続く生命の環です」

<中略>

「しかし、建設したところで、予想より居住者が少ないということも考えられますね。そうなると、建設費が回収できない、設備の維持費が負担になる、という問題も生じませんか」
「では、このように考えてみて下さい。このままアステリアの人口が増えれば、今以上に農地や産業用地が必要になります。発電や貯蔵、産業廃棄物の処理施設の拡充も切実な問題です。これに対し、湾岸の埋め立て、人工島の建設、河口の干拓など、様々な方策が考えられますが、その設置場所も極めて限定され、根本的な解決にはなりません。また、巨大な人工島や浮体式構造物を建設するとなれば、大量の土砂が必要であり、産業道路の拡張、山地の切り崩しに伴う土砂災害、埋め立てによる海岸汚染など、様々な問題を引き起こす恐れがあります。創出できる用地に対して、コストやリスクの方がはるかに上回るのです。対して、リングは一気に用地を確保します。完成は二十年後ですが、その頃の状況を予想すれば、決して無駄にはならないはずです。なぜなら、創出された都市空間は、居住以外にも、農地、中小の工場、研究施設、貯蔵など、様々に応用できるからです。今後アステリアが直面する問題は用地不足だけではありません。人口増加に伴う食糧難を危惧する声も上がっています。周知のように、店頭に並ぶ食品の大半はトリヴィアからの輸送に頼っています。その需要は右肩上がりに増加し、野菜や果物の品切れに困った人も多いでしょう。アステリアでもグリーンファクトリーや牧場の拡充を図っていますが、とても追いつきそうにありません。最大の理由は、これまた用地不足です。特に家畜に関しては、悪臭や病気などの問題もありますから、空き地なら何所でも、というわけにいきません。牛一頭を健康的に飼おうとすれば、広い牧草地が必要です。極端な話、リングを丸ごと農地や牧草地に活用してもいいのです。海底面の塩害に関しては、近年、非常に効果的な除塩材や土壌改良材が出ていますし、その技術も年々進歩しています。人々の暮らしを支えるのは工業や観光業ばかりではありません。『食』という、人間が生活する上で最も重要な要素を支えるのもリングの役目です」
 彼は一呼吸つくと、父の思い出を瞼に浮かべ、
「皆さんも想像して下さい。十年後、二十年後のアステリアの姿です。子供は大人になり、親になり、新たな家庭を築きます。人が生きる限り、そこには無限の連なりがある。だが、それも豊かで安らかな大地があってこそです。
 アステリア全体をよく見渡して下さい。多くの可能性を秘めながら、その大半は海の底に眠っています。狭い用地を奪い合い、目先の利益ばかりが追いかけ、百年、二百年かけて社会の礎となるものを作ろうとしないからです。
 今から数十年後の未来を見据えて巨大な円環ダムを築くなど、まるで無意味に感じるかもしれません。しかし、人間の生は一代限りでしょうか。自分の代だけが豊かで楽しければ、それでいいのでしょうか。
 ネーデルラントでは堤防を築く時、『数千年に一度の大水害』を想定します。千年に一度の大水害など、自分が生きている間に経験する人など稀でしょう。しかし、それは明日にも訪れるかもしれないし、来年かもしれない。今日来なかったから明日も大丈夫という保証はどこにもありません。数十年先、自分がそこに居ても居なくても、現在(いま)を生きる者は長いスパンで社会の礎を築く責任がある。誰の人生も一代限りではなく、現在の綻びは未来の崩壊に繋がるからです。
 今、我々の目の前には茫漠とした海が広がるばかりです。この水の底にどんな可能性があるのかと疑いたくなるでしょう。しかし、科学と好奇の目でもって見れば、そこには無数の光の萌芽が眠っているのに気付くはずです。最近になって、ウェストフィリアの海底から虫(ワーム)が発見されたように。もし俺に機会が与えられるなら、『自分もリングの建設に携わった』と誰もが誇りに思える事業にしたい。単なる二重ダムにとどまらない、永遠に続く生命の環です」

Product Notes

建築、建設……というと、意匠設計を想像しますが、施工管理もそれと同じくらい、あるいはそれ以上にやり甲斐のある仕事だと思います。
大きなビルが完成すると、建築家と施工会社の名前だけがクローズアップされ、マネージメントに携わった人の顔や名前はあまり表に出てきませんけども。
プロジェクト・マネージメントに役立つソフトウェアの開発は方々で行われています。
汎用的なソフトウェアもあれば、一つの建設事業に特化したものもあり、IT時代の新しい施工管理のノウハウが問われるところです。
でも、あまりに管理が行き届きすぎると、ピンハネできないという話もありますけどもね。

ちなみに私が住んでいる地域では、行政の監理が厳しいので、こうしたマネージメント系のソフトウェアを積極的に導入して、施工監理に活用しています。
どこの現場で、どれだけ資材を使い、どこまで工事が進んだか、コストは、作業員の数は、使用した機材は……といったことが、管理画面で簡単に確認できて、コスト削減に役立っているようです。私の身内がこれを作って、業者に納入していたのですが、コンセプトを聞いた時、何重にもわたって中抜きしている現場では使えないなと思いました。建設費が安いと困る人もありますからね。
これも国民性や政治の違いと実感します。
その皺寄せがどこにくるかは、言わずもがなですが。

Leave a reply: