33-3 飼いウサギと業界の良心 ~専門誌の志

海 町

開発協議会から『リング』のアイデアを否決されたヴァルターが個人的に各所に働きかける中、トリヴィアの経済特区開発会議の分会では、フランシス・メイヤーが参考人として呼ばれ、パラディオンに関する質疑に応じている。
パラディオン建設にはトリヴィアの莫大な税金も絡むだけに、各人の拘りも並々ならぬものだ。

「そんなにパラディオンを建設したいのでしょうか」と呆れるエイドリアンに、リズも苦笑する。

そんな折り、リズとエイドリアンは中庭で言い争うメイヤーと、彼の設計事務所に勤めるオズワルド・ロッズが言い争う姿を目にする。
仲間内で「ピット・ラビット(飼いウサギ)」とあだ名されるロッズが何故こんな所に居るのか、興味をもったリズはそれとなくロッズに接近し、彼が激しい葛藤を抱えていることに気付く。

一方、ヴァルターは、リングの企画書に嘆願書を添えて、再び開発協議会に提出する。
嘆願の内容は、全体にアイデアの是非を問うプレゼンテーションの機会申請だ。

この動きを受けて、リズとエイドリアンは、業界ナンバーワンの売り上げを誇る土木専門誌『月刊コンストラクション』のオフィスを訪れる。
注目の集まるリングとパラディオンについて、特集記事が組まれたからだ。

オフィスでは抗議に来たメイヤーと鉢合わせ、「どうあっても批判を無視なさるのですか」とリズは異を唱える。
だが、メイヤーもまた「誤りとは思っていません」と彼女の追及をかわす。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 薄暗い通路を歩きながら、「そんなにパラディオンを建設したいんでしょうか」とエイドリアンが声を潜める。
 リズも苦笑し、
「あれやこれやと資金を注ぎ込んで、引っ込みがつかないところまで来ているのでしょう。全体構想を無視して逃げ切るつもりかもしれないけど、私はそうは思わないわ。実際、産業振興会だけでなく、港湾協会や海洋土木研究会、トリヴィアの市民オンブズマンからも巨額の工費や施設維持費に対する質問書が提出され、皆が納得行く回答を待っている。工費だけでなく、数千人といわれる労働者の生活、住宅と用地の不足も問題視されているわ。たとえ着工に漕ぎ着けたとしても、地元住民に憎まれながら建設する海上都市が繁栄をもたらすとは到底思えない」
「キャプテン・ドレイクの戦況は?」
「奮戦してるわ。先日、海洋情報部のメイファン女史から連絡を頂いたの。ルークを連れてプレゼンテーションに来た、って。プレゼンテーションの間、ルークはポートスクエアの保育ルームで遊んでいたそうよ。メイファン女史も感心してたわ。あんなアイデアを持ってるなら、どうして、もっと早く言ってくれなかったの、って。アステリアに残ろうかどうしようかと悩んでいた時より表情も冴えて、すっかりお父さんの顔付きになっていたそうよ。もちろん、建設規模や数兆エルクに及ぶ工費は問題だけど、パラディオンより遙かに希望が持てると仰ってたわ。それでいいのよ。皆が納得がゆくまで、とことん話し合って、その末に一つの結論が導き出されたなら、それも社会の運命でしょう。ともかく、今は一人でも多くの人にリングを知って欲しい。開発協議会の中だけで揉み消すなんて、あんまりよ」
「勝算はありそうですか」
「確かに厳しいけど、追い風もあるわ。ファルコン・スチール社とROCCOが合併会社を立ち上げて、ポートプレミエルに一貫製鉄所を建設する計画があるの。ウェストフィリア探鉱やローランド島開発を後押しするのが目的だけど、あそこに一貫製鉄所が出来ればリングの鋼製ケーソンの建造に有利に働くわ。MIGにとってはライバル会社だけど、特殊鋼やニムロイド合金に関しては、既に工業港に製錬所を有しているMIGの方が圧倒的に優位だし、この際、一部の製鉄事業を提携して、技術と利益をシェアするのも面白いかと思うのよ。あんな狭い島社会で企業同士が縄張り争いしても、お互いに消耗するだけでしょう。そろそろ、私たちも発想を切り替えた方がいい。伯母の話では、いよいよファルコン・グループからファーラー一族外しが本格化するかもしれないそうよ。ファルコン・マイニング社も、ファルコン・スチール社も、トップが一掃されたら共存共栄の道が開けるかもしれないわ。そういう流れなら、父も歓迎すると思うのよ」
「リング・プロジェクトが、長年敵対関係にあったMIGとファルコン・グループを一つに結べば、それも大きな話題になるでしょうね」
「いろんな意味で精算と再生の時期に来ていると思うわ。いつまでも慣習に縛られては進歩は望めない。絶対に譲れない部分は別として、どこかで歩調を合わせないと、人も企業も生き残ってはゆけない。長年の確執を、私怨ではなく技術革新で決着したパパのためにも、双方に好ましい形で収めたいと願ってるわ」

<中略>

 今日、本社を訪れたのは、ナンバーワンの購読者を誇る土木専門誌『月刊コンストラクション』に、パラディオンとリングが取り上げられることになったからだ。
 パラディオン問題はトリヴィアの建築・土木関係者の間でも関心が高く、建設の是非をめぐる最終判断に注目が集まっている。一方、オーシャン・ポータルやローカルメディアを通じて『リング』もじわじわと認知されており、双方を取り上げて今後の海洋開発について論じる――というのが記事の主旨だ。
 プレゼンテーションが五月十六日に決まったこともあり、編集部は突貫で見開き四ページの特集を組んだ。
 そして、昨日、『月刊コンストラクション』の七月号が刊行され、その反響を確かめる為にオフィスを訪れたのだった。
 企画を持ちかけたのは、ウィレム・ヴェルハーレンだ。
 土木工学研究所の知り合いを通じて、編集部に特集を提案したらしい。
 編集部もタイムリーな話題を探していたこともあり、話はとんとん拍子に進んだ。
 リズも発売直後にすぐ目を通したが、どちらも専門家の見地からメリット・デメリットが公正に語られ、技術的にも社会的にも考えさせられる内容になっている。それは両者をデザイン的に見比べる企画ではなく、土木工学と社会性について考察する良記事であった。
 リズは編集長に改めて礼を言い、また機会があればこの問題を取り上げて欲しいとお願いした。
「アステリアの問題はトリヴィアの問題でもあるのに、パラディオンも海洋開発も、まるで他人事のように捉えられている節があります。トリヴィア市民の中には、なぜアステリアの海洋開発に何兆もの公金を使うのかと、計画自体に立腹している人も少なくありません。見解は様々でしょうが、プレゼンテーションは良いきっかけになると思いますよ。わたしも見てみたいですからね」
 六十半ばの編集長は、まだまだ英気にあふれる口調で答えた。
 リズとエイドリアンは編集部を後にすると、ウィレム・ヴェルハーレンに御礼の電話を入れようと、エントランスホールの待合ソファに腰を下ろした。
 その時、回転ドアの向こうから現れたのは、フランシス・メイヤーとペネロペDCの代表だった。
 リズは思わず立ち上がり、エイドリアンも警戒するように側に付き添った。
「やはり、あなたの差し金ですか」
 メイヤーが穿つように言った。
「どういう意味です」
「一流誌を使って宣伝とは、あなたも姑息な真似をなさる」
「何の宣伝ですか」
「『リング』ですよ。知らないとは言わせません」
「宣伝ではありません。興味深いテーマとして取り上げて下さっただけです」
「それにしては、ずいぶん仰々しい扱いですね。パラディオンの対案のつもりですか?」
「記事をよくお読みになれば分かることです。優劣をつけるのが目的ではありません」
「パラディオンとリングを同等に扱うのは、対案とみなしているのも同じですよ」
「では、編集長にお聞きになって下さい。刊行後、出版社に寄せられた意見の大半は、土木建設が社会に与える影響について深く考察するものです。どちらがデザインとして優れる、というような声ではありません」 
「それでも、あなたが友人に肩入れし、自分の望み通りに物事を運ぼうとしているのが見え見えですよ。あなたはお父上に似てもう少し利口な人かと思っていたが、どうやらそうではないらしい。浅知恵も過ぎると墓穴を掘りますよ」

Product Notes

こちらはアメリカを舞台にした未来の高層ビルのアイデア。

そのうち大気圏を突き抜けて、月まで届くんじゃないでしょうかね。

建築も「考えるだけ」なら自由ですから。実際、建設されるとなると、問題は桁違いです。
それでも、「やったもん勝ち」といったところでしょうか。
物の後先など、何も考えてない建築物もあります。具体名は出しませんが。。。

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