27-4 生きる海は一つ 海洋政策シンポジウム 

沿岸 町

ヴァルターは、ポートプレミエルのコンベンションセンターで開かれる海洋政策シンポジウムに出掛ける。
シンポジウムにはEOS海洋開発財団も協賛として名を連ね、改めて、リズの責任の重さを痛感する。

区民参加の意見交換に参加したヴァルターは、予想以上に、既存社会の不満が高まっているのを感じ取る。

会場は怒号が飛び交い、とても意見交換するどころではなくなる。
そんな中、リズは全身全霊の願いをかけて、住民らに訴える。
討議の場が荒れれば、一部の思惑通りになると。

しかし、その願いも人々の怒りに掻き消され、場は再び騒然とする。

そんな中、ヴァルターが発言に建つ。

激しい応酬の後、一応収まりがつくと、リズは全身で一致団結を訴える。

その後、ヴァルターとリズは、二人だけにわかる言葉で互いの意思を確認し、明日に希望を繋ぐ。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 とりわけ、政府の支援がローランド島、特にペネロペ湾に集中し、ローレンシア島のメアリポートや工業港など、既存のものがなおざりにされている事実に大勢が不満を感じている。数十年前、それが社会の中心になると信じて積極的に投資を行い、事業を展開し、人生の根を下ろしてきた人たちにとって、十年、二十年前とは比べものにならないような優遇措置により、ペネロペ湾の方がどんどん開発が進んでいる現実は、単なる「制度の不公平感」にとどまらない。ともすれば、人間の尊厳に関わる根深い問題でもあり、金さえやれば気が済むというものでもないはずだ。
 一方、高度技能者の不足も深刻な問題になりつつある。
 開発初期は高度技能者とその家族が大半を占めていたが、島が発展し、選択肢が増えると、その子供世代、孫世代は、まったく異なる分野に進むようになる。例えるなら、父親が造船技師でも、子供はIT業を選び、海洋の専門職を目指す層が減っているという話だ。
 教育システムを拡張して技術者の養成に努めるにも、設備投資、寄宿舎の増築、ステラマリスからの専門家の招聘など、必要経費は半端なく、その認可と予算申請に何年も待たされるのが現状だ。
 そうこうする間にも、現場は技術者の争奪戦、子会社は大資本に勝てず、やり繰りに奔走する間に、どんどん新しい設備やサービスが誕生して、顧客もチャンスも奪われてしまう。
 それを「競争」の一言で片付けられては、あまりに弱者が浮かばれない。 
 なのに、トリヴィア政府は、ペネロペ湾の開発やウェストフィリア探鉱など、新しい事ばかりに注力し、この十数年、発展を支えてきた既存の中小企業を見捨てるつもりか──という声が上がると、会場から大きな拍手が湧き、進行役もたじたじとなった。
 次いで、不満の捌け口がペネロペ湾のアイデアコンペに向かうと、「第二の経済特区を作るという話は本当なのか」という意見がメアリポートの関係者から上がった。
「それについては、トリヴィア政府でも明確な答えは得られていません」
と区政の担当。
「だが、ペネロペ湾に総工費二〇兆エルクの高級リゾートを建設して、そこを拠点に第二の経済特区を作るというもっぱらの噂だ」
「そんな金があるなら、メアリポートの補修を急いだらどうだ。前から公約している工業港の拡張工事もだ」
 皆が口々に不平を鳴らすと、
「二〇兆とは大げさな。まだ正確な試算もしていないのに、憶測で物を言うのは止めて頂きたい」
 担当も強い口調で言い返す。
 すると、窓際に座っていた中年男性がさっと立ち上がり、堰を切ったように訴えた。
「それでもペネロペ湾に多額の予算を注ぎ込み、アステリアの中心に据えようとしているのは誰の目にも明らかじゃないか。それでなくても希少な産業用地を観光優先で無駄遣いして、資材置き場を確保しようにも、小企業には手が出ないほど土地も物件も高騰しているのが現状だ。立地の好い所に倉庫や工場を拡張したい企業もたくさんあるのに、景観を損なうという理由で遠隔に追いやられ、船着き場から遠ざかるほど負担になるのが分からないのか」
 隣に座っていた男性も顔を紅潮させ、
「いったい、政府はアステリアの何を見ているんだ。ローランド島はともかく、ローレンシア島ではメアリポート港、セントクレア港、産業港、いずれも補強や拡張の必要な箇所がたくさんある。アステリアを底辺で支えているのは、いったい誰だ。ペネロペ湾にクルージングに来る客が我々の製品を買ってくれるのか。我々の代わりにコンテナを運んでくれるのか。港だけじゃない。道路、住宅、学校、病院、全てが曲がり角に差し掛かり、今ここで舵を右に切るか、左に切るかで、将来が大きく違ってくる。だが、政府や一部の有力者からは、物事を公平に見ようという姿勢が全く感じられない。開発だ、発展だというが、大きくしたいのは自分のテリトリーだけじゃないか」
 するとオンラインのパネリストが、「それこそ誤解ですよ」と弁明した。
「まずは大きな可能性が見込まれるところから注力して、そこで利益を得れば、隅々まで還元しようというのが政府のシナリオです。小さな屋台を百戸並べても、ペネロペ湾のホテルが一夜で稼ぐ額には到らない。そして今は効率優先で物と人の流れを良くし、十分な体力を整えようとしている最中です。絶好の機を逃せば、あなた方が望んでいる港の補強や、住宅地の造成や、福祉施設の増設など、それに回す十分な予算を得ることも出来なくなるでしょう。これは単に戦略の問題です。一番目か五番目かの違いです。政府は完全に無視しているわけではありません」

<中略>

「もう一度、ローレンシア島とローランド島の地図をじっくり眺めて下さい。この両島はどう頑張っても四〇万人が限界だ。そこらじゅう埋め立て、掘り返しても、一〇〇万に達するのは無理でしょう。だからこそ、今後の海上空間の利用法を考える上でも、ペネロペ湾の開発が重要な意義を持つのです。一つ成功すれば、二つ、三つ、可能性も広がり、内外の企業にとっても起爆剤となります。あなた方、地元企業にも儲けが循環し、経済全体の底上げが期待できるのですよ」
「だったら、ペネロペ湾以外にも、メアリポート、工業港、セントクレアにも目を向ければどうです」
 初めてヴァルターが口を開いた。
「他を差し置いて、あたかもペネロペ湾だけが未来のシンボルのように語られるから、皆が不公平に感じるのです。今まで誰がアステリアの社会を支えてきたか、よく思い返して下さい。トリヴィア政府でもなければ、リゾートホテルのオーナーでもない、自腹を切って道路を敷設し、通信網を拡張してきた、名もない企業であり、労働者でしょう。ようやく基盤が熟して、さあこれからという時に、今まで黙って見ていた連中に要領よくただ乗りされて気分が好いわけがない。経済戦略がどうあれ、報われるべきものが報われず、『力が全て』の状況になりつつあるから、みな怒っているのです」
 会場がざわめき、リズも信じられないように目を見開いた。
「あなた方がどのように説明しようと、大勢を納得させることはできません。それは、あなた方が皆の粉骨砕身をまったく理解せず、『経済戦略』という、もっともらしい理屈で個々の不安や不満を押し込めようとしているからです。一般市民には到底手の出ない高級住宅を次々に建造して、公の配慮を感じるでしょうか。陸上の公営住宅に入居できない人が、安全性の確立されていない水上ハウスで事故の危険に怯えながら暮らしている実態をご存じですか。小綺麗なリゾート施設は投資の呼び水に過ぎません。それもブームが弾ければ簡単に沈水するでしょう。その時、後に残るのは、老朽化した浮体と空っぽの箱だけです。永久に続く社会の基盤にはなりません」
 下院議員も一瞬気圧されるように口をつぐんだが、
「では、君には有効な経済政策があるのかね。大衆を納得させられるような、現実的な具体案だ」
 彼もまた押し黙り、手詰まりのチェスプレイヤーのように思い巡らせたが、一瞬、プロジェクタスクリーンのリズに目を向けると、改めて下院議員に向き直った。
「俺には玄人はだしの政策を提示できるほど知識もキャリアもありません。けれども、理想とする社会について一見識は持っているつもりです。素人は黙れというなら、この世に会議も選挙も必要ありません。政治学と経済学を学んだ人だけで社会のことを取り決めればいいのです。でも、現実には、政治経済の専門を標榜する人がリーダーに立っても、何一つ解決できずにいる。なぜ政治のプロであるあなた方が、万人の納得するような政策を打ち出せずにいるのです? 本当に『くにづくり』というものを真剣に考えるなら、皆が必要とするものを作って下さい。プールとミニマリーナ付きの十LDKの住まいではなく、四人家族が安心して暮らせる三LDKの手頃なアパートです。年に一度しか訪れない旅行者向けのフィットネスクラブではなく、現地の子供たちがのびのびプレーできるサッカーグラウンドです。これからも、この海を支えていくのは庶民の汗と良識です。その人たちが快適に暮らせる場所もなく、いったいどんな未来が望めるというのです? どうか、もっとよくアステリアの現状を間近でご覧になって下さい。空の上から報告書だけ目を通しても、決して人々の肉声までは聞こえないはずです」

Product Notes

「エリザベス」の造形がどこから来たかといえば、1998年の大ヒット映画『エリザベス』です。
元々、ケイト・ブランシェットが大好きな理由もあり、興味深く見たのですが、史実はどうあれ、女王という重荷を背負った女性の生き方を描いた作品としては秀作だったと思います。007でスターになる前のダニエル・クレイグも暗殺者の修道僧役で出ています。この頃からただならぬ雰囲気です。

あくまで私の所感ですけど、女帝の時代の方が国が栄える気がしませんか。
ヴィクトリア女王もそうだし、エカテリーナ2世もそう。
現在のエリザベス2世も、いろいろ問題があるとはいえ、それなりに長続きしてますし。
北条政子とか、春日局とか、女性でも政治力をもった人は少なくないですし、案外、女性の方が統治に向いているのかもしれないですよ。