24-2 理念のフレームワーク デザインの基礎にあるもの

建築 未来都市

港湾で荷役をしながらリズからの連絡を待つヴァルターは、ペネロペ湾のアイデアコンペに興味を示す。
それと同時に、アステリアの管理体制も大きく変わり、いよいよ前途が怪しくなってくる。

そんな中、自身の『リング』の使い途について思い巡らせる。
その答えを、アンビルト・アーキテクトの世界で有名なジュン・オキタ社長に尋ねるが、「実作できないデザインなど絵空事だ」と訝るヴァルターに、オキタは「あなたはデザインというものを誤解している」と返す。

それでもなお自身のアイデアの価値が信じられないヴァルターに、オキタは言う。

「アイデアを活かすも殺すもあなた次第よ。もう一度、原点に戻って考えなさい。何の為にこれを描き始めたのか。誰の為に必要なのか。一生胸に秘めたまま終わるなら、それもあなたの人生よ。決めるのは自分自身よ」

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「それも一つの道筋とは思う。だが、そうではなくて、もっと全体的なこと――ペネロペ湾に限ったイベントではなく、アステリア全体を包括するような構想に興味があるんだ」
「全体?」
「そう、全体だ。メアリポートやセントクレアやウェストフィリアなども含む、全球的なビジョンだよ」
「それもまた壮大だな」
「そんなことはない。非常に単純なテーマだ。『Luctor et Emergo(私は闘い、水の中から姿を現す)』みたいに、社会の根幹を成すビジョンであり、未来永劫のモットーだ。数年もすれば忘れ去られるキャッチコピーとは訳が違う」
「だが、どうやって広報する? ウェブサイトでくどくど論じても、誰も気にも留めないぞ」
「『絵』という手段がある。ペネロペ湾のアイデアコンペも、突き詰めれば絵だろう。前にオキタ社長が言ってた。肝心なのは精神を具象化することだと。絵ならば誰もが一目で理解できる。そういう『絵』を作ればいい」

<中略>

「それで、その『リング』をどうしたいの? アイデアコンペに応募するの?」
「そうじゃない。つまりその……実作と無関係でも、インパクトはあるものかな、と」
「どういうこと」
「実作できないデザインなんて絵空事だろ? たとえば、水深三〇〇〇メートルを高速で走るリニアカーなんて現実にはあり得ない。どう考えてもあり得ないものを『これが未来の交通の在り方です』と主張しても、誰が真剣に聞いてくれる? 『リング』も絶対不可能なアイデアではない、だが、現実に建設するとなれば莫大な費用がかかるし、技術的にも困難だ。そんな絵空事を『アステリアの理想の未来です』と訴えたところで、どれほど説得力があるのか、俺にはまるで自信がない。だから迷ってる」
 すると、オキタは中国皇帝の落とし胤みたいな切れ長の目をきらりと彼に向け、
「あなた、デザインってものを完全に誤解してるわね。とりわけアンビルトのこと。そんな事を言い出したら、デザインなんてみな絵空事よ。一から十まで実用性だけ重視していたら、美も理想もみな死ぬわよ」
 オキタは目の前のローテーブルをこんこんと叩くと、
「あなた、このテーブルをどう思う?」
「そうだね。透明感の高いガラスと、流線型の曲げ木のフレームがマッチして、オフィスにもリビングにも似合うと思う。でも、俺の家では使いたくない。綺麗すぎて、かえって落ち着かないし、物を置く度にカチャカチャと音がして耳障りかも」
「そうじゃないの。どこにデザイナーの意匠を感じるかと聞いてるのよ」
「デザイナーの意匠?」
「そうよ。こんなテーブル一つにも、必ずそれをデザインした人間がいる。人間が作るということは、必ずそこに意匠があるということよ。どんな環境を想定し、どんなユーザーを対象にデザインしたか。美観にこだわったか、実用性重視か、一般家庭向けか、オフィス向けか、人間の気配りは、形や色や材質に必ず現れるものよ。そして、あなたの言う通り、このテーブルはファミリー向けには作られていない。それなりにセンスのある一人暮らしの男が、テレビを見る時にビールやリモコンを置いたりするのに好むような色形よ。デザイナーもそれを意識してガラス天板と曲げ木フレームのラックスペースを十分にとっている。正直、もう数センチ隙間が狭い方が見た目にも綺麗なんだけど、何時間もテレビの前に座ってるような男は、モバイル端末だの、読みかけのメンズ雑誌だの、こういう所に置きたがるでしょう。だから、これだけのスペースを取ってるの。他にも、脚をハの字に配してまろみを醸し出している点や、脚の裏側にラバーストップを取り入れている点にも作り手の意匠を感じるでしょう。家具でも、建物でも、一つ一つ、注意深く見れば、デザインした人間のセンスやポリシーがはっきり見て取れる。突き詰めれば、デザインとは心の形そのものなのよ」
「なるほど」
「あなたは自分のリングはつまらないと思ってる。でも、つまらないかどうかは、それを見た人が決めることよ。あなた自身でジャッジすることじゃない。そしてね。椅子やテーブルみたいに実用性重視のデザインならともかく、イベントのポスターや会社のロゴマークみたいに、メッセージ性が問われる絵に関しては、作り手の精神性が何よりも大事。もちろん色形も重要な要素だけども、肝心なのは基礎となるワイヤーフレーム。つまり、あなたの心象よ」

<中略>

「好きにすればいいじゃないか。ネットで公開するもよし、コンテストに応募するもよし。どうしようと本人の自由だ。何を遠慮することがある?」
「人に見せるのは『恥ずかしい』んですって」
 すると、男性は肩を揺すって笑い、
「そんなことを言っちゃあ、作品が泣くよ。曲がりなりにも自分で必死に制作したんだろ。だったら人に見せないと。誰でも最初は恥ずかしいもんさ。だが、世間で勝負したければ、それに馴れないと。オレ達もいまだにクライエントから文句を言われ、美術評論家に批判され、ネットでも素人にさんざん悪口を書かれて、毎日つるし上げ。コンテストなんて公開リンチみたいなもんだ、寝る間も惜しんで仕上げた作品を一言でバッサリ、おまけにそれを何年もウェブサイトに晒されるんだからな」

<中略>

「アイデア自体に良いも悪いも無いの。あたしだって海洋都市の構想なら、二つでも三つでも思いつくわ、スタジオ・ユノのメンバーもそれぐらい朝飯前。肝心なのは、あなた自身がどれだけ『リング』に意義を見出しているかでしょう。自分で信じられないアイデアには何の説得力もないわよ。最高級のペイントソフトで完璧に仕上げたとしてもね」

Product Notes

建築って、本当に素敵ですよね。どうやったら、こういうデザインを思い付くのか、描ける人が羨ましい。

製図もコツが分かると面白いのですよ。今はCAD(コンピュータ支援設計ソフト)がありますから、素人でも、けっこうそれっぽいのが描画できたりします。

ウォールのPhoto : http://designyourspace.gr/architectural-studies/