曙光 Morgenrood

第1章 運命と意思

-オランダ人船長-

干拓地の惨状と復興ボランティア 心の再建とは

Introduction

大学の講演に訪れた『髭の教授』の言葉、「創造的であることが、あらゆる苦悩から我々を救ってくれる」に励まされ、ヴァルターは初めて故郷の惨状と向き合う覚悟をもつ。復興ボランティアのリーダーとして活躍する幼馴染みのヤンに連絡をとり、大洪水で壊滅的な被害を受けた干拓地フェールダムを訪れるが、そこで目にしたのは跡形もなく崩れ落ちた我が家と、泥まみれの荒れ地と化した故郷の惨状だった。
様々な思惑が絡み合い、再建工事が進まぬ中、ヤンと若者ボランティアグループは一心に植樹や土壌改良に励み、ヴァルターの荒んだ心にも光が差す。
そんな折り、建築のCGデザイナーを目指すクリスティアンのGeoCADを目にして、ヴァルターは父との思い出である『リング』のアイデアを形にすることを思い立つ。それが自身の人生を大きく揺るがすとは夢にも思わない。


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Quote

 彼は手にした瓦礫を激しく地面に叩きつけると、「ちくしょう!」と慟哭した。  俺たちが一体何をした?
 どんな悪事に手を染めたというのか。
 嘘もつかず、盗みもせず、隣人には手を差し伸べ、真面目に慎ましく暮らしてきた。
 それがこの仕打ちか。
 ヤンはそんな彼の肩にそっと手を置き、
「悔しい気持ちはオレも同じだ。だが、大地は残った。オレ達にはまだ出来ることがある。一緒に来い。お前に見せたいものがある」
 ヤンに促され、彼はようやく立ち上がると、車で西の湖畔に向かった。
 締切堤防の決壊により壊滅的な打撃を受けた塩湖周辺も惨たるものだ。一面、汚泥と瓦礫で覆い尽くされ、干上がった死海みたいにひび割れている。
 ヤンが右方を指さし、「ここを憶えているか?」と訊いた。
「憶えてるよ。エイセルスタインさんの農園があった。四季を通じて新鮮な野菜や果物を売っていた。いつも散歩帰りに立ち寄って、トマトやトウモロコシを買い求めていたよ。エイセルスタインさん一家はどうなった?」
「聞いた話では、一家でティルブルフに避難したけど、お祖父さんは三年前に亡くなり、お祖母さんも年明けに亡くなったそうだ。まだ七十代前半で、ここにおられた時は元気に畑仕事もされてたが、こんな有様じゃ生きる気力も無くすだろう。息子夫婦は今もティルブルフ在住だって。当分、帰る予定は無いそうだ」
「そう……」
「エイセルスタインさんは農地も宅地も手放して、今は復興委員会の管理下にある。幸い、この辺りは広大な農地で、周囲に大きな建物も樹木なかったから瓦礫の被害が少ない。問題は十センチ近く堆積したヘドロと塩害、そして完全に失われた排水機能だ。今は州の復興対策強化地域に指定され、専門家の研究対象になっている。オレたち、デ・フローネンもボランティアとして緑化運動に参加し、除塩剤の投入や水路の整備などを手伝っている。あっちのエリアはだいぶ土壌改良が進んで、わずかながら緑が顔を出しているだろう。洪水直後は海塩が溜まって、白く濁っていた箇所もあったけど、それも雨水で流された。自然の治癒力と最先端の技術で徐々に蘇りつつあるところだ。といっても、以前の農地の数パーセントに過ぎないけどね」
 ヤンは湖畔の空き地に車を停めると、死海のような荒れ地を見渡し、「ここに以前、森があったなんて信じられないだろう」とつぶやいた。
 以前は締切堤防の袂から湖岸に沿って、Den(デン) Bommel(ボンメル)と呼ばれる二平方キロメートルの豊かな森林が広がっていた。森の中には遊歩道やテニスコートもあり、住民の憩いの場所だった。
 だが、締切堤防の決壊で海水が流入し、湖が氾濫して大木もなぎ倒された。水が引いた後も多くの樹木が根腐れを起こし、腐敗した枝葉と潮水が猛烈な悪臭を放って、虫も寄りつかない荒れ地と化した。そして、今も手つかずのまま、大部分が泥をかぶったままになっている。
 あまりの変わりように彼が茫然と立ち尽くしていると、
「やあ、みな精が出るな」
 ヤンが首を伸ばして遠くを見やった。
 ヤンの視線の先を追うと、数十メートル先の荒れ地で二十名程の若者が大人の背丈ほどある苗木を運び、肥料の入った大きなビニール袋を肩に担いで行ったり来たりしている。
「あのチームは植樹に取り組んでいるんだ」
「植樹?」
「そう。もう一度、デンボンメルの森を蘇らせようとしてるんだよ」
「森を……?」
「デンボンメルの森は一つの防波堤だった。盛土堤防が決壊した時、海岸に近い農地や住宅地は海水に直撃されて、跡形もなく水に沈んだが、デンボンメルの森の南側にあった湖畔の住宅地は数十センチほど浸水しただけで難を逃れている。湖畔の住宅地の方が水際に近かったにもかかわらずだ」
「それは分かるけど、なぜデンボンメルの森なんだ? 他にもっと植樹しやすい場所があるだろう?」
「それはな、六年経った今も大部分の土地は再利用のメドが立ってないからだよ。エイセルスタインさんの農場みたいに速やかに法的処理がなされて、自治体が買い上げたり、他者に譲渡された所は手入れできるけど、多くの土地や家屋は、いまだに所有者と連絡が取れなかったり、所有者が分かっても売却に同意しなかったりで、手の付けようがない。瓦礫を撤去しようにも法的にタッチできないんだよ。全壊しても他人の持ち家であることに変わりないからな。その点、デンボンメルの森はもともと自治体の土地だから、駐車場にしようが、更地にしようが、自治体の自由だ。だからオレたちも植樹や瓦礫撤去のボランティアができるんだよ。いろんな実験を兼ねてね」

*

「君も植樹するかい?」
 クリスティアンがトラックの荷台に五〇本ほど積まれた苗木を見せた。いずれも高さ一メートル程の黒いポット植えだ。
「品種改良された樫の木だ。通常の倍ほど育成が早い。大学の研究所と共同で植樹しているんだ。少しでも経費や労力を分担する為にね」
 彼はクリスティアンやイグナスがする様を見ながらシャベルで土を堀り、地中にバイオチップを埋め込んで、ビニールポットから取り外した苗木を慎重に穴の中におさめた。土をかけるにも要領があり、苗木の周りから水が流れ出ないよう、鉢状に土を盛っていく。八割ぐらい土をかぶったところで新鮮な水をたっぷりかけて、根と土をなじませれば完了だ。
 苗木を一本植えるのもかなりの労力で、二平方キロメートルの森を完全に蘇らせようと思ったら、何年、何十年かかるか知れない。
 それでもこの一本が次世代の森林を作る。今日何もしなかったら、荒れ地は永久に荒れ地のままだ。地味な作業だが、復興とはこうした努力の積み重ねを言うのだろう。
 自分たちも祖先が何十年とかけて築いた干拓地に暮らしてきた。今度は自分たちが元に戻して、次世代に託す番だ。土地は一代限りでなく、何百年と継承される社会の礎でもある。今日植えた苗木が大木に成長するのを見届けることはできなくとも、今日の努力は常しえに故郷を支え、誇るべき歴史として語り継がれるだろう。
 そうして日が暮れるまで土を耕したり、瓦礫を運んだりするうち、胸の痛みも和らいだ。髭の教授が言っていた創造的とは、こういう事を言うのだろう。

「半年前、デ・フローネンの活動を通じて、最後まで堤防に残っていた作業員の話を聞いた。高潮が足元まで迫り、さながら地獄絵図だったそうだ。それでも全員待避の指示が出るまで、誰一人持ち場を離れなかった。全員一丸となって堤防を守ろうとしたんだ。あと五時間、いや四時間でも持ちこたえれば、夜も明けて、雨も収まったのに、不運だったいう人もある。だが、決壊は起こるべくして起こったというべきだろう。あの時、お前のお父さんが進言したように補強工事が行われていたら、こんな大惨事にはならなかったかもしれない」  フェールダムの締切堤防は、四世紀前、国家的な治水事業『第一次デルタ計画』の一環として建設された。基底部をケーソンで固定し、堤防の両法面にはアスファルト舗装やハニカム構造のコンクリートブロック材を施して防潮機能を強化した、ネーデルラントでも強固で美しい堤防の一つだ。  この四世紀の間に何度も補修工事が行われ、舗装のひび割れやブロックのずれなど、細かな部分はその都度修復されたが、肝心な計画高水位や計画堤防高の見直しは一向に進んでいなかったらしい。計画高水位とは、数百年に一度の大雨などを想定して求められた河川の最高水位であり、これに余裕を持たせて必要な堤防の高さを算出したのが計画堤防高である。  しかし、どれだけ正確なデータをかき集め、高度な計算を繰り返しても、数百年先の未来まで絶対確実な数値を求めることはできない。また、気象、河川全体の状況、構造物の品質等によっても安全性は大きく左右される。  その技術検証に取り組んできたのが、父も在籍したフェールダムの治水研究会だ。  治水研究会は何度も自治体に掛け合い、計画高水位や計画堤防高の見直しや抜本的な補強対策を訴えてきたが、予算やその他の都合で毎年先送りされ、洪水の前年にはフェールダム東側の可動式大防潮堤防の整備が優先された。その経緯はどこまでも不公平、かつ不透明で、父が何ヶ月も憤っていた所以である。 「治水研究会と自治体の間にどんなやり取りがあったかは知らない。それでも『一年二年の内に、そんな大洪水が起こるわけがない』と一蹴されたのは確かだ。オレも大学や自治体の関係者を通していろんな話を聞いたが、可動式大防潮堤防をめぐって相当揉めたようだ」 「そのことなら、俺もよく記憶している。洪水の前年、父にしては珍しくカッカしていた。子供心にも、その無念が感じられるほどに」 「お父さんのことは本当に気の毒だった。サッカーで世話になった者はみな悲しんでいるよ。あんな善い人が水害で命を落とすなど信じられない。我先に逃げ出した人も多かったのに」 「元住民の大半が生き残っているのに、いっこうに復興が進まないのは何故だ?」 「お金の問題もあるし、社会的合意が得られない部分もある。意見が真っ二つに割れてるんだ。昔のままの干拓地を再建したい声と、水没した一帯を埋め立てて新しい臨海都市を築く案と」 「埋め立て?」 「そうだ。この辺りは塩害がひどくて、昔のような豊かな農地を再現するには何十年とかかる。以前はサマーシーズンになると、国内外から何十万という観光客が訪れ、海水浴やクルージングを楽しんだが、フェールダムの宿泊施設や飲食店は壊滅して再開の目処もつかないし、湖畔のマリーナやショップも観光客が減少して、どこも悲鳴を上げている。だから、何十年もかけて農地を再生するような、まどろっこしい方法ではなく、一気に町を作り替えて、モダンな臨海リゾートを作るのが地元政財界の希望なんだよ。そうすれば観光客も呼び戻せるし、自治体の財政も立て直せる」 「馬鹿馬鹿しい。治水に失敗したエリアに商業施設を建て直して、何の得になるんだ。再び水害で往生するのが目に見えてるじゃないか」 「だから元住民や地元民は強硬に反対してるよ。フェールダムに必要なのは、より強固な堤防と護岸対策であってレジャー施設じゃない。あれは数百年後に一度の災害だからといって、次の大洪水も数百年後とは限らないからな。かといって、自治体に十分な復興予算はないし、今更壊滅した故郷に戻ってくる人もない。それで、いつも話が二転、三転して、いっこうに前に進まないんだ。正直、フェールダムは見捨てられたようなものだ。農地跡ぐらいにしか思われてない。どうせ住民の数より牛の数の方が多かった」

*

「GeoCADは君のお父さんに教えてもらったんだ」
 クリスティアンは子供時代を懐かしむように言った。
「建築パースの仕事がしたければ、一日も早くGeoCADをマスターした方がいいって」
 GeoCADはドイツの『Geo Tech』という会社が開発しているコンピュータ設計支援ソフトウェアだ。土木・建築、機械設計の分野で広く利用されている。一口にGeoCADといっても、建築に特化されたGeoCAD Architect、機械設計のGeoCAD Machineなど様々な種類があり、父は土木の設計管理に特化したGeoCAD Civilを愛用していた。
 また子供向けのGeoCAD KidsやGeoCAD Junior、学生向けのGeoCAD ZEROもあり、専門スクールや資格検定も全世界に普及している。それはもはや一企業の製品を超えて、世界のスタンダードであった。
 彼も幼稚園の頃から父の見よう見まねでGeoCAD KidsやGeoCAD Juniorに親しんできた。メニュー用語やコマンドはGeoCADシリーズ全てに共通しており、この一貫性が世界中のユーザーに支持される所以だ。いったん基本操作を身に付ければ、その他の製品も同じ要領で使いこなすことができる。
 クリスティアンはGeoCAD Architectの上級ユーザーで、トラックボール付きのマウスや電子ペンを用いてデンボンメルの鳥瞰図を描出する。白いキャンパスに色鮮やかな森林が蘇り、あたかも目の前に存在するかのようだ。
 彼がクリスティアンの手元をじっと見詰めていると、
「君もやってみたら?」
とクリスティアンが言った。
「グンターおじさんがいつも嬉しそうに話してたよ。君もGeoCAD KidsやGeoCAD Juniorの使い方をすぐにマスターして、小学校に上がる頃には船や飛行機を上手に描いてたって」
「あんなの、ただの塗り絵だよ」
「塗り絵でもいいじゃないか。僕だって二次元のドローイングから始めたんだ。物事を極めるのに王道も正道もないよ」

Product Notes

モデルとなった締切堤防。堤防とは気付かないほど緑と一体化しています。

オランダ 締切堤防

河口の締切によって塩湖となった所はウォータースポーツのメッカとなっています。遠くに見えるのがデン・ボンメルの森のモデル。

オランダ 湖

締切堤防の天端にある遊歩道のベンチ。ここからの眺望も素晴らしく、サイクリングやマラソンに疲れた住民がそっと腰掛け、いつまでも海を眺めたり、友達と語り合ったり。風情があります。

オランダ 海 堤防

オランダの干拓地、特に歴史的都市として保存されている周辺は、この世のものとは思えぬほどの絶景です。コンビニもない、自動販売機もない、スタバやマクドナルドもない、都会人から見れば不便きわまりないかもしれませんが、この地を好んで暮らす人の気持ちも解るような気がします。

オランダ 運河 干拓地

オランダ 運河 

オランダ 中央広場

オランダ 町並み

ただし、ひとたび堤防や排水施設に障害が起きれば、一気に水が入り込んでくるのは容易に想像がつくはず。実際、この辺りも、何度も壊滅的な被害を受け、その度に立ち上がってきた所です。ゼーラント州のモットーが『Luctor et Emergo(私は闘い、水の中から姿を現す)』である所以です。

オランダ 干拓地 運河

見渡すかぎりの地平線。坂も傾斜もいっさいありません。どこまでも海抜ゼロメートル。だから自転車でも数十キロメートルの長距離を軽く走れます。

オランダ 干拓地

オランダ人の偉いところは、「水害が多い → 危険 → 逃げよう」ではなく、「じゃあ、水の流れを変えよう」で、テクノロジーによって本当に変えてしまう点ですね。キンデルダイクの風車は世界遺産にも指定されていますが、重機もパソコンもない時代、よくこんな木造のメカニックな建築物を市民レベルでたくさん作って、水をコントロールする方法を編み出したものだと感心することしきりです。
おまけに水がきれい! 通常、河口を締め切ったり、運河を設けたり、人工的な施設を増やすと、水質汚染が問題になるのだけども、オランダの運河や湖の水は信じられないほどクリアです。
「郷土の技術に誇りをもつ」というのは、このことですよね。

オランダ キンデルダイク 風車

オランダ 風車

「人の数より牛の数の方が多い」というのは決して誇張ではありません。至る所、アムステルダムのような大都市でさえ、一歩センターの外に出れば牛だらけです。馬やら羊やらスゴイです。郊外に行くと、白黒ブチに圧倒されます。

オランダ 馬

一番びっくりしたのが、創作のはずだった『フェールダム』という地名が実在したこと。しばし標識の前で茫然自失としました。

オランダ フェールダム

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