6-13 明日はプロとして操縦席に座れ ~父の死を超えて

海

接続ミッションを明日に控え、アルとリズは関係者と共に採鉱プラットフォームに向かう。
そこでカリーナから心的外傷のことを聞く。
明日の接続ミッションを懸念するリズに対し、カリーナは「彼が手技に失敗しても、ミッションは完遂する。それが私たちの使命よ。一つ段取りが狂ったぐらいで全てが崩壊するほど柔じゃないわ」と力強く言い切る。

主任会議では最後の意思確認が行われ、ヴァルターもその場に居合わせるが、放心状態に変わりない。
アルは彼に一枚の写真を差し出し、強い口調で諭す。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「わしはお前の父親に会ったことはないが、一つだけはっきり言い切れる。それは自分の命を犠牲にしても、お前に道を示したかったということだ。あの晩、お前の父親が我先に逃げ出して、今まで通りの暮らしが続いたとしても、その中にお前の尊敬する父親は無い。口先だけの人だったと失望し、お前との関係も生き様も、何もかも違っていただろう。結果として命は失われたが、お前は父親の願い通りに生きている。正道を見失うことなく、その教えを忠実に守って、皆のために全力を尽くしてるじゃないか。それでもまだ父親の死は無駄で理不尽だと恨み続けるか? 人間にとって命に勝る宝はないが、父親にとって息子は命に勝る。生きるか死ぬかの瀬戸際で、お前の父親は自分の命より息子の前途を取った。身をもって生き様を示すことが、後々、お前の支えとなり、心の導きになると信じたんだ。そして、その願い通りになっている。お前が片意地を張って、グダグダ言わん限りはな」
「……」
「もういい加減、目を覚ませ。理不尽というなら、世の中そのものが理不尽だ。誠実な者ほど人一倍苦労し、小賢しいのが天頂に上る。その一つ一つを不正だ、不平等だと喚いたところで、縦の物が横になるわけではない。どこかで折り合いをつけて、共存共栄の道を探るしかないんだよ。この世で生き続ける限りはな。だからといって、決してお前に理想を捨てろと言いたいわけではない。自分が正しいと信じる指針は大事にすればいい。だが一方で、清濁あわせ呑む度量も持て。それは決して正義の敗北ではない。相容れないものとも上手に付き合う糊代を持つことで、不毛な争いを避け、勝機の幅を広げることができるんだ。いつまでも『許せん、許せん』と憤り、自分の殻に閉じこもっても、決して人生は開けない。穴から顔を出した途端、ロイヤルボーデン社のように、もっと狡猾な相手に餌食にされるだけだ。それよりも心を開いて、世間に飛び込め。プルザネではどうか知らんが、マードックやフーリエとは上手くやれただろう。ここでお前に心から礼を言ってくれた人もいたはずだ。お前が何をどう頑張ろうと、この世のことは人次第だ。人を動かさぬ限り何も変えられない。人は裏切り、傷つけもするが、人を救うのもまた人間なんだよ。――そうやって泣いている間も、お前はわしに『負けた』と思ってるのだろう。だが、わしの評価はむしろ逆だ。屁理屈を並べて吠え立てるより、ずっと大きな可能性を感じる。弱いと思うなら、弱いなりに生きてゆけばいいじゃないか。なぜ無理に鋼になろうとする? 世の中には蟻のような逞しさもあれば、水のような強さもある。感じやすい性質だからといって、知性や精神力まで劣るわけじゃない。恥というなら、出来もしないことを『やれる』と大見得を切ることだ。今ここで『出来ない』と弱音を吐いたところで、誰もお前を弱い人間とは思わない。この一ヶ月、必死で頑張ってきたのは誰もが知るところだし、事情を知れば、みな納得するだろう。お前は皆の信頼を得てる。それが一番の資本だ」

Product Notes

本作とは全く関係ないですが、ニーチェの有名な書に『権力への意志』があります。
でも、これは曲解ですよね。

英語で『Will to Power』、独語で『Wille zur Macht』。どこにも「権力」というニュアンスはありません。

この著作がナチズムに利用された経緯は、いろんなところで詳しく紹介されていますので、興味があればご覧になって下さい。

ここで語られているのは、Strength と Power の違いです。

ヴァルターが求めているのは『Power』で、アルが説いているのは『Strength』です。