6-11 破砕機と集鉱機の降下と水中の接続作業

有策無人機 ROV

十月十五日の接続ミッションにさきがけ、破砕機と集鉱機の海中降下、および水中でのケーブル接続作業が行われる。
全行程は滞りなく進み、前のプロジェクト・リーダー、ジム・レビンソンが指揮した時のテスト時に比べたら、オペレーターの動きもスムーズだ。
マードックはそれらの要因を『運』という言葉で表わす。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 アンビリカブルケーブルの先端は破砕機の約四〇メートル上方、北東方向に二〇メートル離れた位置にある。ヴォージャがケーブルの先端を把持して破砕機まで接近するにはやや遠すぎる距離だ。
 そこで破砕機の専任オペレーターが破砕機に音響信号を送り、燃料電池を一時的に通電して、破砕機のクローラーを動かした。水深三〇〇〇メートルの海底を、破砕機はキャタピラ車のようにゆっくり北東に進み、アンビリカブルケーブルとの距離を詰める。
 そうしてケーブル先端と破砕機の接合部の距離が半径一メートル内に収まると、ヴォージャがマニピュレーターーのアームをいっぱいに伸ばし、ケーブル先端に取り付けられた直径五〇センチの金属コネクターを把持した。
 同時に、ドラムエンジンがゆっくり回転し、ケーブルをもう四〇メートルほど抽出する。
 ヴォージャは金属コネクターを把持しながら真っ直ぐ降下し、ついに破砕機の一メートル真上まで接近した。
「ここからがマルセルの腕の見せ所だ」 
 マルセルは主操縦席で水中カメラの画像を見ながらスラスタを調整し、さらにケーブルの先端を破砕機の接合部に近づける。
 強力なハロゲンライトとハイビジョンカメラを使っても、ヴォージャの視野は人間の眼よりはるかに劣る。カメラの位置によっては死角ができたり、奥行きが掴めなかったり。投光器の光が反射して対象物がぼやけたり、周囲の堆積物が舞い上がって視界が遮られることもある。
 マルセルは左右のアームコントローラーを器用に操作し、深海でウミヘビのように揺らぐケーブルの先端をしっかり把持しながら、ゆっくり破砕機の接合部に近づけた。接合部は直径二〇センチほどの凹型のフランジで、ケーブル先端の金属コネクターと接合すれば自動的に周囲の部品が回転し、強固に嵌まり込む仕組みだ。
 マルセルはノボロスキ社の実験用プールで何度も練習した通り、マニピュレーターをいっぱいに伸ばすと、金属コネクターをフランジの凹部に差し込んだ。凹凸が完全に合致すると、その脇の小さな制御盤にグリーンランプが点灯し、フランジ周囲のリング状の金属部品が一斉に回転を始める。すべてが完全に固定されると、二つ目のグリーンランプが点灯し、制御盤のその他のランプも一斉に点灯する。
 最後にマルセルはマニピュレーターの指先で白いダイヤルレバーをOFFからONに切り替えた。
 接続操作が完了すると、海上のコントロールルームからケーブルが完全に接続されたかどうかを確認する電気テストを行う。
 こちらのモニターで異常なしを確認すると、ヴォージャは破砕機の左側面に回り、機体後部に取り付けられた操作盤の大きなダイヤルスイッチをOFFからONに切り替えた。 続いて、下方にある三つの親指大のトグルスイッチを次々に押し上げ、三つのグリーンランプが点灯すれば完了だ。
 再びオペレーションルームから電気テストを行い、安全が確認されると、マードックは動力伝達システムのワークステーション担当に通電開始を告げた。下層階のワークステーションには四人のスタッフが控え、慎重に電気システムを稼働する。それと同時に破砕機のヘッドライトが点灯し、前後左右の四つのクローラーがゆっくり動き出した。海底面に約九度の傾斜はあるが、走行に問題はなさそうだ。東に五〇メートル前進し、何度かUターンしたところで一旦停止する。
「キャタピラの方は問題ない。次にヘッドの動きを見よう」 
 マードックは破砕機の操縦担当者と連係を取りながらカブトムシのようなカッターヘッドを持ち上げ、前後左右に旋回させた。動作に異常は無く、遠隔システムも円滑に作動している。
 次にカッターヘッドを下げ、クラストを実際に削ってみる。
 長さ五〇センチの鋭いピットが一面に取り付けられた球状の二つのヘッドを回転させながら、鉱物の皮のように基礎岩を覆うクラストを削り取っていく。
 たちまち微細な堆積物が砂煙のように巻き上がり、ヴォージャのハイビジョンカメラは埃を被ったように視界が遮られた。代わりに至近距離から高分解能の水中音響カメラで海底面の様子を撮影し、リアルタイムで分析したデータ画像を見てみると、クラストが細かく砕かれ、ローラーで均したように破砕機の通り道に堆積している。
 だが、商業的に価値のあるクラストだけがきれいに削られているかどうかは、海上に引き上げてみないと分からない。クラストと一緒に無駄な基礎岩まで大量に吸い上げ、収益より運営コストの方が嵩張るようでは到底採鉱事業として成り立たないからだ。その評価に少なくとも数ヶ月から一年は掛かるし、市場の反応も含めれば、それ以上の歳月を要する。プラットフォームに『数字に強いゼネラルマネージャー』が必要なのはその為で、ダグやガーフィールドが今度の身の振り方について覚悟を据えなければならない所以でもあった。
 そうして一通りテストが済むと、マードックは破砕機に関しては問題なしと判断し、続いて集鉱機の海中降下の指示を出した。前回と同じように甲板後部で集鉱機にAフレームクレーンの金属製パワーケーブルを接続し、クレーン・オペレーターが海面に降り出して、ゆっくり降下する。
 集鉱機が着底するまでの間、オペレーションスタッフは代わる代わる昼食に出かけ、マードックの昼食はカリーナがランチボックスに詰めて持ってきた。奥のワーキングブースで「大丈夫、上手く行くわ」「完璧じゃないの」と励ます声を聞きながら、プレッシャーはみな同じと実感する。
 それからまた半時間が経過し、集鉱機が着底すると、専任オペレーターが位置確認を始めた。
着底位置は前回より六〇メートルほど東寄りで、大きな凸状の地形に乗り上げたのか、機体が不自然に傾いているようだ。
 ヴォージャが集鉱機に接近し、ハイビジョンカメラで確認したところ、右前方のクローラーが高さ五〇センチほどのクラストの段差に乗り上げている。アンビリカブルケーブルの接続に支障は無いが、確実に接合するには機体をもう少し均等に保つ必要がある。
 オペレーターが集鉱機に音響信号を送ると、集鉱機の燃料電池が一時的に通電し、全体のクローラーが僅かに後退した。段差から降りると、機体もほぼフラットになり、より操作しやすいポジションになった。
 続いて、ヴォージャが金属製のパワーケーブルを取り外すと、今度は集鉱機に接続するアンビリカブルケーブルが海中に降下され、前回と同じ要領でケーブル先端の到着を待つ。
「まったく海中作業というのは手探りのコンビネーション・ダンスだな」
 マードックがしみじみ言う。
「陸上のオペレーションもチームワークが大事だが、深海の場合は現場全体を目視することができない。海底の様子は、水深数千メートルから跳ね返ってくる音響とか、水中カメラの映像とか、得られるデータも限られて、その分析能力も人や機材によって様々だ。いくら無人化の技術が進んで、水深一万メートルを自由に動き回る水中ロボットが登場しても、海上から一人で操作するのは絶対に不可能だし、いくら腕のいいオペレーターがいても、航海士に知識と経験がなければ、海のコンディションに泣かされる。まだ宇宙探査の方が楽かもしれん。地上で雨が降ろうが、風が吹き荒れようが、探査機には何の影響もないからな」

Product Notes

こちらが実際に水深3000メートルに無人機を海中降下する様子です。
本作に登場する集鉱機や採鉱機は7メートルから9メートルの大きさで、パワークレーンを使いますが、有策無人機の降下はこんな感じです。

一般的な無人機のウィンチ。
水深数千メートルまで到達するような規模だと、ウィンチの大きさも大人の身長の何倍にもなります。

ケーブル ドラム
Photo : https://www.shgroup.dk/systems-products/winches/rov-winches.html

ケーブル ドラム
Photo : https://goo.gl/QRjemy

実際に日本で運用されている『かいこう』のパンフレットが参考になると思います。
興味のある方はぜひ。
http://www.godac.jamstec.go.jp/catalog/data/doc_catalog/media/be_sp-kairei_all.pdf
海洋調査船

無人機の海中作業のオペレーションの一例です。

ウォールの写真
Photo : http://www.oceaneering.com/rovs/top-10-rov-questions/