16-3 人間の思惑と大自然 ~夜の火山と星の王子さま

アンドロメダ星雲

調査船はいったん開発や探査の拠点であるオデッサ湾に停泊する。
ヴァルターは「ウェブサイトの更新や潜水艇の実況に活かして欲しい」とリズから贈られたデジタルカメラを片手に夜の湾内を撮影する。
噴火や地震など、ダイナミックな火成活動の続くウェストフィリアも夜は静寂に包まれ、別次元に来たような感覚だ。

一方、ヴァルターは星にリズへの思いをはせる。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 ローレンシア島を出発してから三日目にカーネリアン号はベースキャンプのあるオデッサ湾に到着した。
 オデッサ湾はウェストフィリア島の南端から二七〇キロメートル離れた東海岸に位置する。
 スプーンでくり抜いたような綺麗な円形をしており、湾の内径は約一六キロメートル。湾の入り口は両側から細長い岬に塞がれ、横幅四キロメートルほどしかないが、その為に湾内は非常に穏やかで、船が停泊するにはうってつけの環境だ。
「ベースキャンプ」といっても南極観測基地のように立派な施設があるわけではない。設置されて既に五十年以上が経つ旧式の発電装置や小型の淡水化プラント、液体化ガスや燃料の倉庫、パラボラアンテナ、ヘリポート、大小の物置とボートハウス、最大三〇名が宿泊可能な居室があるだけである。
 現状では、一ヶ月がライフサポートの限度だ。
 また、湾内には大型船の係留施設もなく、島に上陸するには小型のテンダーボートか、ヘリを使うしかない。また、カーネリアンⅡ号のように独自のテンダーボートもヘリポートも持たない場合は、まず最初に数名がエンジン付の小型ボートで上陸し、ボートハウスからテンダーボートを引っ張り出して船に横付けし、何度も往復せねばならない。
 それも「湾内が穏やかであれば」が前提で、ひとたび天候が荒れれば、何日も船に釘付けされる。
 ウェストフィリアの調査や開発が一向に進まない所以だ。
 何十億とかけて立派な係留施設や観測基地を建設したところで、これといった産業も期待できず、維持費に億単位のお金がかかるようでは話にならない。

<中略>

 マイナス七度の外気が肌を刺す中、ヴァルターは『ノースポール』で購入したダークオレンジの防寒ジャケットの襟元をきつく締めると、左舷甲板に出た。
 オデッサ湾は夜の帳に包まれ、島の影さえ見えない。
 昼間なら、北方にそびえる双子火山と、アルプスのように連なる二千メートル級の山々が一望できただろうに。
 彼は低地で生まれ育っただけに、雲をつくような高峰への憧れもひとしおだ。
 祖父や父に連れられて登ったドイツの山々が懐かしい。
 あの黒っぽく見える辺りがそうだろうかと目を凝らすが、今は火を吐く山も眠りに就いたように静かで、大地の脈動すら感じない。
 ウェストフィリアの山々は、宇宙から見ればただの石塊に過ぎないものに破格の値を付け、利権を争い、狂ったように大地を掘り返す人間の有り様をどんな思いで見詰めているのか。
 ただ一つ確かなのは、この地上からすっかり人間の思惑が消え去っても、山はこれまで通りに噴煙を上げ、海は数千年の時をかけて星の周りを循環しながら、最後は恒星の寿命と共に宇宙の塵に還っていくということだ。
 彼はジャケットのポケットからリズにもらったカード型のデジタルカメラを取り出すと、プラネタリウムのように煌めく北の星座を写真に収めた。
 案の定、夜の空は真っ黒。最新式のカメラでも、銀砂を散りばめたような星の輝きをそのままに写し取ることはできない。
 そこで真っ黒な写真にこうコメントする。

On ne voit bien qu’avec le coeur,
l’essentiel est invisible pour les yeux.
心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ。(内藤濯・訳*1)

 彼もまた一本のバラを持っている。
 心やさしい、この世でただ一つのバラだ。
 彼が『星の王子さま』なら、きっとこう言うだろう。

「ただあの頃の僕は、花を愛するということが照れくさかっただけなんだ」

Product Notes

『星の王子さま』は言わずと知れたサン=テグジュペリの名作です。

今、翻訳にも二種類あって、本作では、内藤 濯 氏の翻訳を引用しています。

今はこちらがベストセラーのようです。二種類、読み比べても面白いかもしれませんね。

ちなみに、バラの部分は、原作では「ただ、あの頃の僕は、花を愛するということが、どういうことか分からなかったんだ」といったニュアンスになります。

こちらが日本の公式サイト。
[blogcard url=”http://www.lepetitprince.co.jp/top.html”]

こちらはモデルとなったカムチャッカ半島の写真です。ダイナミックな美しさです。

Kamchatka

Volcano Gorely

Kamchatka

Tolbachik Eruption, Kamchatka