10-6 二つの『リング』 心象風景と理念を伝える絵

海岸

一命を取り留め、海の別荘に戻ってきたアルは、リズに三枚の鳥瞰図を見せる。それこそ、ヴァルターのファイルから写し取った『リング』の鳥瞰図だった。

父の違法な手段に動揺しながらも、そうまでしなければならないほど、未来は暗澹としている事を知る。

リズは父の懸念に理解を示しながらも、こんな壮大な『絵』をアステリアの未来図として提示することは、世間の嘲笑をかうだけだと心を痛める。
だが、アルは理念を表わす『絵』としての役割を説き、彼ならひるむことなく主張できると断言する。

一方、『リング』のイメージにひかれて再び断崖絶壁ポルトフィーノを訪れたヴァルターは、「これが生だったのか、よし、それならもう一度!」という父の教えを思い返す。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
(それにしても、よく似ている)
 彼は目の前の海を見詰めながら、GeoCADのキャンパスを脳裏に浮かべた。
 特に、あの辺り──太陽を照り返す、西の沖合。
 青い水面も、水平線の広がりも、『リング』の鳥瞰図にそっくりだ。
 まるで心の絵を映し出すように目の前に広がる。

おお、人間よ、心して聞け。
深い真夜中は何を語る。
わたしは眠った、わたしは眠った――
深い夢からわたしは覚めた―― 
世界は深い。
昼が考えたより深い。
世界の痛みは深い。
悦び――それは心の悩みよりいっそう深い。
痛みは言う、去れ、と。
しかし、すべての悦びは永遠を欲する。
深い、深い永遠を欲する!*1

 父がよく口ずさんでいた詩歌が浮かび、父もまた現実の不条理や葛藤を克服しようと心の中で闘っていたのだろうかと思い巡らせる。
 あれは海に向かう巨人の物語。
 巨人は長い間、洞窟にこもっていたが、突然、万民に思想を語るべく立ち上がる。初め、その声は嘲笑され、万民に届くことはなかったが、巨人は海に向かって思索を続け、ある時、深い悟りが雷(いかづち)のように訪れる――という話だ。

「ヴァルター。人間にとって本当の幸せは、自分自身を肯定できることだ。この世に在ること、生きること、悩み苦しみも含めて、自分の人生を心から愛せることだよ。その想いは、いつか君にこう叫ばせる。『これが生だったのか。よし、それならもう一度!』。たとえ思う通りの結果が得られなくても、懸命に生きようとする意思はそれだけで尊い。どれほど辛くても、もう一度、この人生を生きたいと願うほど愛せたら、それが魂の幸福なんだ。生きて、生きて、最後まで生き抜いて、素晴らしい人生を送ってくれ」

 風に乗って父の声が響き、彼も以前とは違った気持ちで耳を傾ける。

Product Notes

文中に引用している詩句はニーチェの『ツァラトゥストラ』からの引用です。

おお、人間よ、心して聞け。
深い真夜中は何を語る。
わたしは眠った、わたしは眠った――
深い夢からわたしは覚めた―― 
世界は深い。
昼が考えたより深い。
世界の痛みは深い。
悦び――それは心の悩みよりいっそう深い。
痛みは言う、去れ、と。
しかし、すべての悦びは永遠を欲する。
深い、深い永遠を欲する!

    おまえ、偉大な天体よ。
お前の幸福もなんであろう。
もしおまえがおまえの光を注ぎ与える光をもたなかったならば