曙光 Morgenrood

第3章 海洋情報ネットワーク

-海洋情報部-

One Heart, One Ocean 海に生きる人々の願い

Introduction

海洋情報ネットワークのワーキンググループに、新たにゾーイが加わるが、仕事に非協力で、ネットの友達と遊んでばかりいる。注意すると逆ギレし、オフィスを飛び出してしまう。その後、ランチを取りながら、身の上を話を聞くうち、ゾーイの意外なコンプレックスを知る。

一方、汎大西洋ネットワークの構築や運営を手がける『アトランティック・データ』のエグゼクティブ・チーフとオンラインミーティングを行い、意見を求めるが、先方の見方は厳しく、改めて運営の難しさを思い知らされる。
意気消沈するヴァルターとリズに、海洋情報部のメイファン女史はディナー・クルージングの招待券をプレゼントし、「もっと今という瞬間を楽しんで」とアドバイスする。
幸せな一時を満喫する二人は、アニバーサリー・ケーキのデコレーションからアステリアの未来のスローガンを思い付く。


Quote

 振り返ると、マイルズ調査官だ。
 相変わらず探偵小説のような風体で、モダンなIT会社のフロアで随分浮き立って見える。
 十日間のホテル滞在と過密なスケジュールで、さすがに五十代の顔に疲れが見えるが、深みのある黒い瞳は目の前の全てを記録するように大きく見開かれている。
 彼が会釈してマイルズの方に歩み寄ると、マイルズも穏やかに会釈して返し、「今日の夕刻にアステリアを発つので、一言、挨拶に来たよ。区政センターに用事があったので、セントクレアに来たついでに臨海のオフィス街も見て回っているところだ」
「そうですか。あっという間でしたね」
 マイルズは木材と観葉植物を効果的に配したアトリウムを改めて見回し、
「このステラネットは、ノボロスキ・マリンテクノロジー社に次ぐ成長企業だそうだね。元々はアステリア海洋開発公社の通信事業部だったと聞いている」
「キプリング社長もマクダエル理事長に似て気鋭の人です」
「そのようだね。私も先ほど社長にお目にかかって十分ほど話したが、並々ならぬ器の持ち主と感じたよ。今はマクダエル社長に続いて産業振興会や様々な経済団体を牽引しておられるようだね。もっとも、マクダエル社長に感化されて、事業に福祉に積極的に取り組んでいる人は少なくないようだが」
「そうでしょうね」
「昨日はお嬢さんにもお目にかかったよ。社長室で仕事をしておられた。お嬢さんにもそれなりの風格があるね。まるで小さな皇女さまのようだ。今からしっかり研鑽を積めば、それなりの求心力をもってMIGを統率できるのではないかね」
「……そうですね」
「ともあれ、今回の調査は興味深いものだった。何事も現場に足を運んで、実際を目にしないことには分からないものだ。まあ、理事長もお年で、これから十年先、二十年先も同じ調子で采配を振るうのも難しいだろうが、君のような若い人が力を尽くせば、良い方向に発展するんじゃないかね」
「そのように思って頂ければ有り難いです」
「結局は『人』だよ。資本だ、技術だと威張ったところで、あくまで目的を達成する為の手段に過ぎない。人材がなければ技術も育たないし、技術がなければ大きな資本も無駄に終わる」
 彼は頷き、誰を信じるかで何もかも違ってくると痛感した。
「ところで、調査の結果はどうだったんでしょうか」
「わたしは報告書を提出するだけ、判断するのは上層だ。まあ大事にはならないと思うが、今よりむしろ将来の方が気に掛かる」
「どういう意味です」
「ウェストフィリアだ。あそこの資源開発とローランド島の風向き如何で、ここの状況も大きく変わるだろう」
「しかし、天然資源の宝庫といっても、接岸設備さえない未開の地だと聞いています。自然環境も厳しいし、いくら高度な技術があっても、調査船も係留できないようでは物理探査も行えない。それでも数百億の開発費を投じ、数千人の労働者を送り込む価値があるのですか」
「わたしも、実際あそこに何が眠っているのか、詳しいことは知らん。あえて言うなら、マイニング社はネンブロットの極寒地でも鉱山開発の実績を誇っている。ウェストフィリアに対しても、かなりの自信をもってるよ」
「では、ローランド島とウェストフィリアを一つのラインで結んで、第二の経済特区を形成するという噂は本当なんですか」
「それも、今後数年の業績によるだろう。我々は趨勢を見守るだけだ」
「……」
「そんなこの世の終わりみたいな顔をすることはないだろう。世の中は善人だけではないが、悪人ばかりでもない。その気になれば、君にも人の心を動かすぐらいのことは出来るだろう」
「人ひとりの意思で世の中が変えられると?」
「マクダエル社長はそうしなかったかね? いずれは、あのお嬢さんが後を継ぐのだろう。そうなれば、MIGの将来もお嬢さんの意思に左右される。そして、MIGの動向は少なからずアステリアの未来にも影響する。それも『人ひとりの意思』だろう」
「彼女にそういう意思があるとは思いませんが」
「興味がある、ない、にかかわらず、そういう運命に生まれてきた人だよ。運命からは逃げられない」
「じゃあ、意思が運命に逆らったら、その時はどうなるんです? 彼女が運命を否定して、自分の意思に従ったら?」
「運命と意思は争わないよ。運命は意思に添うか、離れるか、どちらかだ」
「しかし、マイルズさん、俺の父親は洪水で亡くなりました。堤防を守りに戻って、高潮に呑まれたんです。人に話すと『運命だった』とよく言われます。だとしたら、運命の方が意思よりはるかに強いんじゃないですか? ひとたび運命に呑まれたら、誰にも抗えない……」
「だが、君のお嬢さんへの愛は、運命に操られたわけではないだろう?」 
 彼が思わず赤面すると、マイルズは初めて声を立てて笑い、
「つまり、そういうことさ。運命は抗うより、愛する方がいい。君のお父さんも無理強いされたのではなく、自分からその道を選んだのだろう。だとしたら、その瞬間は運命よりはるかに強い。気の毒な亡くなり方をしても、決して運命の慰み者ではない。運命を愛すれば、いずれ運命の方で意思に従うようになる。運命と意思が一つに結ばれれば最強──そうではないか?」

*

「ステラネットを辞めて、クラブの下働き? 馬鹿なことを言うな。そんなことをしたって、先が知れてるじゃないか」
「なんで」
「あんな薄暗い所で皿を洗ったり、床を磨いたり、そんな毎日が本当に心を輝かせると思ってるのか? せっかくプログラムを書く能力があるのに、どうして活かそうとしない?」
「プログラムの書ける人間なんて、この世に掃いて捨てるほどいるわ。それに、業務としてやるより、趣味でアプリパークに出品する方がよっぽど楽しくて手応えがある。ユーザーの反応がダイレクトに返ってくるし、いいものを作れば目に見えて収益に還元されるから」
「それは分かるよ」
「第一、苦痛なの。あんな立派なオフィスに居る自分がね。周りはみんな優等生で、自分の立ち位置に何の違和感もない。『ステラネットで働いてる』と口にして得意げになれるのは、それにふさわしい資質を備えているという自負があるからよ。あなたもそんなラフな格好をしてるけど、本質的に自分はそういう場所に似つかわしい人間だと信じてる。だからキプリング社長とも対等に話せるし、ヘボなアイデアでも堂々とプレゼンテーションできるのよ」
「『ヘボ』は余計だが、君の言いたいことは分かる」
「いいえ、分かってない。あなたも結局、とても恵まれた人間なのよ。地頭がよくて、容姿も抜群、スキルも出自も申し分ない。そんな人に『その他大勢』の苦しみなんて分かるわけがない」
「それは聞き捨てならないな。俺だって少年時代はそれなりに苦労してるよ」
「そういう意味じゃないの。あなたは元々、サラブレッドで、その他大勢はそうじゃないってことよ。たとえば、あなたは自分の両親について聞かれたら、きっと胸を張って答えるはずよ。『お父さんは真面目で優秀なビジネスマン、お母さんは料理が得意で、笑顔の素敵な女性です』。でも、世の中には自分の両親のことさえ話せない人間もいる。適当に話を盛って、誤魔化して、それでやっと人並みになれるの」
「俺の父親は十三歳の時に亡くなったよ」
「病気で?」
「決壊寸前の堤防を守りに戻って、高波にさらわれた」
「でも、それを口にする度、あなたは誇りに感じるはずよ」
「……」
「悲しい出来事ではあるでしょうけど、あなたにとっては一生の誇り、もし『俺の父親は洪水の時にいち早く逃げ出して、おかげさまで九十九歳まで長生きしました』なんて話なら、父親のことを聞かれる度に恥じ入るはずよ。実際、あなたのお父さんは堤防を守りに戻ったのではなくて、あなたの名誉に命を懸けたんじゃないの。だから、あなたもステラネットで堂々と仕事ができるのよ。本当に名誉も誇りもなくて、親の名が出る度に惨めに感じる人間とは根本から違うわ」
 ゾーイはくっちゃくっちゃと肉を噛みながら言った。
「あなたも本当は幸せな人なのよ。もしかしたら、人並み以上に幸せかもしれない。でも、そうじゃない人間にとって、生命がどうだの、生きる価値だの、そんなことはどうでもいい。虫の世界でも、一匹四十万エルクで取引される珍種もいれば、パチンと叩かれて終わる命もある。叩かれる側にとっては、世界の様相などどうでもいい。どんなに一所懸命に生きても、自分は決して日の当たる場所で栄光に浴することはないと知ってるからよ」
 だが、彼は、水深数千メートルの海底で出会った生き物を思い浮かべ、「日の当たらない場所で懸命に生きている生命もあるよ」と答えた。

--中略--

「あなたって、やっぱり解ってないのね。自分が何もので、何処から来たというのは、一番根源的な問題よ。親や家族のことを聞かれる度、適当に話を盛って、自分も他人も誤魔化すのがどれほど惨めだと思うの。そう言うと、『君と親は関係ない』なんて知った顔で言う人もあるけれど、親は墓場まで付いてくるわ。悪霊みたいに死ぬまで切り離せない」
「だからといって、君にステラネットで働く資格がない訳ではないだろう。本当にそうなら、キプリング社長だって最初から君を雇ったりしないよ」
「とにかく、合わないものは合わないの。これ以上、耐えられない」
「辛い気持ちも分かるが、俺は時期尚早だと思う。次に行く当てがあるならともかく、ナイトクラブで下働きするぐらいなら留まった方がいい。いやいやでも毎日会社に来て、せめてお金だけでも貯めたらどうだ。そうすれば、次に本当にやりたい事が見つかった時、何かの足しになる」
「いやいやでも会社に来るの?」
「そうだ」
「まるで給料ドロボーみたい」
「ほらね、君だって本当は胸を張って語れるような仕事がしたいんだよ。本物の給料ドロボーは『私はドロボーです』なんて絶対に言わない。適当にやり過ごして、腹の中でペロリと舌を出すだけだ。君はステラネットが求める資質やキャリアを十分理解した上で、それに応えられないから劣等感にさいなまれるんだろう。かといって、今日からお嬢さんファッションに切り替えて、優等生ぶる気持ちもない。だが、そんな自分に一〇〇パーセント都合のいい職場がどこにある? 皆、大なり小なり、不満や不条理を感じながら、日々の糧を稼いでる。君も駄々っ子みたいな事を言ってないで、あと半年でいいから、俺と一緒にオーシャン・ポータルに取り組んでみないか。どうせ辞める気なら、ヘボみたいなアイデアにも付き合えるだろう。それに、君なら中和剤になる。堅苦しいお坊ちゃんの作文になりかけたら、君が女の子らしいユーモアを添えて、楽しい雰囲気に仕上げてくれたらいい」 

*

 シェルボットは汎大西洋ネットワークの構築や運営を手がける『アトランティック・データ』のエグゼクティブ・チーフで、他国のデータサービスや海洋行政にも助言を与えている。ヴァルターが年明けにアトランティック・データにネットワーク構築の手法や運営体制など問い合わせ、先週、ようやく先方から回答があったばかりだ。
 シェルボットはオンラインで参加し、現役のプロジェクトリーダーらしい意見を述べた。
「アステリアで海洋情報ネットワークを構築しようという目的や概念は非常によく理解できる。必要とされるものはステラマリスと同じだろう。だが、Anno(アンノ) Domini(ドミニ)の時代から、それこそ船が風と潮と星だけを頼りに運航していた時代から膨大なデータを蓄積し、何世紀とかけて現在の全海洋観測システムやオープンデータ・システムを築き上げたステラマリスと違い、アステリアはまだ歴史が始まったばかりの上、方向性さえ明確でない。何の為にデータが必要なのか──学問を深めるためか、船の安全を守るためか、あるいは国防の必要からか、何を前提とするかで、観測に必要な機器からして違ってくる。産業、生活、学問など、幅広くカバーしたい考えは判るが、今のアステリアの経済規模を考えると、最終目標まで達成するのは相当に難しいだろう。汎大西洋ネットワークでさえ、それまで各国、各研究機関に分散していたデータを統合し、それぞれの目的に即したインターフェースで即時に検索できるシステムを完成するまで十年以上を要した。基本システムの構築だけでも一千万ユーロかかっている。わたしが思うに、既存の海洋安全局のデータサービスを拡張する形で観測網を広げ、十分にデータとノウハウが蓄積された時点で次の段階に進んではどうだろうか」

--中略--

 そうして、ミーティングも終わりに近づき、質疑応答も一段落すると、シェルボットは再びヴァルターに話を振り、「どうせなら、ステラマリスを相手にアピールすればどうだ」と促した。
「君もプルザネの海洋技術センターにいたなら、ステラマリスの科学者が食いつきそうなネタを知っているだろう。アステリア特有の海象、未知の生物、珍しい海底地形に、生命誕生のメカニズムを解き明かすような自然現象、等々。無理解な自治領府に口を酸っぱくして海洋観測や情報共有の意義を説くより、よほど反応が早いと思うよ」
「それは学術的な見地からですか?」
「時に『偶然の発見』が社会の仕組みまで変えることは君だって知ってるだろう。アステリアに『面白いもの』があると分かれば、海洋科学の専門家でなくても目の色を変えて飛んでくる。資源戦略のエキスパートや企業の市場調査員といった人たちがね。ボート遊びしか興味のない層にくどくど説明するより、そっちの方がよほど効果的な気もするよ」
「なるほど」
「わたしもこの件で相談を受けるまで、ここまで海洋開発が進んでいるとは夢にも思わなかった。まだリモートセンシングで基礎調査を積み上げている段階と想像していたよ。そういう意味でも、『正しい情報を普及して、理解と関心を高める』という狙いは間違いないと思う。だが、一番肝心なのは動機だ。『なぜそれが必要なのか』という、誰もが納得する理由だよ」
 ヴァルターは一般向けの窓口としてオーシャン・ポータルのアイデアを話したが、シェルボットは軽く首を振り、
「世界的に有名な海洋科学博物館のウェブサイトでも、そうそう人は集まらない。一般人は、開館時間と入場料、子供も休めるフードコートがあるかどうかをチェックしてお終い。あとは小中学生が自由研究の参考に使う程度だ。そりゃあ難しいよ。アステリアならではのユニークな見世物でもないと」
「見世物……」
「何だって人を集めるのは難しい。だが、何かのきっかけで一気に集まってくることもある。運がよければ『何か』が見つかるし、何も見つからなくても君たちのやろうとしている事には社会的には意義があるのだから、粘り強く働きかけていくしかないね」

*

「人間のアイデアって何なのかしらね。宇宙の塵のように人間の頭の中で生まれ、次第に形を取りながら、未だかつて誰も見たことがないような新しい物をこの世に作り出す。社会や時代を動かしてゆく。時には世界を席巻するような巨大市場を生み、人々の暮らしを根底から変えてしまう。それが社会を豊かにすることもあれば、大勢の人生を台無しにすることある。でも、それらは決して運などではない、人間の意思が形づくるのよ。誰がアイデアを形にするかで、この世は変わるわ。どれほど優れたアイデアも、曲がった意思が働けば歪な世界を作り出すし、アイデア自体は優れなくても、善き意思がそれを優れたものに育てることもある。専門家だから、その道の権威だから、必ずしも優れたアイデアを生み出すとは限らないのよ。私も建築や都市開発について提言できるだけの資格も知識もないけれど、一つだけ確言できる。未来のアステリアに必要なのは、富裕層だけが楽しく暮らすパラディオンではなく、アステリアの人々が安心して暮らせる広々とした都市空間だということ」

--中略--

「もし、あなたがアイデアを持っているなら、恐れずに話して欲しいの。何故って、それが世界を変える鍵になるかもしれないからよ。私なら決して嗤ったりしない。あなたのどんなアイデアでも、活かす道がないか、一緒に真剣に考えるわ。だから、何か思いついたら、恐れたり恥ずかしがったりせず、気軽に教えて欲しいの。アイデアを形にする最初の一歩は、誰かに話してみることだと思うわ」
「君も父さんと同じ事を言うね」
「お父さまと?」
「『たとえ君が世界を変えるアイデアを持っていたとしても、それを口にしなければ誰にも伝わらない。だから勇気をもって話してみよう。お前もいろんな可能性を秘めた海だ』と教えてくれた。もちろん、今もそのつもりだ。だがね、今でさえ海洋情報ネットワークに四苦八苦してる。それを差し置いて、また新たな何かを口にするのは大風呂敷みたいで気が進まない。もう少しこの地への愛着が湧いたら、その覚悟も芽生えるかもしれない。その時には君に一番に話すよ。どんな事も、君に一番に」

*

 今夜はブルーライン海運公社の関係者や地元のアッパークラスを招いての処女航海であり、専用桟橋にも一目でそれと分かる上品な老夫婦や、美しく着飾った女性客、スーツ姿の紳士らが集まっている。彼もドレスコードに従い、一番見栄えのいいカジュアルスーツとネクタイを身に着けてきたが、どうにも場違いな気がする。人目を避けるように植え込みの陰のベンチに腰掛けると、枝葉の隙間から周りの様子を伺った。
 それにしても、この小さな島社会にこれほど裕福な人が存在するのかと我が目を疑うほどだ。アステリアに居住権を有する富裕層の多くは不動産投資と娯楽が目的で、実際に定住しているのは少数だという。彼らはタクシーでも飛ばすようにプライベートジェットでトリヴィアとアステリアを行き来し、サフィールのような会員制施設でクルージングやパーティーを楽しんだ後、本宅に帰って行く。だからこそ、パラディオンのように一般社会から隔絶された安全かつラグジュアリーな海上都市に需要が生まれるのだろう。
 それはそれで一向に構わないが、ここに新たな富と権力をもつコミュニティが誕生し、ローランド島―ウェストフィリアから成る第二の経済特区を創設して、既存社会の自由公正な土壌を崩しにかかるなら、看過できないものがある。
 誰が絶対的に正しいわけではないが、ネンブロットやトリヴィアのように一党支配で社会が押し潰されるなら――そして、その為に治安が悪化し、リズのように犬の首輪を付けられて、一人でのんびり海岸を散歩することもできない世の中になるなら、やはり大勢が納得し、公共に利益が還元されるような施策をとるべきではないだろうか。
 それでも笑いさざめく人々を見ていると、それぞれに暮らしがあり、人生があり、同じ一つの海に生きる同胞であることを痛感せずにいない。マイルズ調査官に教えられた「ネンブロットの平原に立てば、みな同じ」だ。浮き世の悩みなど超越したようなアッパークラスの老夫婦も、ゾーイのようにちょっぴりはみ出た女の子も、人として幸福を追い求め、安らかに暮らしたい願いはみな同じだ。
 だが、立場も考えも生活レベルも異なる人々を、どのように一つに結びつければいいのか。フェールダム復興のように、誰にとっても明快かつ、ぶれない目標があれば分かりやすいが、アステリアは寄せ木細工だ。「干拓地」「治水」といった共通のバックボーンもなければ、誰もが共感する未来図もない。
 ビジョン。
 リズが言うように、何も説明しなくても、パースを見るだけで未来のペネロペ湾を思い描くことができるものだ。何かこれといったイメージやスローガンがあれば、海洋社会の理念も訴えやすくなるのだが……。

*

 

「One Ocean, One Heart. いい言葉だな」
「どういうこと?」
「アステリアだよ。オーシャン・ポータルのスローガンだ。誰がどのように領海線を引こうと、海は永遠に一つだ」
「その通りよ。海は誰のものでもないし、その恵みは永遠よ」
「それぞれが利益や幸福を追い求めるにしても、共同体には一つの目標が必要だ。どんな社会を作りたいのか、何を目指すのか。だが、今のアステリアには個々を繋ぐ理念がない。みな、漠然と意識はしているが、これという形がない。One Ocean, One Heart ──これをアステリアのスローガンに出来ないだろうか。たとえば、パリには『たゆたえども沈まず』、ロンドンには『主よ、われらを導きたまえ』というモットーがあるだろう。それと同じようにOne Ocean, One Heartをアステリアのスローガンにする。たとえ幾多の勢力がアステリアを分断しても、海は決して分かてない。人の願いも永遠に一つだ」
「素敵ね。誰にでも分かりやすくて、なおかつ愛がある。どんな命も元を辿れば一つの海に行き着くんですもの。たとえ目指すものは違っても、利害で社会を分かつべきでないわ」
「鉱業局のマイルズ調査官が言ってたよ。ネンブロットの平原に立てば、みな同じだと。俺たちは皆、同じ星の物質を分かち合って生きている。宇宙の視点から見れば、MIGもファルコン・グループもないんだよ。俺は立場の違いを越えて、全体に働きかけたい。海が誰のものでもないように、どちらかの側から裁きを下すのは間違いなんだ」
「あなたは何にも縛られることはないわ。私は『アル・マクダエルの娘』としての自覚や責任があるから、どうしてもMIGの側に立った物の見方しか出来ないけれど、あなたは違う。何ものからも自由だから、本当の意味で虚心坦懐になれる。そして、それが説得力になる」
「リズ。俺はね、きっとお目出度い理想主義者なんだよ。誰もが分かりきっていることでも言わずにいられない。なぜって、分かりきったことを、誰もやろうとしないからだ。何事も、こんなものだと妥協するのは簡単だ。見て見ぬ振りすれば、火の粉をかかることもない。だが、それが俺の生き方かと問われたら、断じて否だ。父もそんな平穏は望まないだろう。そこに問題がある限り、自分なりに力を尽くしたい。もう二度とこんな節介はしたくなかったが、それでも俺は父のように生きたいと思う。俺にとってはOne Ocean, One Heartが願いの全てだ。これからも、どんな形でも、訴えかけていきたい」


Product Notes

私も最近知ったのですが、『One Ocean』というのはフロリダ州の海洋アドベンチャーパーク『SeaWorld』の標語なんですね。たかがシャチ・ショーと思うけども、実際にその場で見たら感動します。一部では動物愛護の観点から非難囂々ですが。

こちらがかの有名なShamのショー。どんなすごい芸かと思えば……人間はShamに水をかけられて、遊んでもらっています♪ このスプラッシュ、本当にすごいです。雨合羽、必須。実は2000年中頃まではトレーナーがシャチの背中に乗って水中に潜る見世物があったんですね。ところが、ショーの途中でシャチが興奮し、トレーナーが観客の目の前で襲われるアクシデントが相次ぎ、最近では、背中に乗るようなアトラクションは行われていません。

全米最長といわれるジェットコースター『MAKO』。直下型コースターといえば、ブッシュガーデンのSheikraが有名ですが、悶え度と落下回数はMAKOの方が上です。非常にシンプルな作りですが、何度も落ちるので、ハラワタが飛び出しそうなほど気持ち悪いです。

これも内蔵はみ出し型コースター。うつ伏せの状態で落下+スピンします。子供たちは嬉々として乗ってたけど、年寄りには無理無理ムリゲーです^^; アメリカのコースターって、こんなのばっかり。

ヴァーチャル・コースター『Kraken』もあるけど、乗った人の感想はいまいちでした。搭乗中にヴァーチャルのゴーグルがずれるので、楽しめないそうな。

おまけ。Bush Gardenの直滑降コースターSheikra。これは恐ろしく高度があって、落下寸前に数秒停止するSM級の仕掛けです。映像でみたら、大したことないじゃんと思うけど、実際に乗ったら、地面に引きずり込まれる感じ。コースターだから失神寸前で止まるけどね。

Falconは円盤形の乗り物で、最高位で椅子が90度傾き、前につんのめった状態で一気に落下します。高層ビルから飛び降りたら、こんな感じ。コースターだから失神寸前でポジションが変わるけどもね。

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