13-2 社会を一つに結ぶビジョン

ランドスケープ

リズはセスから一部で密かに進むリング・プロジェクトについて聞かされる。
プロ集団によって再描画された『リング』は今すぐ出品できそうなクオリティだ。
新興勢力の急激な動きを見て、セスはリングのアイデアを売るよう勧めるが、リズはヴァルターの心中を思い、断固として拒否する。

一方、ヴァルターは父の遺したプラスチックカードと故郷の動向が気になって仕方ない。
二十年前、締切堤防の補強工事をめぐる証言集めが進んでおり、もしかしたら堤防決壊が人為的事故であることを証明できるかもしれないからだ。

考え込む彼に、リズはペネロペ湾で持ち上がっているパラディオン計画について話し、アイデアの価値を説く。

その後、クルージングで振る舞われたアニバーサリー・ケーキに綴られた『One Heart, One Ocean』のデコレーションからアステリアを一つに結ぶスローガンを思い付く。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 それにしても、この小さな島社会に、これほどたくさん富裕な人が存在するのかと我が目を疑う。
 アステリアに住居や権利を有する富裕層の多くは資産運用と娯楽が目的で、実際に定住しているのはごく僅かだという。彼らはタクシーでも飛ばすようにプライベートジェットでトリヴィアとアステリアを行き来し、『サフィール』のような会員制施設でクルージングやパーティーを楽しんだ後、トリヴィアの本邸に帰っていく。
 だからこそ、『パラディオン』のように、一般社会から物理的にも階層的にも隔絶された、安全かつラグジュアリーな海上都市に需要が生まれるのだ。
 それはそれで一向に構わないが、ここに新たな富と権力をもつコミュニティが誕生し、ローランド島とウェストフィリアから成る第二の経済特区を創設して、より自分たちの操作しやすいよう社会を分断するつもりなら看過できぬものがある。
 誰が絶対的に間違いで、これが絶対的に正しいという訳ではないのだろうが、ネンブロットやトリヴィアのように一党支配で社会が歪められ、大勢が理不尽な目に遭うなら、より公共に利益が還元される施策に舵を切ってもらいたい。
 それでも、笑いさざめく人々を見ていると、それぞれに暮らしがあり、人生があり、同じ一つの海に生きる同胞であることを思わずにいない。
 マイルズ調査官が言っていた「ネンブロットの平原に立てば、みな同じ」だ。
 浮き世の悩みなど超越したようなアッパークラスの老夫婦も、ゾーイ・ウェラーのようにちょっぴりはみ出したような女の子も、人として幸福を追い求め、安らかに暮らしたい願いはみな同じだ。
 だが、立場も考えも生活レベルも異なる人々を、どのように一つに結び合わせればいいのか。

<中略>

「One Heart, One Ocean. いい言葉だな」
と呟いた。
「どういうこと?」
「アステリアだよ。『オーシャン・ポータル』のスローガンだ。誰がどのように領海線を引こうと、海は永遠に一つだ」
「その通りよ。海は誰のものでもないし、その恵みは万人のものよ」
「それぞれが利益や幸福を追い求めるにしても、共同体には一つの理念が必要だ。どんな社会を目指すのか、何を使命とするか。だが、今のアステリアには個々を繋ぐ理念がない。みな、漠然と意識はしているが、これといった形がない。パラディオンに相当するようなビジョンが無いんだよ。『One Heart, One Ocean』──これをアステリアのスローガンにできないだろうか。たとえば、パリには『たゆたえども沈まず』、ロンドンには『主よ、われらを導きたまえ』というモットーがあるだろう。細かく説明しなくても、一言で町の歴史や性格が理解できる。それと同じように、One Heart, One Oceanをアステリアのスローガンにするんだ。たとえ幾多の勢力が入り込み、アステリアを分断したとしても、海は決して分かてない。人の願いも永遠に一つだ」
「素敵ね。誰にでも分かりやすくて、なおかつ愛がある。どんな命も、元を辿れば、一つの海に行き着くわ。たとえ目指すものは違っても、利害で海を分かつべきではない」
「鉱業局のマイルズ調査官が言っていた。ネンブロットの平原に立てば、みな同じだと。富貴な老夫婦も、工場の労働者も、俺たちはみな、同じ星の物質を分かち合って生きている。宇宙の視点から見れば、MIGもファルコン・グループもないんだよ。俺は立場の違いを超えて、全体に働きかけたい。海が誰のものでもないように、どちらかの側から審判を下し、是非を問うのは間違いだ」
「あなたは何にも縛られることはないわ。私は『アル・マクダエルの娘』としての自覚や責任があるから、どうしてもMIGの側に立った物の見方しかできないけど、あなたは違う。何ものからも自由だから、本当の意味で虚心になれる。そして、それが説得力になる」
「俺はね、きっとお目出度い理想主義者なんだよ。誰もが分かりきっていることでも、言わずにいられない。なぜって、分かりきったことを、誰もやろうとしないからだ。何事も、こんなものだと言い聞かせるのは簡単だ。見て見ぬ振りで通り過ぎれば、火の粉がかかることもない。だが、それが俺の生き方かと問われたら、断じて否だ。俺の瞼には堤防を守りに戻った父の姿が強く焼き付いている。あの夜の父の姿があるから、俺も道を踏み外すことなく、嵐に立ち向かう勇気をもてるんだ。そして、今アステリアに必要なのは、人々を一つに結ぶシンボルだ。メイヤーがペネロペ湾の未来を描くなら、俺はアステリア全体に通じる理念を示したい。そのシンボルがOne Heart, One Oceanだ。きっと絵と同じくらい分かりやすい」

Product Notes

この原稿を書き始めた2014年頃、「富裕層VS大衆の社会の分断」なんて漫画だわ~、と思ってましたけど、現実になってきましたね。

次はゲーテッド・コミュニティに、人工アイランド。

行き着く先はコレ? 《エリジウム

共同体が方向を誤れば、是正するのに数十年はかかる。

そして、ひとたび、それを方向付ける町作りがなされれば(巨大建設も含めて)、イラストを修正するような訳にいかないのも現実です。