13-1 大会社で働く資格と人間の誇り

オフィス

一般向けの海洋情報サイト『オーシャン・ポータル』の作成に取り組むヴァルターだが、パートナーのゾーイは朝から大音量でクラブミュージックを聞いたり、まるでやる気なし。
ついに口論になり、「出て行け」と言うと、ゾーイは本当に出て行ってしまう。
最初は無視を決め込んでいたが、だんだん心配になり、ゾーイを探しに出掛ける。

その時、鉱業局のマイルズ調査官に再会し、好ましい評価を得る。

さらに話題は『運命と意思』に及び、「運命の方が意思よりはるかに強いのではないか」と質問すると、マイルズ調査官は「運命は抗うより愛する方がいい」と答える。

その後、仕事場から出て行ったゾーイを見つけ、一緒に昼食を取る。
ゾーイは自分だけが大会社で浮いている、こんな立派な会社で働く資格はないと劣等感に陥っている。

そんなゾーイに対し、ヴァルターは「日の当たらない場所で懸命に生きている生命もあるよ」と深海魚に喩えて、存在すること、そのものに意味があるのだと説く。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「ステラネットを辞めて、クラブの下働き? 馬鹿なことを言うな。そんなことをしたって、先が知れてるじゃないか」
「なんで」
「あんな薄暗い所で皿を洗ったり、床を磨いたり、そんな毎日が本当に心を輝かせると思ってるのか? クラブの下働きが悪いとは言わないが、少なくとも、ローレル・インスティテュートのIT学科を好成績で卒業した子のやる仕事じゃないよ。せっかくプログラムを書くスキルがあるのに、どうして活かそうとしない?」
「プログラムの書ける人間なんて、この世に掃いて捨てるほどいるのよ。それに、業務としてやるより、趣味で『アプリパーク』に出品する方がよっぽど楽しくて手応えがあるわ。ユーザーの反応がダイレクトに返ってくるし、いいものを作れば目に見えて収益に還元されるから」
「それは分かるよ」
「第一、苦痛なの。あんな立派なオフィスに勤めている自分がね。周りはみんな優等生で、自分の立ち位置に何の違和感もない。『ステラネットで働いてる』と口にして得意げになれるのは、それにふさわしい資質を備えているという自負があるからよ。あなたもそんなラフな格好をしてるけど、本質的に自分はそういう場所に似つかわしい人間だと信じてる。だからキプリング社長とも対等に話せるし、ヘボなアイデアでも堂々とプレゼンテーションできるのよ」
「『ヘボ』は余計だが、君の言いたいことは何となく分かる」
「いいえ、分かってない。あなたも結局、とても恵まれた人間なのよ。地頭がよくて、容姿も抜群、スキルも出自も申し分ない。そんな人に『その他大勢』の苦しみなんて分かるわけがない」
「それは聞き捨てならないな。俺だって少年時代はそれなりに苦労してるよ」
「そういう意味じゃないの。あなたは元々、サラブレッドで、その他大勢はそうじゃないってことよ。たとえば、あなたは自分の両親について聞かれたら、きっと胸を張って答えるはずよ。『お父さんは真面目で優秀なビジネスマン、お母さんは料理が得意で、笑顔の素敵な女性です』。でも、世の中には自分の両親のことさえ話せない人間もいる。適当に話を盛って、誤魔化して、それでやっと人並みになれるの」
「俺の父親は十二歳の時に亡くなったよ」
「病気で?」
「決壊寸前の堤防を守りに戻って、高波にさらわれた」
「それでも、それを口にする度、あなたは誇りに感じるはずよ。もし『俺の父親は洪水の時にいち早く逃げ出して、おかげさまで九十九歳まで長生きしました』なんて話なら、父親のことを聞かれる度に縮こまるでしょう。実際、あなたのお父さんは堤防を守りに戻ったのではなく、あなたの名誉を守る為に命を懸けたんじゃないの。だから、あなたもステラネットで堂々と仕事ができるのよ。殺人犯の子供みたいに、親の名が出る度に惨めに感じる人間とは根本から違うわ」

<中略>

「あなたって、やっぱり解ってないわね。自分が何もので、何処から来たというのは、一番根源的な問題よ。親や家族のことを聞かれる度、適当に話を盛って、自分も他人も誤魔化すのがどれほど惨めだと思うの? そう言うと、『親と君は関係ない』なんて知った顔で言う人があるけど、親は墓場まで付いてくるわ。悪霊みたいに死ぬまで自分とは切り離せない」
「だからといって、君にステラネットで働く資格がない訳ではないだろう。本当に君に問題があるなら、キプリング社長だって最初から雇ったりしない」
「とにかく、合わないものは合わないの。これ以上、耐えられない」
「辛い気持ちも分かるが、俺は時期尚早だと思うよ。次に行く当てがあるならともかく、ナイトクラブで下働きするぐらいなら留まった方がいい。いやいやでも毎日会社に来て、最低限の業務をこなして、せめてお金だけでも貯めたらどうだ。そうすれば、次に本当にやりたい事が見つかった時、何かの支えになる」
「『いやいや』でも会社に来るの?」
「そうだ」
「まるで給料ドロボーみたい」
「ほらね、君だって本音は胸を張って語れるような仕事がしたいんだよ。本物の給料ドロボーは『私はドロボーです』なんて言わない、適当にやり過ごして、お金だけもらって、腹の中でペロリと舌を出すだけだ。君はステラネットが求めるような資質やキャリアを十分理解した上で、それに応えられないから、自分を卑下したり、劣等感にさいなまれるんだろう。かといって、今日からお嬢さんファッションに切り替えて、優等生ぶる気持ちもない。だが、そんな自分に一〇〇パーセント都合のいい職場がどこにある?

Product Notes

確認されている深海魚より、されてない生物の方がきっと多いでしょう。

なぜこんな所に、こんなものが?? というようなものが、数千メートルの海底に、あるいは数千メートルの地下に、棲息しているかもしれません。

あるいはこんなのも……。いしいひさいちの『地底人』なつかしいですね。

彼らは多分、南鳥島あたりの海底下に棲息していると思います。

地底人

初めて深海の生物の写真を見た時、すごく感動して、こう思った。
世の中、自分探しに必死になってるけども(90年代の話)、分かったところで、何がどう幸せになるか、誰にも答えられない。
誰にも「あなたは特別な人よ」と言ってもらえないから、自分で自分の中に特別な価値を探して、納得したいだけじゃないかな、と。

でも、そんな事に拘りだしたら、誰も生きていけないじゃない。

私ならどう答えるかな……といろいろ考えた端っこがコレです。