曙光 Morgenrood

第5章 指輪

-帰港~ウィレム・ヴェルハーレン-

愛憎の晩餐会と戴冠への道 月夜の恋と疑惑のチューリップ

Introduction

ウェストフィリア調査を終え、無事にローレンシア島に帰り着いたヴァルターと調査スタッフ。そこにはリズの姿があり、二人はいっそう深く結ばれる。しかし、ヴァルターが父親であるアル・マクダエルを激怒させたことから、二人は再び離ればなれ。胸を引き裂かれるような思いの中、リズは父に連れられ、スカイタワーの落成式に出席する。それは保守派の大物マティス・ヴェルハーレンの息子、ウィレムと見合いする為でもあった。彼を想う気持ちと自らの責任の板挟みになりながらも、リズは晩餐会で堂々と振る舞い、『MIGの後継者』を強く印象付ける。
一方、リズと引き離されたヴァルターは、くさくさしながらフーリエを訪ねる。セレモニーの一環として催された建築家フランシス・メイヤーの講演を聞きながら、再建コンペと同じ流れを感じ取る。そんな彼の目の前に現れたのは、復讐のチューリップを携えて舞台に登場したリズだった。


Quote

 マティス・ヴェルハーレンは今年六十三歳になる保守派の代表格だ。新興勢力にとっては巌のような存在であるが、民主連合の議員にしては珍しくアステリア開発に理解があり、『属領(dependency(ディペンデンシー))』のまま、一部の権限を『独立市(Independent(インデペンデント) city(シティ))』に格上げし、自治権を与え、産業や生活福祉の充実を図ることが、回り回ってトリヴィアの発展に繋がるという考えを明確に打ち出している。議員とは政財界の催しで何度か顔を合わせただけだが、以前から互いの実績や信条は聞き及んでおり、改めて自己紹介するほどでもない。
 今回、議員はスカイタワーの落成式を含め、その他の政治的会合に出席するため、先週末から妻と次男を伴ってペネロペ湾のホテル・ロイヤルクレセントに滞在中だ。マクダエル父娘も落成式に臨席することをどこからか聞き知り、「ディナーをご一緒したい」と申し出があった。特に断る理由もなく、アステリアの事も一度じっくり話してみたい思いから、アルは快く受けた。
 だが、議員の関心はもう一つ別にある。
 エリザベスだ。
 ヴェルハーレン上院議員には二人の息子がある。
 長男のクラースは産業省の経済産業政策の要職に就き、すでに結婚して子供もあるが、次男のウィレムは独身の三十三歳、リズより八歳年上だが、なかなかの好男子で、法廷ドラマの弁護士みたいに颯爽としている。
 大学卒業後は、非営利法人「フードバンクCENTRUM」の執行委員を務める傍ら、自動車ディーラーの営業マン、リサイクルショップの共同経営、洋菓子の販売員、NPOサポートセンターのコンサルテーションなどを経験し、昨年、エルバラードの市会議員に当選したばかりだ。経歴だけ見れば、無意味に転職を繰り返している風だが、高校時代より貧困家庭や失業者、福祉施設などに食品を無料分配するフードバンクのボランティアに取り組んでおり、社会問題への関心は高い。
 上院議員である父方の家系はもちろん、母方の閨閥も綺羅星の如く、花嫁候補も引けを取らないが、当人は三十歳を過ぎてもどこ吹く風、両親の勧める相手にも一向に興味を示さず、夢の女性を追い求めている。
 やんちゃ坊主にほとほと手を焼く議員夫妻がリズに目を留めたのは、二年前の「エヴァン・エーゼル基金」がきっかけだ。ネンブロットに鉱害病専門の高度医療センターを設立する為、寄付金集めに献身するリズの姿に感銘を受け、花嫁候補の一人に加えたらしい。
 それはアルにとっても悪い話ではない。
 一見、浮薄なプレイボーイだが、市議会の答弁や活動内容を見る限り、父の威光をかさにきた二世議員でないのがありありと分かる。福祉や経済に一見識もつ行動的な男となれば、リズもはなから無視することはないだろう。
 ヴェルハーレン上院議員とは政治的に異なる部分もあるが、アステリアの未来図については一致しており、忌憚のない意見交換ができるなら願ってもない話だ。正直、格式のある家に、既に男を知った娘を紹介するのは気が引けるが、その点に関してはお互い様だ。眉目秀麗な有名議員の次男坊が淋しい独身生活を送っているとは到底思えず、先方も「あれほどに美しいお嬢さまなら、将来を誓い合った方もあるのでしょうね」と先刻承知のようである。
 なんにせよ、娘にとってはまたとない良縁で、これを機にもう一つパイプを繋げておくのも悪くはない。あの腰抜けがろくに仕事もせず、腑抜けのようになっているという噂を聞くにつけ、後々の面倒を避けるためにも保険は何重にもかけておきたいところだ。

*

*

 しばらくすると、ファーラーが振り向き、オリアナにこちらに来るよう目で合図した。 
 オリアナは緋色の絨毯を深く踏みしめながら、ゆっくりファーラーに歩み寄り、彼を取り巻く重鎮らに鷹揚に会釈した。誰もが彼女の色香に目を見張り、上品ぶった仮面の下で舌なめずりするのが手に取るように分かる。
 ファーラーは彼女を「有能な調査員」と紹介し、ウェストフィリアでの活躍を手短に語って聞かせた。だが、彼女がどんな識見を持ち、分析力に優れているかなど、周りにとってはどうでもいい話だ。それより、どんな手管でファーラーを愉しませているのか、そっちの方が興味ある。二十五歳にしては熟れすぎた肉体と油断ならない雰囲気も、利口で保守的な重鎮には警戒の対象でしかない。オリアナ・マクダエルが何者であれ、今一番のファーラーのお気に入りであり、褒めて、おだてておけば、自らも安泰。それだけの事である。
 そうとは気付かず、オリアナはますます得意げに胸を張り、自分がノア・マクダエルの直系の子孫で、父のレイモンも今は個人投資家として成功している事実を強調した。「権力者と寝れば、自分も権力を得たような気分になる」というヴァルターの忠告が全く気にならないわけではないが、大統領でさえ一目置くロバート・ファーラーの女として恭敬されるのは決して悪い話ではない。別に結婚するわけでもなければ、愛されているわけでもないが、数百万エルクのドレスやアクセサリーをぽんとプレゼントしてくれて、権力の頂点に座する男を自分の肉体に溺れさせることは、ある意味、女として最高の勲章を得た気分だった。
 そうして歓談も一段落し、取り巻きがその場を離れると、ロバート・ファーラーもシャンパングラスを傾けながら、「そのドレス、よく似合っている」と目を細めた。だが、心底彼女の美しさに胸を打たれたわけではなく、金をかけて着飾らせた女が周りの興味を引いている事実が、ファーラーの自尊心を満たしているに過ぎない。
 そんな本音に気付きもせず、オリアナは口元に勝ち誇るような笑いを滲ませる。
「それより、調査の影響はどうですの? 思わぬ展開で立場をお悪くしたのではございません?」
「何にでも誤算はつきものだ。最後に辻褄が合えば、それでいい。それより君の又従姉はどうしたんだ。今日の晩餐会にも招待されているはずだが、一向に姿を現さない」
「あまりの盛況に怖じ気づいたのではありません? あるいは、猫可愛がりのパパが途中で気が変わって、娘を奥の院に隠したか」
「君のパパとは大違いだな。かたや宝物のように娘を可愛がり、もう一方は、自分と同年代の男の情婦になっても気にならない」
 一瞬、オリアナの顔が引きつったが、ファーラーはそんな彼女の反応を弄ぶように眺め、
「まあ、気に揉むことはないじゃないか。優しいパパに大事にされたからといって、必ずしも幸福になるとは限らない。案外、君のような女の方が要領よく世の中を渡っていけるんじゃないかね」
 そうかもしれない──とオリアナは納得した。少なくとも、女としては私の方が二歩も三歩も先を行っている。愛されてるといっても、あんな貧乏くさい男、恋人の価値もない。どのみち、あんなおぼこい女に男の性(さが)など分かるはずもなく、今に飽きられ、捨てられるのが目に見えている。

*

 さすがに二晩続けて素っ気なくするのも失礼と思い、居ずまいを正すと、
「どうぞ、そのままで」
 ウィレムは夕べと同じ優しい口調で言った。
「お邪魔でしたら、すぐに向こうに行きますから、そう固くならないで下さい」
 だが、リズは軽く首を振り、
「夕べは大変失礼を致しました。せっかくお誘い下さいましたのに、ご厚意にお応えもせず……」
「どうということはありません。誰にでもNOを言う権利があります。まして僕とあなたは初対面だ。易々と酒を酌み交す気持ちにもなれないでしょう。僕も意に染まない会合には顔を出しませんし、あなたにもその自由がある。スカイラウンジでご一緒するのを断られたぐらいで根に持つほど狭量でもありません。それより、この手のお見合いにはうんざりしているのではありませんか、お互いに」

--中略--

「ヴェルハーレンさんは、恋のご経験は?」
「さあ。有るとも無いとも、どちらとも言えません。少なくともあなたのように、朝から晩まで思い詰めるような恋の経験がないのは確かです。どうやら僕はコメディ向きで、ロマンチックな恋愛にはとんと縁が無いらしい」
「そんなことはありませんわ。お顔も、身のこなしも、素敵でいらっしゃいますもの。きっと密かに想いを寄せている女性も多いはずです」
「そうですね。なんと言っても、大物議員の息子ですから」
「きっとご自身の魅力に気付いてらっしゃらないだけです。今も私の非礼を気遣って、わざと砕けた物言いをなさってる。そういう優しさは、黙っていても周りの女性に伝わるものですわ」
「それは本気で仰っている? それとも型通りの慰めですか?」
「本当のことを申し上げているのですわ。お上手を言ってあなたの歓心を買ったところで、私にはまるで意味がありませんもの」
「まるで意味が無い? それもとどめを刺すような言葉ですね。百パーセント脈が無いと分かっても、もしかしたら自分にも入り込める余地があるのではないかと期待するのが男ですよ。もう少し僕の面子も立てて頂けませんか。でないと、明日にも『モテモテ君』の看板を下ろして、親の勧める相手と結婚しなければならなくなる」

*

「フォーゲルさん、今日は操縦しないんですか?」
「残念ながら、今日は操縦しない。そう簡単に有人潜水は出来ないんだよ」
「なんだ、つまんねぇ」
「『つまんねぇ』なんて言葉を使うんじゃない。お行儀の悪い子は切り刻んで魚の餌にするよ」
「魚なんか、いねぇもん」
「もっと詳しく調べたら何所かに居るかもしれないよ。実況を見て気付いたと思うけど、アステリアの海底には生き物の巣がある。砂の中、あるいは砂の層の下、今の段階では確かなことは言えないが、多分、至る所に生き物の巣があるはずだ」
「それは魚なの?」
「そうだね。魚みたいに骨があるかどうかは分からないけど、大きなミミズみたいな生き物や、顕微鏡でしか見えないような微生物など、いろんな生き物が棲息していると思うよ」
「それはどうやって調べるの」
「まずは船の上から音波を使って海底の地形を調べる。深さや形、何所にどんなものが存在するか、大まかに把握するんだ。海底の地形が分かったら、何かありそうな場所にポイントを絞り込んで、今度は無人機を投入する。船上からは、細かな色や形は見えないから、無人機の水中カメラや検査プローブを使って、そこに何があるか詳しく調べるんだ」
「プロテウスはいつ潜るの?」
「無人機でフォローできない大深度や複雑な操作が要求される場所、科学者が『自分の目で見たい』という場合など、必要に応じて船を出すんだよ。でも、それにはたくさんの人手が必要だし、何日も遠洋を航海しないといけない。とても経費がかかるから、いつでも、思い立った時に、とはいかないんだ」
 一通り質問が終わると、引率の女性教師が「プロテウスの仕組みや部位の名称などを説明していただけますか」と求めた。彼はフーリエに小さなホワイトボードを借りると、バラストタンクや錘を使った潜航のメカニズムや、音波を使った位置測定の理論について、わかりやすく説明した。
 そのうち眼鏡をかけた男の子が「僕、『オーシャン・ポータル』を見たよ」と口にした。
「アステリアでは、海水から食塩を作ったり、海底の石から金属を取り出したりしてるって。でも、どうして海水にいろんな物質が溶けてるんですか?」
「それは非常にいい質問だ。実は、このメカニズムはね、ステラマリスでも完全には解き明かされていないんだ。一口に『海水』といっても、惑星ができたばかりの頃と現代では全く成分が違う。何十万年、何百万年とかけて、徐々に変化しているんだよ。それはアステリアも同じだ。そして今、産業界の関心を集めているのが海底鉱物資源だ。ニムロディウムという金属成分が、アステリアの海水にもいっぱい溶け込んでいる。海水だけでなく、海底の堆積物にも。このニムロディウムはどこからやって来たんだろう? どうしてアステリアの海には存在して、ステラマリスの海には無いんだろう? 不思議な事がいっぱいだ。でも、それを解明するには、海はもちろん、惑星の成り立ちや内部の構造、マントルに含まれる成分など、いろんな現象を詳しく調べないといけない。そして、それを分析するには、化学や物理学、地学や生物学など、いろんな知識を総動員する必要がある。それが今、君たちが学校で理科や算数を学習している所以だ。海のことが分かれば、海水から工業原料を作ったり、海流を利用して発電したり、高速の船を造ったり、海上を自由に行き来できるボート型ハウスを作ったり、海底トンネルを掘ってローレンシア島とローランド島を海底特急でつないだり、いろんな可能性が広がる。その為にも、今から一所懸命に勉強して、海に詳しくなることだ。大きくなった時、立派な船長になったり、海中ロボットの技術者になったり、港湾を建設したり。知識と技術を活かせば、アステリアもいっそう豊かになる」

*

 リズはわざと椅子に腰掛けたまま、メイヤーが他のメンバーと話す様子を静かに見守った。
 見たところ礼儀も常識も弁えた上品な紳士で、何も知らずに接していたら、「才能ある建築家」と何の疑いもなく受け止めていたに違いない。だが、リズは父の話やその他のリソースから、メイヤーが必ずしも己の実力だけでここまで上り詰めたわけではない事を知っている。
 まず、実家が国際的な観光事業者メイヤー&パーマー・グループの創業者一家で、フランシス・メイヤーの父も兄も、その親族も、方々に顔が利くということ。
 フランシス・メイヤーの二番目の妻はオーストラリアで一、二を争う宝石商『ジェム・グレース』の創業者の孫で、トリヴィアやネンブロットにも市場を広げようと野心を燃やしていること。
 そして、メイヤー&パーマー・グループはしばしばロイヤルボーデン社と大型リゾート施設の建設を手がけており、その結びつきは昨日や今日に始まったわけではないということ。
 その繋がりを知れば知るほど、「フェールダム臨海都市計画」もメイヤーの一存で動いたわけではないことぐらい容易に察しがつく。
 やがて女性司会者が椅子に腰掛けているリズに気付き、ミーティングの輪に呼び寄せると、リズはわざと初な顔を作って皆に挨拶した。他の参加者は特に気に留める様子もなく、「こちらこそ、よろしくお願いします」と型通りの挨拶を返したが、メイヤーだけは少し構えるような表情を見せた。「イタチのように小胆で警戒心が強い」という父の言葉通り、メイヤーもまたマクダエル父娘とヴァルター・フォーゲルの繋がりを調べ上げているに違いない。
 リズはメイヤーにもぺこりと頭を下げると、「メイヤーさんに花束をお渡しするのは講演の後でよろしいんですね」と女性司会者に分かりきったことを質問した。
「そうです。講演が終わったら、いったん私が舞台に出て締めの言葉を述べますので、お嬢さんは進行係から花束を受け取って、舞台袖で待機して下さい。あとは会場の様子を見ながら『花束の贈呈』となります」
「花束をお渡しする時は、アップで撮って下さるのでしょうか」
「もちろんです。お嬢さんのお顔も綺麗に撮影しますから、ご心配なく」
 女性司会者は娘心を汲むように答えたが、メイヤーは訝しげにリズの横顔を見詰め、「わたしの講演を利用してMIGのイメージキャンペーンですか」と含みのある言い方をした。
 一瞬、気まずい空気が漂ったが、
「申し訳ございません。私も一度はお断りしたのですが、主催者の強い希望もあり、お受けすることにした次第です。MIGもアステリア開発の先鋒として奮闘して参りましたが、ペネロペ湾に関しては大きく遅れをとっています。これを機会に湾岸開発の在り方について勉強させて頂けたらと願っています」
「MIGが湾岸開発に興味をお持ちとは知りませんでした」
「当然ですわ。もはやペネロペ湾は単なる商業地ではありません。今後数百年のアステリアの未来を方向付けるシンボリックなエリアです。優れたアイデアを支援し、地元の発展を促すと共に、自社の新たな可能性を切り開くのは経営者として当然の務めです」
「それはアル・マクダエル社長の希望ですか」
「いいえ、私の意向です。MIGの将来を預かる役員の一人として、ペネロペ湾に興味を持っているのです」
「では、いずれ、アイデアコンペで争うことになるのでしょうか」
「争うなど、とんでもない。望みは一つ、真に優れたアイデアです。パラディオンが理想の未来図となるなら、協力は惜しみません」
 メイヤーはじっとリズの顔を見ていたが、先の尖った手を差し出すと、
「お嬢さんとはまた改めてお話できたらと思いますよ」
「光栄ですわ。私もメイヤーさんの哲学がどのようなものか、とても興味がありますのよ」
 リズもメイヤーのひんやりした手を握り返し、イタチのように鋭いメイヤーの目を正面から見据えた。
 パラディオンもメイヤー一人の力で成り立つはずがない。
 どんな策を弄そうと、いつか必ず尻尾をつかんでみせる。

 フーリエはスケジュール表を一読すると、「この時間、面白そうなものはやってないな。家に帰ってからTVで噴水ショーと打ち上げ花火でも見るか」と画面を閉じかけたが、彼は思わず身を乗り出し、「この『ブルーイノベーション』という講演会を見せてくれないか」と言った。 「こんなパネルディスカッションに興味があるのか」  フーリエが怪訝な顔でリンクをクリックすると、画面いっぱいにイベントホールのステージが映し出された。スポットライトに照らされた演台ではフランシス・メイヤーが弁舌を振るっている。  再建コンペと同じだ。  「新時代」「イノベーション」「個性」「ポテンシャル」と聞こえのいい言葉を次から次に並べ立て、あたかも素晴らしい未来が待ち受けているような印象を与える。  次いで大型スクリーンにパラディオンのイメージが映し出されると、会場から一斉に嘆息がもれ、我が意を得たようなメイヤーの顔が大写しになった。  確かにデザインは美しい。  隔絶された海洋空間に高級住宅を建設すれば、セキュリティの面でも人気が出るだろう。富裕層が多く投資すれば、ペネロペ湾一帯もいっそう潤い、ウェストフィリアの後方支援も弾みがつくに違いない。  だが、一方で、庶民が暮らす住宅は絶対的に不足している。安価な集合住宅や公営住宅に入りきれなかった人々が水上ハウスの暮らしを余儀なくされ、その安全性も耐久性も曖昧にされている事実をメイヤーはどう思っているのだろう。ペネロペ湾が商業地として栄え、その利益がアステリア全体に還元されるのは願ってもないことだが、それを支える一般人の暮らしも忘れてはならない。高度な技術も、世界に誇るサービスも、社会の底力となる人々の幸福や生き甲斐があってこそではないか。  彼が厳しい顔付きでモニターを見詰めていると、「こんな所に住みたいと思うか」とフーリエがこぼした。 「見た目はいいが、まるで桟橋だ。サッカーも出来やしない。ヴェニスみたいに歴史も文化も成熟した水の都なら味わいもあるが、小綺麗なオフィスやコンドミニアムだけなら、大して求心力にはならんだろう。実際にこういうものを建造すれば、あっという間に腐食してガタがくるぞ。採鉱プラットフォームでも三〇年が限度と言ってるのに、直径七キロとはね。海底地盤の整備や構造物の維持費だけでも馬鹿にならんだろう。政財界も本当にこんなアイデアを推すのかな。オレにはよく分からんが」  自腹が肥えるなら推す──と彼は思った。  フェールダムの臨海都市計画もそうだ。目先の利益だけ追いかけて、国家百年の計など微塵も考えない。


Product Notes

世界中に魅力的なベイエリアは幾つもありますが、一番印象的なのは、南アフリカのケープタウンではないでしょうか。

Cape Town

背後に迫るような丘陵が本当に綺麗です。

Trendy Spot

こちらが作中に登場する、フリンジの紋入りチューリップ。綺麗ではあるけれど、ちょっと不安な感じですね。花言葉は『疑惑の愛』。あまり良い意味はありません。

チューリップ

      B! 

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