5-3 採鉱プラットフォームと海中の接続作業

船 海

洋上プラットフォームに入ったヴァルターは、プロジェクトのサブリーダーであるラファウ・マードックから採鉱システムの概要について説明を受ける。

海台クラストの採鉱は、これまで頑なに支持されてきた学説を覆す点でも意義が大きい。

海台クラストの採鉱のポイント。

ところが、説明の過程で、潜水艇プロテウスのミッションは、水深3000メートル下で、揚鉱管やリアクターの接続作業をサポートする事だと知り、ヴァルターは「騙された」と憤る。

しかも、アシスタントは「大学生」と聞き、彼は唖然とする。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「最初の採鉱区となるティターン海台は、ローレンシア島とローランド島の間に広がる巨大な谷間にある。谷といっても、幅一〇〇キロメートルから二〇〇キロメートルに及ぶ地溝のようなものだ。だが、なぜテティス・プレートの真ん中にこのような地形ができたのか、溝が年々拡大しているのか、メカニズムは分かっていない。この巨大な溝には、高さ数百メートルに及ぶ海山や海丘が六つある。未だ発見されていない数メートル程度の高まりも含めれば、もっとになるだろう。そして、僕たちが採鉱するのは、ティターン海台の頂部から肩に掛けて被覆する『岩石の皮(クラスト)』だ」
 マードックは画像を切り替え、ティターン海台から採掘されたクラストの写真を表示した。
写真は断面図で、厚さ十センチほどの黒っぽい岩石がメロンの皮のように黄土色の基礎岩を覆っている。拡大すると、黒皮の部分には大小様々な粒子が含まれ、一部には目立つ金属光沢がある。
「この銀粉を散らしたような輝きが硫化ニムロディウムだ。ネンブロットのニムロデ鉱山や、その他の陸上の鉱区に存在する『酸化ニムロディウム』と異なり、海台クラストのニムロディウムは硫化物として存在している。これまでニムロディウムは酸素と強固に結びついた『酸化物』しか存在しないと言われてきたが、アステリアで採取された硫化ニムロディウムがその定説を覆した。硫化ニムロディウムは、ティターン海台の他、ローレンシア海域の様々な場所で発見されているし、ウェストフィリア島の火山にも存在する。なぜネンブロットやその他の地域では酸化物しか存在せず、アステリアにだけ硫化ニムロディウムが存在するのか、正確なところは分からない。ただ一つ確かなのは、この硫化物は、化学液による処理と、微生物を使った生物冶金(バイオリーチング)の技術を用いれば、比較的簡単に高純度のニムロディウムを製錬できるということだ。真空直接電解法のような高エネルギーの装置は必要ないし、海底の堆積物や火山の鉱床から硫化ニムロディウムを採取できるようになれば、ニムロデ鉱山に依存することもなくなる。これがどういう事か分かるだろう?」
「喩えるなら、世界最大の油田も、それを採掘する会社も、もはや用無しになって、誰でもそこらのミニ油田で手軽に石油を生産できるというわけ」
「用無しとまではいかないが、現在七十パーセント以上と言われる依存度が半分以下になるだけでも市場は激変するだろう。そして、アステリアの海底から、完全自動化・少人数の採鉱システムで、より安全に、より効率的にニムロディウム鉱物が採掘できるようになれば、ファルコン・マイニング社もネンブロットもひっくり返る。尚且つ、今まで以上に簡便で低コストな製錬システムが完成すれば、その影響は産業全体に及ぶ。今日明日にも激変することはないが、十年、二十年とかけて、地軸が逆転するような大変革が起きるのは確かだ」

<中略>

 続いて、マードックは採鉱システムの要である集鉱機、ビートル型破砕機、そして水中ポンプの画像を映し出した。
「ティターン海台のクラストは、海水中のニムロディウムの他に、銅、亜鉛、金、銀、プラチナなど、様々な金属元素を含んで皮膜状に基礎岩を覆っている。分かりやすく喩えれば、池に落ちた岩石は、いつしか緑色の苔に覆われる。それと同じで、ティターン海台の基礎岩もニムロディウムや銅や亜鉛を含む堆積物で覆われた。苔と異なるのは、何故ティターン海台の頂部や肩の部分にだけ特異な金属成分が凝集し、皮膜のような鉱物を形成するのか、メカニズムが全く分からない点だ。また、ティターン海台には存在するのに、隣り合う海山にはほとんど見られない。賦存のパターンもまちまちだ。ちなみに海台クラストに含まれる硫化ニムロディウムの含有率は一〇パーセントから三〇パーセント。パーセンテージではニムロデ鉱山のニムロイド鉱石より少ないが、採掘の手間や人件費、製錬コストなど、トータルすればはるかに割安だ」
「だが、硫化物だろう? 通常、海底の硫化物の鉱床は、熱水噴出孔(チムニー)のように火山活動の活発な箇所に沈殿する形で存在するはずだが」
「これもいろんな説がある。ウェストフィリアと地続きだった時に、ステラマリスでは起こりえないような地学現象によって生成されたのではないか。あるいは、非常に微細な熱水噴出孔のようなものが存在するのではないか。中には、微生物が形成したという仮説もある」
「微生物?」
「ウェストフィリア火山で、硫化ニムロディウムを栄養源に繁殖する微生物が確認されている。製錬工場の生物冶金のプロセスでも実際に応用している。だが、一辺一〇〇キロメートルもある海台を覆い尽くすほどのクラストを形成しようと思ったら、物凄い数の微生物が必要だ。しかし、現在採取されているクラストからは、そうした痕跡がまったく見当たらない。あるいは、褐鉄鉱鉄の酸化鉱物のように、テティス・プレートが海面上に突出していた時代に異常に繁殖して、硫化ニムロディウムの層を作り出した可能性もあるが、それもあくまで想像の域だ」
「それなら他の場所にも濃縮した硫化ニムロディウムの層があるかもしれない?」
「その通り。規模は非常に小さいが、テティス・プレートの至るところで見つかっている。ウェストフィリアの近海にもあるらしい。もっと広範囲を調べれば、ティターン海台に匹敵する高品位のクラストが存在するだろう。今はそこまで予算も技術も及ばないがね」
「採鉱システムより海洋調査の方が面白そうだな」
「君にとってはそうだろうね。だが、当面、科学的探究心は横に置いて、採鉱システムに集中しよう。さて、問題のクラスト採取だが、最大のポイントは、鉱業的価値のあるクラストをいかに効率よく引き剥がし、海上のプラットフォームに回収するかだ。どれほど精密な機械を使っても、海底では余計な基礎岩まで削ってしまうし、クラスト自体も、どこに、どれだけ、どんな形で存在するか、正確に把握しなければ、機械の空回りで終わってしまう。そこで開発メンバーは二手に分かれて研究に取り組んだ。一つは、採鉱システムの機械設計。もう一方はクラストのマッピングだ。機械設計チームは、基礎岩から良質なクラストだけを剥がし、効率よく回収するオペレーションシステムの開発に当たった。ジム・レビンソンが考案したのは、ビートル型破砕機と集鉱機を使った二段階方式だ。できれば一台に集約したオール・イン・ワン型にしたかったが、どうしても技術的に難があり、皆で話し合って二段階方式を採択した」
 マードックはビートル型破砕機とブルドーザーのような集鉱機をモニターに映し出した。
「まずビートル型破砕機がクラストを基礎岩から剥がし、その後で集鉱機が掃除機みたいに破砕物を回収する。ビートル型破砕機の大きさは、全長八メートル、高さ三・五メートル、幅四メートル。キャタピラ式トラクターで自走機能と遠隔操作の二つを兼ね備えていて、傾斜十五度の斜面でも走行可能だ。車体から突き出たカブトムシのようなヘッドの長さは四メートル。ヘッドの先端には二つの球状のカッターが取り付けられていて、表面は長さ二〇センチから三〇センチの棘状のドリルピットに覆われている。このピット付きカッターは地図データと連動で稼動し、クラストの厚さや形状に応じて微妙に角度を調整する」
「地図データはどうやって作成するんだ?」
「至近距離から音波や超音波を発信し、その反射音を分析して、クラストの厚さや形状を詳しく計測する。もう一つ併用しているのが、レーザー光だ。ニムロディウムには特定の波長の光を強く反射する特性があって、至近距離からレーザー光を放射して、およその含有量を計測する。これは宇宙航空の分野で使われているコーティングや冶金設計の技術を応用したものだ。企業機密というなら、マッピング技術と地図データが最たるものだよ。機械のコピーは容易だが、どこに、どれだけの良質なクラストが存在するかは簡単には調べられない。計測装置や解析の手法はトップレベルの知的財産だと理事長が言ってた」
「そうだろうね」
「次に集鉱機だ。こちらは路面清掃機みたいに車体の底部にバキュームと、棘状のピットに覆われた直径四メートルの回転ドラムを備えている。破砕機で細かく砕いたクラストを直径二センチ以下の細かな粒子に粉砕し、バキュームの中央取り組み口から海水と一緒に吸い上げるんだ。バキュームの先はフレキシブルホースに繋がり、さらに水中ポンプによって揚鉱管に運ばれる。この集鉱機も小回りの利くキャタピラ製で、全長九メートル、高さ五メートル、幅六メートル。当面、一日の目標採鉱量は三〇〇〇トンから四〇〇〇トンだ」
「まるで海台の露天掘りだな」
「確かにな。ここにはステラマリスのように厳格な海洋環境保護法がないから、やりたい放題といえば、やりたい放題だ」
「俺、ちょっと気が引けるな」
「気持ちは分かるよ。誰だって海を荒らしたくない。だが、そんな事を言い出せば、焚き火で湯を沸かす生活に逆戻りするしかない」
「そうだな」
「とにかく先に進もう」
 マードックは画像を切り替えると、水深三〇〇〇メートルの海底に向かって、真っ直ぐ突き立つ揚鉱管とその断面図を表示した。
「集鉱機から海水と一緒に吸い上げられたクラストの粉砕粒は、泥漿(スラリー)となって揚鉱管からプラットフォームの選鉱プラントに移送される。全長四〇〇〇メートルの長大なチューブウェイだ。揚鉱管は大きく三つのパートから成る。採鉱機に繋ぐ柔軟性の高いフレキシブルホース、採鉱機から吸い上げた泥漿を海上に輸送する鋼製のライザーパイプ。そして、水中リフトポンプだ。フレキシブルホースは特殊樹脂を混合した繊維強化プラスチック製で、最長一五〇メートル、その先端はコネクターによって採鉱機上部の吸引パイプの出口に接続される。揚鉱管の幹となるライザーパイプは流体ドレッジを利用した二重管で、泥漿を吸い上げるメインライザー管の直径が三十六センチ、海水を循環させるインジェクションパイプの直径が十八センチだ。パイプ一本の長さは二〇メートルで、これをタワーデリックで一つ一つ連結させながら海中に降下する。揚鉱システムの要となるのは、フレキシブルホースとライザーパイプに連結部に設置する水中リフトポンプだ。十二個の球体チャンバーから水圧をかけて海水を循環させ、破砕したクラストを海上に引き上げる。チャンバーを収めた格子型メタルフレームの大きさは、縦横六ートル、高さ四メートルだ。外側は特殊合金のフレームで防護し、内側は球体チャンバーがパイプや電源ケーブルと接触しないよう、十分にスペースを空け、樹脂やコーティング剤を使った絶縁処理を施している」
「動力はどうやって供給するんだ? 海上から電源ケーブルで給電?」
「当面はその予定だ。破砕機と集鉱機は電源ケーブルとは別に燃料電池を備えていて、定期的に海上に引き上げメンテナンスを行う。リフトポンプについては、外付け式のリアクターを有索無人潜水機で接続して電力を供給する」
「なぜリフトポンプだけ外付けのリアクターなんだ?」
「構造上、燃料電池を内蔵するのが難しい。しかも揚鉱システムの要だから、非常な高圧電流を必要とする。安全性やメンテナンスの容易さを考えて、外付けリアクターをインストールすることにした。万一、トラブルが生じても、リアクターだけ自動停止するので、システム全体に影響が及ばない」

Product Notes

「海底鉱物資源の採鉱システム」に関しては、様々なアイデアが出ており、最も理想とされているのは「オールイン・ワン型」です。

海底を自在に動き回る重機が、基礎岩から商業的に価値の有る鉱物資源だけを効率的に回収し、海上の施設に輸送するというもの。海上の施設といっても、揚鉱管の長さは数百から数千メートルに及ぶのですが。

技術的困難もさることながら、海洋環境に及ぼす影響も計り知れません。

そのあたりが実際、地元の反発にあっているのですが。

作中、採鉱プラットフォーム、および採鉱システムの概要は、実際にソロモン沖で実験稼働中の『NAUTILUS Minerals』のプランを参考にしています。
http://www.nautilusminerals.com/irm/content/default.aspx

『Offshore Production System Definition and Cost Study』
NAUTILUS Minerals Document No:SL01-NSG-XSR-RPT-7105-001
『Seafloor mining robots and equipment nearing completion to mine for gold, silver and copper』
http://www.nextbigfuture.com./2013/10/seafloor-mining-robots-and-equipment.html

海底鉱物資源の採鉱システムは、イメージとしては、こんな感じ。
動画だけ見ていたら、とても簡単そうに見えますが、作中でもあるように、「水深数千メートルの海底から、商業的に価値のある部分」だけを効率よく削りとるのが難しい。
莫大な操業コストをかけて、屑石ばかり吸い上げていたら、何の利益にもならないどころか、資金を使い果たして、即、廃業です。

これも作中に書いていますが、そもそも、どこに、どれだけ商業的価値のある鉱物が賦存するか、正確に把握しないことには始まらない。
丹波篠山の中腹をシャベルで掘り返しても、石油も黄金も永遠に出てこないのと同じで。

いつ、どこの物好きが、これに本格的に着手するか楽しみでしたが、ほんとに始めたベンチャー企業があるのにびっくり。2012年操業開始の予定でしたが、遅れてますよね。そりゃあ、水深数百メートルでも難しいでしょう。環境保護団体もうるさいし。

どこまで実現するか、本当に楽しみです。

※こちらはティピカルなオイルリグ。あくまでイメージです

採鉱プラットフォーム

ちなみに、「自費で有人潜水艇を建造する」というのは私の願望です。
120億ぐらいはするでしょうね。
映画監督のジェームズ・キャメロンは自費で建造して、マリアナ海溝まで潜航しましたが(´д`) → 超うらやまP