5-10 自転車に乗って ~海と太陽のように永遠に番う

二週間ぶりに帰島したヴァルターは、南の宿舎で一休みする。
だが、そこに待つ人はなく、会いたい人もなく、独りぼっちの無機質な暮らしがあるだけだ。

一方、リズは彼の来訪を心待ちにしていたが、肩すかしを食う。
父の命令で、会員制ヨットクラブのパーティーに仕方なく顔を出すが、そこでも心を楽しませるものは何もない。
父親が来客と話し込んでいる隙に会場を抜け出し、訳もなく南に向かって歩いていく。

だが、靴擦れで、とうとう一歩も歩けなくなった時、後ろからチリンチリンと自転車のベルが鳴る。

振り返ってみると、そこに一番会いたい人がいた。

彼の自転車の後ろに乗り、パーティー会場まで送ってもらうが、リズは意外な彼の優しさに心を惹かれる。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 デザートにはロックフォール・チーズのスフレにアプリコットとローズマリークリームのシャーベットを味わい、食後のダージリンティーを飲みながらほっと一息ついた時、同じ年頃の青年に声を掛けられた。
 一目で『Ziggy & Co』と分かるチョークストライプのスーツを身に着け、栗色の髪をエリート・ビジネスマン風のベリーショートに整えている。
 バーカウンターで一緒にカクテルを飲みましょうと誘われ、あまり気乗りしなかったが、断る理由もないので同席した。
 男性は馴れた感じで『サイドカー』を注文し、彼女にはオレンジ風味のカクテル『グランマルニエ・コスモポリタン』をご馳走してくれた。
 男性も最近アステリアに来たばかりで、サフィールのパーティーに顔を出したのも「情報のアンテナを磨く」のが目的らしい。
 だが、よくよく話を聞いてみると、前年度下半期の決算で三期連続の減収減益となった自動車メーカーの跡取り息子ではないか。今後、アステリアにも営業拠点を築き、マリンスポーツの分野でも、他社に先駆けて長距離型のクルーザーヨットの販売を手がけるつもりだと意気揚々と語るが、今でさえ主幹事業である自家用車の競争力が低迷している時に、まだまだ未知数の新規事業に手を出して、それで穴埋めできると思っているのだろうか。今、彼の会社に必要なのは経営戦略や開発力の見直しであり、こんな所で情報のアンテナを磨いている暇などないはずだ。

 わけもなく涙が浮かび、ふと海の彼方を見やると、いつになく美しい夕陽が水面を黄金色に染めている。リズは誘われるように素足のまま木の柵に歩み寄ると、海と太陽が一つに溶け合う彼方を見詰めた。
 もし海に恋人がいるなら、それは高朗と輝く太陽だ。
 昼間は女神のように燦然と世界を照らし、夜には甘えるようにその懐に帰って行く。
 片時も離れることなく、昼と夜を分かち合い、永遠に番う――。

<中略>

「でも、君の気遣いは嬉しいよ。卒業祝いの車のことも」
 リズが目を丸くすると、
「今日、君のパパに聞いたんだ。君が俺の立場を心配して励ましたがっていると。ディナーの誘いも、その為だったんだろう」
 どこで筋書きが変わったのか、彼はすっかり父のシナリオを信じているようだ。
「売ることないじゃないか。卒業祝いに買ってもらったんだろう? いつかまた乗りたくなる日が来るかもしれない。それまで大切に取って置けばいい」
「あなたは怒らないの……?」
「どうして」
「パパが言ってたの。こんな事、あなたに知れたら、一生口も聞いてもらえないって……」
「大袈裟だな。居丈高に言われたら、そう感じたかもしれないが、真心だということくらい俺にも分かる。君だって皆の役に立ちたいんだろう。感謝こそすれ、怒ったりしないよ。でも、車は売らなくていい。世の中には二千万、三千万の車を売って食べてる人もいるんだ。高級車を持つこと自体が罪悪というわけじゃない。それにカスタムメイドなんだろう?だったら、なおさら大事にしないと、君の希望を叶えようと、真心込めてアレンジした人ががっかりするよ。それより、今自分に出来ることを一所懸命に頑張ればいいじゃないか。小さな仕事でも真剣に取り組めば、君がパパの威光を笠に着て、ぶらぶら遊び歩いているなど誰も思わないよ。俺の方は自分でちゃんとするから、心配しなくていい」

Product Notes

「海と太陽が永遠に番う」という表現は、アルトゥール・ランボーの『永遠』という詩の借り物です。

もう一度 探し出したぞ
何を? 永遠を
それは太陽と番った海だ

非常に有名な詩なので、ぜひ全編読んでみて下さい。

欧州人はとにかく自転車が好き。どこに行くのも自転車。交通機関より自転車。
自転車専用道路はあって当たり前、小学校の教科の一つに「自転車のルール」という授業があったりする。
だだっ広くて、ほとんど傾斜のない場所が多いですからね。

ロイヤルダッチ・Gazelle 有名なブランドです。

自転車
Photo : https://www.gazellebikes.co.uk

公園やリバーサイドに行くと、こんな親子連れがいっぱいいる。
中には子供二人をリヤカーみたいなので引いている人もいる。
自身の肉体増強にも効き目があるんだと。

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