12-3 二つの正義と罪の平原 ~文明を支える鉱業~

鉱山 労働者

鉱業局から派遣された二人の調査官がエンタープライズ社を訪れる。
立ち入り調査の命令には何が裏があるのではないかと訝り、セスとヴァルターがそれぞれに疑念をぶつかる。

MIGがファルコン・マイニング社を厭悪するように、ファルコン・マイニング社もまたMIGに疑念を抱いている。

相対する二つの主張の中で、何を正義とし、何を判断の基準とすればいいのか。
全ての原点である採鉱システムのムーンプールを訪れた時、マイルズ調査官は「ネンブロットの平原に立てば、みな同じ」と持論を述べる。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「ここは本当に大丈夫なんですか。鉱床情報を隠しているとか、安全性を無視しているとか、新聞やメディアで批判され、世間は必ずしも好意的ではありません。MIGに何かあったら家族が責任を追及されたり、プラットフォームの管理者が処罰されるのではないかと、いろいろ気掛かりで……」
「それは事業者次第だよ。法規に従えば問題はないし、破れば即座に責任を問われる、車の運転と一緒だ。交通ルールに従って運転する限り、むやみに処罰はされない。たとえ派手に電飾した大型トラックでもね」
「鉱業権も?」
「もちろん」
「それならいいんです。前に、鉱業局も大きな勢力とグルになってライバル企業を潰しにかかる、という噂を耳にしたものですから」
「要は、MIGが『正義』で、ファルコン・マイニング社は『悪』だと言いたいのだろう」
「いえ、そんなつもりは……」
「誤魔化すことはないさ。君の立場からすれば、そう感じるのが自然だ。マイニング社にも社会的意義があり、鉱業活動を維持する真っ当な理由がある、といっても、君は納得しないだろう。もっとも、それは君に限らず、世間一般に共通の感情だ。あそこまで企業イメージを損ねては、今さら立派な理念を唱えたところで誰も信用しない。それについては、マイニング社の自業自得と言えるだろう。ところで、君はネンブロットを訪れたことがあるかね?」
「いえ」
「そうか。機会があるなら一度行ってみるといい。飛行機からもはっきり見て取れる巨大な露天掘りの跡を見れば、文明の本質がよく分かる」
「それほど大規模な鉱山が?」
「掘って、掘って、掘り返して、一つが涸れれば、また別の場所を掘って、惑星全体が鉱脈みたいな所だ。まだ二世紀、三世紀と、鉱物資源の世界的供給地として役割を果たすだろう。人間の文明は『石』から始まったというが、今もearthを土台に成り立っている点は変わらない。機械、建物、道路、ありとあらゆるものがネンブロットの鉱物を基に作られている。我々はまさに大地を食い尽くす貪欲な蟻だよ」
「あなたはどうして鉱業局を希望されたのですか?」
「社会科の自由研究の延長だ。小学校五年生の時、学期末の課題としてネンブロットの鉱山を選んだ。資料が集めやすいと思ったんだ。しょっちゅうニュースで流れていたから」
「予想通りでした?」
「子供の研究発表としては上出来だったよ。鉱山労働者の健康問題に関する記事を切り抜いて、社会正義を叫ぶだけで、教師は満点をくれた。両親も大喜びだ。だが現実はまったく違っていた。初めてネンブロットを訪れたのは高校生の時だ。家族旅行で北極近くにある氷のホテルを訪れた。あのエリアでは、氷原の地下を掘って鉱物を採取してる。周辺の熱エネルギーを利用して宿泊施設を運営しているんだ。私も家族も大満足で、小学校の自由研究のことなどすっかり忘れていたよ。だが、いよいよ帰りの日が近づいて、父親に『他に回ってみたい所はないか』と聞かれた。その時、ふと思い出したんだ。ニムロイド鉱床の中で最も過酷と言われるヴォラク坑道のことを。そこは特に高濃度のニムロディウムが産出することで知られている。だが、地中の奥深くまで、ネズミの巣のように掘り抜くので、通常の重機は入れない。人ひとりがやっと立てるような狭い坑内で、人の手で掘り返している。まるで戦闘アニメのボディスーツのようなマシンを身に着けてね。環境に深刻な問題はない。空気は清浄で、水も食糧も新鮮なものが絶えず補給されている。だが、何年も二〇キロ近いマシンを担いで岩盤を掘り続ければどうなるか、君にも分かるだろう? 彼らの仕事は長く続かない。そして辞めた後も健康被害は続く。マイニング社は言う。常に坑内の環境には留意し、従業員には検診も受けさせていると。だが、きれいな空気を吸い、きれいな水を与えられても、代わりにマシンを担いでくれる人間はない。肩が痺れ、手先が震えても、稼ぐために掘り続けなければならない。そしてマイニング社も坑道を閉鎖するつもりはない。世界中がそれを必要としているからだ。世間は鉱山労働者を守れ、と声高々に叫ぶ。だが一方で、ニムロディウムを使った製品も欲しい。矛盾というなら、世界そのものが矛盾だよ。君だってマイニング社に疑問を感じながらも、パソコンは使うだろう。グレードアップした新製品が出れば、楽しみに買いに走るはずだ。そこにヴォラク坑道で採掘されたニムロディウムが使われていたとしても、そんなことまで気に留めない。一時期、義憤は覚えても、やはり便利な生活を取る」
「確かに……」
「罪深いというなら、我々、みんなが罪深い。皆が求めるから、マイニング社も存在し続ける。鉱業局に入ったのは、そういう動機からだ。小学生の正義感では到底理解し得ない現実と正面から向き合ってみたかった。誰だって自分は正義の側だと信じたい。自分は正しい感性をもち、物事を正しく理解する能力があると。だが、ネンブロットの平原に立てば、みな同じだ。あそこを見れば、どんな正義の叫びも空しく感じる。『だって、お前もここで採掘されたものを土台に暮らしているじゃないか』。わたしは今もその答えを探している。何が正しくて、何が救いになるか。どうすれば一人でも多くの人が苦役から解放されるのか。わたし一人が答えを見出したところで、世界は少しも変わらないかもしれない。それでも考える。現場を見、当事者と話して、道筋を模索する。その為だけに存在する人生があってもいいのではないかね? 勝ちも負けもない。ひたすら探し求める人生だ。君がどんな青春を歩んできたかは知らないが、こうと決め付けるには早過ぎるんじゃないかね」
「正しいことが報われなくても?」
「だから言ったろう。ネンブロットの平原に立てば、みな同じだと。今、君は自分の正義が報われなかったように感じている。だが、正義とは報われる為にあるものか? 行動するためにあるのだろう」

Product Notes

自分たちの暮らしを支える物質が何処から、どんな経路で運ばれてくるのか(社会的に)、どのように地上にもたらされるのか(地学的に)、たとえライフスタイルを変えることはできなくても、興味をもって知ることが少しでも何かの手助けになると思います。

そして、これらの平原に立てば、西の陣営が主張する正義も、東の陣営が主張する正義も、「どっちもどっち」と思うでしょう。

「右か左か」ではなく、ゼロ地点に立って、考察すること。

ジャッジではなく、公正な立場から新しい価値観を創出することが大切かと思います。

ちなみに、この着想は、『ニーベルングの指輪』の「神々の掟から自由な人間の戦士が黄金の指輪を取り戻し、没落から救済する」という設定にインスパイアされています。

※あくまでイメージです。

鉱山 労働者
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