28-3 今異議を唱えるか、永久に口をつぐむか

Chapter: Tags: ,
波

社会が注目する中、ペネロペ湾開発のアイデアコンペはついに最終審査を迎え、大方の予想通り、フランシス・メイヤーの『パラディオン』が一等に選ばれる。
だが、それを見詰めるエヴァは辛辣だ。

そんな中、ヴァルターはオリアナから「メイヤーが表彰式の後、来場者の質疑に応じる」と非公式の知らせを受ける。

また、オリアナは、いつまでも先行きの見えないヴァルターの将来と現状を案じ、リズのことを詰る。
だが、ヴァルターは「彼女がルークの母親である事実は変わらない」と彼女の立場を庇う。
そして、彼女を妬んでばかりのオリアナに「仕事をしろ」と諭す。
ヴァルターはアイデアコンペの表彰式に出掛け、フランシス・メイヤーの質疑応答にじっと耳を傾ける。
エヴァが指摘したように、土木の専門家から海底地盤と構造物の安全性を問う質問が出るが、メイヤーは言葉巧みに論点をずらし、質問者を黙らせる。
そして、ついに、ヴァルターはメイヤーに対案として『リング』を示す。
だが、そのアイデアは一笑に付され、到底、太刀打ちできないことを思い知る。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「前から何度も指摘されていることですが、この巨大な海上都市が一体どんな公益をアステリアにもたらすのですか。数十年後には老朽化し、施設の維持が大きな負担となるのが目に見えています。それよりも、今研究が実を結びつつある海洋化学産業と養殖業にもっと予算を注ぎ込めないものですか。洋上プラントを拡張し、優れた技術者や研究機関を招き、工業原料生産や希少金属の抽出に弾みがつけば、何十年とアステリアのを支える基盤になります。二十年にわたり産業振興に努めてきた我々としては、このような計画に諸手を挙げて賛成とはゆきません。十年、二十年と長期にわたり、あなた自身はどのようなビジョンをお持ちなのか、改めて説明して頂きたい」
 男性が抑えた口調の中にも強い疑念と憤りを表すと、メイヤーもさすがに表情を硬くしたが、細長い足を悠然と組み替えると、
「お気持ちはよく分かります。傍目にはペネロペ湾の開発ばかりが優遇され、旧来の企業や社会には何の支援も得られないように感じるでしょう。ですが、それは大きな誤解です。産業省や経済研究機構が何度も説明しているように、ペネロペ湾の開発は多くの投資を呼び込み、経済を活性化させ、その利益は社会の隅々まで行き渡ります。パラディオンが『数十年後に無用の長物』になるというのも虚聞です。事実、ステラマリスに現存する海上空港や人工島は一世紀以上に渡り機能している。本当に海洋構造物が数十年で無用の長物と化すなら、現存する海上施設は半世紀以上前にスクラップになっているはずです。だが、そんな話は見た事も聞いた事もない。どうか虚聞に惑わされ、偏見の目で見るのは止めて下さい。建設の是非を判断するのは分析結果が出てからでも遅くないでしょう。まだ詳細な地質調査も始まっていないのですよ」

<中略>

 その時、彼が挙手し、「それは本当に『社会の土台』になるのですか」と質問を投げかけた。
 メイヤーが悪霊にでも遭ったような顔で見返すと、彼はその場に立ち上がり、ホールスタッフからマイクを受け取った。
「ペネロペ湾の海底の地質は非常に柔らかく、コントロールの難しい泥土だと聞いています。構造物の沈下を防ぐ対策費だけでも莫大なものでしょう。それも実際にどのような現象が起こるか、数年先の予測もつかないのに、不安を虚聞と片付けるのですか」
「君に海洋土木が解るのかね」
「専門家ではありませんが、基本は理解できます」
「ならば専門家に任せたまえ。無知な素人が先入観だけで疑問を呈しても、何の解決にもならない」
「では、素人でも納得がゆくように説明して下さい。住民の大半は建築のことなど何も分からない素人です。みなが不安に感じるのは、技術うんぬんの問題ではない、ただでさえ規模の小さなこの島に総工費二〇兆エルクもの巨大構造物を建設して、経済的にも技術的にも何十年と持ちこたえるのかと心底懸念するからです」
「一部の不安にいちいち頷いていては何の進展も望めないよ。それに行政的な問題はわたしの管轄ではない。そうした問題は区政にぶつけるのが筋だろう」
「では、一体、誰の為です? 全区民が納得行く形で未来の道筋を決めるのがコンペの目的でしょう。身内で解り合えればいいというなら、一般参加のコンペなど必要ありません。それとも一般には理解できない知識や用語を交え、疑問を煙に巻くのがあなたのやり方ですか」
 会場が騒然とし、ホールスタッフが彼を制したが、彼は「もう少しだけ発言させてて下さい」と振り切った。
「ローランド島の水上ハウスに暮らす一区民として率直な意見を申し上げます。ローランド島のサマーヴィルには三千人が暮らしていますが、安価な公営住宅に入りきれなかった人たちがムーバブルハウスを改造し、浅瀬に固定して、水上コロニーを形成しています。しかし、水上ハウスの安全性は確立されておらず、行政が検査に立ち入ることもありません。また、水上ハウスの建築基準もトリヴィアのものに準拠し、アステリアの海洋環境に則していません。こうした身近な問題は水上コロニーに限った話でなく、メアリポートの旧港や、開発初期に建てられた二十年前の公団なども同様です。それらを後手に回しても、数兆を投じて富裕層向けの観光施設や住居や隔絶された産業エリアを構築する必要があるのかと疑問を呈さずにいないのです」
「それはわたしの管轄外だ。そういうことは区政に申し立てたらどうかね」
「なぜ? あなたはパラディオンを通じて、アステリアの未来をデザインしたのでしょう。そこには当然、水上ハウスの住民や、旧来の企業や、今技術研究に取り組んでいる人達の気持ちも考慮されているはずです。大事な問題です。今、ここで答えて下さい。あなたは全体の発展を見据えてデザインしたんですね?」
「君はデザインというものを勘違いしている。ペネロペ湾のコンペはアステリアが内包する全ての問題を解決する為のものではない。デザインにそこまで要求されては、とてもじゃないが建築の仕事など成り立たない。同情すべき点は多いが、パラディオンの主眼はペネロペ湾の開発と、これを呼び水とした経済の活性化にある。それは必ずしも大勢が思い描く形でないかもしれないが、いずれその恩恵は全体に行き渡るのではないかな」
「俺が言ってるのは経済うんぬんではなく、庶民の暮らしです」
「経済こそ暮らしの基盤だよ」
「いいえ。最初に『土地』ありきです。『まち』と言い換えてもいい。人の暮らしの基盤になるのは安全な土地です。その基盤なくして、どんな発展が望めるのです? パラディオンが建設されても、あなたは日常的にそこに住むわけではない。仕事が一段落すれば、ステラマリスの自宅に帰り、アステリアの事など気にも留めないはずだ。だが、パラディオンも建設された後も、何年、何十年に渡ってこの地に暮らすのは我々です。一時期、巨額の投資を呼び込み、豪奢な建物が建ち並んだからと行って、それが万民にとってどんな助けになるのです? ここはステラマリスとは違う。数世紀にわたって国づくりがなされ、その延長に人工島や海上空港が建設された事例とは本質的に異なります。今、アステリアに必要なのは、万民に共通する展望と、人々が安心して暮らせる用地の確保です。将来どこまで沈下するか分からない、また施設の維持費に莫大なコストがかかる海上都市では断じてない。それだけのリスクを冒すなら、確実に成果に結びつく港湾の修理や、技術者の育成や、芽が出かけている産業開発の支援を優先して欲しいと多くの人が願っているのです」

海洋のフローティングシティの一例として。移動が大変そう。

こちらは信じられないような施工の失敗例。設計が誤ったのか、それとも施工管理のミスか。
どこかで気付きそうなものなのにね。大規模な失敗の場合、どうやって修正するのでしょう。

こちらも虚無感、ハンパない。誰が、どうやって責任を取るのか・・。