28-2 哀れなラビットと設計事務所の闇

ホテル

フランシス・メイヤーの言動に奇異な印象を抱いたリズは独自に調査を開始する。
そこで浮かび上がったのは、華やかな経歴とは裏腹に、決して良好とはいえない職場環境だった。

一方、ヴェルハーレン家のホームパーティーに招かれたリズは、宴を中座し、ペネロペ湾のアイデアコンペのプレゼンテーションを食い入るように見詰めている。
ウィレムは、何がそれほどまで彼女をアステリアに駆り立てるのか、ますます不審に思う。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「強くなりなさい。こんな嫌がらせは私もアルも数え切れないほど経験してきたわ。アルならきっとこう言うでしょう。『Fortuna adversa virum magnae sapientiae non terret(逆境《反対の運命》は大いなる知恵を持つ人を脅かさない)』。人間の為すことには必ず綻びがある。メイヤーだって例外ではないはずよ」
「そうかしら……」
「メイヤーは自分を『誰よりも現実を知っているプロデューサー』だと言ったのね。アーキテクチャー(建築家)ではなく、プロデューサーと。では、その制作(プロデユース)に力を貸しているのは誰なの? 本当に自分の芸術に誇りを持つなら、もっと違う言葉で己を語るはずよ。オキタ社長みたいに『あたしは空中の建築家なの。実作しようが、しよまいが、あたしの作り出す世界は唯一無二よ』なんてね。そうではなく、メイヤーは目に見える利益を生み出すことに己の価値を置いている。芸術家の皮を被った事業家としたら、万事、納得でしょう」
「意味が分からないわ……」
「メイヤーにとって、デザイン云々は案外二の次ということよ。芸術とか、創造性とか言うけれど、自身がそこまで拘るなら、現実と真っ向から対立することもあるはず。でも、メイヤーは現実と馴れ合う能力を誇り、地元に利益をもたらすことを良しとしてる。極端な例を言えば、地元の有力者が『角を丸くしろ』と言えば、二つ返事でそうするタイプよ。自作にそこまで愛着はない」
「誰かが制作を肩代わりしているということ?」
「さあ、そこまでは。私の知り合いに企業調査を専門にしている人がいるわ。要点を伝えれば、財務状況から人間関係まで徹底的に調べ上げてくれる。今一度、メイヤーの周辺を調べてみてはどうかしら」

<中略>

 聴衆の手応えを全身で確認すると、メイヤーはまるで大学の人気講師のようにパラディオンのコンセプトを語り始めた。
 ペネロペ湾に世界最高の海上リゾートを建設することは、経済効果のみならず、海洋土木や建築技術においても革新的な進歩をもたらす。環境保護や建築規制の厳しいステラマリスでは決して成し得ない事もここでは可能であり、将来にわたってアステリアの様々な可能性を押し広げるだろう。
 またペネロペ湾とウェストフィリアを一筋に結び、後方支援を強化することで、ウェストフィリアの探鉱や開発も飛躍的に進展する。ウェストフィリアにおいてはガスや鉱物など天然資源はもちろんのこと、珍しい間欠泉や鉱泉、洞窟、奇岩、大河など、観光資源にも恵まれており、この小さな星の島を新時代の拠点とすることは決して不可能ではない。
 それには居住区としての安全性や快適性はもちろんのこと、都市機能の拡張にすぐれ、海洋と一体化した新しいスタイルが必要だ。
 我々はこれまでの常識を捨て、『海に生きる市民』として町作りに取り組む必要がある――等々。
 話だけ聞けば頷く点も多く、なるほど、そうした方向性も良いかもしれないという気分になる。
 だが、その為に投入される二十兆エルクの建設費、年間数億とも数十億ともいわれる浮体構造の維持費、巨大構造物に伴う地盤沈下や金属腐食など予期せぬ問題もある。
 今後ペネロペ湾が重要な拠点となることに異存はないが、その答えが『パラディオン』かと問われたら怪しいものだ。
 あまりにお金が掛かりすぎる上、一般に開放された居住区ではない。