28-1 百の理想より一枚の小切手 イタチのような建築家

フェレット

先行き不安な中、たった一人の支えである伯母のダナが病に伏せる。
だがダナは気丈にリズを支え、水面下でパラディオン建設に働きかけるフランシス・メイヤーのことを尋ねる。
メイヤーはヴァルターのことを「何にでも反対屋」と揶揄し、この件から手を引くように脅す。
リズは彼の印象を「小心なイタチ」と語る。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「大衆とはそういうものです。彼らに知性を期待する方がどうかしている。大勢が支持したからといって天才の証にはなりません。デザインとは、もっと奥深いものですよ。亡き父親の思い出で飾れるほど単純ではありません」
「あなたにとって、大衆の願いや気持ちはまるで無意味なのですか」
「芸術と同列で語るものではありません」
「ですが、建築は絵描きのキャンパスと違い、公共と深く結びつい芸術です」
「そうかもしれません。それでも素人にデザインはできないし、理解もできない。まともに耳を傾けていては、創造的なものなど生まれようがない」
「だからといって、町はあなた一人のキャンパスではありません。大勢の希望や理念を取り入れ、創造と公共性の調和を図るのがプロの仕事ではないですか?」
「簡単に仰るが、大衆に高邁な理想などあろうはずがありません。彼らの望みは安っぽい娯楽であり、労せず手に入る安泰です。大衆の好みに合わせていたら、そこら中、キャバレーみたいな町並みになりますよ。時には作り手の創造性を前面に押し出し、社会に挑戦を仕掛けるから、何百年と語り継がれるユニークな建物が建つのです。フェールダムも私のプラン通りにしていたら、今頃、世界に類を見ない水のリゾートになっていたでしょう。投資も呼べたし、観光客も世界各国から訪れた。その経済効果は計り知れません。ところが、その価値をまるで解さず、元の田舎町に戻せと叫き続けたのが、あの男とデ・フローネンだ。無知な田舎者が繁栄の機会を台無しにしたのです。だが、突き詰めれば、あんなちゃちなアイデアを支持した大衆にも落ち度はある。田舎者同士、数百年先も畑を耕しておればいい。他市の繁栄を横目で見ながらね」

<中略>

「仮に手応えがあったとしても、それは限られた富裕層の中での話でしょう。一般の人々はどうなります? 住む場所がなくて、危険な水上ハウスに住んでいる人たちや、公団に入居したくても空きが無く、高い家賃を払ってしのいでいる人たちは? いずれウェストフィリアの開発が本格化すれば、数千規模で労働者が入ってくるでしょう。その人たちは何所に住むのです? もし、あなたがパラディオンこそアステリアの真の救済策だと確信なさるなら、万人が納得するような答えを提示できるはずです」
「あなたは順序を勘違いなさってる。今アステリアに必要なのは新たな財源であり、有力な住人です。彼らは、市民一万人が十年かかってようやく稼ぐものを一夜で作り出すことができる。そして、彼らはエルバラードに代わる安全で快適な生活空間を欲しており、それを得るためなら十億でも百億でも投資を惜しみません。彼らが資産の多くをアステリアに移せば、それは回り回って、メアリポートの改修費になり、公営住宅の建設費となり、中小企業の支援金になります。庶民が蟻のように努力するより、よほど効率的だと思いませんか?」
「かつてトリヴィアも似たような理由で移住政策を拡大したことがありました。目先の利益だけで安価な労働力を掻き集め、その結果、社会の二極化と憎悪をもたらしたのです」
「トリヴィアが失敗したのは、技術も教養もない貧乏人が大量に流入したからでしょう。パラディオンとは根本的に異なりますよ。移住の目的も、人間の質も」
「それでも富が広く還元されるとは思いません。本当に人やお金が公平に流れるなら、トリヴィアも隅々まで潤い、とおの昔に社会全体が豊かになっているはずです。でも、現実には、一握の富裕層だけが空気までも買い占め、そうでない人たちは永久に這い上がれない社会の溝で、何代にも渡って苦しみ続けています。父が大勢の協賛を得て、アステリアの人々に希望を与えてきたのは、ここには還元があり、チャンスがあり、転んでも次の手がある安心感があったからです。それを壊せば、大衆は力を失い、パラディオンも失速させるでしょう。海は一つ、悪い波は必ず全体に及ぶからです」

<中略>

「愛と信頼で人が動かせるなら、これほど容易いことはありませんよ。建築でも、下請けの工夫に綺麗に塗装させるのに、何度も同じ事を言って聞かせねばならないほどです。百の理想を説いて聞かせるより、小切手一枚切った方が早いんですよ。それが子供時代、わたしが学んだ処世訓です、ホテル『メイヤー&パーマー』の日常を通してね。何でも反対の田舎者にはこの世の道理など永久に理解できません。いまだに風と風車がパンをこしらえてくれると思ってる。十七世紀ならそれが国力だったかもしれませんが、今、あの低地に残ってるのは、老朽化した堤防といつ浸水するか分からない恐怖だけだ。なのに低地の田舎者はその現実を直視しようとせず、またも似たような干拓地を再建し、それが正義と酔いしれている。彼の父親も命懸けで堤防を守ったという話だが、わたしに言わせれば、堤防の脆弱性が分かった時点で、家族を連れて安全な高台に引っ越せば良かったんですよ。決壊寸前の堤防を守りに戻るなど、美談でも何でもありません。その判断ミスは棚に上げ、堤防修復に応じなかった自治体を非難し、わたしの作品は素人の付け焼き刃で批判する。彼は単なるルサンチマンの塊だ。芸術家でもなければ、政治家でもない」
「あなたはどうなのです?」
「わたしは創造者ですよ。誰よりも現実を知っているプロデューサーです。わたしが手がけたプロジェクトは、いずれも現地に繁栄をもたらした。閑古鳥が鳴いていたリゾートは息を吹き返し、倒産寸前のホテルチェーンは劇的に売り上げを回復しました。奇抜さだけではないのですよ、ミス・マクダエル。私は建築物ではなく、社会そのものをデザインする。経済、政治、インフラ、娯楽、全ての要素を織り込んで、画期的なプランを作り上げます。どうぞ、その手腕を信じて下さい。彼の提唱する One Heart, One Ocean より、遙かに優れた海洋都市をデザインしてみせますよ」
「あなたに味方しろと仰るのですか」
「反対派は都市設計の何たるかも考えず、『総工費二十兆エルク』という金額に過剰反応しているに過ぎません。二十兆ではなく五千億の工事なら、ここまで文句は言わないはずです。第一、二十兆はあくまで試算であって、公式の数値ではない。実際にはそれ以下で収まるはずです。あなたもやみくもに既存社会を庇い、新しい価値観を敵視するのはお止めなさい。新しい目で見渡せば、いかにわたしが真っ当か、お分かり頂けるはずですよ」

Product Notes

私が建築に興味をもったきっかけは、スペイン・バルセロナの建築家アントニオ・ガウディの『サグラダ・ファミリア』です。最初に伝記を読んで、それから作品集に目を通すようになりました。
今見ても不思議な色彩とユニークなフォルムで、建物がダンスしているような感じです。

この著書がきっかけ↓ ドラマ仕立てで、とても読みやすいですよ。

こちらもガウディの代表作が美しい写真で紹介されています。

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その後、ル・コルビジェとか、フランク・ロイド・ライトとか、日本なら、安藤忠雄、丹下健三、黒川紀章、あの辺りの本を読んで、「ふむふむ」と思った次第。建築は芸術と公共性と二つの側面があって、「これが理想」というのは語れないですよね。
どんなモダンな建物も、いつかは古びて、斬新さが失われていくし、一方で、何百年と語り継がれる建築もあるし。
多分、現存する芸術の中で、一番奥深く、一番判断が難しい分野ではないでしょうか。