3-9 さまよえる潜水艇のパイロット

海洋調査 深海 潜水艇

念願叶ってプルザネの海洋技術センターに採用されたヴァルターは、有人潜水艇『プロテウス』のパイロットとして研鑽を積む。

仕事の合間は、GeoCADで『リング』を描いたり、復興ボランティアの仲間とメッセージや情報のやり取りをしたり。

家財も持たず、誰かとじっくり向き合うこともなく、船を住処に西に東に飛び回る。

そして、それでもよかったのだ。

フェールダム臨海都市計画が持ち上がるまでは――。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 とはいえ、調査の主役はあくまで研究者であり、彼もいくら海洋学を修めたとはいえ、その分野の権威と称されるような人から見れば一介のパイロットに過ぎない。
 危険を呈して海底地形の複雑な箇所や、溶岩の流れ出す現場に接近し、学術的に非常に貴重なサンプルを持ち帰っても、その手柄は研究者のものであって、彼のものではない。
 多くはパイロットの働きを心からねぎらい、「次もよろしく」と言ってくれるが、中には「言われた通りに操縦すればいい」という横柄な人もある。
 途中で何かに気付いて進言しても、うるさそうに顔を背ける人もあれば、「今時、大学生でも自家用潜水艇で海底火山を見に出かけるというじゃないか」などと失礼な事を言う人もある。
 大学生が自家用潜水艇で海底火山を見に出かけるからといって、それが何だというのだろう? 見るだけなら誰でも出来るが、「観る」となれば次元が違う。覗き窓の向こうをぼんやり眺めて、溶岩が流れ出す様を手を叩いて喜ぶ物見遊山とは違うのだ。
 それに大深度の潜航では何よりも安全性が求められる。
 物見遊山の深海ツアーと学術調査の違いは、前者は前もって安全が確認されたコースを回るが、後者は未知の深海に赴き、必ずしも安全が保証されているわけではない点だ。
 いろんな安全対策が施されているとはいえ、深海で自船の位置を見失い、身動きがとれなくなれば、救助される可能性は深いほど低くなる。一三〇時間を過ぎれば酸欠と低温で間違いなく命を落とすだろう。
 また、超水圧の深海では、微細な亀裂でも瞬時にして船体を破壊する恐れがあり、機械や電気系統のトラブルに対して冷静かつ的確な対処ができることも肝要だ。
 大学生が自家用潜水艇で海底火山を見に行ける時代になったからといって、誰もが水深数千メートルの深海に潜航できるわけではないのだ。
 彼は高いプロ意識をもって仕事に取り組み、器用にマニピュレータやプローブを操って、学術的に非常に価値のある生物や堆積物のサンプルを数多く持ち帰った。動きが不安定な中、対象にぎりぎりまで近づいて、珍しい生物や熱水活動や泥火山などの撮影もやってのけた。
 いつか、何処かで父に会えるかもしれない。
 そこの岩陰か、あるいは未知の海淵か。
 深海で出会う生き物は、みな誰かの生まれ変わりだ。
 そう思うだけで、心の慰めになった。

ウォールのPhoto : https://www.encyclopedia-titanica.org/recovery-of-the-submersible-nautile.html