3-5 そして運命の女神が手招きする ~商船学校へ

同世代の若者にドラッグを売りさばいていたマルコが逮捕され、ヴァルターも警察の聴取を受ける。
情状酌量され、書類送検で済んだが、母の心痛と継父の怒りは半端ない。

継父と諍ったヴァルターは家を飛び出し、マルセイユの港にひた走る。

自転車ごと突堤から飛び込もうとした時、助けてくれたのは、船会社の作業員だった。

オフィスで目にした「商船学校」のポスターが彼の人生を大きく変える――。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 十五歳になり、子供とも大人ともつかない中で願うことはただ一つ。
 自由になること。
 そして、自立すること。
 港で働く男たちのように世知も腕力もあれば、今すぐにもここを出て、生きたい場所で生きていけるのに。
 やがて日も暮れ、燃えるような夕陽を見ていると、どうしようもなく父の言葉が思い出される。
「永遠の環だよ、ヴァルター。今日は沈む夕陽も海の向こうでは朝日になる。この世に終わりも始まりもなく、すべてのものは形を変えながら永遠に廻る」
「どんなに辛く、悲しくても、何度でもこの生を生きたいと思う。『これが生なのか、よし、それならもう一度』と心の底から思えた時、あらゆるものから自由になり、魂の幸福を得るんだよ」
 遠くから潮騒のように語りかける父の言葉を噛みしめながら、(父さん、ごめん……本当にごめん……)と涙をこぼした。
 その後、おとなしく家に帰ったが、玄関に着くなり母が飛び出してきて、「どういうことなの。夏期休暇中は一人で出歩かない約束でしょう。また危険な事に巻き込まれたらどうするの。今が一番大事な時なのよ」と涙目で叱責した。
「まだ八時前じゃないか」
 悪びれもせず答えると、今度はジャン・ラクロワがやって来て、
「君はどこまで身勝手で無責任なんだ! 保護観察中だということを忘れたか!」
と怒鳴りつけた。
「九月からは高等部に進学するのに、そんないい加減でどうするんだ。もうそろそろ、この家の一員として自覚が芽生えるかと思ったら、君はどんどん幼児に逆戻りして、手の付けられない人間になっていく。もっと真面目で素直かと思っていれば、わざと逆らうような事ばかりして、一体、何が気に入らないんだ」
「ジャン、止めてちょうだい。この子も必死なのよ。気持ちの整理がついたら、きっと良くなるから……」
 母が遮ったが、ジャン・ラクロワは堪忍袋の緒が切れたようにまくしたてた。
「君は辛いことから逃げているだけだろう。災害で親や家を亡くしたというなら、そんな子供はこの世にごまんといる。その全てがドラッグに救いを求め、いつまでも辛いの、淋しいのと弱音を吐いているわけじゃない。わたしの知り合いにも幼少時に父親を亡くした者がいるが、君の年には学園の総代に選ばれて、今では立派な事業家だ。だが、君は母親に当たり散らすだけで、警察に補導されても反省の色もない。一流の教育、一流のセラピー、着る物も食べる物も存分に与えられて、まだ何を不足することがある? 今まで口に出さずにきたが、わたしに対しても多少は礼儀を正せばどうだ。先日も人前で『ムッシュー・ラクロワ』と呼んだな。気に入らないにせよ、十五歳にもなったら、場に合わせて繕うぐらいの知恵を持ち合わせたらどうだ」
「……」
「だいたい君の父親が嵐の中に妻子を置き去りにするから、こんな不幸になったんだ。正義漢ぶるのは勝手だが、父親としてあまりに無責任だろう。――なんだね、その顔は。恨むなら、自分の父親を恨め」
 彼は燃えるような目でジャン・ラクロワを睨みつけ、涙声で叫んだ。
「あんたなんか『父親』じゃない。一生かけても『父さん』とは呼ばない」

Product Notes

ナポレオンも今風に言えば、スクール・カーストの底辺にいた「いじめられっ子」です。
田舎者だわ、発音はおかしいわ、フランスの上流の子弟から見れば、「ヘンな奴」「キモチ悪い」の一言ですわな。

校庭での雪合戦で勝利した「ナポレオンの雪合戦」は有名なエピソードです。
あとで取って付けたような英雄譚の印象もありますが、現代にも通じる様々な示唆があります。

ナポレオン
Photo : http://www.napoleonicsociety.com/english/Life_Nap_Chap1.htm

コルシカ島も一度は行ってみたい名勝。後述の「ローランド島」はこれをイメージしています。

コルシカ島

コルシカ島

ウォールのPhoto : https://journeyingtothegoddess.wordpress.com/2012/04/11/goddess-fortuna/