3-14 解雇と放浪 ~運命よ、お前の好きにさせてやる

夕陽 海

意匠の盗用を疑われて示談書にサインし、故郷の仲間からも不信と怒りをかったヴァルターは傷心のまま、カールスルーエの祖父を訪ねる。
だが、祖父もまた年老い、力になるどころか、介助を必要とする状況だった。

祖父のために福祉サービスに援助を依頼し、いったん海洋技術センターの職場に戻るが、そこで言い渡されたのは解雇だった。
彼はやむなくサインし、黙って職場を後にする。

そこに追い打ちをかけるような祖父の死。
マルセイユの家に戻るよう促す母の願いも振り切って、雪の降る町を放浪する。

心の拠り所を無くしたヴァルターは、意思の舵から手を離し、「運命の好きにさせてやる」と、たまたま目の前に現れた空港行きのバスに乗る――。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。

 黄昏の日がライン川の岸辺を照らす中、彼と母は今一度、墓所を訪れ、祖父と祖母、そして父の三つの墓碑の前に立ち尽くした。
 一度は止んだ雪が再びちらつき、幾度となく頬を濡らしたが、それが寒さのせいか、悲しみのせいかは分からない。
 ただ父の空っぽの墓と同じく、自身の内部も洞然として、これから先どうすればいいかも思い浮かばない。
 以前は、日が沈めば、明日も同じ日が昇ると無邪気に信じていた。
 だが、そんな夜明けは永久に来ない。
 父は死に、祖父も死んだ。
 明日から何を恃みに生きて行けばいいのか。
 せめて帰る場所があれば、もう一度体勢を整え、やり直す気力も湧いたかもしれない。
 だが、その故郷も失われた。
 皆の怒りと不信が渦巻く場所に、どうして帰って行けるだろう。
 今は仕事もなく、住まいもなく、道を示してくれる人もない。

<中略>

 ふと見上げると、黒雲の切れ目から、蒼い月が心配そうに下界を覗いている。
 その透き通るような光を見るうちに、「運命愛だよ、ヴァルター。己が人生を愛せ」という父の声がどこからともなく響いた。
 だが、この忌まわしい巡り合わせを、どうやって愛せというのか。
 運命にひれ伏し、その奴隷になれと?
 他人に洪水のことを話す時、一番不愉快なのが「運命だったんだよ」という言葉だ。
 父の命を奪い、全てを押し流した天災を、どうして「運命」などと割り切れるのか。
 運命が全てなら、父の意思は何だったのだ。