3-1 母の再婚と富豪と黄金の指輪

黄金の指輪

病に倒れたアンヌ=マリーは、いったんエクス=アン=プロヴァンスの古城に戻るが、そこで待ち受けていたのは、阿呆面の従兄と、肉親に何の情も示さぬ愚昧で冷淡な人々だった。
中庭でジャーマン・シェパードをけしかけられ、「キャベツ頭。。お前も父親みたいに犬に喰われたいか!」と詰られるが、ヴァルターの心には常に父の教えがある。

彷徨する母子に手を貸してくれたのは、かつての婚約者で、指折りの実業家でもあるジャン・ラクロワだった。
ジャンは豪華クルーズで母子をもてなし、再婚しろと迫る。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「友人として、本気で身の上を心配しているんだよ。このままエクス=アン=プロヴァンスの屋敷に居るつもりかね。それとも半病人みたいな息子を抱えて、もう一度、マルセイユの下町で給仕をするか。どちらも良い考えとは思えぬが」
「どのような生き方を選ぼうと私の人生です。自分の選んだ生き方に貴いも卑しいもありません」
「そして、愛する人の忘れ形見を港の倉庫番で終わらせたいのか」
 アンヌ=マリーははっと顔を上げた。
「どれほど地頭がよくても、高等教育を受けるチャンスに恵まれなければ、行き着く果てはみな同じだ。あの子もいずれ貧しさに打ちのめされ、人生を諦める」
「大事なことは私が教えます」
「もちろんだとも。君なら育ちの悪い番犬も皇帝付きの軍用犬に教練できる。あの子もみっちり仕込めば、雑貨屋の主人ぐらいにはなるだろう。だが現実を見たまえ。給仕に通わせられる学校などたかが知れている。同級生にドラッグを売るような連中と机を並べて、グランゼコール*1に進学できると思うのか。高校を出る頃には酒と煙草の味を覚えて、港でたむろするのが目に見えている。そのうち小遣い欲しさに麻薬や人身売買の手助けもするようになるさ。大学にも行かず、定職にも就かず、昼間から酒をくらって、港をうろつく野良犬の仲間入りだ」
「……」
「君が十代の頃より状況は悪くなっている。場所を間違えれば一生台無しだ。教育も幸運も金で買う時代だよ、アンヌ=マリー」 

Product Notes

「父(神)よ、彼らをお赦し下さい。彼らは自分が何をしているのか分かってないのです」は、磔刑に処せられたイエスの足下で、なおも辱め、嘲る人々に対していわれた言葉です。

詳しくは、新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫) の『聖ルカ伝』をお読み下さい。

エクス=アン=プロヴァンスに「やんごとなき方々の古城がある」というのは完全にフィクションです。