曙光 Morgenrood

第4章 ウェストフィリア

-調査のオファー-

科学と事業と自然への敬意 公聴会と宇宙開発機構

Introduction

それぞれの思いが交錯する中、アル・マクダエルはアステリアの海洋調査について虚偽の報告をしていた疑いをかけられ、公聴会に召喚される。いまだ誤解がとけぬ中、ヴァルターは海洋開発事業の全てを知る採鉱プラットフォームの元マネージャー、ダグの助けを借りて、証拠集めに奔走する。世間の注目が集まる中、アルは証言台に立ち、鉱物学者の父子の悲劇と鉱業界の不正について語る。同じく、証言台に立ったヴァルターは、ドミニク・ファーラーの懐刀と言われたグレイブ氏の鋭い追及にもめげず、科学の良心と社会の公益を説く。事態は好転したかに見えたが、次の影が忍び寄っていた。


Quote

「ブライト専務からも話があったが、要は『ティターン海台の調査で土着生物は見つかっていない』『民間主導で開発を推し進めたのは、トリヴィア政府が支援を拒んだから』、この二点を明確にすることだ。宇宙開発機構に規定通りの報告がいかなかったのは、こちらの落ち度じゃない。属領(アステリア)の直轄はトリヴィア政府だ。彼らが隅々まで責任もって対処することだ」
「トリヴィア政府はそんなに非協力的だったのかい?」
「そうとも。オレの親父も悔しがってたよ。トリヴィアの企業には適応される新技術サポート制度が『行政区分が違う』という理由でエンタープライズ社には適応されなかったり、実験に使用する特殊な化学溶液の許可を得るのに半年も待たされたり。それも『アステリアの安全性が確認できない』という訳の分からない理由だ。道路や通信設備の拡張も、湾岸整備も、生活用品を仕入れる物流システムさえも、MIGやその他の企業に丸投げして、自己負担を強いてきた。あれがなければ、採鉱システムの実験も、もっとスムーズに運んだろう。一七六年にアステリアが経済特区に指定されるまでは、本当に苛めとしか言い様のない事が立て続けにあった。メアリポートのJP SODAやブルーライン海運公社のような、政府繋がりの会社は手厚く保護してきたくせにな」
「それを裏付けるものは何も残ってないのかい?」
「それを今から探すんだよ。親父もたくさんの資料を残してる。企画提案書の下書きや産業省からの返信、オンライン会議の議事録、音声ファイルや動画もある。個人のフォトアルバムやプロジェクトノートでも何かの参考にはなるはずだ」
「それならガーフやマードック夫妻もたくさん持っているだろうね」
「プラットフォームのデータベースはすごいからな。ちょっとした備品のレシートでも残ってる。『ありのままに全て残せ』というのが理事長の指示だった。若い奴がプラットフォームのイントラネットを悪用して、大量のポルノ映画をダウンロードした記録も残ってるよ」

--中略--

「きわめて基本的なことを聞いていいか? なぜ今頃になって国際宇宙開発機構がネジ込んできたのは何故だ? アステリアで開発が進んでいることも、海台クラストの採鉱が行われていることも、既知の事実だろう。それほど権限のある機関なら、最初から直接に監理することも可能だったはずだ。ローレンシア島に支局を開設するとか、アステリア開発局内に独立した組織を設けるとか」
「だから、そこが曖昧なんだよ。『属領』を地方都市に置き換えれば分かりやすい。たとえば、エルバラードの隣に新たな町を作るのに、いちいち宇宙開発機構に報告する義務はない。トリヴィアは既に自治権を獲得しているし、都市監理を統括しているのはトリヴィア政府だからだ。アステリアも、いわば地方都市と同じ扱いだ。その監督機関はトリヴィア政府であって、どのように処そうが、いちいち宇宙開発機構に届け出る必要はない。そんでもって、宇宙開発機構というのは旧時代の名残だ。宇宙植民が始まった頃、環境破壊や非人道的行為、寡占といった違法行為を監視する為に設立された。だが、ひとたび植民地が自治領に昇格すれば、当地の行政機関が最高意思決定権を有することになる。宇宙開発機構に絶対的な権限などないし、有名無実のお飾りみたいなものだ。それでも、超国家的な第三機関として各地の宇宙開発や植民政策を監視しているのは事実だし、学術面でも様々なデータを提供して、技術の向上に努めている。今回、出てきたのは土着生物の発見も大きいが、遡ってみれば、『伝わるべきことが伝わっていなかった』というのが一番の理由じゃないか。だが、それは決して一企業の責任じゃない。たとえば、地方の税務署に収支の報告をしてるのに、それが中央の税管理局に伝わってなかったら、それは税務署の手落ちだろう。だが、税務署は『企業の申告の仕方が悪い』と責任転嫁してる。自分たちの過ちを認めれば、既存企業にいい加減な対応をしてきたことも白日の下に晒されるからだ」

*

 女性委員長は決まり悪そうにファイルを繰ると、臨席の男性委員と二言、三言、言葉を交わした。
「イーサン・リース父子が残したウェストフィリア調査のレポートを参照することはできますか」
「コピーの一部を保持しています。バダミ博士は十五年前に永逝されましたし、当時、学界の精鋭として活躍されていたジオサイエンスのメンバーも大半がこの世の人ではありません。硫化ニムロディウムの存在が学術的に証明され、世間の認知を得るまで、世に出さない約束でしたが、海台クラストの採鉱が始まり、土着生物も発見された今、レポートの提出に異議を唱える人はないと恐察します。もっとも、わたしの所持するコピーは研究成果のほんの一部に過ぎず、完全版を預かったのはバダミ博士です。それ以上のことは、わたしには分かりません」
「イーサン・リース博士、もしくはそのご家族は今も健在でいらっしゃいますか」
「いいえ。事件以降、当方への連絡は一切ありません。年齢的にも、既にこの世の人ではないと推察します。しかし、バダミ博士とは交流が続いていたはずです」
「あなたに連絡されなかった理由は何だと思いますか」
「察するに、わたしたち姉弟に事件の余波が及ぶのを恐れて、距離を置いたのではないかということです。周知の通り、ニムロデ鉱山がニムロディウムの供給源として大きな位置を占めるようになってから、その成因については『小天体衝突説』が一世紀以上も支持されてきました。揺るがぬ思潮の中で、それを覆す新説を唱えることは、学者としての生命も脅かしかねません。まして、わたしと姉はニムロイド鋼の事業に深く関わり、社会的立場も庶民とは大きく異なります。下手に関われば、わたしと姉の将来はもちろん、MIGにも大きな影を落とすかもしれないという深慮でしょう。本来、マグナマテル火山における硫化ニムロディウムの発見は、学術界のみならず、鉱業、金属業、製造業、末端の業者に至るまで、エポックメイキングとなるものでした。だけども、利害が絡めば、人は平気で嘘をつき、真実もねじ曲げる。その為に不利益を被るのは、真っ当な庶民であり、名も無き人たちです。イーサン・リースは自身の学問が社会の役に立つと信じ、どれほど圧力をかけられても、科学的事実をねじ曲げようとはしませんでした。その姿にパダミ博士も心を動かされ、わたしも人生を懸けて海のニムロディウムの可能性を世に知らしめようと決心したのです。もし、そこに悪意があるなら、パダミ博士も命がけでマグナマテル火山の噴気孔に入ることはなかったでしょうし、非常に困難な中、採鉱システムの開発に尽力する人もなかったと思います。わたしも絶対的に正しい事をしたとは言いません。しかし、正しい学説が人々の目を開かせ、海台クラストの採鉱が鉱業の在り方に一石を投じたなら、それは真理の勝利でしょう。ここでいう真理とはイーサン父子の信念です。わたしもパダミ博士も徒弟に過ぎません。それだけに、最愛の息子を失い、生涯のテーマと定めた研究も途中で断念せざるを得なくなった無念は計り知れません」

*

 今日、答弁に立つのは、開発公社の参画企業で構成される『経営執行委員会』の代表で、ファルコン・マイニング社の元エグゼクティブ・ディレクターでもあるグレイブ氏だ。前社長ドミニク・ファーラーの懐刀と言われ、強硬な手段で一時代を築いた最高幹部の一人である。
 齢も六十歳を越え、エグゼクティブ・ディレクターを退いた時には、誰もが隠遁するものと予想していたが、年明けに開発公社の執行委員として再び表舞台に姿を現し、マイニング社の存在を強く印象づけた。
 演壇のグレイブ氏は、白髪交じりの剛毛を短く刈み、豹のように鋭い目つきをしている。五十台でも通用しそうな恰幅のいい体躯に上物のスーツを身につけ、長年ファルコン・マイニング社の最高幹部として辣腕を振るってきた人らしい風格がある。ドミニク・ファーラーの代理人として、これまで環境保護団体や労働組合、学術団体などと幾度となく渡り合い、この手の質疑はお手の物だけに、演壇に立っても余裕綽々だ。
 女性委員長が、まず開発公社の設立までの経緯、探鉱の目的、事業計画などについて質問すると、グレイブ氏も手元の資料を繰りながら、ウェストフィリア開発が幾多の融資によって支えられた国家的事業であり、一般的な資源エネルギー会社とは格が違うと力説した。
 だが、「生き物」に話が及ぶと途端に口調が険しくなり、
「あんな虫の為にウェストフィリア全体の企業活動を制限するなど横暴もいいところだ。そもそも、発見されたのは水深三〇〇〇メートルの海底じゃないか。そんな深みに棲息する、たった数センチの生き物の為に公社を国際宇宙開発機構の監視下に置くと? だったら、ティターン海台の採鉱プラットフォームは何だ? 海台クラストの採鉱はOKで、ウェストフィリアは不可とする根拠は何なのか、誰もが納得できる理由を提示して頂きたい」
「ですから、今、その是非を審議しているのです、グレイブさん」
 女性委員長は気圧されながらも冷静に答えた。
「国際宇宙開発機構は、アステリア生物圏の調査を第一に考えています。わけても、ウェストフィリア島にも土着生物が生息する可能性が極めて高いことはイーサン・リースのレポートからも明らかであり、実態が把握できるまでは厳重な保護下に置かれるのは当然の措置です。もちろん、ローレンシア海域やティターン海台も例外ではありません」
「もし、他の土着生物が見つかったらどうするのです。アステリアでの産業活動を全て停止するおつもりか」
「それは、その時々の状況によります」
「調べようと、調べまいと、国際宇宙開発機構にそこまでの強制力はないはずだ。アステリア開発にどれほどの資本が投入されていると思うんだ。開発公社だけではない、海運、造船、道路、通信、化学工業、様々な企業が社運をかけて進出している。一日操業が止まっただけでも大きな損害を被る会社も少なくない。生物の保護というが、企業活動の保護も同じぐらい重要なはずだ。もし、これで企業活動が制限され、会社が倒産し、従業員が路頭に迷うような事になれば、どう始末をつけてくれるんだ。そもそも国際宇宙開発機構など名ばかり、問題が生じた時だけしゃしゃり出て立派な理屈を並べるが、生き物をどうするか、産業活動をどうするかは実際に現場で活動している者が決めることだ。もし、どうしてもウェストフィリアを特別保護区に制定し、企業活動を厳しく制限するというなら、それなりの保障もして頂きたい。人命に関わる災害でも起きたならともかく、まだ何の影響も生じてないではないか」
 傍聴席の藩部二条から同意の拍手が沸き起こり、場内は騒然となった。
「お静かに! 本会はあくまで是非を問う為の聴聞です。異見はまた別の機会に伺います。現時点では質問にのみお答え下さい。では、グレイブさん、開発公社としては生き物を保護する気は全く無いのですか? たとえそれが宇宙的に価値あるものであっても事業を優先すると?」
「そういう意味ではない。ただ、水深三〇〇〇メートルに棲息するわずか数センチの土着生物の為に、全ての活動に待ったをかけるなど馬鹿げていると言ってるんだ」
 すると女性委員長は両脇の男性委員と意見を交わし、 
「お考えはよく分かりました。開発公社とはまた別の機会に意見を交わすことにします。最後に、生き物の発見に繋がった潜航調査で実況を務められたヴァルター・フォーゲルさんにお話を伺うことにします」
 指名されて演壇に立つと、彼は一度だけ二階の傍聴席を見上げ、女性委員長に向き直った。
 最初に名前や生年月日を確認があり、次いで「あなたはMIGの社員ですか」と聞かれると、彼は「違います」と答えた。
「雇用主はアステリア・エンタープライズ社で、厳密にはMIGとは別の資本だと聞いています。それに俺は一時雇いで正規の社員ではありません。待遇も位置づけも全く異なります」
「あなたが潜水艇から実況することを思い立った理由はなんですか」
「アステリアの人々に少しでもウェストフィリアのことや深海の様子、海洋調査の重要性を知ってもらいたかったからです」
「それによってどんな利益を期待しましたか」
「理解です。アステリアで生まれ育った若い世代には、海で生きることの意義や可能性が今ひとつ実感できず、この地に生まれついたことに強い劣等感を持っている人もいます。トリヴィアの学生に比べたら、自分たちは僻地に取り残されていると。けれども、海には様々な可能性があり、これからいくらでも新しい技術やサービスを創出することができる。その為には、海洋に対する基本的な知識はもちろん、海への興味や関心が不可欠です。そういう願いもあって、プロテウスから実況を企画しました。誰かの利益の為ではありません」
 すかさずグレイブが痛罵を浴びせた。
「詭弁だ。開発公社に探りを入れ、世論をMIGに有利に誘導する為に仕組んだことだ」
「お静かに! 求められていない時の発言は慎んで下さい」
 女性委員長は強く窘めたが、グレイブ氏は微かに口元を歪めただけで、まったく堪えていない。
「当方で把握する限り、あなたは当初予定されていたメテオラ海丘のカルデラ底の調査を変更し、南の麓のマウンド群を潜航されていますね。これには何か意味があるのですか」
「開発公社の狙いは『熱水活動によって生成された鉱床』でしたが、近年の調査で活発な活動が起きていないのは明らかです。また無人機を使った音波探査や、第一回目と第二回目の潜航で得られたデータからも、開発公社の期待するような鉱床は認められず、これ以上、潜航を繰り返しても芳しい結果は得られないという見解に達したからです。それよりも、無人機の届かない三〇〇〇メートル以深のマウンド群を潜航した方がより効果的と判断しました。なぜなら、そこには従来の理屈では説明のつかないような地下の間隙や、大小様々な海底の盛り上がりが見られたからです」
「では、あくまで『科学的好奇心』という訳ですね」
「その通りです」
「なにが科学的好奇心だ、最初から開発公社を攪乱するのが目的じゃないか」
 再びグレイブ氏が口を挟むと、女性委員長も厳しく窘めたが、グレイブ氏は反発するように立ち上がった。
「この際、はっきり言わせてもらおう。深海調査への口出しはもちろん、頼まれもしないのに、ウェストフィリアの広報や海洋情報ネットワークを手がけているのは、MIGとティターン海台の採鉱事業を優位に導く為だろう。君がアル・マクダエル社長の飼い犬みたいに物事の深部に首を突っ込み、あちこちの企業や行政機関に働きかけているのは知っている。公のためなどと、おためごかしを口にするのは止めてもらいたい」
 だが、彼は飄々とした表情で、
「グレイブさんは、誰もが私利私欲のために働くと本気で思っておられるのですか? それとも開発公社やファルコン・マイニング社には、そういう人材しか集まらないのでしょうか」
と応酬し、一部から笑いがもれた。
 グレイブ氏の顔が明らかに侮辱に歪んだが、彼は再び女性委員長に向き直ると、
「本当にMIGの採鉱事業に肩入れしたければ、情報開示に努めたりしません。企業の扉を固く閉ざし、何でも隠密に進めるでしょう。現にそうやってニムロデ鉱山もウェストフィリアも、科学的発見が長年封印されてきました。その結果、企業も社会も幸福になりましたか? 技術の新芽を摘むところに真の豊穣はありません。人々の無知と無関心もまた技術の進歩を阻み、社会の不正に対する問題意識を鈍らせます。それを痛感すればこそ、海洋情報ネットワークの構築を働きかけ、深海調査の実況を試みました。今もオーシャン・ポータルを通じて、海の基礎知識やアステリアの海洋開発史、現在、ローレンシア海域で繰り広げられている海洋産業などについて紹介しています。それで大利を得るなら、世界中の企業が同じ事をやるでしょう。しかし、現時点で、こういう取り組みをしているのは俺だけです。それをどうしてMIGの利益誘導と決め付け、むきになって非難するのか、俺にはさっぱり理由が分かりません。それとも、マイニング社や開発公社の広報力は一個人の声にも劣るのですか?」
 再び会場から失笑がもれ、女性委員長が窘めた。
「俺は確かに採鉱プラットフォームの接続ミッションの為に雇用され、マクダエル社長の理解のもと、海洋情報ネットワークの企画やヒアリング調査に当たりましたが、それが俺やMIGにどんな収益をもたらすというのです? 本当に利益誘導を図るなら、情報も監査もシャットアウトし、もっと直截的に政治経済の中枢に働きかけるでしょう。それに採鉱プラットフォームがフルに稼働したところで、ニムロデ鉱山から日々採取されるニムロイド鉱石の生産量には遠く及びません。二基、三基と増築したところで、それが完全に地上の鉱山業を凌駕するまで何十年とかかるはずです。にもかかわらず、社運を懸けて挑戦されたのは、小天体衝突説の誤りを明らかにし、海底鉱物資源の可能性を示したかったからでしょう。今度のことでティターン海台の採鉱事業に大きな支障をきたしても、マクダエル社長なら厳粛に受け止められるはずです。そして、その事について、俺も『申し訳ないことをした』とは思いません。現にメテオラ海丘の麓で見つかった生き物はアステリアの成り立ち、しいては、ステラマリスの生命の誕生のプロセスを紐解く重要な鍵になるかもしれない。これを契機に双方の科学者が協同で研究を行い、海洋科学がいっそう進展すれば、その恵みはいずれ幾多の産業に還元されるはずです。それは開発公社も例外ではありません。要はウェストフィリアの探鉱が安全、かつ適正に行われるなら、誰も批判したりしないのです」
 会場はしんと静まりかえり、グレイブ氏も口をつぐんだ。
 女性委員長は一呼吸おくと、
「あなた自身は生き物について、どのような見解をお持ちですか」
「ここは海です。海中であれ、海底下であれ、多種多様な生き物が存在しても、まったく不思議はありません。海に限らず、ウェストフィリア島にも微生物以上のものが生息する可能性は非常に高いと思います。それでなくとも、本格的な学術調査はほとんどなされず、惑星のメカニズムもほとんど未知のまま、それでどうして、あれが正しい、これが間違いなどと結論づけられるでしょう。資源戦略としての探鉱も重要ですが、まずはメテオラ海丘及びウェストフィリア近海、しいてはアステリアの全海域についてくまなく基礎調査を行い、実態の把握に努めるべきです。同時に、広域でリアルタイム観測を行い、気象学や海洋学、惑星工学などの観点から継続的に分析します。それは企業利益、云々の問題ではありません。海洋産業に従事する人、しいてはこの海に暮らす人々の安全を守るためです。その上で、少なくとも基礎的な事が明らかになるまでは、ウェストフィリア一帯──特にメテオラ海丘とマグナマテル火山は厳重な保護下に置くべきだと思います」
「マグナマテル火山は探鉱の要だぞ」
 グレイブ氏が声を荒げた。
「硫化ニムロディウムをはじめ、金、ニッケル、コバルト、チタン、バナジウム、豊富な有価金属の鉱床が期待されている。一刻も早く調査を進め、鉱業評価を行うことが地元経済界の希望だ。知的な高等生物でも棲んでいるならともかく、ミミズに手足が生えたような生き物の為に、莫大な投資や収益をふいにしろと言うのかね」
「ウェストフィリアは、元々、生き物たちの世界です。人間は後から割り込んだインベーダーに過ぎません。人間が介在しなければ何億年とかけて独自の進化を遂げ、それこそ、あなたが言うような、真に保護すべき高等生物に成長するはずです。その進化を妨げてもいい権利は、俺にもあなたにもありません」
「屁理屈を言うな。そんなことは事業と何の関係もない」
「屁理屈ではありません。科学的事実です。体長数センチにも満たない生物でも、この惑星のメカニズムの一端を担う存在です。人間にはそれと分からぬだけで、これらの土着生物が織りなす化学変化や食物連鎖のサイクルが酸素、二酸化炭素、水、ナトリウム、マグネシウムなど、アステリアの海や大地に様々な物質を供給し、居住可能な惑星にたらしめているのです。あなた方が欲している鉱物資源やガスや石油も同様です。その仕組みを理解もせず、万一、主要な生物種を絶滅させるような事があれば、それは回り回って自然の均衡を破壊し、我々、人類にとっても致命的な影響を及ぼすでしょう。地上からミツバチが消滅すれば、花が実を付けず、世界的飢餓の原因になるのと同じです。事業の発展と自然のバランスを保つことは、まったく別次元の問題です。そして、俺が重視しているのは、自然のバランスを保つ方です」
「それこそ理屈のすり替えだ。君は自然保護を理由に大企業に噛みつきたいだけだろう。体のいい反権力主義者だ。聞いた話では、故郷のフェールダムでもそうやって有名建築家の再建案にけちを付け、公開コンペに持ち込んだようだが、他社のパースを模倣して、さも自分のアイデアのように偽る人間に我々を批判する資格があるのかね」
 一瞬、彼は射貫かれたように黙り込んだが、深く息を吸い込むと、
  「あなたは一度でも俺の描いた『緑の堤防』をご覧になったことがあるのですか」
とグレイブ氏の目を見据えた。
「どういう意味だ」
「俺がロイヤルボーデン社の意匠を盗用したと仰るなら、まず、あなた自身の目で二つのデザインを見比べて下さい。そして、この場に並列し、どこがどう盗用なのか、誰もが納得のいくように説明して下さい。それでも大勢が盗用とみなすなら、俺も甘んじて受け入れましょう。だが、この場ではっきり断言してもいい。俺は盗用などしていない。そのような誤解は与えたかもしれないが、断じて他社の意匠を丸写しするような卑しい真似はしていません」
 それから彼は女性委員長、ならびに会場の聴衆に向き直り、
「俺の盗用問題は横に置いて、今一度、アステリアの海について真剣に考えて下さい。それぞれに立場と役割があり、大きな収益を得ることは誰しもの願いでしょうが、一方で、人間社会のスケールでは計り知れない宇宙の恵みもあります。とりわけメテオラ海丘のマウンド群で見つかった生き物は宇宙開発史はじまって以来の海の土着生物です。ステラマリスの生命が海から誕生した経緯を裏付ける大きな証拠にもなるでしょう。それらが解明されたところで、港湾会社にもIT企業にも一銭の得にもならないかもしれない。でも、生命がどこから来たか、この海に何があるのか、事実を知ることは人間の意識を少なからず変えます。人間の意識が変われば、社会もまたその様相を変える。即効性はなくとも、十年、二十年とかけて、科学や産業の礎となるでしょう。その為の海洋情報ネットワークであり、全海洋観測システムです。一部企業の損得の為に創設するサービスではありません。One Heart, One Ocean. Now and Forever. 国境のない海で、共に栄え、共に生きて行くことが、俺の一番の願いです」


Product Notes

火山ほどダイナミックな自然現象も二つとありません。まさに惑星の息吹。この世に鉱物をもたらす巨大なエネルギーです。

Lava Tubeと呼ばれる溶岩道。壁面に珍しい鉱物が生成されていることがあります。

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