1-4 運命と意思が出会う時 やさぐれた海賊と拾いの神

海賊

エンデュミオンのトレーラー村に住んでいたヴァルター・フォーゲルは、実際に会ってみると、やさぐれた海賊みたいな男だった。
それでも若者らしい気遣いと、最後のを見て取ると、アルは早速、仕事の交渉を始める。

だが、彼の態度は素っ気ない。
どうにかして手中に取り込み、『リング』の秘密を聞き出したいが、すぐに二枚貝のように口を閉ざしてしまう。

そうかと思えば、アステリアの海洋開発の安全管理にケチを付け、環境保護うんぬんと屁理屈ばかり並べて、アルに逆らう。

そこでアルは、ヴァルターにとって最も大きな痛手である『再建コンペ』と『水を治める技術のアーカイブ』を持ち出し、彼のプライドを刺激する。

負け犬よばわりされ、悔しさを滲ませる彼の胸に、いまだ再起の願いがあるのを見たアルは、さらに心の奥深くに踏み込み、おだて、励まし、こちらに手繰り寄せる――。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「だいたい俺はアステリアの海底を掘り返そうという考え自体が気にくわないんだ」
「なぜ? 未曾有の鉱物資源だぞ?」
「それは企業家にとってだろう。海の生き物は違う」
「アステリアの海に『生き物』は無いよ」
「あるさ。ここに証明されてるじゃないか」
 彼はどこかでプリントアウトした資料を荒っぽく繰ると、赤線を引いたページを示し、
「ローレンシア海域でも、赤道直下でも、数種類のプランクトンが発見されている。全海域をくまなく調査すれば、もっとたくさんの生物が見つかるはずだ。それを無視するなんて、おかしいじゃないか」
「たかが微生物だぞ。こういう事はどこの惑星開発でもつきものだし、ステラマリスも同様だ。生態も分からぬ微生物までいちいち保護の対象にしていたら、開発事業などとても成り立たない。保護すべき生物が発見されたら、その時点で対策を考える。それより。我々が今為さねばならないのは、我々自身の世界をいかに構築するかだ」
「あんたら企業家は『たかが微生物』と言うが、人間だって『たかが微生物』から進化したんだ。海の中で、何億年という時間をかけて。アステリアの海も生きている。ステラマリスの海と同じように生きているんだ。その生命の萌芽を、自分の事業の為に摘み取ってしまうつもりか?  あんたに『我々の世界』があるように、アステリアの微生物にも『我々の世界』がある。もっとも、あんたみたいに海の本当の価値を理解しない企業家に、踏みにじられる生命の痛みなど分かりやしないだろうがな」
「ヴァルター。わしは慈善事業家ではない。今、お前と環境問題を論じている場合ではないのだ。大切なのは現在(いま)を生きる人々だ。確かに微生物にも価値はあろう。だが、わしには自分の事業に連なる何千、何万という人間を養う義務がある。それは海のプランクトンに餌をやるより、はるかに重大な責務だ。アステリアの海には未曾有の鉱物資源が眠っている。海のニムロディウムの採鉱に成功すれば、大企業の寡占も緩み、地下数百メートルの過酷な環境で、重さ数十キロのドリルを抱えてニムロイド鉱石4を採掘している人々も、辛い労働から解放されるだろう。今は目に見えないが、アステリアには数世紀を支える社会的価値がある。それでもまだ数種類のプランクトンの為に海底鉱物資源の採掘を中止しろと言うのかね」
「だったら、あんたが見殺しにした微生物は口を揃えてこう言うだろう。『今は目に見えないが、アステリアには十億年の生物学的価値がある』。生命の進化は文明の進歩より緩慢だ。だが確実に変化している。人間が介在しなければ、アステリアも何十億年という歳月をかけて独自の進化を遂げるはずだ。あんたら企業家は、実利に結びつかないものは何でも『無駄』『無益』と切り捨てるが、アステリアの本当の価値が分かるのは、あんたの会社が潰れて、人類が滅び去ったその後だ」

Product Notes

実際、海底鉱物資源の採掘が海洋環境の破壊であるとする主張はあります。

洋上プラットフォームからの重油や産業廃棄物の流失
タンカーや石油リグでも問題になっています。

鯨やイルカなど、海洋生物への騒音被害
海の中では音波は遠くまで伝わりますから、イルカのように超音波でコミュニケーションをとっている生物への被害が懸念されます。

破砕機や集鉱機が海洋性植物までカットしてしまう
海底の重機には植物と鉱物を選別する機能はありませんから、貴重な海洋性植物の群生を破壊する可能性は高いです。

地学的にもユニークな熱水噴出孔を破壊する
たとえ活動を終えたデッドチムニーでも、地学的にはもちろん、生物学的にも貴重な存在であることに代わりありません。海底鉱物資源の採掘は、これらを根こそぎ破壊しますので、様々な悪影響が予想されます。

ミクロの生命圏を脅かす
目に見えなくても、海底には様々な生命が存在します。たとえ微生物でも、海洋システムの一端を担う貴重な存在です。未だ解明されていない部分も多いので、たとえ水深数百メートル、数千メートルの海底であっても、これらの生命圏が破壊された時の影響が皆無とはいえません。

作中では「ヘリクツばかり並べおって」と苦言を呈していますが、彼の主張も決して誤りではないのです。

Deep Sea Mining -GreenPeace-

海底鉱物資源