1-2 アステリアと海底鉱物資源

深海

『Nunc aut numquam(今成すか、永遠に行わないか)』。
初めてアステリアに降り立ったアルは、茫漠たる海に愕然とするが、人生を賭して採鉱システムの開発の成し遂げることを決意する。
だが、肝心要のプロジェクト・リーダーは、頭は切れるが、人柄卑しい最悪のキャラクターだった。
運命の二面性を噛みしめながら、アルは巧みに舵を切り、数々の難をしのぎながら、ついにシステムを完成させる。

ところが、三度目のテスト採鉱に成功した翌日、プロジェクト・リーダーは忽然と姿を消し、一ヶ月半後に予定されていた本採鉱まで雲行きが怪しくなる。
アルはその場の助っ人として、有人潜水艇『プロテウス』のパイロットを求めるが、海洋技術センターで紹介されたのは、これまた一癖ありそうな、解雇されたばかりの男だった。

「こんな男を紹介されても、何の役にも立たん」とアルは無視しかけるが、一点、面白い事実に興味を引かれる。

それは、潜水艇のパイロットにもかかわらず、大洪水で壊滅した故郷の再建コンペに参加し、プロの建築家と真っ向から対決して、堂々の二位を勝ち取っていたことだ。

いったい、潜水艇のパイロットが、なぜ畑違いのコンペに挑んだのか。

ネットに残された情報を辿るうち、アルはこの男の意外な才能を知ることになる――。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
 ところが一八〇度展望可能なガラスウォールの向こうに見えたのは、茫洋たる海だけだ。手を掛ける場所もなければ、足を踏みしめる大地もなく、圧倒するような水の平原が広がるばかりである。
 しかもネレイスの浮かぶ一帯の水深はなんと六〇〇〇メートル。地上五〇階の高層ビルを二〇個並べたより、まだ深い。
 そんな海の深みからどうやって海底堆積物を回収するのか。長さ六〇〇〇メートルのパイプ付き掃除機を下ろして吸い上げる? それともSF映画に出てくるような巨大ロボを海底に派遣して石拾いさせるのか。まともな深海調査船さえアステリアには無いというのに――?
 目の前の大海を呆然と見詰めていると、同乗していたステラマリスの海洋科学者が言った。
「あなた、本当にこの超水圧を掻き分けて、水深数千メートルの海底から鉱物資源を回収するつもりですか? 気圧や無重力は今の技術でどうにか克服できますが、水は簡単には制御できません。変幻自在に形を変える上、止めることも、掴むこともできず、僅かな鉄板の隙間からも鉄砲水のように入り込んで、全てを破壊するんですからね。仮に水深六〇〇〇メートルの海底から鉱物を回収するとしましょう。それは標高六〇〇〇メートルの山頂から、麓の果樹園のリンゴを拾い集めるようなものですよ。的確にリンゴを採るのも難事なら、集めたリンゴを頂上まで引き上げるのも至難の業です。ましてそれを商売にしようと思ったら、一キロ、二キロを採ったぐらいでは話になりません。そんな無謀なリンゴ狩りをするぐらいなら、隣の果樹園からリンゴを買い入れた方がよほど安くつくでしょう。あなたがやろうとしている事は、それぐらい無鉄砲でリスキーだ。ステラマリスでも本気でやろうとしたベンチャー企業があったが、多額の負債を抱えて倒産しましたよ」
 それでもニムロデ鉱山を中心とするファルコン・グループの一党支配を崩すなら、アステリアの海からニムロディウムを採ってみせるしかない。幾多の労働者を犠牲に鉱山の深部から採掘するのではなく、完全自動化された新時代の採鉱システムを用いて、だ。

 ジム・レビンソンは、言うなれば、アルの人生最大の幸運であり、悪運でもあった。これほど極端な二面を併せ持つ人間もこの世に二人とない。
 レビンソンを知ったのは、浜辺に決意の杭を打つ三ヶ月前――MIGインダストリアル社に「海洋開発事業部」という実行部隊を立ち上げ、名実共に採鉱計画のスタートを切る少し以前だ。
 計画を完遂するにあたって最も重要なのは、採鉱システムを設計できる人材を確保することだ。しかし、これこそ砂浜から一粒の金を拾い上げるほど難しい。
 実は、ステラマリスでも三回だけ海底鉱物資源の採鉱が試みられたことがある。
 一つ目は、地元の環境保護団体の強硬な反対運動に阻まれ、計画だけで終わった。
 二つ目は、試験採鉱まで漕ぎ着けたものの、無駄な岩塊ばかり吸い上げ水中ポンプを目詰まりさせたり、採鉱機のヘッドカッターを傷めたり、機械的なトラブルが絶えず、回収した海底堆積物も商業的に使い物にならないとの判断から、途中で撤退した。
 三つ目は実働に到ったが、期待したほど良質な鉱物が得られなかったこと、施設の維持費や海洋汚染の対策費が馬鹿にならず、地上の鉱山業ほど利益を上げられなかったことから、五年目に生産を中止している。
 アルがどこに話を持ちかけても一笑に付されるばかりか、逆に思い止まるよう諭されるほどで、まったく埒が明かない。
 探しても、探しても、どこにも見つからず、やはり運命の加護は得られぬかと諦めかけた時、たまたま目にした鉱物マニアの個人サイトで、海の漂砂鉱床のダイヤモンド採掘を手掛ける会社を知った。

Product Notes

「海底鉱物資源の採掘」というのは、20世紀後半、いやもう、発見当初から、何度も繰り返しクローズアップされてきたことです。
日本近海もそうですが、深海の広大な海底にゴロゴロ転がってるんですから。
でも、「商業的に価値のある部分」だけを効率的に海上に引き揚げるのは至難の業です。
地上の鉱山業のように、メガ重機でがんがん露天掘りするわけにいきませんので。

海底鉱物資源 国際会議

参考文献リストにも書いていますが、作中に登場する採鉱システムは実際に企画実験中の『Nautilus Minerals』を参考にしています。

『Offshore Production System Definition and Cost Study』NAUTILUS Minerals
Document No: SL01-NSG-XSR-RPT-7105-001
『Seafloor mining robots and equipment nearing completion to mine for gold, silver and copper』
http://www.nextbigfuture.com./2013/10/seafloor-mining-robots-and-equipment.html

海底鉱物資源の採鉱システムのイメージはこんな感じ。
簡単そうに見えますが、技術的にどれぐらい難しいかは、海洋科学や海洋工学関連の文献を読むと、容易に想像がつきます。

ちなみに水深数千メートルはこういう規模です。

深海 水深 地形