曙光 Morgenrood

第5章 指輪

-アンビルト・アーキテクト-

Introduction

公聴会の騒動も一段落し、ヴァルターとリズの決意も固まった頃、アルの計らいで二人はローランド島に旅行する。そこで待ち受けていたのは、建築CGやデザインを手がける『スタジオ・ユノ』の社長で、アンビルト・アーキテクトの先鋭でもあるジュン・オキタだった。奇妙な形をした建築物のCGに首をかしげるヴァルターに、オキタは「デザインとは精神の表れ」と、建設不可能なデザインにも理念はあることを示唆する。自身の『リング』に価値の萌芽を見出したヴァルターに、リズは「アイデアの対極はフランシス・メイヤーではなく、無」だと説く。
一方、社会ではアル・マクダエル退任のニュースが駆け巡る。いまだ迷うヴァルターに、アルは仕事と将来の心構えを言って聞かせる。


Quote

「そのオキタ社長というのは何ものなんだ?」 「便宜上、『社長』と呼んでるが、正式には嘱託だ。『スタジオ・ユノ』という自身の建築デザイン事務所から半分ボランティアで来てる」 「ボランティア?」 「そう。設計部の指導教育の為にね」 「どういうこと?」 「マリン・ユナイテッド社もこれまでは港湾土木や道路建設や、ローランド島のインフラ整備で先陣を切ってきたが、こんな小さな島だ、今に頭打ちになる。現に大型土木に関しては過当競争になりつつあるからな。今後は土木だけでなく、住宅、公共施設、商業施設といった建築にも力を入れないと到底生き残れないとの判断から、設計部の顧問としてオキタさんを迎えたんだ。週に数回、社に顔を出して、設計士の指導や勉強会をしてる。社長と呼ぶのは、『スタジオ・ユノの社長』という意味だよ」 「なるほど」 「で、ペネロペ湾のアイデアコンペはどうだ? ちっとは興味が湧いたか」 「俺には分からない。商業地として栄えた方がいいのか、それとも新たな臨海コミュニティとしてして住民重視の作りにした方がいいのか。それぞれに利もあれば、デメリットもある。何にせよ、俺は庶民の立場でしか考えられないし、どうせ大金を投じて開発するなら、商業と居住性のバランスの取れたエリアになって欲しい。だが、それとデザイン云々はまるで無関係だろう」 「そんなことはない。町作りの基本はデザインだ。橋一本架けるにしても、利便性重視か、景観との調和はどうか、デザインによって機能も印象も全く違ってくる。お洒落だからといって、都心の高速道に太鼓橋を架けるバカはないだろう。要は百年の計で役割や美観を考え、その地に適ったものを築くことだ。オレは施工管理が専門だが、エヴァの仕事ぶりを見ていると、デザインとは何か、いろいろ考えさせられる。時々、意見の相違もあるが、いい刺激になる」

 その際、左手の壁に、目が覚めるような五枚のCG画が掛かっているのに気が付いた。  物理の法則を完全に無視した逆三角形の建物や、クロワッサンを縦に捻ったような大中小の三つの高層ビル、ガラスのドーナツみたいなグリーンファクトリーに、蝋燭の炎を思わせる奇妙なモニュメント。  彼がCG画に近寄って目を凝らすと、オキタ社長も彼の側に歩み寄り、 「気に入った? スタジオ・ユノの作品よ。特に一番右端があたしのお気に入り。三年前、有名な建築賞を受賞したの」 「こんな鉄の飴みたいに曲がりくねった建物が? 真ん中の人工都市なんて、宙に浮いてるじゃないか」 「アンビルト・アーキテクトよ。一口に『建築デザイン』といっても、みながみな、実作を前提に描いてるわけじゃない。また、実際に建設されないからといって、そのデザインが全く無価値とは限らない」 「実際に建設されなくても、価値がある……?」  彼は打たれたようにオキタの顔を見た。  オキタもまた深く頷くと、 「デザインとは思想よ。そして社会愛でもある。独り善がりでも駄目だし、没個性でも意味が無い。自己と他者の間を取りながら、共生の空間を創り出す。ある意味、公共性の強い芸術といえるわね」 「こんな宙に浮いた人口都市にも社会愛が?」 「そうよ。この空中都市は現実社会に対するアンチテーゼなの。地図には国境があり、全ての物事は一方的なルールで細かく区分けされている。そんな世界に、何にも束縛されない共生の空間を創り出すとすれば、もはや中空にしか存在しない。でも、それさえも、いずれそこに住む人々によって差別され、分断される。だから、この空中都市もボトムが溶け出しているの。要は現実社会の重力には逆らえないということ。ある意味、無力と虚のイメージね。これはあたしのコンセプトじゃないけど、制作過程は面白かったわ。メンバーそれぞれに意見が違って、あたしたち自身がお互いの重力に逆らえないようだった」 「なるほど」 「肝心なのは、精神を具象化することよ。詩人は言葉で愛を語り、音楽家は旋律で心の高ぶりや静けさを表現する。建築デザインにも、線の一つ一つに主張があり、理念があるの。たとえば、市役所の入り口にスロープを作るにしても、安全性はどうか、横幅は十分か、手動の車椅子でも楽に上り下りできるか、いろんな面を考慮するでしょう。そこに作った人間の顔は見えなくても、スロープの傾斜や手すりの形状に作り手の思いやり、創意工夫、美意識、社会性などが垣間見える。わけても、アンビルト・アーキテクトは実作に囚われず、自由に思想を表現することができる。それは時に百万の言葉より雄弁よ」 「俺は専門家じゃないけど、言わんとする事は理解できるよ。これは全てあなたの作品?」 「あたし、というより、スタジオ・ユノの作品よ。学生の頃から四人でやってるの。志を同じくするいい仲間よ。あたしも社長業より、そっちを続けたかったんだけど、ちょいと事情が変わって、今はアイデアを出すだけ。もっとも四人の中ではスキルもセンスも下だから、あたし一人が制作の現場を抜けたところで痛くも痒くも無いんだけど」 「そんなことはない。学生時代から一緒にやってたなら、誰が抜けても淋しいよ」  彼は改めて五枚のCG画を眺め、オキタ社長の言葉を深く噛みしめた。 「そんなに気に入ったならコピーをあげるわよ。そこのプリンタで幾らでも刷れるから」 「じゃあ、この真ん中の空中都市を」  オキタ社長がプレジデントデスクに戻って、PCを操作すると、彼はじっとCG画を見詰め、 「俺にも一つだけ、こんな感じのアイデアがあるんだ」 と初めて口にした。 「それもやっぱり非現実的で、実作は到底無理だけど、だからといって全く無価値というわけではないんだろうね」 「どんなアイデア?」 「大洋のど真ん中に円環の二重堤防を築いて、中の海水をドライアップする。現出した海底面に百万人が暮らす都市を築くんだ」 「なるほど。海のドーナツね」 「子供時代のアイデアでね。父さんと海岸で砂遊びしながら考えたんだ。強固な堤防を作れば、海の真ん中にも数百万人が暮らす都市が作れる、って。でも、ステラマリスにそんなものは必要ないし、ここにもきっと必要ない。そもそも直径十五キロメートルの二重ダムなんて、構造学的に無理だろう」 「無理じゃないわよ。あなた、実際に計算したの?」 「GeoCADの構造計算プログラムを使って、何度か」 「ああ、GeoCADね。あれでは精密な数値は出せないわよ。正確さを求めるなら、専用の構造計算のソフトウェアを使わないと」 「そうだろうね。でも、いくら優れたソフトウェアでも、俺に使いこなすのはさすがに無理だ。専門的に土木建築の勉強をしたこともないし、構造計算に関する専門書を眺めても、何のことだか、さっぱり……」 「はぁん。一度は目を通したんだ」 「単なる好奇心さ。どうせなら、実作できる方が楽しいだろう」 「確かにね。自分で計算できないなら、誰かに頼めばいいじゃない。タヌキの父さんだってエンジニアじゃないけど、人を使って採鉱プラットフォームを完成させたでしょ。世間はいかにもあの人が作ったように褒めそやすけど、実際に設計図を書き、資材を調達し、ボルトを締めたのは下っ端の技師よ。あの人はただの経営者。でも、出来た」 「それはそうだが、そこまでは……」 「そこまでやる必要は感じてないということね。なるほど。それじゃあ宝の持ち腐れね」 「持ち腐れ?」 「自分ではくだらないと思うアイデアも、とことん極めれば、世界を変えるアイデアになるかもしれない、ということよ。自分で駄目だ、無価値だと思ってるから、それ以上、先に進まないのよ。ともあれ、これでも壁に貼って、気が変わったら、あたしに連絡ちょうだい」

*

「デザインとは思想よ」というオキタ社長の言葉を思い浮かべながら、食い入るように海の一点を見詰めていると、リズがぽつりと言った。
「もし、本当にローレンシア島とローランド島が分断してしまったら、海の境に憎しみが生まれるわね」
「分断……」
「こんな小さな島社会なのに、あちら側とこちら側で異なる法律や税制が適応されて、別々の道を辿るのよ。この数ヶ月、いろんな方にお目にかかって話を聞いたけど、本当の意味でアステリアの将来について考えている人など一握りよ。誰もが目先の利益を追いかけて、五年後、十年後の社会など真剣に考えようとしない。これが地位も名もある指導的立場にある人の考えなのかと思うと、時々、末恐ろしくなるわ。パールちゃんもあんなに可愛いのに、大人になる頃には、ここの暮らしはまったく違ったものになっているかもしれない。ペネロペ湾の一等地に豪奢な一戸建てを構える身分ならともかく、ポートプレミエルやサマーヴィルの公団で身を寄せ合うようにして暮らしている人々には、自分の子供を独立して住まわせる場所さえない。どこまで安全か分からない水上ハウスを繋ぎ合わせて、一生、洋上に暮らすのよ。何度考えても合点がいかないわ。サマーヴィルには学校を新設する用地さえ無いのに」
「そうだね……」
「ローレンシア島の居住区を拡張する話もあるけれど、食料自給率を高める為にも、今後平地はなるべく牧草地や農耕地に充てたいそうよ。それに工業用地もまだまだ必要だって。一方、ローランド島は岩石ばかりで道路の敷設もままならない。ウェストフィリアに至っては、あまりに気候が過酷で、庶民が暮らすには適さない。海が最後のフロンティアといっても、今の技術と財政では湾岸を埋め立てるのが精一杯でしょう。どんな施策も一時しのぎに過ぎないと多くの人が言ってるわ。この先どうなるのだろう、って」
「そうだね……」
「いろんな事に目をつぶって、ごまかし、ごまかしでゆけば、何事もそこそこ平穏に運ぶのかもしれない。でも、小さな綻びも時と共に大きく広がるし、気付いた時には取り返しがつかない事態になっている。トリヴィアもそう。安易な雇用政策で、定住地も縁故ももたない一時雇いの層が爆発的に増えて、何とかしよう、何とかしなければと言ってるうちに社会は二分し、どうにも手の施しようがないところまで悪化してしまった。そうなっても、まだ上に立つ人たちは、既存のシステムが機能する限り、本気で改めようとしない。なぜって、改革に乗り出せば、自分たちの取り分が減ることを知っているからよ。その点、アステリアにはまだ猶予がある。これからどんな風にでも社会を導くことができる。果たして、二つ目の経済特区を創設することが更なる発展をもたらすのか、あるいは歴史的な誤りとなるか、私にも正しい答えは分からない。でも、こんな小さな島社会で、あれがずるい、これは不公平と、憎み合うことだけは避けたいわ」
「そうだね……」
「どうして、みな分け合って、互いのことを思いやりながら生きていけないのかしらね。困った人にほんの少し手を差し伸べるだけで、一が五になり、五はそれ以上になるのに、多くの人は損得勘定に明け暮れ、自分が損になることはしたがらない。人はよく『それが現実』というけれど、そこで開き直っていいのかといつも思うわ。それが現実としても、それを乗り越えようとするのが真の創造性だからよ。私が男なら、この海を割って大地を現わすわ。それで社会の根幹が決定的に変わるなら、人に嘲られることも厭わない。だって、多くの人がそれを必要とするなら、誰かがやらねばならないんだもの。前にあなたが『もし海を割ることが出来たら、アステリアの未来も変わると思うかい?』と言った時、漠然としか考えなかったけど、いろんな人の話を聞くにつけ、そういう可能性も真剣に討議する段階にきているように感じるわ。ペネロペ湾のアイデアコンペも有意義だけど、アステリア全体を見据えた企画とは到底思えない。一向に修復の進まないメアリポートはどうなるのか、工業港の機能拡張は、農耕地の確保は、問題は山積みよ。ペネロペ湾が活気づけば、確かに一つの経済効果をもたらすでしょうけど、今、私たちが真剣に考えなければならないのは、社会全体の方向性だわ。その選択肢の一つに、『海を割る』というアイデアがあっても決しておかしくない。技術的にも裏付けされた魅力的な『絵』があれば、きっと人の心を動かせるはずよ」

--中略--

「俺にも分からないからだ。何が必要で、何が正しいか。俺はこうだと思っても、対岸の向こうには常に対となる正義がある。それはそれで上手く機能して、絶対悪というわけでもない。リングも同じだ。パラディオンに比べたら、地味だし、平凡だし、技術的にも可能かどうか確証はない。そんなものをアステリアの救済策として持ち出すなど、いくら俺でも恥ずかしい」
「どうしてパラディオンに拘るの。あなたの対岸がフランシス・メイヤーなの? リングの対極にあるものは、パラディオンではなく『無』でしょう」
「無?」
「そうよ。あなたはいつか意思が固まってからという。でも、もし固まらなかったら? ああでもない、こうでもないと思い倦ねるうちに、その機会を永久に逸してしまったら? あなたがどれほど素晴らしいアイデアを持っていても、胸の中に抱えていたら、存在しないのと同じだと思うの。物事は、nunc aut numquam(ヌンク・アウト・ヌンクァム) {今成すか、永遠に行わないか}。今は不確実でも、行動しながら固める意思もあるわ。たとえば、専門家の意見を聞くうちに『これは可能かもしれない』と確信を持つとかね。パパもそうよ。海台クラストの採鉱を思いついた時は、不安な要素の方がはるかに多かった。でも、専門家に学び、過去の事例を研究し、様々な情報に触れるうち、確信に至ったのよ。自分のアイデアに自信が持てず、批判や嘲笑を恐れる気持ちも分かるけど、それではどんなアイデアも日の目を見ることはないわ。たとえ世界を変えるアイデアを持っていても、形に示さなければ、物事は一つも動かないのよ」 「だけど、俺は平凡な市井の人間だ。君のパパとは違う。『緑の堤防』は大勢がそれを必要としている確信があったし、海洋情報ネットワークは自分の得意分野だから、強く主張することもできた。だが、リングは完全に門外漢だ。建築や土木の専門教育を受けたわけでもなければ、卓越したデザインの才能があるわけでもない。俺なんかが提案しても、馬鹿にされるのがおちだ。君が信じてくれるのは嬉しいが、俺は自分の器を知ってる。海洋情報ネットワークだって、最後までやり遂げることができなかった。今更俺の言うことなど誰も耳を傾けない」
「じゃあ、リングはどうするの? ずっと胸に抱えたまま、一生終わるつもりなの?」

--中略--

「あなたは誰かの後押しを待っているだけのように思えるわ。本当に無駄と諦めていたら、オキタ社長のCG画に心を動かされ、コピーを持ち帰ったりしない。今日、私をここに連れてきたのも、ビジョンを分かち合う為でしょう?」
「たとえそうだとしても、誰が俺の話など聞いてくれる? 海洋科学や潜水艇の話ならともかく、直径十五キロの巨大構造物だ。メイヤーとロイヤルボーデン社が総掛かりでも無理だろう」
「まだ専門家の意見も聞いてないのに、どうして無理だと決めつけるの? 真に必要とあらば、徹底的に調べて、アイデアを活かす道を模索することもできるはずよ。たとえ実作に漕ぎ着けなくても、アステリアの未来のシンボルになるかもしれない。アイデアさえ残せば、後の世で実現する可能性もあるでしょう。採鉱プラットフォームはその最たるものよ。ステラマリスで三基の前例があればこそ、操業可能な採鉱システムを完成することができたのよ」
「……」
「どうか信じて。あなたにもやり遂げる力はあるわ。今は不安や迷いで心が定まらないだけ。これと決めたら、『緑の堤防』みたいに大勢に訴え、世の流れを変えることができるはず。たとえ世間に嘲笑されても、私はあなたの勇気を称えるわ。Fortes(フォルテス) fortuna(フォルトゥーナ) adjuvat(アドユヴァト)(運は勇敢な者たちを助ける)。この世のことは、最後には気魄と覚悟で決まるのよ」

*

「悪気がないのは分かってる。ただ、いろいろ不安だった。分からないことだらけで、自分の考えにも自信が持てなくて」
「わしに聞かなくても、既にお前には分かっているはずだ。不安というなら、誰もが不安だ。わしでさえ、大事を前にすれば心が揺らぐことがある。人に尋ねたところで、百パーセント正しい答えが返ってくるわけでなし。真っ当な答えを得たところで、全てが上手く行くとも限らない。本当にこれで良かったのか、多分、死の前日まで自問自答し続ける。大事なのは行動することだ。正しい考えも、行動しなければ、ただの夢想に過ぎない。そして、お前には行動力がある。考える力も、豊かな感性も。正答が見えなくても、何かが心に訪れたら、迷わずやってみるといい。お前なら無茶はしない。そうだろう?」
「それは分かるが、もし間違いだったら自分も周りも不幸にする。中には取り返しのつかない過ちもあるだろう。俺はあんたみたいに利口じゃないし、キャリアも資本もない。それが分かるから、時々、決断するのが恐ろしくなる。何かとてつもない渦に巻き込まれそうな気がして」
「己の無知を自覚することは未熟とは言わない。物事に慎重なのも同様だ。本当に未熟な人間は、自分の愚について考えもしない。物事が思うように運ばないのを、ただ不思議がるだけだ。何をそんなに迷うことがある? 海洋情報ネットワークも、深海調査の実況も、誰に指示されなくても、あそこまで出来たじゃないか。後は腰を据えて掛かるだけだ。地に足を着けて、責任を負う身になれば、何が正解だの、間違いだのと言っておれなくなる」
「オキタ社長が言っていた。お前は新しい価値観を恐れているだけだと」
「新しい価値観?」
「そうだ。目の前に、今まで考えもしなかった生き方や価値観が開けている。これこそ我が運命と直感しても、今までとはあまりに違いすぎて、どう受け止めていいのか分からなくなるんだ。そういう時は、今まで無意味だ、無価値だと決めつけてきた事への見方を改め、別の可能性について考えてみる。あるいは、大事だ、不可欠だと抱え込んできたものを、思い切って手放してみる。一口に言えば、頭の切り替えだ。同じ考えに留まっても、新たな道筋は見えてこない」
「同じことをエヴァにも言われた。幸せになるということは、新しい考え方を受け入れることだと」
「その通りだ。事業だって、時には思いきった改革をやる。先代の時は通じても、現代の事情には全くそぐわない業務もあるからだ。そんな時に、かちこちの頭で旧来のやり方にしがみついても、無駄な出費がかさんで、社員もやる気をなくすだけだろう。時には他人の助言に従い、否定的に見てきた事にもチャレンジする。自分ではこんなサービスは無駄だと感じても、若い者から見れば、今はこれがトレンドですよ、という事もある。日々勉強、日々反省、毎日がノートの書き換えだ。心と頭が膠着していては、再起や成長の機会も逃してしまう。新しい価値観を受け入れることは、これまで培ってきたノウハウを白紙に戻し、プライドを傷つけることもあるが、それを消化することで新しい扉も開く。信念を固持するのも大事だが、ここぞという時に方向転換できる勇気や柔軟性も同じぐらい大事だぞ」

--中略--

「いい方法があるのか?」
「海を干拓するんだ。ダムで仕切って、内部の海水をドライアップする」
「それは河口や内湾を埋め立てるのかね」
「そうじゃない。直径十五キロメートルの円環の二重ダムで仕切るんだ。地盤が強固で、浅海であれば、海岸から離れた沖合でも作れる。高さ数十メートルの鋼製ケーソンを約四八〇個、連続的に建造する能力と、これを海底に固定する技術があれば、数十万人が暮らす用地を一気に創出できる」
「だが、それほどの規模なら建設費も数兆エルクは下らないだろう。それはどうやって工面するね? 必要な人材は? 設備は? 高さ数十メートルの鋼製ケーソンを四八〇個も建造するなら、膨大な鋼材が必要だぞ。それはどこから入手する?」  
「そこまでは……」
「『分からない』で済まさず、とことん考えてはどうだ。わしだって、採鉱プラットフォームの構想を描き始めた頃は全くの白紙だった。いくらMIGという後ろ盾があっても、数十億の資金を一夜で調達できるわけじゃなし、産業省の許可を得るにも何十もの手続きを必要とする。人材も然りだ。プラットフォームの設計図も、自分では一枚も描けないし、油圧うんぬんと言われても解らぬこともある。それでも成そう、成さねばならぬ、その気迫で考え抜いた。もちろん、わし一人の実力ではない。ダナも知力の限りを尽くしたし、両親も資金繰りや政治面で粉骨してくれた。それ以外にも手助けしてくれた者は大勢いる。それはさながら、真っ白なキャンバスに一本、一本、線を引き、鉄材を組み上げるが如くだった。最初からお膳立てされた新規事業など有りはしない。個人、大企業に関わらず、新規に事を成そうとする者は、すべからく同じ辛苦を味わう。成否を決める要素は様々だが、全てに共通するのは粘り強さだ。考えて、考えて、考え抜いて、様々な障壁を乗り越えた者だけが目標を達成することができる。最初から腰砕けでは、どんな優れたアイデアを日の目を見ることはない」
「突飛で、非現実的なアイデアでも?」
「だから、まずは実現への道を模索するんだよ。その為の勉強であり、人脈だ」
「模索……」
「そうだ。どんな小さな商品も、最初は企画を立てるところから始まる。その途中で不可能と分かれば、机上で撤回すればいいだけの話だ。その為に勉強したことは決して無駄にはならない。何年、何十年経ってから、何かで役立つ日も来る」
「確かに、机上で考える分は無料(タダ)だね」
「もっと自分を信じろ。自分で信じられないものを、誰が信じてくれる? 自身のアイデアの価値を見出すのも自分なら、形にするのも自分自身だ。誰かが代わりにやってくれるわけでは断じてない。そして、ひと度、生涯のテーマと定めたら、ぶれず、迷わず、やり通せ。日々積み上げれば、必要な技術や資金は必ず後から付いてくる。一に信念、二に気概、そこに知恵や人徳や行動力が備わって、初めて大事を成す機運が開ける」


Product Notes

『アンビルト・アーキテクト』といえば、新国立競技場のコンペで優勝した建築家のザハ・ハディッドがきっかけで知った方も多いのではないでしょうか。
建築も、実作が前提の意匠や設計ばかりでなく、コンセプトを伝える絵としての役割も大きいです。
単純に美しさや独創性を楽しむことができて、実は非常に奥深い芸術なんですよね。
これからますますツールも発達して、より臨場感のある「絵」を楽しめるようになると思います。
それだけに競争も厳しいですが、学ぶ価値はあります。

これなんか、古くなった採鉱プラットフォームに使えそうです。
洋上のプラットフォームもホテル並にアコモデーションやインフラが充実してますから、何にでも応用が可能なんですね。

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