29-1 ピンチとチャンス 開発協議会と干拓

沿岸 町

アステリア開発協議会では、政府の代表や有識者が集まって、パラディオン建設に向けて討議を進める。
だが、一方で、この動きを疑問視する人もあり、最長老のミムラ委員がついに異論を口にする。
その声に続いて、リズも全体構想の見直しを提案するが、彼らの態度は否定的であった。
同じ頃、ヴァルターは土地開発部のグレアム部長から造成地の視察に来ないかと誘いを受ける。
海洋土木の上級エンジニアを招き、干拓の可能性について探っている最中だった。
何かのきっかけになることを期待し、彼は二つ返事で引き受ける。

ところが、その最中、ルークが彼のLeopardに紅茶をぶっかけ、起動不能にしてしまう。
彼はゾーイに助けを求め、ゾーイはフランシス・メイヤーと互角に戦うためにもアップグレードを進める。

引用

WEBに掲載している文章は『第二稿』です。書籍版とは内容が若干異なります。
「今、区の土地開発部でも干拓の可能性を探っているらしい。ローレンシア島やローランド島の内海を堤防で仕切って、農地を創出するそうだ。それもなかなか、いいアイデアじゃないですか」
「それはそれ、これはこれですよ、ミムラさん」
 先ほどの協議員が苦笑した。
「今、我々が議論しているのはパラディオン建設の是非で、干拓じゃない。それは区の管理委員会で話し合って下さい」
「何が可笑しいんだ。この協議会はアステリアの将来について話し合う場だろう。パラディオン以外にも可能性があれば討議すべきじゃないか」
 ミムラ管理委員が打って変わって強い口調で返すと、
「ですから、それは火急のテーマではなく、あくまで二の手、三の手です。まずはパラディオンの是非について決議しませんと」
 別の協議員が釘を刺すように言った。
「では、仮にパラディオンが否決されたらどうするんだ」
「否決ですって?」
「そうとも。総工費二十兆といわれる巨大建設だ、テーマパークと同じように考えてもらっては困る。大体、あんなものを誘致したのはどこのどいつだ。ただの宣伝かと思えば、本気で建設するとは」
 ミムラ管理委員が鼻の穴を膨らませると、それまで発言を控えていた細顔の男性も、
「コンペには優勝しましたが、あれは実作を前提とした競技ではないですよね。アイデアコンペということは、その名の通り『アイデア』であって、建設を確約するものではないはずです。ならば、今ここで話し合うべきは、パラディオン以外のアイデアも視野に入れた様々な可能姓ではないですか」
と初めて異議を唱えた。
「だから、それを決めるためにコンペを実施したんじゃないか。何をトンチンカンな事を言っている」
「選択肢はペネロペ湾に限ったことではないだろう。なぜ『アステリア開発』=(イコール)『パラディオン』になるのか、それが不自然だと言ってるのだ」
「話を蒸し返さないで下さい。この件については、何度も何度もコンペ実施前から話し合ったはずです。コンペの上位作品は実作の可能性も含むと」
「だが、実際問題、あれが最高と言えるのかね」

<中略>

「君の言いたいことは解るよ。だが、正直な話、アイデアそのものに自信がない。大海原に直径十五キロの円形ダムを築くなんて、どう考えても荒唐無稽だろう。まして内部の海水をドライアップして、都市部を建設するまで、何十年かかることか。誰も現実に期待しないよ。安全性の問題もあるし――」
「ずいぶん自信がないのね。まだ本気で技術検証も構造計算もしたわけじゃないんでしょう」
「それはそうだが……」
「あなたに諦めて欲しくない。実作されなくてもいいじゃない。『One Ocean, One Heart』。それがあなたの主旨でしょう。みな一つの輪に集い、一つの海に生きて行く。ペネロペ湾がどうとか言ってるけど、トリヴィア政府が余計なことをしなければ、今まで通りで上手く行ってたんじゃないの。遊園地やレジャープールならまだしも、二十兆エルクも出して富裕層向けの居住区なんて、庶民を馬鹿にするにもほどがあるわ。それなら、大人も子供も安心して暮らせる大地を創出するアイデアの方がいい。そこでは牛も飼えるし、サッカー場も作れるんでしょう?」
「そうだよ。フェールダムも縦横十五キロメートルの干拓地だった。サッカー場もあれば牧草地もあった。大昔は海底だったなんて、にわかには信じられないほどだ。だが、ネーデルラントの先人が強固な堤防を築いて、何世紀とかけて干拓地を作り出した」
「だったら、なおさら胸を張って理想を語ればいいじゃないの。この円環の干拓地、あなたの理想を上手に表現していると思うわ。ただ、あなたの考えを万人に説得するには、この品質ではまずいのよ。ファッションデザイナーが量販店のスーツ姿で『新時代のモードはこうあるべき』と主張しても、何の説得力もないでしょう。もう一度、綺麗に描き直して、世に問うのよ。このまま終わるなんて勿体ないわ」

<中略>

「君はこんなアイデアを信じるのか」
「私が信じるかどうかじゃない。あなたが自分のアイデアをどこまで信じられるかよ。専門的な事が分からなければ、専門家に協力を仰いで、理論的な裏付けを盤石にすればいい。Tシャツでも、ゲーム機でも、あなた自身が信じないものを形にすることは絶対に出来ないのよ」
 同じことをアル・マクダエルにも言われた。
 最後に海の別荘で語り合った時、「自分を信じろ。自分で自分を信じられないものを、誰が信じてくれる?」と。 
 だが、『自分を信じる』とはどういう意味なのか。それは自信とどう違うのか。
 彼にはまだ実感がない。
 そんな彼にゾーイが言う。
「手探りでも始めようよ。そんな立派な構想を練らなくても、オーシャン・ポータルの表紙に鳥瞰図を貼り付けるだけでもいいじゃない。One Ocean, One Heartの理念を現わすのに、これほどふさわしい絵もないような気がするわ」