迷子ひも→かわいそう→何かあってからでは遅い

2017年9月15日子育てコラム

「迷子ひもなんてペットみたいで可哀相」という意見もあるけれど、親として、本当に必要だと感じたら、装着すればいいんです。

仮に子供が車にひかれて大けが、最悪、死んだりした時、迷子ひもを批判してた人が「ごめんなさい、やっぱりわたしの考えが間違ってたわ。迷子ひもは必要ね」と謝ってくれるのでしょうか。

なくした子供の命を取り返してくれるのでしょうか。

周りの人間なんて、なんの事情も知らずに、見た目だけで無責任に「あーだ、こーだ」言ってるだけですから、親として本当に必要だと確信するなら使えばいいんです。堂々と。

また、そういう人に限って、何かあった時、「今は迷子ひもとか、いろいろ対策が取れるはずですよ」とか、したり顔で言ったりするもの。

人目や批判を気にして然るべき対策を怠れば、何かあった時、結局、泣くのは自分と子供ですからね。

もし周りの人に批判的な目で見られたら、「ほんなら、この子が車にひかれた時、それでも目の前で『子供にひもを付けるなんて可哀相』と言えるんかい! おめーみたいなヤツに限って、『子供にヒモでも付けておけばいいのに』とか腹の中では思ってるのと違うんかい!」等々、腹を据えればいいんですよ。

それぐらい強くならなきゃ、子育てなんかやってらんないよ。

繰り返しますけど、批判するだけの人なんて、我が子に何かあった時、絶対に責任なんか取ってくれませんから。

自分の信じたように、きっちり対策をとって欲しいなと思います。 

番組では街頭インタビューも行い、迷子ひもを「使わない派」と「使う派」の意見も紹介。「使わない派」からは「ペットみたいに見えちゃう」「こっち(親)の都合じゃないですか、引っ張ったりするのって」「可哀相だなと思う。(子どもの)自由が利かないから」という声が上がっていた。