子育てコラム

悩まない育児 ~その『悩み』に愛はありますか?

2009年10月12日

私が若い頃、お世話になった加藤締三先生の本に、『愛される法則』というものがあります。

本の最後の方に、次のような一節があります。

本来、愛に悩みはない。

欲が消える。

愛することは、待つこと。

花が咲くのを待つ、

夕陽を待つ、

朝陽を待つ、

氷が溶けるのを待つ、

それぞれのことをしながら、

待つ。

これと同じ事を、繰り返し、繰り返し、書いておられるのが、美輪明宏さん。

「愛に悩みはありません。ありのままのその人が生きているだけで幸せだからです」


私も最初読んだ時は、何言ってんだろ、という気持ちでしたが、実際に深い愛の体験をしてみると、その意味がしみじみ実感でき
るようになりました。

『愛』というのは、

「もっとこうしてくれたらいいのに、ああだったらいいのに」

という気持ちとは、本当に無縁のものです。

何というか、その人が、生きて、そこに在るだけで、幸せなんですね。


私は、コラムのネタ探しもかねて、育児相談のサイトや掲示板をよく覗くのですが、時々、不思議に思うことがあります。

「なんで、悩むんだろ?」と。


育児で、疲れる気持ちは分かります。

あー、もーイヤだ、母親なんかやめたーい!! と嘆く気持ちも。


でも、自分の子供が引っ込み思案だから、勉強しないから、落ち着きがないから、癇癪もちだから、

「どうしたらいいんでしょう。どうしたら良くなりますか」

と悩む気持ちは不思議に感じる。


だって、自分の子供じゃないですか。


引っ込み思案だから、勉強しないから、落ち着きがないから、癇癪もちだから、その点が気になるとはいえ、結局のところ、受け入れていく以外に方法なんてないんじゃないか、と私は思うわけです。



引っ込み思案の子を、何がなんでも、明るく積極的な子に改造する必要があるのか。

勉強しない子を、何がなんでも、勉強大好き、百点満点の子に改造する必要があるのか。


確かに、一般の理想像とは大きくかけ離れているかもしれない。

でも、それが、今の「ありのままの姿」なのだから、「こうなって欲しい」「こうあるべき」という気持ちがあまりに高じると、人格の否定にもなりかねません。


「もっと、勉強してくれたらいいのにな」と溜息をつきながらも、「勉強以外で、本人の資質を伸ばせることはないかしら」「何か褒めてやれることはないかしら」と、良い方を目を向ける。

そういう余裕がなければ、「なんで、なんで??」のプレッシャーで、自分も子供も押しつぶしてしまうと思うんですね。


もちろん、悩むお母さんにも立派な理由はある。

このままでは、将来、いろんな事で苦労するかもしれない。

だから、今のうちに、何とかしなければ──!

親として当然の気持ちでしょう。

でも、立ち止まって考えてみて下さい。

自分が「こうあるべき」「こうなって欲しい」と思い描くことは、本当に子供にとってありがたい愛情なのか。
むしろ、そう願うことが、逆に子供を苦しめているのではないか、と。

お母さんだって、旦那さんに、

「もっと料理が上手ならいいのに」
「もっと部屋をお洒落に飾ってくれればいいのに」

そう思われながら一緒に暮らしていても、窮屈でしょう。

まるで自分一人が悪いような、存在してはいけないような、そんな気持ちになって、結婚したことを心底喜べないのではないかと思います。

そうじゃなくて、料理が下手でも、部屋が散らかっていても、

「お前が居てくれるだけで、僕は幸せだよ」

という気持ちで接してもらった方が、より深い幸福感と愛情を感じることができますよね。

親子も一緒だと思います。

「親」というたった一つの居場所、世界中敵だらけとしても、自分が自分らしく居られる安全な場所、それを失ったら、人間というのは、本当の意味で、強く、幸せに、生きて行くことはできないのではないでしょうか。

*

『子供の為に悩み、考える母親』というのは、時として、毒にもなる。

それをちょっと頭の片隅にクリップしておくだけで、ずいぶん違うと思いますよ。

【追記】

上記の、加藤先生や美輪明宏さんの言葉を借りれば、『本来、育児に悩みはない』。

ありのままの、その子が生きて、そこに居るだけで、幸せだから。

疲れたり、投げ出したいと思うことはあっても、「どうしたら、こんな風になってくれるのか」と悩むことはないのです。

口では、イヤだ、疲れたと言いながらも、心底では、やんちゃで、ご飯もろくに食べない息子・娘に満足しているお母さんは幸せです。

「うちの子、こんないいところもあるじゃないか」
と思えるお母さんは、上手に子育てできているのだと思います。

そして、そう思ってもらえる子供は、もっと幸せかもしれません。

子供は、親を悩ませるために生まれてくるんじゃない、悩みを悩みとも思わぬ親に出会いに来るのですから。

「育児は悩んで当たり前」が通っていますが、自分が悩んでいる、悩んで当然と思っていることが実は、独善的なこだわりと願望に過ぎないこともあります。

本当に幸せな子供というのは、親の手を煩わせながらも、どこか許され、可愛いと思ってもらえる子供なのではないでしょうか。

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