22-2 アイデアの対極は『無』~ビジョンを形にしてこそ

2017年9月27日仕事と人生, 創作と芸術, 意匠とデザイン, 生きていくこと

ヴァルターはリズを伴ってポルトフィーノの断崖を訪れる。
前回同様、GeoCADの『リング』と同じ「既視感」を覚え、この感覚は何なのかと自問自答する。

そんな彼に、リズは自らの気概と憤りを語る。

「私が男なら、この海を割り、大地を現わしてみせる」と願うリズに、ヴァルターはぽつりと『リング』のことを口にする。
「絵はない」と偽る彼に、リズは「アイデアの対極にあるものは『無』だ」と説いて聞かせる。

リズの優しい想いに動かされ、いつか『リング』を描いてみせることを約束するが、リズの胸には不安が残る。

[adinserter name=”inyo”]

「いつも海を見る度に思う。あの水の底には何が眠っているんだろう、と。俺も随分、海に潜ったが、世界の大半は水の底だ。それらのものは、目に見えてこの世の役に立つわけじゃない。その多くは、存在すら知られることはないだろう。にもかかわらず、こんなにも何かを感じずにいないのは何故なんだろう──と」
「あなたも同じだからよ。今はただ取り出し方が分からないだけで、あなた自身が一番よく知っているはずだよ。自分が何を内に秘めているか」
「知っていても、能力と手立てが無ければ無理だ。潜水艇の操作を学んで、チームで深海調査に取り組むようなレベルならともかく、漠然と心に広がるような物事は」
「海洋情報ネットワークは? あれはまぐれなの? 私は決してそうは思わない。ノボロスキ社のフィレンツェ部長と険悪になったのも、あなたのアイデアがそれだけ革新的で、情報行政の核心に迫るものだったからよ。だから、フィレンツェ部長も本気で社の利益が損なわれることを恐れたのよ。それほどに骨子のしっかりしたアイデアだった。なおかつ、誰もが共感するような。あなたにも迷いはあるでしょうけど、それも遠からず晴れて、今度こそ最後まで成し遂げられるような気がするわ。少なくとも、私はそう信じてる。そして、パパも。パパが本当にあなたを役立たずと見切っているなら、逆に、あなたに安定した仕事を与えるわ。そこそこに実入りがよくて、敵も味方も作らない無難な業務を」

<中略>

「こんな小さな島社会なのに、あちらとこちらで異なる法律や税制が適応されて、別々の道を辿るのよ。この数ヶ月、いろんな方にお目にかかったけど、本当の意味でアステリア全体の公益について考えている人など数えるほど。誰もが目先の利益ばかり追いかけて、五年後、十年後の社会の在り方など真剣に考えようとしない。これが地位も名もある指導者の考えなのかと思うと、末恐ろしいほど。パールちゃんもあんなに可愛いのに、大人になる頃には、ここの暮らしはまったく違ったものになっているかもしれない。ペネロペ湾の一等地に豪奢な一戸建てを構える身分ならともかく、ポートプレミエルやサマーヴィルの公団で身を寄せ合うようにして暮らしている人々には、自分の子供を独立して住まわせる場所さえない。どこまで安全か分からない水上ハウスを繋ぎ合わせて、一生、洋上に暮らすのよ。何度考えても納得いかないわ。サマーヴィルには新たに学校を作る用地さえ無いのに」
「そうだね」
「ローレンシア島の居住区を拡張する話もあるけれど、食料自給率を高める為にも、今後平地はなるべく牧草地や農耕地に充てたいそうよ。それに工業用地もまだまだ必要だって。一方、ローランド島は岩石ばかりで道路の敷設もままならない。ウェストフィリアに至っては、あまりに気候が過酷で、庶民が暮らすには適さない。海が最後のフロンティアといっても、こうも技術や設備不足では、湾岸を埋め立てるのが精一杯でしょう。結局、どんな施策も一時しのぎに過ぎないと多くの人が言ってるわ。ここはどうなるのだろう、って」
「そうだね」
「いろんな事に目をつぶって、ごまかし、ごまかしでゆけば、何事もそこそこ平穏に運ぶのかもしれない。でも、小さな綻びも時と共に広がるし、気付いた時には取り返しがつかない事態になっている。トリヴィアもそう。安易な雇用政策で、定住地も縁故ももたない一時雇いの層が爆発的に増えて、何とかしましょう、何とかしなければ、と言ってるうちに社会は二分し、救いようのないところまで悪化してしまった。そうなっても、まだ上に立つ人たちは真剣に改める気がない。改革に腰を上げれば、自分たちも煽りを受けて、取り分が少なくなることを知っているからよ。その点、アステリアにはまだ余裕がある。これからどんな風にでも社会を変えてゆける。私にも正しい解決策は分からないけれど、海を隔てた島同士で、いがみ合うことだけは避けたいわ」
「そうだね」
「どうして、みな仲よく分け合うということができないのかしら。困った人に、ほんの少し手を差し伸べるだけで、一が五になり、十がそれ以上になるのに。多くの人は『それが現実』というけれど、そこで開き直っていいのかと思うわ。それが現実としても、その壁を乗り越えようとするのが真の創造性だと思うからよ。私が男なら、この海を割って、大地を現わすわ。それで社会の根幹が変わるなら、人に嘲られることも厭わない。だって、多くの人がそれを必要とするなら、誰かがやらねばならないもの。もちろん、私にはその方策は分からない。でも、いろんな意見を聞くにつけ、そういう可能性も真剣に討議する段階にきているのではないかと思うの。ペネロペ湾のアイデアコンペも有意義だけど、アステリア全体を見据えた企画とはいえない。一向に修復の進まないメアリポートはどうなるのか、工業港の機能拡張は、農耕地の確保は、問題は山積みよ。ペネロペ湾が活気づけば、確かに一つの経済効果をもたらすのでしょうけど、今、私たちが真剣に考えなければならないのは、社会全体の方向性だと思うの。その選択肢の一つに、『海を割る』というアイデアがあっても少しもおかしくないわ。技術的にも裏付けされた魅力的な『絵』があれば、きっと人の心を動かせるはず」
 リズは長い睫毛を瞬き、彼の横顔を見詰めた。
「昨日、オキタ社長と面談したのでしょう? 父が言ってたわ。とても才能のある方だって。私も作品集(ポートフォリオ)に目を通したけど、決して奇をてらった芸人ではなく、見る人を立ち止まらせ、考えさせるものがあるわ。アンビルト・アーキテクトの分野で有名だそうだけど、実作不可能な空想の都市でもいい。アステリアの未来図を描いて欲しい。海を割り、大地を現わして、百万人が豊かに暮らせる都市空間を──」

Product Notes

未来の都市のビジョン。美しいCGは見ていて飽きないですね。

アンビルト・アーキテクト 建築 未来
http://fashionmind.eu/fashion-season-2015-2016/7-signs-of-future-architecture.html

こんなのも奇天烈に感じますが、「アイデアを形にして示す」というのは、こういう事だと思います。

いつか何かの役に立つかもしれないし、新しい形にアレンジされるかもしれない。

大事なのは、とりあえず「形にしてみること」。

作中で彼が躊躇っているのは、世界的建築家のメイヤーに比べたら、自分の絵など小学生レベルのお絵描きだと知っているからです。

でも、それもプロの手を借りれば、美しくブラッシュアップするかもしれません。

何にせよ、腹に持っているだけでは、何の進歩もないのです。

都市設計

都市設計

http://blacklemag.com/design/oceanic-architecture-of-the-future/

こちらはかの有名な Zaha Hadid の作品。海が建物に映えて綺麗です。

Grace on Coronation Brisbane, Australia from Zaha Hadid Architects on Vimeo.

こちらはDavid Fisherの描く未来都市。SFみたいだけども、概念は伝わりますよね。