34-1 巨大建設と建築家の虚偽 心あればこそ

2017年9月27日人と社会, 人を動かす, 公共事業と人間の価値, 創作と芸術, 建築土木と社会

オンラインのプレゼンテーションで高評価を得たヴァルターは、いよいよトリヴィアの本会議に召喚される。
だが、議員の間では依然として『リング』への抵抗も強く、パラディオン推進派のマルムクヴィスト議員は「あんな洗面器みたいな町に住みたい者があるのか」と激しくこれを批判する。

それでもマルムクヴィストは理想論だと反発し、そんなに作りたければ工費を自分で工面しろと突きつける。
彼は「工面すればいいんですね?」と受けて立ち、八兆以上の価値を力説する。

次いで、フランシス・メイヤーが答弁に立ち、『パラディオン』はペネロペ湾のアイデアコンペでも認められた正規の作品だと主張する。
そして、リングはパラディオンの悪質な模倣であり、ヴァルター・フォーゲルはペテン師だと訴えるが、その時、思いがけない声が傍聴席から上がる。

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「リングは悪質な模倣だ」
と言い放った。
「円環のデザインも、海洋都市のコンセプトも、すべてパラディオンの二番煎じに過ぎない。だいたい何の専門教育も受けていない人間が、GeoCADを使って一から製図できる訳がない。どうせ誰かの作品をコピーしたか、仲間が描いたものを自分の作品と言い張ってるのだろう。パラディオンは独創性においても、機能においても唯一無二の作品だ。生かじりの知識を振りかざして、見よう見真似で描画する素人芸とは違う。パラディオンと比較されるのは侮辱でしかない。対案以前の問題だ」
 続いて、ペネロペDCの代表も言う。
「全体構想の公募も、優れたアイデアに贈られるというアル・マクダエル氏の遺産も、ヴァルター・フォーゲル氏とミス・マクダエルが画策した事です。議会も産業界も、あんな荒唐なパフォーマンスを真に受けて、パラディオン計画を反故になさるおつもりですか。どうか冷静に考えて下さい。パラディオンはプロが描き、熟練の技師が最先端の設備を導入して実作します。あんなにわか作りの絵と、まともに施工管理に携わったこともない素人に何が出来るというんです。こんな事は議論するまでもない。それに、パラディオンの予算や概要が区民の要望に則さないというなら、規模を縮小したり、安価な公共住宅を増設したり、いくらでも方策は立てられる。ドラマ仕立てに目を眩ませず、現実重視で検討いただきたい」
「しかし、土木研究所の試算では二十五兆エルクとも言われています。規模を縮小するといっても、パラディオンの魅力を損なうことなく実作するなら、やはり直径五、六キロメートルは必要でしょう。縮小したところで、十数兆の支出になるのは明白ではありませんか」 
 若手議員が率直な意見を述べると、ペネロペDCの代表は軽く頭を振った。
「額面の問題ではありません。パラディオンにはそれだけ支出する価値がある。二重ダムのような、得体の知れないプランとは訳が違う」
「しかし、その価値自体が区民に疑われているのですよ。ここまで不満が噴出して、それでも強行する理由をお聞かせ下さい」
「パラディオンには確実に人を呼ぶ魅力がある。幾何学のように洗練された美観。快適と安全重視の都市計画。海のヴェニスに喩えられるユニークな住空間。トリヴィアでは決して手に入らぬ安楽を数億支払っても買いたい人は引けを取りません。パラディオンには需要がある。それも具体的で、信頼性の高い需要です。二重ダムを構築して内部を干拓したところで、どんな需要が見込めるのです。それこそ絵に描いた餅だ。論ずるまでもない」

<中略>

「では区民投票はどうなるのです」
 今度は別の議員が立ち上がった。
「開発協議会も区の管理委員会も『区民投票で民意を問う』を前提に全体構想の公募に踏み切ったはずです。そして、区民もその公約を記憶している。両院の論議がどうあれ、区民投票は実施すべきではありませんか」
「そうだ、このままパラディオンを強行すれば公約違反だぞ」
「民意を無視するのか」
 他の議員から同様の声が上がった。
 それから何度か激しい応酬が繰り返され、区民投票の是非について論調が高まった時、メイヤーが痺れを切らしたように立ち上がった。
「皆さん。何か勘違いしておられませんか。そもそも全体構想などというのは、パラディオン計画を阻止したいだけの窮策で、ペネロペ湾開発とは全く別物です。区民の意向がどうあれ、ペネロペ湾には既に多額の投資が集まっている。それを反古にしてまでパラディオンを白紙にする理由があるのですか。どうしてもリングを建設したいというなら、パラディオンとは別にやればいい。本人が自前で八兆エルク用意するというのだから、そのようにさせればいいではないですか」
 一部から笑いが起き、「そうとも、本人に八兆エルクを工面させればいい」「大勢の前で啖呵を切ったんだ。公約は遂行すべきだ」と追従の声も聞かれた。
 メイヤーは銀縁眼鏡をくいと指で押し上げると、
「パラディオンこそ真の都市計画です。顧客には満足を、湾岸には繁栄をもたらす。誰が何を掲げようと、リングとは趣旨を異にする。それを同列に考えるから、いつまでたっても議論がまとまらないのです。あえて申し上げるなら、ヴァルター・フォーゲル氏はペテン師ですよ。周知の通り、ロイヤルボーデン社の宣伝用パースをコピーして、それを自作(オリジナル)と称してコンペに出品した。その後、その会社から意匠の盗用を指摘され、示談に応じたのは有名な話です。リングも必ずどこかに原案が存在する。悪質な模倣犯です。お涙頂戴の演出に惑わされないで下さい。彼のやっている事は、ただの反権力であり、憂さ晴らしだ。こんな所にまで押しかけて、わたしの名声を貶めるのに躍起になっている。そんなペテン師の言う事を信じるのですか。だが、わたしは違う。わたしにはその地が本当に必要とするものを一から創造する才能がある。他人の作品をコピーして自作と偽るような似非デザイナーではありません。どうか、わたしに一任していただきたい。わたしなら、確実に成功に導くことができます」

Product Notes

本作で繰り返される『海を割って、大地を現わす』の元ネタはこちら↓ モーセの『十戒』、紅海の場面です。
子供の頃、TVロードショーで見て、圧巻だったので。それに強引にツァラトゥストラやニーベルングの指輪が結びついた感じです^^;

近年では『エクソダス』という映画でも紅海の場面が描かれました。
実際には、海が割れたのではなく、地学的な現象で(?)浅瀬になった所を歩いて渡ったと言われています。本当のところ、どうだったのかは神のみぞ知るです。

紅海の脱出の経緯は『出エジプト記』に詳細に描かれています。