16-5 宇宙人コードと海底火山 

2017年9月10日海について, 自然と科学

ヴァルターと新米パイロットのユーリ、オーシャン・リサーチ社の研究者ノヴァクは第一回目の潜航に挑む。
調査対象であるメテオラ海丘は、北冠状造山帯の最西端、マグナマテル火山から三三三キロメートル離れた沖合に位置し、水飴を左右に引き延ばしたような歪な形状をしている。頂上には巨大なU字型のカルデラを有し、海丘全体の大きさは東西二六キロメートル×南北八キロメートルに及ぶ。

三十六年前にカルデラ底で撮影された「ドーム」と呼ばれる、直径一メートルの開口部を持つ、不思議な高まりだ。
開口部の奥からは勢いよく冷水が湧き出し、その内部にはバクテリアマットらしきものが繁殖している。
だが、深海の探査は容易ではない。

いまだ「ドーム」の写真と開発公社に対する不信は否めない彼らは、俗に「宇宙人コード」と呼ばれる「土着生物保護法」について語り合う。

緊張の面持ちで操縦桿を握るユーリを励ましながら、彼らは目標地点に到達する。
手順に従って目視やサンプリングを行い、無事にミッションを終える。

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 彼が苦々しい思いで自身のタブレット端末で四枚の写真を改めて眺めていると、
「君はあのドームをどう思う? 地底から水が湧き出して、バクテリアの巣になっているようだが」
とノヴァクが聞いた。
「あれと似たような熱水噴出孔や冷水湧出帯はステラマリスでもよく目にしました。でも、あれほど毛足の長いものは初めてです」
「確かにな。まるでイソギンチャクかミミズの巣みたいだ。アステリアは今まで一度も宇宙開発法に触れなかったのかい? 俗に言う『宇宙人コード』だ」
 ノヴァクは宇宙開発法で厳しく定められている『土着生物保護法』のことを口にした。
 今ではステラマリス以外の惑星や衛星でナノスケールの原始生物が見つかることは珍しくない。
 だからといって、ナノスケールの生命を発見する度に工事をストップしていたら、数兆とも数十兆とも言われる開発費が宙に浮く。
 ゆえに曖昧な線引きで「保護すべき対象」とそうでない生物種に区分けし、「保護すべき対象」に選ばれたものはラボラトリで厳重に保管され、場合によっては、開発予定区一帯が立ち入り禁止になることもある。
 一方、無視された種はブルドーザーの下敷きだ。
 それが数十億年かけて独自の進化を遂げる可能性があったとしても、産業活動が優先される。
 ある意味、「人類の究極のエゴイズム」と言ってもいい。
 何をもって生命とし、何をもって保護の対象とするか、いまだに万人が納得するような根拠はない。その時々の権威者が科学的判断を下し、その解釈も開発業者の意向で大きく変わる。
 一方的に線引きされた生命は宇宙の片隅で淘汰され、二度と再び本来の姿に戻ることはないだろう。
「もし、アステリアの熱水噴出孔にも生物圏が見つかったらどうする?」
 ノヴァクがシニカルに笑った。
「宇宙人コードで全ての産業活動に待ったがかかるな。開発側にとって恐怖の瞬間だ」
 科学の発達に伴い、それまで生命の存続は絶対不可能と考えられてきた、超高温、超高圧、高酸性などの過酷な環境でも生育する細菌や単細胞生物――いわゆる「極限環境微生物」は数多く発見されてきた。
 深海でも、水深一万メートルの超水圧の海底や、摂氏数百度の熱水噴出孔といった、想像を絶するような環境で、チューブワームや目のないエビなどユニークな生物が独自の進化を遂げている。
 そして、アステリアの本格的な海洋調査はまだ始まったばかりだ。全海域をくまなく探せば、いずれ土着生物に出会うこともあるだろう。
 その時、開発公社や政府はどのような態度に出るのか。「自然と科学を愛する人にはウェストフィリアも真の姿を見せてくれる」というダナ・マクダエルの言葉が思い出される。

<中略>

 操縦席のユーリは現在位置を示す小さなパネルを覗きながら、あたふたとコンソールを動かし、「もう少し、って、どれぐらいですか? 五度ですか、十度ですか?」と生真面目に繰り返す。
「そこまで厳密に調整しなくても、二十メートル内の誤差でアプローチできれば上出来だよ。どのみちターゲット周辺の観察は必須だし、『何か』が見つかれば、そちらを優先することになる。そういう臨機応変が有人調査の醍醐味だ。実際その場に潜れば、海底の様相が必ずしも理屈通りではないことも分かってくる。ターゲットに直進するだけが目的じゃない」
「その通りだね」
 ノヴァクが相槌を打った。
「僕も実際に潜るのは初めてだが、船上のオペレーションルームでモニター越しに見るのと全く違う。何が一番異なるかといえば、質感だ。こうして窓の外を見ているだけでも、底面に転がっている岩の重みや堆積物の厚さが目に迫ってくる。三次元シアターで海中散歩を疑似体験するのと、自分で実際に珊瑚礁にダイビングするのと、全く異なるようにね」

<中略>

 そうして目標ポイントであるカルデラ直下まで来ると、泥の堆積物が次第に減少し、黒っぽい岩盤が斜めに露出し始めた。三十六年前の調査では「カルデラ底から一〇メートルほど上がったところ」という話だが、あの写真に写っていた黒い岩盤はそのまま残っているのだろう。陸上の温泉や間欠泉のように、岩盤の一部が何らかの力によって開口し、内側から熱水が噴き出すようになっても不思議はない。だが、白いもろもろや、孔の周囲の白い変色が何であるかは、実際にサンプルを採取してみなければ解明のしようがない。また、噴き出す熱水の温度も成分も写真だけでは推測のしようがなく、なぜ、その時点で僅かでもサンプル採取や温度計測などをしなかったのか、理解に苦しむ。
 さらにハイビジョンや音響カメラの映像などを通して周囲を観察すると、辺りには数センチから数十センチの礫岩が大量に転がり、写真が撮影された状況とはまったく異なっている。
 プロテウスの周辺だけでなく、一〇メートル進み、二〇メートル進み、折り返して、もう少し上の辺りも見てみるが、やはり辺り一面、砕石場みたいに黒い礫岩で埋まっていた。
「これではドームなど見つけようがない」
 ノヴァクが溜息まじりに言った。
「一ヶ月で消失した、というより、埋まったんだろう。三十六年の歳月の間に何度も何度もカルデラ壁の崩落を繰り返して、ここまで埋まったように思う。だが、それなら三十六年前の二度目の調査で外観の変化に気付くはずだ。本当に同じポイントに無人機を降下したのか、それとも『消失』と『埋まる』の違いが分からなかったのか。何にせよ、杜撰だな。サンプリングも計測も行わず、目視だけで終わるとは。あるいは多くのデータを取得しながら、企業機密を理由に秘匿してきたのか。なんにせよ、こちらには何が目的なのか、さっぱり分からない。これではまるで『あの火災現場がどうなったか、見てきてちょうだい』レベルの話じゃないか。たったそれだけの為にプロテウスで潜航を? 開発公社も随分羽振りがいい」

<中略>

 耐圧殻のモニターには、年開けにSEATECHが作成した立体地形図が映し出され、その中にプロテウスの現在位置が赤いマークで表示される。
 とはいえ、厳密な位置関係を示しているわけではなく、自船の位置を知らせるソナーの音波が複雑な地形で二重三重に反響すれば正確に把握できないし、受信側の船舶が波や風で大きく揺れたり、定位置からずれれば、それも計算誤差の原因になる。
 また、SEATECHの地図も一メートル単位のグリッドで抽出されている為、およその地形しか掴めない。
 深海で自身の位置を見失い、また船上からも追跡できないのが一番プレッシャーだ。浮上できても、支援船に見つけてもらえなければ、迷子のブイみたいに何時間も大洋に漂うことになる。幸い、彼には迷子の経験はないけれど。
 そうして二、三分も経った頃、水中電話のスピーカーから「おい、どっちに行く気だ、進路がほとんど南に向いてるじゃないか。西だろ、西!」とフーリエの声が聞こえてきた。
 ノヴァクとすっかり話し込んでいたヴァルターは慌てて身体を起こし、ユーリの横に肩を並べて計器を確認した。
 なるほど、プロテウスは方向感覚を無くした駒のように蛇行しながら、カルデラ壁とは反対方向に向かっている。
「初歩的な操舵ミスだよ、おい、大丈夫か?」
 ユーリの顔を覗き込むと、
「少し疲れてきました。自分がどこを航行しているのか、まったく掴みようがなくて……」
と半分ぽかんとした顔で答える。
「みんな、そうだよ。こんな狭い耐圧殻に閉じ込められて、真っ暗な水の中を潜航してたら、まともな方向感覚を無くす。そういう時は、こまめに上に呼びかけて、誘導してもらうんだ。不安なら『不安』と正直に伝える。パニックに陥るより、ずっといい」

<中略>

 ノヴァクが丁寧に説明していると、
「気泡だ」
 ヴァルターが覗き窓に顔を近づけた。
「もう少し船首を右に向けて、三メートルほど前に進んでくれないか」
 ユーリが言われた通りにプロテウスを移動すると、今度は三人の目の前で一センチほどの気泡が連続して泡立った。
 気泡が生じているのは、シルトの盛り上がりの中央に形成された拳大の凹みからだ。まるで熱帯魚の水槽のエアポンプみたいに小さな気泡が断続的に噴き出している。
「あれはガスですか……それとも何か、他の……」
 ユーリが覗き窓に顔をくっつけるようにして尋ねると、
「このメテオラ海丘が生きている証拠だ」とノヴァクが言った。「ガスの成分は詳しく調べてみないと分からないが、地底にマグマ溜まりがあって、地層全体が熱せられているんだよ。地上の火山でも、岩の割れ目から水蒸気や硫黄ガスが噴出している箇所があるだろう。海底ではそれが気泡となって現れる。ガスが発生する機序は同じだよ。気泡は採取できるかい?」
「やってみます」
 ユーリがマニピュレーターを操作し、片方に柄の長い取っ手、片方が蓋付きの開口部になった直径十センチほどの透明なガラスの筒を気泡の立っている箇所に近づけた。取っ手を引くと蓋が閉まり、気泡の成分をガラスの筒の中に閉じ込めることができる。
 だが、泥のように柔らかいシルトの凹みにガラスの筒を突き立てても、気泡が筒の外に漏れて、なかなか上手く採取できない。
「そういう時は、ガラスの筒を突き立てたまま、左右に振って周囲の堆積物を崩すんだ。栓が抜けたみたいに泡が噴き出すことがある」
「左右に……ですか……」
 ユーリはその動作がイメージできないように首を傾げる。
「俺が替わろうか」
 彼はユーリからマニピュレーターのコンソールを受け取ると、水中カメラのモニターを見ながら、ガラス筒を堆積物の中に深く突き立てた。それから棒で砂山を掻き回すような要領で、多少荒っぽくガラスの筒を左右に揺らすと、噴出孔を塞いでいた堆積物が一時的に取り除かれ、ビール栓が抜けたように気泡がボコボコと勢いよく立ち始める。それを素早くガラス筒でキャッチして、十五秒ほど筒を下向きに維持する。気泡が十分に集まったら、それを逃さないよう、下向きの状態でゆっくり堆積物から引き抜き、もう片方のマニピュレーターで速やかに取っ手を引いて、蓋をする。

<中略>

「なんだか、あっという間でしたね」
 搭乗前の不安と打って変わって、名残惜しそうにつぶやく。
「結局、めぼしいものは何も見つかりませんでしたけど、こんなので良かったのでしょうか」
「どんな調査にも価値があるよ」
 ノヴァクが答えた。
「あんな気泡一つにしても、メテオラ海丘の全容を解く鍵に違いないし、何年も経ってから『あれは、こういう意味だったのか』と明らかになることもある。どんなデータが有用で、どんなデータが決め手となるか、一日を見ただけでは分からない」
「熱水噴出孔や、チムニーや、学術的に興味深いものって、割と簡単に見つかるものですか?」
「それは微妙な質問だな。ヴァルター、君はどう思う?」
 ノヴァクが彼に質問を振ると、彼はプロテウスのパイロットとして務めた日々を振り返り、
「昔に比べればヒットする確率は高いと思う。事前調査の段階で、かなり正確に場所を絞り込めるようになったからね。それに、この辺りは地殻活動が活発で、噴火や地震も頻発してる。アステリアの全ての海水が干上がれば、あそこにも、ここにも、と、興味深い発見がたくさんあるだろう。だが、ここは海底だ。カルデラの形状を一つ調べるにも調査船を派遣して、大層な装置を幾つも使わねばならん。そして、多くの場合、人間の目で確認できるのは全体のごく一部だ。それがどんな形をして、どんな風に活動しているか、音響や磁気や温度などのデジタルデータを加工した3D画像やグラフで推測するしかない。地上の火山なら十キロ先からでもよく見えるし、無人航空機で写真撮影したり、観測衛星でリアルタイムに噴火の様子を分析したり、肉眼で容易に観察できるけどもね。たとえ、この深海にグランドキャニオンやテーブルマウンテンのような素晴らしい自然の造形があったとしても、人間の目で一望することはできないし、存在にすら気付かないかもしれない」

Product Notes

こちらはウッズホール海洋研究所の「Alvin」。
潜水艇によってコクピットの仕様は異なりますが、狭いのは確かです^^;
耐圧殻

中の人。みな楽しそう。
耐圧殻
Photo : https://goo.gl/RFmLLS

こちらは海底火山の噴火の模様。煙も舞い上がるけれど、溶岩が途中で押し潰されたようになるのが地上と異なる。水圧と低い水温により、溶岩も瞬く間に冷えて固まってしまう。

こうして新しい島が作られたり、海底地形が変わったり。海の底も非常にダイナミックです。

こちらはサンフランシスコから300キロメートル離れた海底に見られる海山列。それぞれに火口が馬蹄のように引き延ばされているのがユニーク。
海山

海山
Photo : http://www.mbari.org/near-ridge-seamounts/

こちらはアメリカの海洋大気庁NOAAのフォトギャラリーより。海底の山並み。綺麗ですね。

cgs00873

深海の不思議な生き物。ちょい気持ち悪い^^;
expn4573

深海の珊瑚類。気持ち悪い。
expl7471

深海のカイメン類。気持ち悪い。
expl6627

なんで、こんなものが生息しているのか、意味不明。
expn4424

ウォールのPhoto : http://joidesresolution.org/node/1679