14-4 潜航調査の実況の意義「面白くないこと」の先にあるもの

2017年9月10日人と社会, 人間というもの, 子供と教育

ヴァルターはオリアナに海洋調査に協力すると返事し、条件である「潜航調査の実況」について念を押す。
だが、オリアナは非常識だと一蹴し、まるで聞く耳を持たない。
自分たちが不幸になったのはマクダエル一家のせいだと怨念をつのらせ、彼の助言も嘲弄する。

経緯を聞かされたゾーイは、彼女の言い分にも一理あるとしながらも、最後には実況したい彼の気持ちを理解する。
「なぜ、そこまで拘るの?」という問いかけにヴァルターは答える。

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「あなたって、本当に世間知らずね。陰で笑い物にするだけならともかく、本気で潰しにかかる人間だっているのよ。人ひとりが破滅する様を見て、心を痛めるどころか、よくぞ消えてくれたと手を叩いて喜ぶ、本物の悪党。あなたの立派な正義も、あの人たちにとってはただの雑音、あなたが顔を真っ赤にして叫べば叫ぶほど、馬鹿な奴だと嘲笑うだけよ」
「だが、それもマスになれば、黙殺できなくなる」
「どういう意味」
「俺の故郷の話だ。住民の合意もなしに臨海都市の建設が行われることになった。基礎工事が始まって、ボランティアが何年もかけて植樹した所を数台の重機が掘り返そうとした時、それまで静観していた人までプラカードを持って駆けつけた。さすがにオペレーターも作業を続けられなくなり、工事も中断した。それを有名ジャーナリストが取り上げたことで再び世論が動き、ついに臨海都市計画そのものが覆った。大勢が団結すれば強い流れも変えられる。いくらマイニング社が大企業でも、鉱区の労働者が一斉にストライキを起こせば、ファーラー社長だって大上段に構えておれないだろう」
「あなた、左巻きの社会運動家なの?」
「そうじゃない。誰もが心の奥底では識ってるんだ。何が大切で、何が間違いかを。世の中は醒めた人間ばかりじゃない。声に出して主張しないだけで、心の奥底では、正しいこと、美しいことを求めている。そうでなければ、映画や偉人伝やサッカーのファインプレーに心を動かされたりしない。いつか、そうした大衆の善心が世の中を動かすようになる。今、誰も異議を唱えないからといって、十年後、二十年後も、誰も抗わないと思ったら大間違いだ。どんな栄華にも終わりは来る」
「だからって、あなたが広報したぐらいで開発計画はびくともしないわよ」
「俺は計画自体を非難するつもりはない。まだ始まってもいないし、新たな財源にしたい地元の期待もある。ただ海洋調査の実際を伝えて、とりわけ、ここで生まれ育った世代に海の科学や可能性を知ってもらいたいだけだ」

<中略>

「ね、どうして、そこまで実況にこだわるの。ウェストフィリアに関する広報ならともかく、潜航調査の実況なんて、誰も興味を示さないわよ」
「どうして」
「だって、真っ暗なんでしょう。水族館みたいに色んな魚が泳いでるわけでもない。『ハイ、ただいま水深一〇〇〇メートルです、窓の外は真っ暗です。タコもイルカも何もいません』、そんなこと延々と聞かされて、視聴者が手を叩いて喜ぶと思う? 人喰い鮫でも登場するならともかく、夜闇みたいな深海を何時間も見せられても退屈なだけだよ」
「何も無いことはないよ」
「じゃあ、真っ黒な水以外に何があるの? 私、一度だけシュノーケルで磯場に潜ったことがあるけど、岩がごろごろしてるだけで、何も無かったわよ」
「それは君が岩しか見てないからだよ」
「どういう意味」
「全てのものには理由がある。そこに存在する理由がね。岩一つといえど、生成するのに何百万年、何千万年の時間がかかる」
「言いたい事は分かるけど、一般人には面白くも何ともないわよ」
「そうかな」

<中略>

「ゾーイ」と彼がパーティションの向こうから声をかけた。
「なに?」
 ゾーイが自身のモニターを見つめたまま生返事をすると、
「俺が潜航調査を実況したいのは、君が二言目には『面白くない』と言うからだよ」
「どういうこと?」
「君は海のことをよく知ろうともせず、『面白くない』と切って捨てる。『面白くないこと』の先は見ようとしない」
「それを私に知らしめるために、わざわざ実況を企画するわけ? 関係者にけんもほろろに断られても?」
「そうだよ」
「冗談でしょう」
「本気だよ」
「どうしてなの?」
「君は前に言ってたな。どんなに一所懸命に生きても、自分は決して日の当たる場所で栄光に浴することはない。幸せではない人間にとって、生命がどうだの、生きる価値がどうだの、そんなことはどうでもいい、と。でも、価値観も揺るがすようなものを目にしたら、多少は見方が変わらないか」
「それと深海調査にどんな関係が?」
「深海の生き物を見れば分かる。意味が無くても、名無しでも、その存在に未だ気付かれなくても、みんな生きてる」

Product Notes

今は、本当にいい時代になりました。
私が資料集めを始めた頃は、YouTubeはおろか、インターネットさえ普及してなくて、こんな映像、目にする機会もなかったですから。

こちらは深海調査の歴史から紹介しています。

Photo : https://www.whoi.edu/oceanus/feature/newest-alvin-pilot-comes-aboard