14-3 社会の航路を描く・未来のビジョン

2017年9月7日人と社会, 人を動かす, 社会の基盤と構築, 経営とリーダーシップ

開発公社から深海調査のオファーを受けたが、社会的影響を思い、協力すべきか、無視すべきか、ヴァルターは迷う。
そんな折り、アルから久しぶりに電話を受け、二つの正義の間で揺れる自身の不安を打ち明ける。
アルは社会の指針を示すビジョンの大切さを説く。

アルは、「正しい航路を描くことと、実際に船で進むことはまったく別だ」と説いて聞かせる。

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「皆それぞれに自分の立ち位置で、必死で何かを築こうとする気概は感じる。反面、社会全体を見据えるような視点に欠けて、寄木細工のような脆さを感じる。アステリアには、人々を一つに結ぶ理念が必要だ。One Heart, One Ocean。それが俺の考える標語だ。それを一般に伝えるウェブサイトが『オーシャン・ポータル』で、実社会に用いるツールが『海洋情報ネットワーク』だ」
「自分でそのアイデアをどう思う?」
「無意味に感じる人もあるかもしれないが、俺は必要だと確信している。だが、対岸には違う価値観があり、その言い分にも一理ある。その隔たりを越えて、どうアプローチすればいいのか分からない。現実には『自由』も『調和』も絵空事のように思えて」
「なぜ、絵空事と決めつける?」
「それを求めない人もいるからだ。ウェストフィリアにしても、開発公社の不透明さを問題視しているのは一部だけで、他はおこぼれに預かるのを期待しているかもしれない。社会の合意や利益の還元といった建前は二の次で、経済が潤いさえすればいい。それが大多数の願望だとしたら、俺の提言など綺麗事でしかない。まるで大洋のど真ん中で一人で叫ぶようなものだ」
「綺麗事でも社会のビジョンは必要だろう。お前は再建コンペで何を描いた? 住民に支持されたのは、建築学的に正しいデザインだからか?」
「まさか。『緑の堤防』は元住民の願いを象ったものだ。皆の希望を形にしたら、ああいう図になった」
「では、ビジョンも同じだろう。『緑の堤防』も対岸から見れば時代後れなアイデアかもしれない。だが、大勢がそれを求めるなら、未来のビジョンとして説得力をもつ。アステリアも同じだ。あるべき未来の姿を示すのに、そこまで現実におもねる必要があるか? 現実は現実だ。時代に応じて変化もするが、理念は不変だ。頭上に輝く太陽と同じだよ。統治者が変わろうと、一国が滅亡しようと、変わらぬ光を投げ続ける。実際、わしの祖父が提唱したMIGの理念は八十年以上経っても未だに色褪せない。古くさいと笑う者などないよ。実際にそれが永遠の真理だからな」
「理屈は分かるが、そこまで人を惹きつけられるかな。なにせ規模も大きいし、金もかかる」
「お前もずいぶん情けないことを言うね。再建コンペの時はもっと勢いがあっただろう」
「それは目標が分かりやすかったからだ。住民の多くがそれを望んでいるという確信もあった。でも、ここは違う。いろんな利害が絡み合い、それぞれが、それぞれの立ち位置で生き残りをかけている。何が正しくて、何が間違いなのか、現実を知れば知るほど分からなくなる」
「だからといって、それぞれが好き勝手な方を向いて、己の利益だけ追求すればよいというものでもなかろう。お前は航路を決めるのに海図も参照せず、その場その場の風向きだけで舵を切るか? 誰かが文句を言えば西に進路を変え、不安になれば東に戻す。だが、そんな調子で目的地に辿り着けるのか? ビジョンは航路だ。正しい航路を描く事と、実際に船で進む事はまったく別だろう」

<中略>

「正しさとは難しいものだよ」
アルはしみじみ言った。
「考えが正しいからといって、必ずしも人が付いてくるわけではないし、正しければ報われるというものでもない。『盗むな、殺すな』という話なら明快だが、『事業を拡張するか否か』という話になれば答えは幾千とある。まして社会の方向を定めるとなれば、現状を維持したい者、変化を求める者、それこそ千差万別だ。その一つ一つに頷いていては、到底舵取りなど不可能だし、時には正答が得られる前に行動しなければならないこともある。だからこそ、大勢に納得させられるだけの根拠と希望と人間的な魅力が必要なんだ。正しかろうが、間違いだろうが、これと信じたら確かな口調で語れ。口先でごにょごにょ言っても、誰も耳を傾けない」
「それは分かるよ」
「今のお前には、大洋のど真ん中で一人で叫んでいるように感じるかもしれないが、誰も何も言い出さないからといって、何も考えてないわけでは決してない。どんな意見が交わされようと、心の底では何が正しくて、何を為すべきか、たいていの人間は識っている。言葉でも、イメージでも、確かなビジョンを示せば、個々の迷いも晴れて、心も動き出す。そして、それが現場の力になる。どんなに素晴らしいアイデアも、じっと腹の中に持っていても、世界は一ミリたりと動かない。まずは自身の航路を明確にすること、そして、形にして示すこと。最初の一歩はいつでも自分との戦いだ」

Product Notes

全然関係のない話ですが、コロンブスのアメリカ上陸を描いた映画『1492 Conquest of Paradise』も興味深い作品です。
昔の大航海は本当に命がけ、不安にかられた船員が暴動を起こし、コロンブスが「あと3日で陸地が見つからなかったら引き返す」と説き伏せて、その三日後に本当に上陸が叶った・・というのは有名なエピソードです。

その後の歴史の陰惨さは筆舌に尽くしがたいですが。

このテーマソングはCMやTV番組で一度は耳にした方が多いのではないでしょうか。

次に人類が似たような経験をするとしたら、それは外惑星に行く時でしょう。

誰が一番にその船に乗るかは分かりませんが、これも命がけの航海になることは確かです。

Photo : http://lava360.com/30-breathtaking-future-city-concept-art/