21-4 社会の破滅と悪魔の思惑

2017年9月27日人と社会, 人間というもの, 産業と社会

公聴会の答弁が原因で、ウェストフィリア開発公社の探査が国際宇宙開発機構の監視下に置かれると、ファーラーはヴァルターへの憎悪をつのらせる。
だが、レイモンはどこ吹く風、第二、第三の手を画策する。

レイモンはアルに最も近い親族でありながら、悪魔のように冷徹で、金の力で人間と社会を翻弄する。

ヴァルターを「口の立つ忠犬」と揶揄し、「負け犬には餌をやろう」と、マクダエル一家の信頼関係を壊すことを画策する。

一方、アルは病に伏せり、リズは父の病状を案じる。

これまでの功績や年齢を思い、一日も早く後進に任せて、のんびり余生を過ごして欲しいと願うが、病床のアルはなおアステリアの未来を憂う。

リズは、こんな時こそ彼を信頼し、意志を託すよう促すが、アルは「誰かの為では駄目なのだ」と、あくまで彼自身で選び取ることを期待する。

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 ウェストフィリア開発公社は、他に先駆けて、宇宙開発機構の調査委員会から回答書を受け取った。だが、内容は予想していたほど厳格ではない。今後一年、今後一年、宇宙開発機構から派遣された専門家が開発事業に立ち会い、データの一部は内外の研究機関やオンブズマンと共有される。併せてローランド島に宇宙開発機構の支局を開設し、トリヴィア政府を介さず、直接、監察や指導を行うとのことだ。それだけならば、事業に直接支障をきたすことはなく、上手く取り込めば、多少の不都合にも目をつぶらせることができる。
 問題は、組織や経営体制はもちろん、事業計画、財務、資材の調達から末端の労働環境まで、逐一、監査の対象となることだ。その規定の細かさは「植民が始まった未開地の管理レベル」に匹敵する。既に経済自治区として政治も福祉も十分に機能し、観光客も呼べるほどになっているアステリアで、これほどの規定を求められることは、事実上「監視」に他ならない。見ようによっては、「信用ならぬ」とリマークされたも同然で、名だたる大企業が合同する公社にしては、非常に恥ずかしい処遇とも言えた。
 一方、ティターン海台の採鉱プラットフォームは、三十年に及ぶ海洋調査の実績と法令遵守が評価され、年一回の立ち入り調査とレポート提出だけで済んでいる。
 事業内容のみならず、社会的信用においても差を付けられたことにファーラーが怒りを露わにすると、レイモンはワイングラスを傾けながら「時を待ちなさい」と言った。
「皇帝も、聖人も、天寿には勝てません。どんな人間もいつかは衰え、死んでいく。あなたは若くて体力がある分、あの姉弟よりはるかに分がある。遠からず、チャンスは廻ってきます。あなたはただ、時が過ぎ去るのを黙って見ておればいいのです」

<中略>

「今、こうしている間にも、第二、第三の勢力が虎視眈々と既存社会の瓦解を狙っている。ペネロペ湾の南側で進んでいたサンシャイン・タウン計画を覚えているか。湾の南側に開けた約十五万平方メートルの裸地を庶民向けの住宅地に当てようと、区の土地開発部で準備を進めていた。順調に運べば、再来年の春には造成工事に着手できる見通しだった。だが、最近になって、このエリアの臨海側までモノレールを延長する計画が浮上した。まったく必要性のない新駅の計画だ。それを見込んで周辺の土地を買い占め、意図的に土地価を吊り上げた者がいる。その結果、区の財力では到底工事できぬほどの高値になり、裸地は五つのエリアに分割され、複数の業者に転売された。転売が完了した途端、新駅の計画は白紙撤回され、もはや一つに統合することはない。五つのエリアは、コンドミニアム、高級分譲住宅地、オフィスや商業施設に利用されるそうだ」
「そんな……」
「まるでハゲタカだ。トリヴィアの属領で、区政に強い権限や財力が無いのをいいことに、巧みに土地を買収、転売し、巨額の利益を得ている。条件のいい場所は庶民の手の届かぬ高値にし、トリヴィアやネンブロットの富裕層を呼び込むためだ。アステリアには経済特区ゆえに様々な優遇制度がある。新規事業者には心強い反面、蛇には抜け道だらけだ。ペネロペ湾を中心に蛇の巣ができれば、次に何が起こるか容易に想像がつくだろう。トリヴィアと同じだ。一部の特権階級と富裕層が全てを牛耳り、政治、経済、文化、科学、あらゆるものを支配するようになる。後から力の弱いものがいくら叫んでも、ひとたび固定された社会構造は簡単には変わらない。アステリアのように小規模な社会ではひとたまりもないよ。こんなことなら、ローランド島の開発を急ぐのではなかった。あと十年、着手が遅かったら、その間に区政の基礎固めをし、自治権を強めて、監視の目も行き届いたかもしれない。これではまるでトリヴィアやネンブロットの二の舞だ。若芽は潰され、科学も捩じ曲げられ、連中の食い物にされる」
「でも、それはパパのせいじゃないわ。パパが身体を張って理想を体現すればこそ、良き有志が集まってきたのよ。まだ社会の良心は失われてはいない。明確な指針があれば、未来は必ず変えられるわ」
「社会はそう簡単には変わらないよ。良心の抵抗より、一つの狂った権力の方がはるかに兄弟だ。ましてアステリアは小さい。一度、背骨を掴まれたら、簡単には抜け出せなくなる。そうなれば、一番苦しむのは誰だ。ゼロから事業を立ち上げて、ようやくここまできた中小の経営者や、仕事と安全を求めて移り住んだ一般人、ここでなら存分に腕を振るえると希望をもってきた若い人たちだろう。いずれ向こうも動くと予期していたが、これほど急速に仕掛けるとは思わなかった。裏で手引きしている者がいる。時には味方、時には追従を演じながら、投機を煽り、儲け話を持ちかけ、力と力を結びつけて、アステリアが壊れるのを外から眺めて愉しんでいる。まさに悪魔だ。同じ残虐でも、ドミニク・ファーラーの方がまだ分かりやすい」

Product Notes

古今東西の神話や宗教に登場する『悪魔』。

その種類も凶悪・残忍なのから、イタズラ・レベルの地下の精霊まで、実に様々。

昔の人はそれだけ想像豊かであり、「悪」を通して、「善」を為そうと強く意識していたのかもしれません。

西洋美術を愉しむなら、キリスト教の理解は必須。

あのエピソードや小道具にはこんな意味があったのだと分かると、絵の印象もいっそう深まります。

これも一見、マンガ本みたいですが、美術書の専門が編纂しているだけあって、中身は手堅く、キリスト教をはじめとする、様々な宗教知識が織り込まれています。(私ももってる)