35-1 神々の黄昏と黄金の指輪 ~遺産の使い途

2017年9月27日人と社会, 公共事業と人間の価値, 社会の基盤と構築

メイヤーの盗作騒動とアル・マクダエルの遺書公開の後、再びトリヴィア政府の両院本会議が開かれ、ヴァルターは再び答弁に立つ。
「何を惑うことがあるのです。すべて予定通りでいいんですよ。これはペテンです」と主張するマルムクヴィスト議員に対し、ヴァルターはワーグナーのオペラ『ニーベルングの指輪』を引き合いに出し、リング・プロジェクトやアル・マクダエルの遺産が決して私利私欲ではないことを強調する。

いっそう、混沌とする中、ついに大物議員のマティス・ヴェルハーレンが発言する。

マティスはいまだ懐疑的な姿勢をとりながらも、ヴァルターの志とアル・マクダエルの判断に理解を示し、「段階的に認可してはどうか」と提案する。

ウェブ版はここで終わりです。お疲れさまでした(^^)

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「しかし、『リング』はどうするんだ」
 別の議員が遮ると、マルムクヴィストは老いたキリンのような体躯を大きく反らせ、
「これはまったくのペテンですよ」
と言い切った。 
「全体構想の公募といい、アル・マクダエル氏の遺書公開といい、何もかもが胡散臭い。確かにヴァルター・フォーゲル氏の話は感動的だし、百歩譲ってリングが氏のオリジナルとしても、実際的かと問われれば断じて否だ。感動と現実の開発案は分けて考えるべきです」
「では、パラディオンへの反対意見ばかりでなく、リングを支持する声まで無視するつもりですか」
「無視ではなく、無謀だと言ってるのです。区民はお涙頂戴のドラマに惑わされて、物事を正しく見ようとしない。そもそも、今頃になってアル・マクダエル氏の遺産が八兆エルクも贈られるなど、おかしいではありませんか。何もかもお膳立てされた中でのパラディオン潰しとしか思えない。この際、正直に答えてもらいたい。本気で八兆エルクをリングに投じ、自分は一銭も受け取らないというのか」
 マルムクヴィストは鋭い口調で問い詰めたが、彼は何時もと同じ平静な口調で返した。
「それが故人の遺志ですから、尊重するのが当然です。何度も申し上げているように、俺は決して私利私欲が目的でリング・プロジェクトを立ち上げたのではありません。それが大勢の希望となり、社会の礎となることを願えばこそです。金儲けや遺産相続が目当てなら、こんな回りくどい方策は採りません」
「だが、八兆だぞ、八兆! 島が丸ごと買える値段だ」
「その通りです。だからリングを建設するのです。あなたはもう一つの『リング』をご存じですか。『ニーベルングの指輪』です。ジークフリートは権力の指輪を独り占めしようとして、義兄であるハーゲンに背中を槍で突かれて殺されました。本来の持ち主であるラインの乙女に指輪を返せば、ジークフリートは命を落とさず、神々が滅ぶこともなかったと、俺の父親がいつも言ってました。だから俺もアル・マクダエル氏の遺産を独り占めはしない。人々が幸せに暮らす指輪(リング)にして返すつもりです。その為の贈与です」

<中略>

「それほどの覚悟がなければ、何事も成せませんよ、マルムクヴィストさん。公の事業は私利が絡めばそれで終わりです。『神々の黄昏』と同じでね。どうぞ、皆さんもご一考下さい。今すぐリング・プロジェクトの全てを承認せよとは申しません。まずは建設予定海域の基礎調査とシミュレーションや縮小モデルを用いた実証実験、基礎設計だけでも着手させて頂けませんか。それで一つずつ安全性や経済性を確認し、段階的に計画を進めてゆく。途中で不可能と分かれば、それ以上の無理はしません。そして、得られたデータや実験結果、技術上の気付きなどは広く共有し、将来に役立てる心づもりです。必要とあらば、産学官民からなるプロジェクトチームを新たに組み直しても構いません。その上で、区民投票だけでも実施して頂けませんか。それで民意が得られなければ、俺も諦めます」
「そんな適当な話が受入れられるものか。君にいったい、どんな能力やキャリアがあるというんだ。八兆エルクもの巨大プロジェクトをどうやって采配するつもりだ、どうやって!!」
「あなたの言う通り、俺には何もありません。だからこそ他人の助言や忠告にも素直に耳を傾けることができます。自分が認めないものは何を訴えようと耳を貸さず、一流建築家の言う事なら何でも間違いないと鵜呑みにするあなたとは違う。それが俺の強みであり、能力です」

Product Notes

『ニーベルングの指輪』は、平たく言えば、醜い小人のアルベリヒが、ラインの乙女に振られた腹いせに、彼女らの宝物である黄金を盗み、『世界を支配する指輪』をこしらえて、地下帝国を自分の思いのままにしていたけれど、神々の長ヴォーダンとローゲの策略により指輪を奪われ、指輪の持ち主に呪いをかける──というのが始まりです。

最終的に、その指輪は英雄ジークフリートの手に渡り、数々の武勲を立てますが、ラインの乙女が「私たちに返して下さい」と懇願したのに、ジークフリートはこれを拒否。その為に、アルベリヒの子孫であるハーゲンの奸計に嵌まり、背中から槍で突かれて命を落とします。

ワーグナーの楽劇『神々の黄昏』では、ヴォーダンの娘、ブリュンヒルデと結ばれたジークフリートが、さらなる武勲を求めてライン川を下り、地元の豪族ギービヒ家に賓客として迎えられるところから始まります。権力を求めるギービヒ一族は、一族の長グンターとブリュンヒルデ、ジークフリートをグンターの妹グートルーネと娶せることを画策。ジークフリートに「媚薬」を飲ませて、グートルーネに恋をするよう仕向けます。罠にはまったジークフリートは、ブリュンヒルデの事も忘れて、その手から指輪を奪い取り、グートルーネと結婚。ブリュンヒルデをグンターに差し出して、ギービヒ家の一員となります。真相を知らないブリュンヒルデは、ジークフリートが自分を裏切ったと憤り、その弱点が背中であることをハーゲンに伝えます。狩りの最中、ハーゲンはジークフリートの背中を槍で突いて殺し、その手から指輪を奪おうとしますが、指輪はジークフリートの手から離れず、ようやく真相に気付いたブリュンヒルデは、グンターとグートルーネに「私こそが真のジークフリートの妻である」と打ち明けます。

その後、グンターはハーゲンに殺され、グートルーネも悲嘆のうちに自死、ライン川の水が氾濫して、地上は洪水に流され、神々のヴァルハラ城は崩壊、ブリュンヒルデはジークフリートの亡骸を燃やす焚き火の中に飛び込み、世界崩壊。しかしながら、希望は残る──みたいなエンディングです。

長いといえば長いけど、物語自体は単純明快。

ぶっ通しで見れば、けっこうスカっと鑑賞できます。何も考える必要はありません^^;

「英雄」という割には、ジークフリートが案外、間抜けで、ちっとも感情移入できないのが難点。ワーグナーの英雄は、揃い揃って、ヘタレなのです。

唯一、素敵に感じるのは、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』のハンス・ザックス。

なぜこれを主人公にしないのか、理解に苦しみます。(役割的には主人公だけども)

そんな理由で、本作では、エヴァの旦那はマックス(ザックス)に設定されています。

ともあれ、ウェブ版も、この記事が最後。

あとは製本版でお楽しみ下さい(^_-)-☆

『神々の黄昏』のエンディング。ジークフリートの亡骸が燃やされ、ブリュンヒルデは火の中に飛び込む。
最後まで指輪に執着するハーゲンは、「指輪はオレのものだ」と叫びながら、ライン川の水に呑まれる。
このあたりは『ロード・オブ・ザ・リング』の、マイ・プレシャス爺いによく似ています。アイツも、指輪を握りしめたまま、魔の山の溶岩の中に落ちましたな。

サヴァリッシュ盤は、歌い手はいいのですが、シェローの演出がいまいち好きになれなかった↓

狩りの最中、ジークフリートは全ての記憶を取り戻し、ブリュンヒルデの名を呼ぶが、ハーゲンに背中を槍で突かれて絶命する。
ラインの乙女が指輪を返還するよう乞う場面は、狩りの場面の少し手前にあります。
ちなみに、ハーゲンの傍らで成り行きを見守る紳士がグンター。ギービヒ家の当主だが、いまいち気が弱い。

ハーゲンの槍の刺し方にも、いろんな演出があって、一突きに殺すパターンもあれば、何度もぐりぐり槍を突き刺して、トドメを刺すサディスティックな演出もあり、どれも痛々しいですよ。
本作で、グンターが息子の名前をジークフリートにしようとした時、お父さんが「背中から槍で突かれて死ぬ英雄など縁起でもない」と忠告して、ヴァルターと名付ける所以です。
ちなみに、ジークフリートも、あっさり倒れるパターンと、転げ回るパターンと二通りあり、ゲッツ・フリードリヒ演出では、ルネ・コロが舞台を転がるようにして悶絶していた記憶があります。