31-2 海洋社会の全体構想と施工管理

2017年9月27日人と社会, 建築土木と社会, 産業と社会, 社会の基盤と構築

新たな住まいに引っ越したヴァルターは居間に大きなホワイトボードを取り付け、『リング』の工程を描き出す。

一方、天地が呼応するように、アステリア開発協議会でも「全体構想」を求める声が高まる。
最後は、土木研究所が試算したデータが元になり、全体構想の募集が決定する。

全体構想の公募を受けて、リズは『アル・マクダエルの遺書』の公開に踏み切る。
遺言状は複数用意され、ロールプレイングゲームのように、状況に応じて、一つずつ開封される仕組みになっていた。
その金額の大きさに世間が騒然とする中、「あれは、あなたに呼びかけているのよ」とエヴァがヴァルターを励ます。

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「左端のここが起点。まだ0(ゼロ)だ。水の平原のように何も無い。そこから一つずつ立ち上げ、大海原にリングを構築する。右端が完成だ。何年、何十年かかるか分からないが、海を割り、大地を現わして、百万人が暮らす海洋都市を建設する。この線はロードマップだ。建設に必要な工程を経時的に組み立て、それを元に必要な人材、資金、材料、その他もろもろを調達する」
 彼がボードマーカーに更に印を書き加えると、ルークはリビングのおもちゃ箱を探り、マグネット式のお絵描きボードを手にして彼の足元に座った。
「お前も一緒にロードマップを描くのかい?」
 彼が目を細めると、ルークは目をきらきらさせながら頷いた。
「ローレル・インスティテュートのプロジェクト・マネージメント講座で学んだ通りだ。まずは計画の立案。プロジェクトの理念、手法、到達点、隅々まで全体像を可視化する。それから建設に必要なプロセスをリストアップし、予算、スケジュール、分担など、具体的に設定する。これに並行して、鋼製ケーソンを製造する造船所や作業船の整備を行い、その作業能力を工程に反映していく……」
「最初に造船所や作業船の能力を正確に見極めた方がいい」
 リビングの戸口でマックスが言った。
「海にリングを建設するなら、予算や人手よりも後方支援の能力に左右される。どれほど綿密な計画を立てても、計算通りの海洋構造物を建造し、現場に曳航して、確実に海底面に設置する技術と設備がなければ用をなさないからな」
「それはそうだ」
「この際、『OpenPM』もマスターしろよ。建設工程支援システムとプロジェクト管理が一体になったグループウェアだ。マリン・ユナイテッド社をはじめ、多くの建設会社が使っている。末端の現場までデータを共有して、リアルタイムで編集や意見交換ができる」
「操作は難しい?」
「GeoCADより簡単だ。新入りの女の子でもオフィスの出納や作業員のスケジュール管理に使ってる」
 マックスは赤のボードマーカーを手に取ると、
「それから、ロードマップは一本じゃない。企画、設計、調達、建設、経理、広報、様々な部門が『完成』というゴールに向けて一斉に動き出す。役目も動きもみなばらばらだ。だが、それぞれが歯車のように密接に噛み合っている。一つの動きが別の部門を動かし、一つの遅れが全体に及ぶこともある。工程管理はさながら三次元チェスの駒を動かすようなものだ。フォーカス、アウト、フォーカス、アウト。視点を柔軟に動かして、大局と一局を同時に把握する。トップがどれだけ的確に現状把握するかでプロジェクトの良し悪しが決まる」
 マックスは彼の描いた黒線の上に赤線を重ね、リング・プロジェクトのロードマップの例を見せた。
「これが基本だ。『リング』の構築には大きく三つのプロセスが必要になる。まず建設予定区の基礎調査。それに並行して、事業計画、工程、資金調達といったプロジェクトの礎となる企画を立てる。『リング』の場合、場所の選定も大事だが、外周ダムの鋼製ケーソンをどこの造船ドックで製造するか、その資材をどうやって調達するか、この過程をどこまで合理化できるかでコストや工事の難易度が大きく違ってくる。基本のシナリオが万全になれば、構造物の詳細設計、工費の概算を明確にし、発注と業者の選定に駒を進める。そこからようやく施工だ。外周ダムと内周ダムの構築だけで軽く十年はかかる。内側を排水して、海底面が拝めるようになるまでさらに数年。それから地盤改良して、運河や排水設備を整え、都市部を建設するのに十数年。ここにビルや家が建つ頃には、お前も禿げか白髪だな」

<中略>

「パラディオンの是非を云々したところで根本的な解決にはならない。アステリアの住民が求めているのは、ペネロペ湾をどうするかの話ではなく、アステリア全体の展望だ。皆が納得行くような明るい見通しだよ。たとえ、五年、十年かかっても、その先に豊かな未来が開けると分かれば多少の苦境も越えられる。もちろん、即効性の処方も必要だが、旧港の補修や公営住宅の増設といったことは、手持ちのカードで十分に対応できるんじゃないかね。パラディオンの是非はともかく、十年後、二十年後、アステリアがどこに向かうのか、皆が確かな指針を求めている。その一つの方策として出されたパラディオンに『NO』を突きつけている区民がこんなにも多いんだ。それでも強行すべき理由がどこにあるのかね」
「では、またコンペをやり直すのかね」
 推進派の一人がうんざりしたように切り返すと、
「コンペではない。討論だ。互いにアイデアを持ち寄って、徹底的に議論を尽くす」
「では、誰がジャッジするのです」
「決まってるじゃないか。区民だよ。トリヴィア市民も参加すればいい。彼らの税金も建設費に使われるんだ。トリヴィア市民にも一票投じる権利はある」
「市民に重大決議を任すのですか」
「大統領の選出も、憲法改正も、全体投票で決めておる!」

<中略>

 これまで産業省の試算では「総工費二十兆」とされてきたが、別の専門機関がきわめて忠実に工程をシミュレーションし、海洋構造物の維持費や、航路・空路のインフラ整備、上下水道・給電システムの拡張工事など、細かに加算したところ、総額は二十五兆をはるかに超え、アステリアのみならずトリヴィアの財政をも圧迫する内容となっている。
 推進派は顔を真っ赤にし、「でたらめだ! 悪意をもって試算されたとしか思えない」と反論したが、
「でたらめではありません」
 提出した協議員が答えた。
「エルバラード大学の土木研究所で試算させたものです。今まで試算は産業省内だけで行われ、セカンド・オピニオンを仰ぐこともありませんでした。これほどの巨大建設にもかかわらず、最高の権威である土木研究所に一つの問い合わせもなかったのが不思議なくらいです」
 一同がざわつくと、ミムラ委員も「だから不透明と言われるんだ」と諌言した。
「どこの誰が試算したかも分からない机上の数値を振りかざして、全体の益になるなどと大言するから不信を買うんだよ」

Product Notes

パラディオン的なイメージなら、こんな感じでしょう。うっかりすると、落水しそうだけど^^;

この絵はよく出回っています。実現不可能ではないと思いますよ。

未来都市の構想はどれもユニークです。最新の機能と自然の融和は、どのデザインにとっても必須の課題でしょう。

いつか本当に宇宙植民地に都市が築かれるなら、こんな雰囲気でしょうか。

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