18-2 人間の存在理由と深海の生き物

2017年9月8日海について, 生きていくこと, 自然と科学, 詩心と哲学

潜水艇からの実況は多くの興味を引き付け、順調に進む。
実況が進む中、ヴァルターは「ナノスケールの微生物にも役割はある」と説く。
すべての生き物は、生きるために生きる、と。

ルノーの画像分析で指摘された「地下の間隙」の直上に差し掛かるが、これといったものは何も見当たらない。
潜航時間のリミットが迫る中、ヴァルターらは必死に「何か」を探し求める。
そして、いよいよ時間切れ寸前、マウンド上で珍しいものを発見する。
宇宙の片隅の一期一会を実感しながら、無事に潜航調査を終える。

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「だから、海の探査はなかなか進まないんだ」
「それで、皆、海ではなく、月の向こう側に行ってしまったのね」
「魚の尾びれより鳥の翼の方が軽快に飛んでゆく所以だよ。なんにせよ、人間が生まれ育った世界を飛び出して、まったく別の世界に適応するのは大変なことだ。人間に限らず、鳥でも、魚でも、それぞれの身体に適した世界があって、その中で生きるよう遺伝子にプログラムされている。どんな生命もその星の土や水から作られていて、それらも含めて一つの大きな自然のシステムを作り上げているんだよ。たとえば、大昔は鉱物資源の生成に微生物が関与しているなど考えもしなかっただろう。だが、今では、鉄や銅やマンガンなどの鉱床に微生物の生命活動が大きな影響を与えていることが解ってる。微生物が生きるために酸素や硫黄を消化する過程で、金属成分がいろんな形に変化し、やがては鉱床と呼ばれるほど濃縮されたものになっていくんだ。どれ一つ欠けても自然のシステムは成り立たない。名もないナノスケールの微生物にも役割があるんだよ」
「『レゾンデートル』ってやつ?」
「人間の世界でいえばそうだけど、そもそも存在に理由などないと俺は思ってる。だって、そうだろう? 魚に『存在理由』なんて言葉が通じる? 理由は見出せなくても、ちゃんと生きてるじゃないか。すべての命は、ただ存在するだけで価値が有る。『生きる』ために、生きるんだ」
「意味がよく解らないわ」
「それはね、深海の生き物を間近で見れば解る。どうして、こんな所に? というような所に、自然に生きている。何を食べているのか、どうやって繁殖するのか、まったく見当もつかないけど、彼らには彼らの世界があり、生き方があるんだ。未だ人間の目に触れず、名前もない生物もごまんといる。もし、彼らが『僕たちは何の為に生きているのだろう』と存在を疑いだしたら、生きてはゆかれないだろう。意味なんてなくてもいい、『生きる』ために生きる、それが全てだ」
「そんなこと言われても、私には解らない。世の中には、自分が存在すること自体、苦痛な人もいるでしょう。『生きる』ために生きる――なんて上等な生き方は私にできない」
「人間の命に上等も下等もない。自然でいいんだよ。だって、現に今、君はここでオンライン講座のアシスタントを務めて、おかげでたくさんの子供や学生が実況を見ることができる。今日という日に、君はこの場に居なければならなかった、それが『存在』というものだよ」
「私にも役割はある、というわけね。でも、それは外部に認識されて初めて、役割としての意味を持つのではないの?」
「他の誰かが認めなくても、自分で役割を見つけることはできるよ。それに役割があっても、なくても、生きていることに変わりないじゃないか」
「そうかもしれない。でも、人って、何かしら意味や役割を認めてもらえないと、辛くなったり、虚しくなったりするんじゃない?」
「意味があるから、役割があるから、『愛される』というものでもないと思うよ」
「でも、世の中の大半は、そんな風に考えられないものよ。出自や、器量や、成績や、いろんなマイナスが足かせになって、自信をなくし、自己嫌悪に陥ってしまう。愛なんて、それこそ遠い海の果て――泳いでも、泳いでも、見つからないような気がする」
「それは君が愛ってものを、えらく特別に考えているからだよ。周りをよくよく見渡せば、野の花みたいに、あちこちに咲いている」
「そうかしら」
「いつか君にも分かるよ。生きていれば、きっと」

<中略>

「でも、前の調査では、その辺りの地下に隙間があるんでしょう。砂の下に洞窟があるということ?」
「隙間といっても、トンネルみたいな空洞じゃなくて、海底の堆積物とは明らかに異なる層だ。ショートケーキを想像してごらん。砂はケーキ表面の分厚いバタークリームだ。クリームの下にはふわふわのスポンジが隠れてる。これを音波で調べると、濃厚なバタークリームは画像データで色濃く現れ、ふわふわスポンジは薄い色になる。この辺りも同じ原理だ。分厚い堆積物の下に岩盤があり、さらに岩盤の下にスポンジみたいな層が隠れてる。でも、そこに何が隠れているかは、さらに調査を重ねないと解らない。現段階では、濃厚な水みたいなものが溜まっているのではないかと推測してるけどね」
「それも熱水なの?」
「熱水というよりは濃厚なスープだ。バクテリアもいっぱい繁殖してるかもしれない。いろんな機能をもつ微生物がお互いの特性を生かしながら、一つの生命圏を形成しているんだ」
「それなら、どこかに魚が居るんじゃない?」
「もし、この海が進化のごくごく初期段階にあるならば、小骨のある魚じゃなくて、アメーバや藻やカイメンみたいなものじゃないかと思う。ただ、ステラマリスでも、外界から隔絶された洞窟の奥深くに独自の生命圏を作り出しているケースがあるからね。アステリアもくまなく調べれば、火山の洞窟や、極地の氷床や、人間が思いもつかないような環境で暮らしている生物がたくさんいるかもしれないよ」
「もし、そんなのが見つかったら、アステリアの社会も変わる?」
「社会というより、未来が変わる。今まで人間中心に海洋開発が推し進められてきたけれど、この海にも同じ空気を呼吸する仲間がいると分かれば、これまでと同じようにいかなくなる。どんな小さな生き物も、何千万年、何億年の果てには、人間と同じように高度な知性や肉体を有する生物に進化するかもしれないんだよ。それらとどのように足並み揃えて生きていくか、人間社会にとって大きな課題だ。とはいえ、一度でも人間が入り込めば、純粋な意味で『独自性』というものは失われるがね」
「それも罪深いわね」
「そうだね。生きることは他を消費することでもある。全ての生命がバランスよく共存するには、少しでも還元することや保護することを考えないといけない」

<中略>

「信じられない……アステリアにもこんな生き物がいたのね。まるで宇宙の星々が深海に降りてきたみたい……」
「ここは海だ。何がいても不思議じゃない。生命にとって最高の揺り籠だ」
「私もそう思うわ。ここなら誰にも邪魔されず生きていける。人の手も届かず、存在すら知られない」
「人類の祖先も、こんな風に何億年の歳月を海で過ごしてきたんだ。温かな海の寝床に育まれながら」
 彼も覗き窓に顔を近付け、ランベール士長の言う『数世紀に一度の宇宙的な出会い』にしばし見入った。
 虫たちはウミユリのような触手をいっぱいに伸ばし、ただひたすら生きている。
 学者が何と名付けようが、何科に分類しようが、人間の思惑など無関係な世界で。
「彼らは何をしてるの?」
「何も。ただ、生きているだけ。意味などなくても、誰に気付かれなくても、今この一瞬を生きている」
「そして、どうなるの」
「また次の命に続いていく」
「それだけ?」
「それだけでは駄目なのか? ここに居る虫たちを見てごらん。みな、この星のシステムの一部を担っている。どんな種類でも、一つが欠けても、自然のバランスが狂ってしまう。この虫たちも、無意味に暮らしているだけに見えるけど、食べて、排泄して、エネルギーを転化し、死んだら別の生き物の食べ物になって、連鎖の一部を成しているんだよ。今、この虫たちに向かって、お前なんか必要ない、何の為に生きてるんだ、って言える?」
「いいえ」
「じゃあ、君も同じだ。君にも役割があって、今という時がある。現に俺たちもこうやって出会っただろう。君は悪態ばかりついて、俺の話なんか真剣に聞こうとしなかったけど」

Product Notes

これこそ深海のバラのよう。
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こちらは潜水艇Nautileによる「紫色の丸い生物」の映像。
周囲の生物と明らかに種類の異なるものだが、名前も、生態もまったく不明。
こんなのが、まだたくさん深海にいる模様。

こちらは2016年のベスト盤。
深海の魚って、ナマケモノですね。動かないし。何してるのかなー、みたいな。
これナニー( ゚∀゚)のオンパレードです。

個人的にはこの子が気に入ってます。黄色いタコ。

深海 生物

バクテリアがずらーっと繋がってる?

深海 バクテリア

これも不思議な生き物たち。

これは、いしいひさいちの地底人 ↓ 現存するクリーチャーの中で一番面白い。

地底人の逆襲 (双葉文庫)

アメリカ海洋大気庁のアルバムより。
これは地上の湖ではなく、海底の「潮だまり」に生息するワーム(虫)の写真です。
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ウォールのPhoto : https://flic.kr/p/fHYPh7