17-2 社員の誇りと社長の責任

2017年9月7日人と社会, 仕事と人生, 公共事業と人間の価値

順調に海底カルデラの調査が進む中、ファルコン・マイニング社のロバート・ファーラーが船をチャーターして視察に来る。
いまだマイニング社の権威に拘るファーラーは、開発公社の内部でも、企業責任や説明義務の考えに賛同する声があることに苛立つ。

そんな中、ヴァルターはファーラーから呼び出しを受け、執務室で個人的に面談する。
広報は開発公社の仕事であり、どんな形でも口出しするなと迫るファーラーに対し、ヴァルターも持説を説く。

ヴァルターは公正な立場から広報と実況の必要性を説くが、ファーラーは強硬な姿勢を崩さない。
二人の対話は平行線に終わり、先行きがまったく見えなくなる。

それでもファーラーに付いて行こうとするオリアナに、ヴァルターは「君は使い走りだ」「こんな所に長居しても、自分自身が惨めになるだけだ」と外に連れだそうとするが、オリアナは「余計なお世話」と突っぱね、その場に残る。

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 他に特筆すべきことがないか尋ねたが、研究員らはいずれも首を横に振り、
「他に比較する材料がないから、なんとも言えないよ。もっといろんなポイントで試料を採取して分析しないと。まるで天体望遠鏡を覗いて、『月の裏側はどうなっているのか』と思い巡らすようなものだ」
 次に、コンピュータルームで解析中のルノーを捉まえて、何か手掛かりはないか尋ねたが、
「興味深いといえば、興味深いね」
 ルノーは年明けの広域調査で取得した全長二八〇〇キロメートルに及ぶ北冠状海山列やウェストフィリア海底山脈の立体地形図を表示しながら言った。
「実に根本的な問いかけだ。『これだけ大量の海水がどこからもたらされたか』。たとえばステラマリスの場合、惑星が誕生した時は高熱で岩石がドロドロに溶けた火の玉だったが、それが冷やされる過程で大量の水蒸気を発生し、それが雨になって何百万年と絶え間なく降り注いだ結果、海洋ができた、というのが定説だ。水分を多量に含む小天体が繰り返し衝突することで、惑星の外からもたらされた形跡もある。翻って、アステリアの海はどうやって作られたのか。恐らくはステラマリスと似たような過程を辿って惑星が形成され、その間にも火山が噴火したり、小天体が衝突したり、様々なビッグイベントがあっただろう。それならステラマリスと同じように「地殻の大半が海上に突出していた時期があったかもしれないが、アステリアは地殻の時代が非常に短期間で、ほとんど、ずっと、海面下に没したまま数十億年の歳月が経ったのではないかと思われる。ステラマリスのように氷河期もなく、恐竜が栄えた時代もなく、ずっと海の中だ。だから、北冠状海山列の海山も波や風に浸食された形跡がない。ステラマリスみたいに、海面上に突出した海底火山の頂が削られて平らになった平頂海山が一つも無いんだよ。
ハワイの天皇海山列みたいにね。もっとも、アステリアの海全体を詳しく調べたわけではないし、あくまで見た目の話だけども」
「海の起源を解明することは誰しもの悲願だ」
「まったくだ。そこにフォーカスすれば、さぞかし有意義な研究が出来るだるに、開発公社の関心事は『海底鉱物資源』の一点張りだ。それもこの海のメカニズムをきちんと理解すればこそ。僅かなデータを手掛かりに、めくら滅法に探査したって、何が出てくるもんか。今日もメテオラ海丘周辺の海底地形や地層の調査をするけども、ロープの先に錘を下げて水深を測るような気分だよ」

<中略>

 加えて腹立たしいのは、開発公社の内部にも、企業責任だの、説明義務だのに同調している者がいることだ。
 先日も理事や幹部の一部が小娘と意見を交わし、「アステリア区民の理解と協力を得ることに尽力する」と公言したとも聞く。日和見主義の色爺いどもが、ジャンヌ・ダルク気取りの小娘に鼻の下を伸ばして頷く様が目に浮かぶようだ。
 今からでも広報部に圧力をかけて止めさせたいが、開発公社においてはロバート・ファーラーも理事の一人に過ぎない。理事会にはGPオイルやスタットガスなど、エネルギー業界の重鎮が名を連ねているだけに、ファーラー一人が睨みを利かすわけにもゆかず、たかが個人のウェブサイトに目くじらを立てていることが知れたら、かえって沽券にかかわるだろう。
 だからといって、彼らの好きにさせておけば、労働組合や環境保護団体の増長を招くことにもなりかねず、その対策費もバカにならない。奴らときたら、ろくに鉱業も知らないくせに、ちょいと労働者の居住区から有害な成分が検出されただけで、鬼の首でも取ったように騒ぎ立て、学者が論理的に事情を説明しようとしても、陰謀論で一蹴してしまう。そのくせ、最新式の通信デバイスが売りに出されたら、いの一番に買いに走り、自らが鉱業問題の一端を担っているなど考えもしない。この上に、ウェストフィリアでも悪徳代官のように糾弾されたら、父の代とは違って、温厚路線で名誉を取り戻そうとしているファーラーの企図も水泡に帰してしまう。

<中略>

 なんでもかんでも模造と騒ぎ立てる消費者に、天然石に色彩の改善を目的とした加熱や放射線照射、ワックス処理などを施すのは合法であり、採掘の人件費やカッティング等の費用を含めばこの値段は適正だと何度説明しても、「詐欺だ」とヒステリックにわめき散らし、すぐに消費者団体に駆け込んで問題を大きくする。
 ここ数年はマニュエル&マクローリンのクリスマスセールに女性が殺到することもなく、「小さくても、天然石」を持つことがお洒落になりつつある。
 この世に一〇〇パーセント天然の宝石など、それこそ希有であり、装飾品にふさわしい色艶を醸し出すには「良心的な加工」は必須なのに、加工は悪と決めつけ、「天然」というただ一点にに拘る正義派気取りの馬鹿女ども。

<中略>

「今、君と道徳について語り合っている暇はない。私も多忙な身でね。手短に話そう。思うに、君は少々独善的で、誤った価値観に取り付かれている。その事をもう少し自覚してもらえないかね」
「誤った価値観?」
「企業には企業の方針があり、何を為すべきかは企業のトップが考える。経営権も地位もない人間にあれこれ口を挟む筋合いはない。まして君は行政の責任者ではないし、アステリアの区民でもない。いったい、どんな権限があってウェストフィリア開発に首を突っ込むのかね」
「それは、あんた達が本来やるべき事をやろうとしないからだよ。俺もここに来るまでは一方的に物を見てた。だが、先入観を抜きにすれば、ウェストフィリア開発にも意義があると思い始めている。万人の役に立つと分かれば、人々も協力するだろう。同じ取り組むなら、正しい方向を目指して欲しい」
「だから、それが独善的だと言ってるのだ。正しいか、正しくないかは、我々が判断することだ。君が決めることじゃない。まして我々の代わりに広報してくれなどと、誰も頼んでない」
「俺一人が声を上げてるわけじゃない。社会の在り方に不安を感じ、情報共有や企業説明の必要性を訴えている人は他にも大勢いる」
「だったら、なおさら事前に話し合いを持つべきだと思わないかね」
「問い合わせなら何度もした。開発公社だけでなく、区政の窓口や海洋調査の関係者にも。それから、もう一人のミス・マクダエルにも担当者と話をさせて欲しいと何度もお願いした。話し合いに応じなかったのはそっちだろう。俺もオーシャン・ポータルを使って、あんた達の悪口を書き立てようなど微塵も考えてない。単なる『絵日記』だよ。調査の模様やウェストフィリアの風景を写真とテキストで綴る。ウェストフィリアがどんな所で、海洋調査には何が必要か、何をどんな風に調べるのか、一般にも親しみやすい形で紹介するだけだ」
「そして、無知な大衆を扇動するのが君の特技という訳だ。お得意の詩的な言い回しで、権威に噛み付き、有名人をこき下ろすことに快感を得ている。だが、そんなものはただの怨念だ。正義でもなんでもない。天下のファルコン・マイニング社に頭を下げさせれば、自分も大物になったような気がするだけだろう」
「俺はそこまでさもしい人間じゃない」
「じゃあ、正義の人か」
「俺はただ、父が生きていたら『きっとこうしただろう』と思うことを実践しているだけだ」

<中略>

「俺はあんたたちの社会やルールを根こそぎ変えようというわけじゃない。あんたの商売を妨害する気もなければ、横取りする気もない。俺はただ一般人にも海洋調査や情報共有の重要性を理解してもらい、可能性に満ちた社会を作って欲しいと願ってるだけだ」
「結果的に我々の商売の邪魔になるなら同じことじゃないかね」
「なぜ一方的に邪魔と決めつける? もしかしたら、開発公社の活動にもプラスになるかもしれないのに」
「我々にどんな得があると言うんだね」
「理解が深まれば、人材と技術が育つ」
「理想論だ。海洋調査や情報共有の重要性を理解したところで、社会は何も変わらない」
「どうして? 会社の基本だろ? まさか、あんた一人で探鉱から製錬までやるわけじゃなし、人を使うなら、人を育てるのは当然じゃないか」
「世の中、真面目で、勤勉な人間ばかりではない。人並に給料をやっても、あわよくば、楽してさぼろうという働き手が大半だ。そんな連中に立派な理念を説いて聞かせても、明日の朝にはきれいさっぱり忘れている。期待する方が無駄というものだ。正直、会社というものは、一握りの秀才がいれば十分に事足りる。あとは決められた事を決められた通りにこなすだけでいい。この世の八割の人間は切り捨てるぐらいの気持ちでないと、とてもじゃないが経営など成り立たない」
「それが、あんたの会社で働いている従業員に対する気持ち?」
「彼らには人並みに暮らせるだけの給料をやっている。その人件費も、突き詰めれば、捻出しているのは、このわたしだ。一生感謝されてもいいぐらいだ」
「給料が全てじゃない」
「全てさ。それ以上に、会社に何を望む? 社長に頭を撫でられたら満足するとでも? 賞状か金一封か、どちらか選べと言われたら、九十九パーセントは後者を選ぶだろう。そして、わたしは九十九パーセントが満足するだけの給金を与えている。本当にマイニング社が悪徳企業というなら、なぜ彼らは辞めない? よそへ行っても、それ以上のものは得られないからだろう。つまり、そういうことだ。悪の手先と言われようと、従業員の大半は名誉より給料を選ぶ。わたしはその現実を理解し、合理的にやっているだけの話だよ。人材だの、技術だのは、報酬に付いてくるものさ。理念じゃない」
「だったら、あんたの会社が悪徳企業と呼ばれ、それが売り上げにも響いているのはどういう訳だい。金が全ての人間が寄り集まっているから、MIGにも技術で出し抜かれたんだろう。仮に採鉱量が減って、給与にも響けば、今までおべんちゃらを口にしていた重役も、蜘蛛の子を散らしたように逃げるだろう。我が身を捧げて会社を建て直そうなど夢にも思わない。いったい、あんたの会社に『わたしはマイニング社で働いています』と胸を張って答えられる従業員がどれだけいるんだ? 自分まで産業廃棄物の垂れ流しに荷担しているように見られて、肩身の狭い想いをしている人も多いんじゃないか。あんた、社員にそんな想いをさせて、恥ずかしくないのか? 採鉱プラットフォームでは、司厨部の下働きでもどこか誇りを持っていた。自分はアル・マクダエル理事長の下で働いている、世界があっと驚くようなプロジェクトの一端を担っているという自負だ。だが、マイニング社ではどれほど真面目に勤めても、世間に冷たい目で見られるだけだ。それでも会社にしがみつくのは、とおに家のローンを組んで、身動きがとれないだけだろう。そんな従業員があんたや会社に一生感謝するとでも?」
「自分の仕事に対する誇りは個人の責任だ。わたしが与えるものではない」
「だとしても、会社と従業員に対する社会の評価は社長の責任だろ」
「どういう意味だね」
「俺が初めて採鉱プラットフォームを訪れた時、理事長が通りかかると、誰もが作業の手を止めて会釈した。中には、わざわざヘルメットを脱いで挨拶する人もあった。何も聞かなくても、皆この職場が好きで、それぞれの任務に誇りをもって取り組んでいる様子が窺えた。あんた、鉱区に顔を出しても、誰一人、会釈なんかしないだろう。いつもボディガードで脇を固めて、防弾ガラス付の後部座席で亀みたいに首をすくめて視察してるんじゃないか? そんなので社長をやって楽しいか? 陰で憎まれ、侮蔑されて、それが、あんたの人生か? やろうと思えば、今からでも方向転換はできる。少しでも改める勇気を持てば、世間は拍手喝采であんたを称えるだろう」

Product Notes

作中では史上最悪の労働環境のように描かれていますが、実際の鉱山労働は多くが自動化、機械化され、宿舎も快適なものが提供されています。こちらは西オーストラリアの鉱山ライフ。

こちらは鉄鉱石の採掘に関するビデオ。女性もオペレーターとして普通に働いています。

一方で、現代文明を支えるレアメタルの採掘に関しては、子供の強制労働、人権侵害など、様々な問題が指摘されています。

こちらは採掘に伴う環境破壊に関するニュース。

こちらは岩盤に露出したゴールドと水晶。幾らの価値があるのか・・(Flickr)
Gold and quartz (Main Ledge, 3050 Level, Homestake Mine, Lead, Black Hills, South Dakota, USA) 2

こちらは現代のコンゴで実際に行われている採鉱の現場。鉱物資源は誰のもの?
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