映画『マトリックス』が本当に伝えたいこと ~君は心の囚人 / What’s is Matrix 英語で読み解く

「マトリックス」は私の大好きな作品の一つです。(第一作に限る)
アクションや特撮より、テーマと世界観に惹かれるんですよね。

アクションやサイバーパンク的なテイストが苦手な方は、字幕で見るより吹替えの方が分かりやすいかもしれません。(字幕だとどうしても細かいニュアンスが分かりにくいため)

「三部作」としての評価はともかく、SFとしても、映像としても、ある分野の先駆けとなった第一作目の価値は非常に大きい。
そしてまた『マトリックス』をはじめ、世界中のクリエーターに大きな影響を与えた「攻殻機動隊」について、『意味不明』と言うことは『王様はハダカだ』と口にするくらいヤバイことだったりするが、一つ理解の糸口が見えれば、次から次へと引き込まれるはずだ。
モフィアスが言う「You are the prisnor of your mind」「Free your mind」は、思い込みに囚われた、すべての現代人に捧げたい言葉である。

 

映画『マトリックス』について

昼間は冴えないぼんくら会社員、裏の顔は「ネオ」の名で知られる天才ハッカー、トーマス・アンダーソンは、伝説のサイバー・ヒーロー「モフィアス」から「You are the One.」であると告げられる。
今、君が生きている世界はコンピューターの作り出した仮想現実であり、実体はMatrixと呼ばれる機械の中に取り込まれているのだと……。
日本のアニメ(押井守の「攻殻機動隊」)にインスパイアされて制作された、ウォシャウスキー兄弟監督のSFサイバー・アクション。
特に、スローモーションを駆使したアニメチックな映像は、その後のハリウッド映画に多大な影響を与え、「マトリックス前」「マトリックス後」なる言葉もあるくらい。
巷では「オタク映画の極致」だの、「何が言いたいのかサッパリ分からん」という批判もあるが、アメリカのニューソート哲学を少しでもかじっていれば、この作品の本当のメッセージが理解できる。
SFではなく哲学として見て欲しい、20世紀後半を代表する傑作である。

勢いで三部作まで作られしまったけど、Matrixは最初の一作だけ見ればいいやって感じ。よほどのファンでもない限り、続編を見ても、感動が薄れるというか、かえってワケわからん状態になるだけではないかと思う。
私も「Matrixの続編」については、第一作とは別物の映画として受け止めている。ネオをスーパーマンにしてしまった時点で、最初の哲学性が薄れてしまったような気がするから。
第一作だけなら、史上に残る傑作と評価させて頂こう。その意味が理解できれば、目の覚めるような映画である。

この作品が誤解を生みやすいのは、「The One」の日本語訳が「救世主」であり、人間VS機械のバトルものと受け止められやすいからだと思う。
オリジナルのシナリオでは、「One」はあくまで”One=「ある一つのもの」を表す代名詞”であり、Oneの意味するところは、レジスタンスのリーダー、モフィアスの「探し求める人」、ヒロイン・トリニティが「恋するであろう相手」、そして、大いなる意志に選ばれた「唯一の存在」等々、いろんな含みがある。
「救世主」と訳せば、いかにも勧善懲悪もののヒーローのように感じるが、ネオは決して救世主ではなく、物語における一つの象徴なのである。
確かに、この映画は、エージェントと呼ばれる悪役と格闘したり、アニメみたいに銃弾をかわしたり、ヘリコプターで高層ビルに激突したりと派手なアクションが多い。
また、「仮想現実」とか「コンピューターの支配」といった設定も、いかにもSFぽくて、それだけで蹴ってしまう人も多いのではないかと思う。
が、作者の言わんとするところは、「君の心が現実を作り出す」というアメリカのニューソート的なメッセージである。
モフィアスが目覚める前のネオに言う、「You are the prison of your mind(君は、君の心の囚人)」というセリフが、全てを物語っているのではないだろうか。

本作の『Matrix』とは、人間に代わって地上を支配した機械が、永続的なエネルギーを得る為に、人間を「電池」として管理する為のシステムである。
全ての人間は、人工子宮の中で生産され、赤ん坊になると、生体維持装置のチューブや電気プラグに繋がれて、一体ずつカプセルに閉じこめられる。
そして、コンピューターは、彼らの脳の刺激に応じて「現実世界を彼らの脳の中に作り出し(仮想現実)」、人間は一生それに支配されて生涯を終えるのである。

物語は、コンピューター会社に勤める平凡なサラリーマン、トーマス・アンダーソン(ハッカーとしての名前は”ネオ”)が、
謎の美女トリニティと、ハッカーの世界ではカリスマ的な英雄モフィアスに出会うところから始まる。
そして、今、彼が「実在している」と思っている現実が、実は、コンピューターの作り出した仮想現実であり、実体は、機械社会のカプセルの中で、チューブに繋がれて眠っているのだと知るのだが、これは私たちの現実社会にスライドしても十分に通じる理屈ではないだろうか。

つまり、私たちが見ている「現実」というのは、私たちの中の「こうにちがいない」「こうあるべきだ」という無意識の思い込みに支配されている。
たとえば、「私は太って醜い」という思い込みがあれば、どんな角度から見ても醜いようにしか見えないし、「私は何をやってもダメだ」という思い込みがあれば、出来ることでも出来なくなってしまう。
Matrixでは、モフィアスが、トレーニングシステムの作り出した仮想現実の中で、ビルからビルをひらりと飛び越えるシーンがあるが、それはまさに「思い込みからの開放= free your mind」であり、心を自由に解き放てば、今まで見えなかった現実が目の前に開け、不可能と思い込んでいたことが可能になるのである。

言い換えれば、Matrix とは、人間の恐怖、不安、疑いといったものの象徴であり、それこそが真に人間を束縛するものの正体なのである。

映画のラスト、自分が「The One」であることを確信し、最強のパワーを手に入れたネオは、いまだ多くの人々が囚われているコンピューターの仮想現実の中で、まるでスーパーマンのように空に舞い上がる。
これこそ『魂の自由』――モフィアスら、レジスタンスが目指す、『Matrixからの解放』に他ならない。

Free Your Mind.

君が心の奥底に抱く「思い込み」から自由になれば、君は空だって飛べるんだ。
それがこの作品の真のメッセージなのである。

この映画に関しては、英語のセリフで見た方が理解しやすいと思います。
全体的に割と平易な英語で書かれていますので、興味のある方は、英語のサブタイトル付きでご覧になって下さい。

§ What is the Matrix ? 映画『マトリックス』を英語のセリフで読み解く

1999年の公開当初は「映像革命」とか「バーチャル・リアリティの傑作」とか、映像技術やSF的要素ばかりが強調されていたせいか、「どうせまた奇をてらったアニメ・テイストのアクション映画でしょ」と見向きもしなかった私。

しかし、2003年、ダンナの実家のTVキャビネットにビデオ・テープを見つけ、暇つぶしのつもりが完全にノックアウトされた。

この作品が、「世界の表層と人間の潜在意識」の関わりを描いた、非常に示唆に富んだものだと気付いてからは、セリフの一言一言に魅了され、「原語(英語)で見るハリウッド映画の面白さ」を改めてかみしめずにいなかったのである。

もちろん、私は、ハリウッド映画の全てを字幕なしで楽しめるほど英語上手ではないし、「日本語字幕付き」であれば迷わずONにする、きわめて日本的な視聴者だ。

しかし、『Matrix』については、吹き替えや日本語字幕をOFFにして、英語で鑑賞することを強くおすすめする。

なぜなら、オリジナルの台詞に触れないことには、ここに語られている世界観を正しく理解することは難しいからだ。

たとえば、主人公ネオが『The One』であるという表現。
日本では一般に「救世主」という解釈がなされている。
だが、この『One』が意味するものは、「唯一無二の」「まさにそのもの」「選ばれた、ある一つの」など様々であり、
これを「救世主」と解釈すると、人間の潜在意識を描いた本作がたちまちキリスト教まがいの陳腐なSFヒーロー物と化してしまう。

また日本語では『心』と訳されている『mind』には『body』という対義語があり、これに気付かなければ、Matrixと現実世界の関わりが理解できない。

英語にはダブル・ミーニング(一つの単語が様々なニュアンスを持つ)が多く、Matrixに限らず、ハリウッド作品には、日本語一つで置き換えるにはあまりに象徴的で、意味が幾重にも織り込まれている台詞が多い。

これは余談だが、あの『ロード・オブ・ザ・リング』の最終章で、アングマールの魔王がローハンのセオデン王に襲いかかるシーンがある。
王が力尽きて地に伏すと、魔王は勝ち誇ったように『No man can kill me』(人間に私を殺すことはできぬ)と言い放つが、男装して戦闘に参加していた王女エオウィンは魔王の前に立ちはだかると、甲を脱ぎ、金髪の長髪をなびかせて、
『I’m not a Man』(私は男ではない)
と、一刀の下に魔王を斬り伏せる。

これも巧妙な言葉遊びである。
「Man」は「男性」に限定した言葉ではなく、「人間」そのものを意味している。
魔王は「この世に自分を倒せる人間Man(女性も含む)は存在しない」つもりだったが、王女はそれを逆手にとって、Woman≠Manとして魔王を打ち倒すのである。

ここは日本語に直訳すると、王女の機転がいまいち伝わってこない。
やはりオリジナルの台詞を理解しないと意味が曇ってしまう典型例である。

そういう訳で、Matrixもぜひに英語で理解して頂きたいと思う。

英語のセリフ自体は、今時のスパイ映画や社会派ドラマよりもずっと簡素で平易なので。

そして、日本語字幕からは伝わってこない本物のおもしろさをぜひ味わって下さい♪

§ 映画『マトリックス』を読み解く

物語は、マシーン(機械社会)と戦い続ける女性士官トリニティと、後に裏切り者となるレジスタンスのサイファのオンライン通話から始まる。
そこで語られるのは、ある男の存在。
サイファのトリニティに対する、「You like him, don’t you? You like watching him.(彼に惚れてるんだろう、見ているのが好きだ)」という冷やかしの言葉から、レジスタンスがずっと以前から「彼」の動向に注目(watching)していること、そして彼に惹かれつつあるトリニティの感情が見て取れる。

Morpheus believes he is the One.
モフィアスは彼こそが「The One」だと信じているわ。

トリニティの答えに、話の核となる「The One」という言葉が登場する。
その意味するところは、「モフィアスが探し求めてきたもの」「マシーンに対抗する唯一の存在」「選ばれた一人の男」などなど奥が深い。
この「The One」は、いわば物語のシンボルとも言うべき言葉である。

続いて、パソコンに向かうトリニティの映像に切り替わる。
緑がかった映像は、これが「Matrixの中」であることを意味するのだが、この時点ではまだ気付かない。

トリニティを囲む警官、そして車から降り立つ黒ずくめのエージェント。
追い詰められたトリニティは、ビルからビルへジャンプするという離れ業で窮地を脱する。

一方、コンピューター機器に囲まれて、うたた寝する『Neo』。
彼のモニターには、伝説のハッカーとして追跡されるモフィアスの新聞記事が映し出されている。

そんな彼のパソコンに突如として打ち出される文字。

Wake up, Neo. The Matrix has you.

直訳すれば「起きろ、ネオ」だが、この「Wake up」は精神的覚醒を呼びかけるものである。
マシーンが仕掛けたMatrixの罠に気付け、自分が何者であるかを知れ――という、モフィアスからのメッセージだ。
ここに登場する「has」は、支配、所有、束縛といった意味を想起させると同時に、黒ずくめのエージェントがすでに彼の存在を察知し、逮捕→抹殺への動きを見せていることを示唆している。

この後、ネオの元に、地下活動グループがやって来る。彼らはネオにハッキングを依頼していたのだ。
ネオは報酬を受け取ると、彼らに問いかける。
「You ever have that feeling where you’re not sure if you’re awake or still dreaming?
(起きているのか、まだ眠っているのか、自分の存在が現実ではないような、奇妙な感じを体験したことがないか?)

するとグループのボスであるChoiは次のように答える。

この『unplug』が真相への伏線となっている。

先に結論を言ってしまえば、「現実の世界」では、人類はみなコンピューターのプラグに繋がれて、培養液の中で眠っている。
プラグを介して脳に繰り広げられるコンピューター・プログラム『Matrix』の世界を『現実』と信じて、プラグに繋がれたまま一生を終わるのである。

『unplug』というのは、人間の脳(意識)をに繋がれたコンピューター・プログラム『Matrix』からの離脱、すなわち「精神の自由」を意味している。
Choiの「コンピューターのプラグを抜くことが必要だ」というジョークは、後の展開への見事な伏線になっているのである。(もちろんChoiは真実を知らずに言っている)

そうして、ネオは、漠然とした疑問を抱えながら一度はエージェントに拘束されるが、トリニティ達によって解放され、モフィアスの元に導かれる。
戸惑うネオにモフィアスは問いかける。

「Do you believe in fate, Neo?(君は運命を信じるか)」

するとネオは答える。
「自分の人生が支配されているような考えは好きじゃない」

「君が言いたいことは分かる。では、聞かせてくれ。何故、オレの所に来た?」
それに続くモフィアスの言葉。

You’re here because you know something.
君は「何か」を知って、ここに来た。
What you know you can’t explain.
君の知る「何か」について、君は説明することが出来ない。
But you feel it.
だが、感じている。
You’ve felt it your entire life.
自分の全人生において、それを感じてきた。
That there’s something wrong with the world.
この世界(ネオが現実と認識している世界)は何か間違っている、と。
You don’t know what it is but it’s there, like a splinter in your mind driving you mad.
君はそれが「何であるか」知らない、だが、それは確かに存在する、そして君の心の中に棘のように突き刺さり、心を惑わせる。
It is this feeling that has brought you to me.
その奇妙な感覚が、君をオレの所に導いた。
Do you know what I’m talking about?
オレが何について話しているか、分かっているな?

ネオが常に心に感じてきた「somthing wrong」――それが『The Matirix』という言葉で表される。

モフィアスは言う。

The Matrix is everywhere.
マトリックスは至る所に存在する。
It is all around us, even now in this very room.
我々の周り、今、この瞬間、この部屋の中にさえ。
You can see it when you look out your window or when you turn on your television.
君が窓の外を見つめ、テレビを点ける時も、君はそれ(マトリックス)を目にすることができる。
You can feel it when you go to work, when you go to church, when you pay your taxes.
通勤し、教会に行くときも、税金を払う時も、君はそれを感じることができる。
It is the world that has been pulled over your eyes to blind you from the truth.
マトリックスとは、君の目を真実から遠ざけ、盲目にさせてきた世界なのだ。

「What truth?(真実とは)」
ネオが問いかける。

That you are a slave, Neo.
君は奴隷なのだ、ネオ。
Like everyone else you were born into bondage, born into a prison that you cannot smell or taste or touch.
他の者がそうであるように、君もまた囚われの身に産まれ、君が嗅いだり、味わったり、触れたりすることのできない刑務所の中に産み落とされた。
A prison for your mind.
「心」を支配する刑務所だ。

ここで言われる『prison』は、直訳すれば刑務所、拘置所といった意味であるが、「囚われの場所」と解釈した方が分かりやすい。
そして人間のmind(心)を支配しているのはMatrixに違いないが、言い換えれば、「これが現実」と思い込んでいる「自分自身」に他ならないのである。
モフィアスの言う『prison』の意味が正しく理解できれば、物語後半、なぜネオが「心を解き放つ」ことで超人的な能力を身に付けるに至ったか――というプロセスに納得が行く。
肉体をプラグで拘束し、脳をプログラムで支配するMatrixは、人間にとって「憎むべき存在」だが、そのカラクリに気付かず、Matrixが見せる世界を「現実」と思い込んで操られているのは、他ならぬ「人間自身」なのである。

かくしてネオは、モフィアスの手引きにより培養液の中で目覚め、『真実』を知る。
彼が生きてきた世界は、Matrixが彼の脳に送り続けたコンピューター・プログラムの世界であり、現実には、人間はすべてこのようにカプセルの中に閉じこめられ、プラグに繋がれて、マシーンにmind(心)もbody(肉体)も支配されているのである。

unplugされ、培養液のカプセルから救出されたネオは、モフィアスをリーダーとするレジスタンスの船「ネブカドネザル」に迎えられる。
寝台に横たわるネオは夢うつつにモフィアスに問いかける。

Neo: Am I dead? (僕は死んだのか)
Morpheus: Far from it. 

真実を知ったネオは「Far from it(死よりはるかに遠いところ)」、つまりunplugすることで「生命を得た」という訳だ。

マシーン(Matrix)から離脱し、自身の肉体と同時に心も自由になったネオは、後頭部の接続部にplug in することで、再びモフィアスとコンピューター・プログラムの中に入る。
これはレジスタンスが独自に開発した、トレーニング・プログラムの一環である。

プログラム世界では、現実には坊主頭で灰色のボロ服を着ているはずのネオが、長い黒髪の、ジャケット姿になっている。
それについて、モフィアスは次のように解説する。

Your appearance now is what we call residual self image.
今、ここに現れた君の姿は、我々が剰余のセルフイメージと呼んでいるものだ。
It is the mental projection of your digital self.
これはデジタル世界における、君の心が映し出したセルフイメージなのだ。

「residual」というのは、「残りの」「計算できない」「誤差」といった意味をもつ数学用語である。
つまり「コンピューターの理論を超えたappearance」、自身のもつセルフイメージがデジタル化されて現れた姿というわけだ。
たとえば、「自分は長身のハンサムな男」というセルフイメージを持っていると、それがそのままデジタルの世界にも投影される。
プログラムの中に現れた「ネオの姿(黒い長髪)」は、ネオの自分自身に対するイメージであり、もしネオが「自分は金髪碧眼で、筋肉質の大男である」というセルフイメージを持っていれば、そのように投影されるのである。

Matrixは理論通りに動くコンピューター・プログラムだが、そこには少なからず「その人自身の思い込み=residual(計算できない、誤差)」が反映される。
それはすなわち、「人間の想念が現実を作り出す」ということを示唆しているのである。

では、今、自分の見ているものが現実ではなく、脳の描き出すイメージだとしたら、「現実」は一体どこにあるのか。
ネオは問いかける。

Neo: This, this isn’t real? (これは現実ではないのか)
Morpheus: What is real.
現実とは何だ。
How do you define real?
君はどうやって現実とそうでないものを見分けるのだ?
If you’re talking about what you can feel, what you can smell, what you can taste and see, then real is simply electrical signals interpreted by your brain.
君が感じるもの、匂うもの、味わうもの、見るもの、それを「現実」と言うなら、現実とは、君の脳から発せられた単純な電気信号に過ぎない。

ここにMatrixの本質がある。
我々人間が「現実」として意識しているもの――目に映るもの、匂い、味、音、ものの感触――それら全ては、生理学的に言えば、「脳のシグナル」によって認識されるものである。

つまり、body(実体)があるようで、そこには「何も無い」のかもしれない。

すべてはmind(心)が作りだした、イメージの世界かもしれない。

そう考えると、我々が「現実」と呼んでいるものは、実は脳のシグナルによって作り出される「思い込み」の世界であって、実体があるようで「実体のない世界」――と言えなくもない。

分かりやすくいえば、「赤い花」の「赤色」が本当に「赤色であるかどうか」、我々はどうやって見分けるのか。
「これが赤色だ」という認識は、本人だけが知り得るものであり、Aの目には鮮やかな赤に映っても、Bの目には紫がかった赤に映っているかもしれない。
その違いは誰にも分からないし、比べようもない。
そう考えると、我々が実際に目で見て、「赤色」と認識している「現実」でさえ、各々の脳のシグナルによって作り出されたイメージに過ぎないということが理解できる。
つまり「現実」というのは、大半が「思い込み」の世界であり、「それがどう映るか」は、人によってそれぞれ異なるのである。

Matrixとは、この脳内シグナルを支配し、プラグに繋がれた人間に、それがあたかも「現実世界」であるかのような錯覚を起こさせるコンピューター・プログラムである。
そして、そこには少なからず、「residual」なもの――プログラムの理論を超えた、各々のセルフイメージ――が反映されるが為に、「独立した人生を生きているような」実感があるのである。

だが、中には、「何かに支配されているような」somthing wrongを感じる者がいる。

それが、ネオのような「unplug」の可能性を持つ者であり、モフィアスたちは、そうしたポテンシャルを持つ者をコンピューター・ネットワークを通じて探し出し、マシーンのカプセルから解放することを使命としているのである。

さらにモフィアスは言う。

Matrixの中では「西暦1999年」に設定されているが、現実には2199年である。
人間社会の脅威となったマシーンの勢力を脆弱化する為に、人類は太陽エネルギーを分厚い雲で遮り、その動力源を奪った。
しかし、マシーンはそれに代わる新たな動力として、人体が発する電気に着目した。
生体エネルギーを動力源としてとして確保するために、マシーンは人間を人工的に培養し、カプセルの中に閉じこめて、プラグで繋ぐシステムを作りだしたのである。

What is the Matrix?
マトリックスとは何か?
Control.
支配。
The Matrix is a computer generated dream world, built to keep us under control in order to change a human being into this(battery).
マトリックスとは、人類を生体電池として支配するために作り出された、コンピューターの描く夢の世界なのだ。

モフィアスの言うことがにわかには信じられず、拒否反応を起こして嘔吐するネオ。

あまりのショックに力なく横たわるネオにモフィアスは言う。

ここでモフィアスというキャラクターを象徴する『belive』という言葉が登場する。
モフィアスは、レジスタンスの霊的指導者である『オラクル(神託)』から、「お前はThe Oneを見つけ出す。そして人間とマシーンの戦いにも終止符が打たれるだろう」というお告げを受けていた。
モフィアスはただひたすら『believe』することによってレジスタンス活動、しいては自分自身を支えてきたのである。
傍から見れば狂信的、何の確証もない「お告げ」にすがりついて猛進するcrazyな男(実際に続編で仲間からそう言われている)にしか見えない。またネオも最初はそのように思っていた。

だが、この『belive』こそ、自身の内的世界を変革し、未知なる力を引き出す鍵に他ならない。

ネオの能力を鍛えるためのコンピューター・シュミレーションの中で、モフィアスはまるで鳥のように超高層ビルを飛んでみせる。

この映画のメッセージである「心(思い込み)を解き放て」という言葉と共に。

だが、「人間に高層ビルなど飛べっこない」と思い込むネオは、その思い込みの通り地上に落下してしまう。

コンピューター・シュミレーションでの出来事にもかかわらず、実際に口の中を切り、歯茎からにじみ出した血を不思議そうに見つめるネオにモフィアスは言う。

Your mind makes it real.
(君の思い込みがそれを現実にするのだ)

If you’re killed in the Matrix ? You died here ?
(では、もしマトリックスの中で殺されたとしたら? 君はここで死んでしまうのか?)

The body cannnot live without the mind.
(肉体は心なしに生存することはできない)

そうして「心」と「現象」、「現実世界」と「Matrix」の関わりについて少しずつ理解し始めたネオは、レジスタンスの仲間と共に再びMatrixの中に入り、モフィアスの手引きで霊的指導者であるオラクルの元に導かれる。
だが、オラクルの答えは、YesともNoともつかない曖昧なものだった。

you already know what I’m going to tell you.
(私が何を言わんとしているか分かるわね)

I’m not the One.
(僕は……the Oneではない)

Sorry, Kid. You got the gift but it looks like you’re waithing for something.
(ごめんね、坊や。あなたには能力がある、でもあなたは何かを待っているように見えるわ)

この映画を理解する上で非常に大切なことは、

「ネオはThe Oneなのか」「The Oneは実在するのか」

という問いかけである。

オラクルは否定も肯定もしていない。

ただ確信が持てないネオに、「あなたの期待する答えと違ってごめんなさい」というニュアンスを込めて、「Sorry」と答えるのみである。

さらにオラクルはモフィアスに対しても「あなたはThe Oneを見つけるだろう」という曖昧な予言しかしていない。

にもかかわらず、モフィアスがThe Oneの存在を盲信し、映画のクライマックスにおいては、ネオが「やはり自分はThe Oneなのだ」と自覚するのはどういう事なのか。

ここにメッセージの本質がある。

つまり、「The Oneが実在するか、どうか」「ネオがthe Oneなのか」という事実はほとんど意味をなさない。

要は本人が「どうbelieve(信じる)するか」の問題であって、事実そのものは人間の心に作用しないのである。

すべてはモフィアスの盲信に始まり、ネオがそれを自覚することで完成した。

世界を動かしているのは人間の信念に他ならないということを、この場面は示唆しているのである。

さらにオラクルはモフィアスの身に起こるであろう悲劇と、その命運がネオの選択にかかっていることを予言する。

不安な気持ちで帰路に着くネオとモフィアスらの前に、エージェントに率いられた警官隊が現れる。
レジスタンス生活に嫌気が差した仲間のサイファが、Matrixに戻る代償として(彼の望みはMatrix界で俳優のような有名人になること)彼らの隠れ家を密告したのだ。
ネオを守るべく、モフィアスが命を懸けてエージェントの前に躍り出て、退路を開く。
ネオはモフィアスを助けようとするが、「ここであなたが死んだら、モフィアスの犠牲が無駄になってしまう」とトリニティに説得され、仲間と共に脱出するネオ。

エージェントの狙いは、人類最後の都市である「ザイオン」のメインコンピューターにアクセスする為のコードをモフィアスから聞き出すことだった。
薬物を使い、モフィアスの心を破壊しようとするエージェントたち。

その様子をコンピューターを通して見守っていた仲間のタンクは、ザイオンを守るためにモフィアスのプラグを抜いて安楽死させることを提案するが、寸前にネオが待ったをかける。「I’m in(僕がマトリックスの中に入って、モフィアスを救い出す)」と。
「まるで自殺行為だ」と止めに入る仲間達に対し、

Morpheus believed somthing, and he was ready to give his life for it.
モフィアスは「何か」を信じていた。そして彼はそれに命をかける覚悟があった。

I understand that now That’s why I have to go.
今なら理解できる、それが僕が行かなければならない理由だ。

Because I believe in somthing.
なぜなら僕もまた『何か』を信じているからだ。

I believe I can bring him back.
彼を連れ戻せる確信がある。

ここでモフィアスの象徴であった『believe』が初めてネオの口から語られる。
『believe』──信じることによって不可能すら可能にすることができる『mind』の力を、ネオもまた理解した瞬間である。
それまでネオはこの世界に対しても、自分自身に対しても、何一つ確かな気持ちが持てなかった。
何が真実で、何がそうでないのか、漠然とした不安の中に過ごしてきた。
だが、今はそうではない。
少なくとも「モフィアスを救い出せる」という確信があり、その確信ゆえに、自分の行動が成功するという予感がある。

ネオの確かな言葉を聞いて、仲間たちももう彼を止めなかった。
ネオの内的な変化に気付いたトリニティは、彼を援助すべく、共にMatrixの中に飛び込んで行く。

確信に支えられたネオにもう怖いものはない。弾丸さえ、こんな離れ業でかわすことができる。

そうしてモフィアスを救い出し、彼とトリニティは無事に現実の世界に戻ることができたが、受話器を手にするネオの前に突然エージェントが立ちはだかる。

だがもうネオは動揺しなかった。

対等に迎え撃つネオの姿に、モフィアスは「He’s beginning to believe(彼は信じ始めている)」と感嘆の声をもらす。

ネオがthe Oneであるかどうかは関係ない。

それをネオ自身が信じるかどうかなのだ。

信じた彼の目にはもはやエージェントもただのプログラムでしかない。

エージェントを滅ぼし、Matrixのプログラムを一時停止させることに成功したネオは、次のようなメッセージを投げかける。

I know you’re out there. I can feel you now.
今 君(=マトリックス)はその機能を停止した。僕には感じる。

I know that you’re afraid. You’re afraid of us. You’re afraid of change.
僕には君が恐れているのがわかる。君は僕たちを恐れ、変化を恐れている。

I don’t know the future. I didn’t came here to tell you how this is going to end.
未来のことなど分からない。僕は君たちにどのような結末を迎えるかを教えに来たのではない。

I came here to tell you how it’s going to begin.
どのように始まるかを示しにきたのだ。

I’ll hang up this phone.
僕はもうすぐこの電話を切る。

and then I’ll show these people what you don’t want them to see.
そしてカプセルに繋がれた人々に、君が見せたくないものを見せよう。

I’m going to show them a world…without you.
マトリックスの存在しない世界。

A world whitout rules and controls, without borders or boundaries.
法則も支配も、境界も限界もない世界。

A world where anything is possible.
あらゆるものが可能な世界。

Where we go from there…is a choice I leave to you.
マトリックスから離れて我々が目指す所… 君に委ねる選択

そして、いまだプラグに繋がれた人々が脳に描くコンピューター・シュミレーションの世界の中で、ネオはスーパーマンのように空を飛んで行く。

Free your mind …. 心を解き放てば、君は空だって飛べるんだ……と。

★あとがき★

所々、翻訳の怪しい所があったり、通の人から見れば「それは違うんじゃないか」という意見もあるかもしれませんが、『Matrix』という映画は概ねこういう哲学に支えられた作品だとういことをご理解頂ければ嬉しいです。

ちなみに、「Matrix」とは、ラテン語の母(mater)から派生した語で、子宮という意味をもち、「そこから何かを生み出す背景、基盤、母体、基質」といった概念を表す言葉です。

§ 『マトリックス』に関するDVD

「マトリックス」は10年以上前の作品だが、その斬新なアイデアとアクションはまったく古さを感じさせない。日本アニメへのオマージュとも言うべきスローモーションの動きは、「マトリックス前」「マトリックス後」という言葉を生んだほど。まさに映像革命であり、それまでのSFの概念をくつがえすものだった。今流行のキャメロンの「アバター」でさえ二番煎じに思えるほど。続編も作られたが、この第一作で十分。単なるSFアクションと見過ごして欲しくない、示唆に富んだセリフ満載のスピリチュアル・ムービーである。

で、この後、「マトリックス・リローデッド」「マトリックス・レボリューション」と続くのだけど、正直、この続編は好きじゃない。
最後はガンダムにカメハメ波だもん。私は「第一作だけで十分」という派です。

これを見たらいっそう理解が深まると人に勧められたけど、、、マニア向けですね。

初稿:2008年12月3日

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