恋と女性の生き方

自分に自信がもてないワケ・あなたに魅力が無いからではなく

2009年2月26日

「自分に自信がない」「どうしたら自信が持てますか」という人は、『人間が欠点ゆえに愛される』ということを肌で理解していないからだと思います。

たとえば、職場で人気の女性がいると、

「あの人がチヤホヤされるのは、顔が可愛いからだ」
「明るくて、仕事もテキパキできるから、みんなに大事にされるんだ」

そう思い込んでしまう。

そして、同じように堂々と振る舞えない自分がますますミジメに感じられ、自信をなくしてしまう。


でもね。

果たしてそれだけで──「顔が可愛い」とか「性格が明るい」とかいう『美点』だけで、人間は深く静かに愛されるものでしょうか。

答えは、否です。

美点は、他人の好意を惹きつける大きな要素になっても、愛の動機にはなりません。

真実の愛は、もっと敬虔で、奥深いものです。たとえるなら、神様の赦しと慈愛に近いものです。

顔も可愛く性格も明るい女性を「いいな」と思う気持ちと、「いつまでも守ってやりたい。一生側にいたい」という愛情はまったく別です。

自分に自信がもてず、「あんな風に素敵になれないから、私はダメなんだ」と思い込んでいるあなたは、魅力がないからダメなのではなく、愛することがどういうことかも、愛されることがどういうことかも、分かっていないだけなのです。

その証拠に、全国に何万ものファンをもつ人気女性タレントが人生に失望して、命を絶ってしまうのは何故でしょう。

ナオミ・キャンベルみたいに完全無欠の美貌とステータスを持った女性が、たった一人の恋人の愛が得られないために、睡眠薬漬けになってしまうのはどうしてだと思います?

「愛」は「好意」でもなく、「憧れ」でもなく、まして「恋」でもありません。

「顔が可愛い」とか「性格が明るい」とかいう美点は、人の好意や恋を得る上で有為に働いても、それだけで愛される理由にはならないのです。

それは、あなた自身が誰かを本当に愛したら、よく分かります。

愛の本質は、『理解』と『赦し』だということが。

自分に自信がもてないあなた。

あなたは、自分の弱点や欠点が暴かれ、人につけいられることを恐れていませんか。

みんなが自分の弱い部分を見たら、きっとバカにして去って行くにちがいない、そう思い込んでいませんか。

まずは、あなたの尊敬する身近な友人のことを思い浮かべてください。

果たして、彼女は完璧な人間でしょうか。

短気なところもある、価値観が違う部分もある、にもかかわらず、それらの欠点も含めて心惹かれる部分があるから、いつも一緒に居るのではないでしょうか。

だとしたら、あなたも同じです。

あなたを本当に愛してくれる人は、あなたの神経質なところも、不器用なところも、何もかも分かった上で受けとめてくれるはずです。

たとえば、あなたが突然の雷雨に見舞われ、せっかくのメイクがホラーハウスのようにオドロオドロしても、愛があれば「可愛い」と思うし、ケンカして、「あほ、ぼけ、かす」とヒステリーを起こし、相手に枕を投げつけても、「しゃあないやつ」で続いていく部分がある。

『愛』というのはピンク色に輝くデコレーション・ケーキではなく、降っては固まる泥そのものなのです。

その為には、あなたは自分をさらけ出さなければならないし(自己開示)、相手のすべてを受け入れなければならない(受容)。
そうしてはじめて、本当の愛情関係が生まれるのです。

気取って済まして繕った関係は、ただただ疲れるのみなのです。

本当に愛し愛される関係を作りたいと思うなら、あなたはまず、ありのままの自分を見つめ、理解し、赦すところから始めなければなりません。

今まで「見たくない」と目をふさいでいた部分。

もしかしたら、あなたは誰よりも嫉妬深いかもしれないし、捨てられる不安に怯えるちっぽけな人間かもしれない。
本当は淋しくて淋しくてたまらないのに強がっているだけかもしれないし、いつまでも過去にこだわり、恨みを抱いているのかもしれない。

それを潔く認めて、自分に白旗を揚げましょう。

「頭でっかちの淋しい女」ということを自覚したら、憑き物も落ちて、誰かと張り合ったり、自分を実物より大きく見せることもがいかに無駄な努力かとういことがよく分かります。

だからといって、そんなあなた自身を責めたり、卑下したりする必要はありません。

みんな、そうなのです。

嫌な部分、弱い部分、誰もがいっぱい持っている。

ただそれを自分で認めて受け入れるか、とことん隠し通そうとするかの違いです。

自分の欠点を受け入れた人は、同時に、他人の欠点も受け入れられるようになります。

「私も似たとこあるな、あの人も不器用なんだな」

その感性があなたという人間を柔らかくし、優しい女に成長させるのです。

でも、それを認めず、「いや、そうじゃない、私はそんな弱い人間じゃない、もっといい女であるべきだ」と頑張れば、自分も周りも疲れてしまいます。

どんなに顔が可愛くても、性格も明るく、仕事が出来ても、結局、男性が離れていってしまうのは、いつも自分を取り繕い、背伸びしようとするあなたに接点が見いだせず、興味を無くしてしまうからなのです。

もし、あなたが、人の欠点をあげつらうことで心の平安を得ようとしているなら、今すぐ、その心の癖は直しましょう。

「顔はいいけど、服のセンスは大したことない」とか、「見た目はいいけど、仕事の仕方が雑だ」とか、「○○大学を出てるっていうけど、英語力は私の方が上だ」とか、相手を落とすことによって自分のプライドを保とうとすると、いつも人を品定めするような目つきが周りの不信をかい、本当の友達すら出来なくなってしまいます。

そんなあなたには、悪口仲間だけが心のより所で、あなたが本当に必要とする善良な人間を遠ざけてしまうのです。

もし、あなたが、人に賞賛されることによって心の平安を得ようとしているなら、あなたは一生何かスゴイことをやり続けなければならず、いつか燃え尽きて、生きる目的を見失うでしょう。

そんなあなたには、「自分が本当にやりたいこと」よりも、「人にスゴイと思われること」が価値観の全てになってしまうからです。

もし、あなたが、過去にあなたを否定し、拒否した人間をいつまでも恨んでいるとしたら、あなたはその恨みの毒ゆえに、一番大切なものを逃してしまうでしょう。

恨みは、『人を信頼する』という最も基本的な愛情を阻害します。

そして、恨みは、赦すことでしか昇華しないのです。

こうした心の癖を克服し、ありのままの自分を受け入れた時、あなたは人間というものが決して長所ゆえに生きているのではないということを理解するでしょう。

そして、世の中の誰もが、同じ痛み、同じ苦しみを抱えていることに気付くはずです。

それでも、あなたは、人間が嫌いですか?

容姿端麗、頭脳明晰、明朗闊達な人間だけが愛されるに値すると思うでしょうか。

そんなわけないですよね。

みんなイロイロ抱えながらも頑張ってる。

それだけで、人間って、いとしくて、素晴らしいものだと思わないでしょうか。

そうして、あなたが周りの人間を理解し、愛するようになれば、あなたは他人の欠点ばかりに目を奪われるようなことはなくなるし、自分の弱みを人に知られることも恐れなくなります。

なぜなら、「ダメな部分がある」というだけで、人が嫌ったり、遠ざかったりするわけではない、ということが分かるからです。

そうすれば自ずと、周りの優しさに気付き、感謝もできるし、あなた自身も周りのみんなに優しくできる。

それが幸せの波動になって、いつか大きな実りになって返ってくるのです。

化粧やダイエットやキャリアで得られる自信はほんの一部で、あなたが自分の欠点を恐れる限り、周囲の評価を恐れ、人の心変わりを恐れ、心安らぐことなどありません。

『自信』というのは、他人が与えてくれるものではなく、自分を見つめ、受け入れる勇気が与えてくれるものなのです。

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