人生は求めるところから始まる

2017年9月15日メルマガ書庫

人間の生き方には三つある。

肉体で生きる、心で生きる、魂で生きる。

どれも大事、どれも難しい。

でも、一番、偽ってはならないのは、自分の魂。

「心」の「魂」の違いはナニ? と聞かれたら、なかなか説明が難しいのだけど。

心で感じる以上に、もっと奥深い、根源的なものってあるじゃない? それのこと。

ラーメンが食べたいのに、見栄張って、ツナサラダで済ますとか。

本当は泣きたいのに、にっこり笑って見せるとか。

そういうのはいくらでも修正が利くけれど、自分で自分の魂を偽ると、これはもう何をやっても、何を得ても、満たされない。永遠の飢餓感に苦しむことになる。

そこで、どこまで自分の心の声に近づけるか、それが分かれ目。

仕事や恋愛や、その他もろもろの理由で、たとえ思わぬ道に逸れたとしても、魂だけはしっかり掴んでおけば、どこかに隙間を作って、幸せのエネルギーを充填することが出来る。24時間多忙な人間にも、5分は、自分だけの時間と空間が与えられているものだから。

そういう魂の希みを知るためにも、青年期に感じる心の飢餓感、焦り、苛立ち、怒り、不条理感、それを大事にしないといけない。

怒らない人間が上等、この世に不満がないのが幸せ、なんて、絶対に思わないで欲しい。

それは60過ぎたシルバー世代の価値観。

10代、20代で、怒りもせず、不満もなく、わけのわからない苛立ちにガーっと心が騒ぐこともなくなったら、かえって道を外すの。見た目には真っ当でも、自分の魂からはかけ離れた道へ。

人生も、幸せも、求めるところから始まる。

昔から言うじゃない、「言わねば、神も聞きようがない」と。

『求めよ、さらば与えられん』とはそういうこと。

求めてもすぐには手に入らない、それこそ、10年、20年とかかるかもしれない、もしかしたら一生見つからないかもしれない、それでも、求めない限り与えられないのだから。

ゲーテの「ファウスト」のごとく、「悪魔の力を借りても、自分の知りたいことを知りたい」みたいな気持ち、忘れないで。

我は求め、訴えたり。

必ずどこかに答えてくれる神か悪魔がいるよ。